コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

母子病院の開所式

2010-01-16 | Weblog

ベナンに出張して、「ラギューン母子病院」の診療棟・出産棟の開所式を行ってきた。日本の無償資金協力で、日本の企業が設計・施工に携わってきた。もともとは、昨年の11月に、開所式を行うつもりであった。ところが、日本企業の担当部分は完成したのに、ベナン側が担当している部分の工事、つまり水道、電気、医療ガスといった工事が捗らない。施工を担当した戸田建設の方が、私のところに相談に来られたので、私はヤイ大統領に直訴した。そうしたら、工事が動き出し、ようやくのこと開所式にこぎつけることができた、とこういう話である。

コトヌの湖沼の畔にある母子病院に、新築の建物が、真っ白な姿を横たえていた。その新築の建物の横に設えられた開所式場には、病院の医師、看護師たち、関係する人々が列席している。私は、壇上に並ぶ貴賓席に座っている。来てくれるはずであったヤイ大統領は、残念ながらパリで足止めを食って、コトヌに戻ってこられない。そこで、大統領名代で、エウズ外相が私の隣席にいる。開所式を仕切るのは、タクパラ保健相である。

例によって、太鼓と踊りなどで、式典が始まった。ゴゾ病院長が、挨拶に立つ。このたびの日本の協力がどれだけベナンの人々に喜ばれているか、多くの母親たちが心待ちにしていたか、そういう話をした後、ゆっくりと言う。
「アリガトウ、ゴザイマス」
とこれは日本語。そう、ゴゾ病院長自身が、国際協力機構(JICA)の技術研修で日本を訪れ、日本の出産関係の技術に大変感銘を受けて帰ってきた。その話は、以前に建設現場を訪れた時に聞いている。

促されて、私が挨拶に立つ。
「このたび、無事に開所式を迎えることができて、心からお喜びします。ベナンの人々がより安心して出産できるように、総額60億フラン(約12億円)を日本が負担して、建設を行い、医療機材を導入しました。」
そして、私は以前に現場視察し、また戸田建設の方々から聞いている話を付け加える。

「でも、資金や機材の提供より、もっと価値があるのは、日本とベナンのそれぞれの関係者が、一緒に力を合わせてこの事業を完成させたということです。これは簡単なことではありませんでした。仕事のやり方が双方で違い、仕事の質についての考え方が違い、物の考え方が違いました。でも、努力でそれらの違いを乗り越えたことにより、お互いに対する理解が進みました。そして、より強いチームワークが生まれたのです。これこそが、これからの二国間関係を支えていく、友好の絆になるでしょう。」

実際のところ、日本のコンサルタントと施工企業がこちらに出向き、2年間にわたってベナン側の業者や労働者を指揮・監督して、建設を完成させた。最初は、時間を守って作業を進めるところからはじめて、コンクリートの練り方などの規格順守、入念な仕上げ、定期報告の実施、ヘルメットの着用などの安全第一、そうしたところ全てで、日本式の几帳面を求めた。これは大変勉強になった、とベナン側の保健省や工事関係者から、言われている。経済協力は、日本の仕事の文化の伝達である。私のそういう確信は、このラギューン母子病院の案件において、さらに強まった。

「今年は、日本とベナンの両国関係にとって、飛躍の年です。この1月1日から、ここコトヌに日本大使館が開設されました。そして間もなく、ベナンに駐在する日本大使が、新しく着任することになります。」
大きな拍手がわく。今年からアフリカでは、ベナンとルワンダに大使館が新設された。昨年一年間は、大使館事務所の設置のために、準備作業を行ってきた。こうして正式に、大使館の開館を宣言できるとは、嬉しいことである。

「ここで、母子病院のゴゾ病院長に、特別の感謝を申し述べなければなりません。ゴゾ病院長は、この協力案件の実現に大変尽力されました。のみならず、3人の青年海外協力隊員の受け入れ、日本への研修員派遣など、医療技術面での日本との協力に、積極的に取り組んでこられました。」
そして、私は手元に1冊の本を取り出す。

「この母子病院で、日本との協力が進んでいることを、私はブログの記事に書きました。特に、ゴゾ病院長ご自身が日本に行かれて、日本の自然分娩法に感銘を受けて戻られ、さっそくこの母子病院で実践しておられる話です。そうしたら、読者の方が、この本を送ってこられたのです。大使、この本は自然分娩法の、とても良い教科書です。ぜひ病院の方にプレゼントしてください、と。」
そういう経緯のある本である。私は日本から大事に持ってきた本を、ゴゾ病院長に手渡した。病院長は、本を手に取りながら、大変喜びまた感心している。

「このように、この病院を通じて、日本の人々もベナンのことを、より良く知るようになりました。この病院が、これからも末長く、日本とベナンの懸け橋になることを、心から期待しています。」
そういって挨拶を終えた。

着任以来、この病院の案件が無事に仕上がるのかどうか、ずいぶん心配してきた。その母子病院も、こうして開所式を終えた。新しい日本大使には、これでベナンのことを安心して引き継げる。安堵とともに、ベナンの仕事を新しい大使に譲らなければならないことは、少なからず寂しいことでもある。

 新築の診療棟の前
両国の旗が翻る。

 少し変な日の丸もある

 タクパラ保健相の挨拶

 ゴゾ院長とプレゼントした本

 診療棟の中はスロープで移動する

 すでに大勢の母親たちが、診察に来ている

 赤ちゃんの診察施設

 未熟児の集中治療室

 2000グラムに満たない未熟児を扱う


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1 コメント

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はじめまして (けん)
2015-06-20 04:12:53
とても、面白いブログです。ベナンの建築会社の話は凄いです。考え方を変えると言うのは、一番難しいです。建築屋が良い物を作る事に目覚めた話は凄いです。話は変わってブータンの日本人でダショー西岡と尊敬されている方がいます。やはり、農業の考え方を変える事を現地の方に納得させるのが一番難しいと言っています。

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