コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

大使たちが動く(2)

2010-11-30 | Weblog

いったい午前零時に、一国の首相のところに押しかけて、会談を求めようというのだ。そんなことが通るわけがない。いや、通るのである。この危急存亡の時には、儀礼や手続きをぶっ飛ばしても理解される。私たち大使連中は、選挙期間中ソロ首相が詰めているゴルフ・ホテルに行って、ソロ首相に緊急にお会いして話がしたい、と告げた。

しばらく待たされただけで、執務室に通された。各国大使が十数人揃って、午前零時にやって来るという珍妙な事態に、何の驚いた顔もせず、ソロ首相は私たちの前に現れた。米国大使が、私たちを代表して懸念を表明する。
「本日の投票も、ひとまずは順調に終了したと思ったところで、大きな障害が出てきました。開票の結果を、投票所から集計のために地方選挙管理委員会に届ける段階になって、選挙管理委員たちが、家に帰ってしまったのです。夜間外出禁止令で、身辺の安全が脅かされているからという理由です。一刻も早く、集計結果を出して発表しなければいけないのに、開票の集計が止まってしまっています。ソロ首相から大至急にでも、バカヨコ選挙管理委員長と相談し、安全の措置を講じた上で、選挙管理委員を呼び戻すなどして、この膠着状態を打開する必要があると考えます。」

ソロ首相は、私たちに応える。
「皆さんの懸念を、私も共有します。第一回投票の時、投票が終わってから開票結果を発表するまでの間にもたついたため、国民の間に緊張が高まってしまいました。この緊張の時間をできるだけ短くし、投票終了後、すぐに結果が発表できるようにしようと、私も力を尽くしてきました。しかし、夜間外出禁止令が出されたことで、この算段が狂ってしまいました。」

「皆さんもう御承知でしょう、私は夜間外出禁止令に反対なのです。無用に緊張を高めるだけだ、その必要はない。バグボ大統領にもそう言いました。でも、夜間外出禁止令は、大統領の専管事項ですからね。バグボ大統領は、安全を確保するには必要なのだと強く主張して、結局発令してしまいました。その当日(11月27日)に来訪した、ブルキナファソのコンパオレ大統領の裁定により、バグボ大統領が夜間外出禁止令を取り下げてくれることを期待したのです。しかし、バグボ大統領は、今も取り下げていない。これは困ったことです。」

そして、ソロ首相は私たちに言った。
「私は、バカヨコ選挙管理委員長と、選挙管理委員の安全確保について、至急に話し合いましょう。その一方で、皆さんはこれからすぐにでも、バグボ大統領のもとに行ってください。そして、夜間外出禁止令は、良くない結果を生みつつあるので、早急に取り下げるべきだ、と訴えてください。」
またまた、逆にお願いされてしまった。

それにしても、この時間に、大統領に会えとは。でも、ソロ首相は、午前零時に大使連中が訪ねて来るのは何ら不思議ではないと同様、この深夜にバグボ大統領のところに大使連中が押しかけるのも何ら不思議ではない、と考えている風である。私たちは、ホテルのロビーで立ったまま、どうするものか相談した。ウワタラ候補に働きかけた手前、対立候補のバグボ大統領にも働きかけを行っておくのが、外交的均衡というものである。そういう意見が出て、それではともかく、会いに行けるかどうかだけ確かめてみよう、ということになった。

いったい午前1時に、一国の大統領のところに押しかけて、会談を求めようというのだ。そんなことが通るわけがない。いや、通るのである。この危急存亡の時には、儀礼や手続きをぶっ飛ばしても理解される。バグボ大統領は、まだ起きていて、よろしいお会いしましょうということになった。大使連中は、再び車を連ねて、ゴルフ・ホテルから大統領官邸まで、深夜の道を走った。

バグボ大統領も、この時間に私たちが訪れることを、何の不思議にも思っていないようである。再び米国大使から、私たちの懸念を伝えて、夜間外出禁止令というのは再考する必要があるのではないか、と申し入れた。

バグボ大統領は、ソファーに腰掛け、笑みを浮かべながら答える。
「私もね、禁止令などとは嫌だ。私は根っからの、何と言うのだっけ、自由人(libertin)だから、そういうお上による規制とかは大嫌いですよ。何といっても、「68年5月世代」の一人ですからね。それに、ご存じのとおり、私は夜行性(noctambule)の性分で、夜が大好きなのです。夜はいつも、朝4時くらいまで起きていますよ。本を読んだり、音楽を聞いたり。夜の場所が賑やかなのも好きだなあ。だから、夜間外出禁止令で夜を台無しにすることなど、したくないのはやまやまである。」
毎日午前4時まで夜更かしをしているなら、どうりで午前1時などというのは、大統領に言わせればまだ宵の口、というわけだ。

「しかし、私の立場は共和国大統領だ。社会の安全が危険にさらされるならば、これを断固として守らなければならない。いいですか、一昨日、ポールブエ(アビジャンの東)で変な荷物を運ぶ男を尋問したら、荷物を置いて逃げて行った。その荷物には、鋭利な鉈(マシェット)が450丁ですよ。また、同じく一昨日、バンコの森を封鎖して憲兵隊により森林内部を捜索したら、20人の男が隠れていた。そして、1千発の12.7ミリ機銃の弾薬が押収されたのです。」
かなり物騒な話を始めた。

「バンコの森の件は、明らかです。彼らは、バンコの森に隣接するヨプゴン地区で、流血騒ぎを起して混乱を作りだそうとしていたのです。私の故郷にバヨタという村がある。そうそう、日本大使が高校を建ててくれたあの村だ。そこに、見慣れない男がやって来たのを迎えたら、いきなり子供を殺した。この木曜日のことですよ。逃げたその男を追いかけて復讐しよう、とはやる村人たちに、頼むからやめてくれと私は言いましたよ。子供を死体安置所に置いて、静かに選挙が終わるのを待ってくれ。選挙が終わったら、白黒の決着を付けて、ちゃんと葬式をしようと。」

「つまりは、挑発なのです。選挙に乗じて混乱を作りだそうという、急進派の挑発行為なのです。彼らに勝手な動きをさせてはいけない。流血を未然に防止しなければいけない。だから、夜間外出禁止令が必要であると判断したのです。このような指令を、私は2004年以来出したことはありません。第一回投票のときも、皆があれだけ心配したけれど、出さなかった。でもこのたびの決選投票では、混乱を作りだそうという明白な動きがある。その具体的な情報を得て、私には共和国大統領として、国民の安全を確保する義務があると判断したのです。」

「いいですか、選挙管理委員会の5分の4は、野党系の委員なのです。彼らが、夜間外出禁止令を口実にして、開票結果発表を遅延させるというのは、これは野党としての政治ゲームなのですよ。夜間外出禁止令で、むしろ安全に開票結果の集計ができるようになったはずなのに、より危険になったと言う。そんな屁理屈があるか。皆さんは野党の屁理屈に惑わされてはいけません。」
バグボ大統領は、滔々と述べる。

米国大使から、治安の確保と、選挙管理委員会への説得について、さきほどソロ首相とも話し合って来たところだ、と説明する。フランス大使をはじめ、各大使から重ねて、選挙結果の早急な集計と、それを少しでも早く発表することが重要だ、という議論をする。スイス大使は、夜間外出禁止令による治安確保が必要だということが、もっとはっきり分るように国民に説明するべきではないか、と提案する。

「私は、コートジボワールの選挙を、あのケニアやジンバブエや、そしてギニアの選挙のようにしたくないのだ。流血が流血を呼んで、衝突が拡大するような事態を避けなければいけない。クーデタと、内戦と、国民の分裂と、そういうものを重ねてきた火種を、またここで再燃させてはいけない。」

そう言う大統領に、私は言った。私も、あのケニアやジンバブエの選挙を、ここでは見たくない。そうならないように、最も力を出せるのが、それぞれの陣営の最高指導者としての二人の候補者である。大統領とウワタラ候補のお二人が、選挙結果をきちんと受け入れ、それぞれの党派の急進派に暴れるなと厳しく指示すれば、多くの事態は回避できる。コンパオレ大統領が来たときに、お二人が署名して出された「平和の選挙への訴え」という宣言は、とても素晴らしい。この宣言を、もっと強く人々にお示しになるのがいい。懐からその宣言文を取り出して、大統領の署名部分を指で示した。

「平和の選挙への訴え」は、2日ほど前(11月27日)にコンパオレ大統領のもとで、バグボ大統領とウワタラ候補が、二人で並んで署名した文書である。二人はともに、(1)有権者および党員に、すべての暴力行為を慎むよう呼び掛ける、(2)二人は、選挙管理委員会と憲法院により発表される投票結果を、厳粛に受け入れる、(3)その投票結果を受け入れるよう、有権者にも求める、(4)だから、有権者には大挙して投票所に向かい、投票後は結果発表を静かに待つように呼びかける、というものである。

バグボ大統領は私に応える。
「その訴えは、テレビとか報道で出ているはずですよ。ああ、昨日は日曜で休刊日だったから、新聞にはまだ出ていないのかな。私は、とにかく一刻も早く選挙結果を出すことが大事だと思っています。その過程を安全に守るための、夜間外出禁止令だ。選挙結果が発表されれば、夜間外出禁止令はすぐに解除します。選挙結果がきちんと出ない、というような事態は、コートジボワールでは破局(catastrophe)だ。私はそういう事態に陥らないよう、全力で考えている。」

時計はすでに、午前2時を回っていた。大統領は自ら夜行性と言う以上に、意気軒高であった。もう党のルートを通じて、選挙結果を内々に知っているからなのだろうか。まだまだ語りそうな大統領を前に、むしろ私たち大使連中のほうが、疲れてしまっていて、大統領に辞去を告げた。

チョイ国連代表の心配にはじまって、とんでもない長い夜になってしまった。大使たちが動き回って、選挙を救うために、何か助けにはなったのだろうか。それは分らないけれども、少なくともチョイ代表への団結は示せた。そして、バグボ大統領、ウワタラ候補、ソロ首相には、外交団も彼らとともにあって、一緒に選挙を成功させたいと考えている、その熱意を示したということである。

<平和な選挙への訴え>


「平和な選挙に向けて、有権者への訴え」
バグボ候補、ウワタラ候補の二人の署名がある。


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1 コメント

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事実は小説よりも・・・ (ぴな)
2010-11-30 22:09:43
凄いです。ドキドキします。
大使の筆致もすごいです。緊迫する内容なのに「午前1時に・・・・、通るのです。」の部分ではつい声を出して笑ってしまいました。
さて、この後はどうなるのでしょう・・・
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