コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

ゴルフホテル共和国

2010-12-14 | Weblog
「ゴルフホテル共和国」だ、とバグボ大統領側からは軽口をたたかれている。ウワタラ大統領はソロ首相や閣僚たちとともに、大統領宣誓式以来ずっと、アビジャン市内のゴルフホテルに立てこもっている。ウワタラ大統領は、国連の安全保障理事会をはじめ、大方の国際社会から、選挙で当選した大統領として認知されている。フランスと米国の2大国からは、唯一正統な大統領として、実質的な支援を受けている。それでも実態としては、このアビジャンでは、ゴルフホテルの外には支配が及ばない。官僚組織、軍・警察、国営放送、社会制度、すべてはバグボ大統領の支配下にある。

ゴルフホテルは、アビジャンの街の湖沼沿いにあって、広い敷地を有している。国連の平和維持部隊と、「新勢力」軍の兵隊たちによって、厳重な防衛線が築かれ、警護を受けている。いちおう身辺の安全が確保された空間にはなっているとはいえ、ウワタラ大統領、ソロ首相と主要幹部たちは、ここから一歩も出られないまま、もう2週間以上が経った。偉そうに「大統領」と言うが、ウワタラ大統領は、ゴルフホテルより外には、何も影響力を及ぼせないだろう。「ゴルフホテル共和国」という言い方には、バグボ政権側のそうした揶揄がこもっている。

私は、時折、このゴルフホテルに赴いている。人に聞かれれば、これまでどおりにゴルフホテルの売店で英字新聞を買おうと、足を運んでいるのだ、と答えることにしている。もちろん、聞く人はああそうですか、英字新聞ですかと納得するわけはない。日本大使がゴルフホテルに顔を見せているということは、ウワタラ政権側と接触をしているというふうに取られる。それを承知で、時折ゴルフホテルに赴く。日本は、ウワタラ大統領が選挙で選ばれた大統領であると認めているので、そこに矛盾はない。

ゴルフホテルでは、政権の関係者、報道陣、政党の支持者、その他の人々で、終日ごった返している。ウワタラ大統領やソロ首相は、庭に設置された仮設テントなどで、執務をしているようである。私は、ロビーでコーヒーを飲みながら、旧知の政治家、ウワタラ政権の関係者などから、情報を入手する。国際社会の支援があるとはいえ、いったいこんな閉じ込められた状態で、ウワタラ大統領側は何ができるか。バグボ政権に対して、どのような手を打っていくのか。

「まずは、正統な政府はウワタラ政権なのだから、こちらへの忠誠を人々に求めていくということです。」
と旧知の政治家が、私に言う。
「各省庁の官僚たちに対して、バグボ政権のためには仕事をしないように、呼びかけを進めています。夜間外出禁止令が続いて、世の中に緊張があることもあり、今でも各省庁には殆ど出勤している人はおらず、事実上の公務員ストライキの状態にあります。」

たしかに、中央官庁は閉庁状態が続いている。外務省でも、ジェジェ外相が登庁したはいいけれど、事務方の官僚は出勤してこず、ジェジェ外相と十名ほどの側近だけが、外務省で執務をする状態にあるようである。

「それから、ウワタラ政権としては、バグボ政権の関係者との間で交わされた契約や取り決めは、無効であるという立場を、繰り返し述べています。ほとんどの私企業は、バグボ政権がこのまま続いていくかどうか不安があるので、バグボ政権からの仕事を請け負うことをためらうでしょう。商品やサービスを供給しても、ちゃんと支払いが行われるかどうか分りませんからね。これも、バグボ政権を機能させないための手段です。」

これには、ディビ・コフィ財務相がウワタラ大統領側についていることが、大きく力になっている。コートジボワールの国庫を管理する中央銀行は、バグボ政権が新しい財務相を任命したといって、ディビ・コフィ「前」財務相からの引き継ぎがないかぎり、新財務相に簡単には支出権限を認めない。だから、事実上、国庫は凍結状態にある。ましてや、他の市中銀行は、先行きの見通しのないままには、こわくてとても決済ができない。政府の事業については、資金の流れが止まってしまった状態にある。

このように、たとえゴルフホテルに閉じ込められた政府といえども、バグボ政権の正統性に疑いを投げかける存在であるというだけで、バグボ大統領側に妨害を仕掛けることができるのだ。
「いずれ、バグボ政権への非協力運動から広げて、一般的なゼネストに持ち込むことを考えます。トラックやタクシーなど、運輸事業の人々は、ウワタラ大統領の支持者が多いですからね。社会を麻痺させる能力が、ウワタラ政権にはあるのです。もちろん、流通が止まって食料不足などになり、人々を疲弊させることにもなりますから、慎重に検討します。しかし、早ければ来週にも、ゼネストに突入するかもしれない。」

ウワタラ大統領は、12月7日に、米国、フランス、英国などに書簡を送った。
「現在、貴国に駐在するコートジボワール大使には、本大統領として信頼を置けません。したがって、同大使は召還することとします。代わりの大使は、近日中に派遣いたします。」
各国とも、正統と認めている大統領からの公式の要請だから、従うということになるのだろう。つまり、バグボ政権は、これら各国に駐在する大使を奪われるということである。ゴルフホテルの中からだけでも、けっこう、いろいろなことが出来るものだ。

ウワタラ大統領には、ゴルフホテルにしか支配権が無い、というのは言い過ぎである。コートジボワールの北半分は、「新勢力」軍の支配下にあるので、ここはウワタラ大統領の思い通りになる。旧知の政治家が続ける。
「アビジャンの港で荷揚げをして、北のマリやブルキナファソまで貨物輸送をするためには、北部地域を通ることになるわけです。だから、輸送業者にはウワタラ政権の権威を認めざるをえない事情がある。例えばですね、コートジボワールの国内輸送には、業者の資格証明がいるという政令をソロ首相が出すわけです。その資格証明は、バグボ政権の支配領域ではもちろん意味はありません。でも、トラックが北部に入るや効力を発揮する。その資格証明を持たないトラックは、通行を拒否される。発行を受けているトラックは、通行が優先される。」
そうした行政行為を通じて、ウワタラ政権の権威を事実上確立していくことが重要だ、という。

さて、日曜日(12月12日)になって、ソロ首相は宣言した。
「来週には、私は首相府に登庁する。」
これはどういう意味だろう。ソロ首相はついに、ゴルフホテルを出て、アビジャン市中心部の首相府に赴くという。首相府は、バグボ政権からすれば、アケ・ンボ首相のものであり、もしソロ首相が赴くとなると、これを阻止しようとするはずの軍や警察と、必ずや衝突になる。

これまで、ゴルフホテルの中と外で続く睨み合いだったものが、ウワタラ大統領側の忍耐が切れて、いよいよ正面対決が始まるというのだろうか。ゼネストの動向といい、ソロ首相の登庁宣言といい、どうにもここ一週間のうちに事態の進展がありそうな気配である。

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