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国を南北に分断した、コートジボワール紛争の両当事者が、国を統一して大統領選挙を実施する、という合意に至った時に(2007年3月、「ワガドゥグ合意」)、北部の旧反乱軍は「軍備解体」されること、という条項が入っていた。その後、この「軍備解体」は「大統領選挙の2ヶ月前に完了していること」という、追加合意が結ばれた(2008年12月、「第4次追加合意」)。
10月31日が大統領選挙の日に決定したのだから . . . 本文を読む
独立50周年記念日(8月7日)の直前に、大統領選挙の投票日は10月31日と決まった。いよいよ大統領選挙が実現するのかどうか、私たち大使仲間の間でも、意見が分かれている。何せ、私が着任してからだけでも、2回も延期されているのだ。二度ある事は三度ある、と思われても仕方がない。
それはもう、こちらの新聞論調にも表れている。新聞各紙は、大統領選挙がどう戦われるかではなく、再び延期されるのかされないのかば . . . 本文を読む
18世紀から19世紀にかけて、ヨーロッパに大きな革新をもたらしたのは、産業革命と市民革命であった。フランスにおけるナポレオンの登場と、大陸を駆け巡った彼の征服戦争、ウィーン会議(1815年)を経て、ヨーロッパの国民国家の秩序はおおかた確定した。これ以降、ヨーロッパの国々が、あるいは愛国精神、あるいは経済利潤の追求、あるいは宗教的情熱から、ヨーロッパの外に乗り出して、しのぎを削るようになる。
アフ . . . 本文を読む
西アフリカの大西洋岸で、さかんに奴隷貿易が行われていた18世紀、コートジボワール北東部の内陸では、3つの王国が勢力を誇っていたということを記しておく必要がある。その3王国とは、「コン帝国(Kong)」、「ジャマン王国(Gyaman)」、そして「ブナ王国(Bouna)」である。「コン帝国」は、17世紀に、ジュラ商人(記事「北方帝国の興亡(2)」参照)の一人であった、セク・ウワタラ(Sé . . . 本文を読む
アフリカの人たちは、奴隷貿易の話をしたがらない。自分たちの祖先が、人間として扱われなかった、悲惨な境遇にあったという屈辱の歴史である。そのような、気が滅入るような過去など、振り返りたくないという気持ちは、当然だろう。そう思っていたら、違う、そういうことからではない、と言う。
そこにはもう一つ、誰もが認めたくはないが、厳然とした事実があるからなのだ。それは奴隷貿易で利潤をむさぼったのは、ヨーロッパ . . . 本文を読む
昨年(2009年)7月、オバマ米大統領はガーナを訪れた。オバマ大統領の、ガーナ国会での演説は、アフリカにおける民主主義と社会正義を訴えるものであり、多くのアフリカ人の共感を得た。この演説はもちろん素晴らしい内容のものであったと思うけれども、オバマ大統領がその後、ケープ・コースト城を訪れて行ったスピーチも、短いものながら、劣らず胸に訴える演説であると思う。
ケープ・コースト城とは、ガーナ海岸にある . . . 本文を読む
世界史で、大航海によるヨーロッパ人の新天地開拓というと、まず1492年、コロンブスがアメリカ大陸を発見した。そして1498年、バスコ・ダ・ガマが、アフリカ南端の喜望峰を回って、インドに到達し、ヨーロッパとアジアとをはじめて航路で繋いだ。まあこういうあたりが、教科書に出てきて、受験のためには暗記必須の年号である。
しかし、この年号だけを覚えていると、バスコ・ダ・ガマがいきなりアフリカ南端まで到達す . . . 本文を読む
アビジャンに住んでいて、不自由を感じないで助かることの一つに、ワインがある。大きなスーパーに行けば、必ずしっかりしたワインの棚があり、比較的豊富な品揃えがある。秘蔵用の銘柄や、年代物のワインはないけれど、安くておいしいワインが数多く取り揃えてある。だいたい1本が4千フラン(800円)くらいで、手軽に楽しめる。
店でワインを選んでいて、一つ気がついた。8割方がボルドーの赤ワインなのである。フランス . . . 本文を読む
マリ帝国の衰退にかわって登場したのが、ソンガイ帝国である。この帝国は、ガーナ王国やマリ帝国に比べると、やや東方つまりニジェール川の中流に、その起源を発する。現在のマリとニジェール国境近くに、ガオという都市がある。ガオは古くから東西の交易路の結節点として重要であり、ソンガイ王国は、このガオを首都とする一王国として、はじめはマリ帝国の支配に従っていた。
15世紀の後半になり、ソンニ・アリ王(Sonn . . . 本文を読む