コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

テレビで文学を語る(3)

2010-05-14 | Weblog

放送予定日の10日ほど前に、仕上がった番組のDVDが手元に届いた。不適当な箇所があれば、まだ今からでも編集して修正することができる、という。私は恐る恐る、再生してみた。

「本を開こう」という、番組の題名が画面に映る。そして司会者が、登場する。
「今日は、あの偉大で神秘的な国、日本を取り上げます。日本大使にご登場願って、日本文学について語っていただきましょう。大使、こんにちわ。」
そして、軽く会釈をする私の姿が映る。その後、私の簡単な経歴、日本がコートジボワールに対して行って来た協力の案件の紹介などが続く。その間、大使館から提供した、いろいろな供与式典の模様やコートジボワールの人々との交流の写真が、順次流れている。

そして、いよいよ私の解説が始まる。
「日本文学についてお話する前に、まず日本という国について、お話しましょう。日本と言うのは、太陽の本という意味です・・・」
驚くほど、自分の声が高くなっている。上がっているつもりは全然なかったけれど、呼吸が不自然で、何だか上ずった印象さえ与えるしゃべり方だ。それに、ゆっくり話したと思っていたが、映像で見るとまだまだ早口である。聞いている方が、これでは疲れるだろう。私は見ていて、眉根を顰めた。

恐れていたとおり、画面の中で、私の視線は落ち着かない。しばしば下に目を落とすし、目を上げている時も、しっかり相手を見ているような視線ではない。ときどき、手元に持った原稿が画面に映る。原稿を見ながら話していることが、視聴者の目にも明らかである。さすがに準備したので文章は正確ながら、話者自身の言葉でないと分ってしまう。笑顔や、身振り手振りや、一呼吸の間などが、明らかに欠けている。画面を見ている私は、出来の悪い息子の授業参観に来ている親のような気持である。

日本の歴史と、文化の継続性についての解説まで来た。雅楽、茶の湯、生け花、能、歌舞伎と続く説明ごとに、それぞれの写真や映像が流れる。どれもこれも、大使館の文化担当官がどこかから探してきて、放送局側に提供したものである。雅楽のところでは、火炎太鼓などが映り、茶の湯のところではお手前の映像が流れる。画像の選択は適切であるし、それなりに見ていて綺麗な画面になっている。

さて、いよいよ日本文化論だ。私の「引き算文化」論の講義が、じっくり出て来るはずである。と期待していたのに、いきなり人力車の写真が登場した。画面の私は、「引き算文化」を全部すっ飛ばして、明治の外交官が、人力車の車夫が新聞を読んでいるのを見て驚いた、という話をしている。そして、子供たちが学んでいる写真と、寺子屋の話。「引き算文化」の話は、編集者によって切り捨てられたのである。そこで、私は悟った。

番組編集者にとって、必要なのは「文化論」ではないのだった。必要なのは、「映像を伴う」お話なのであった。確かに後から考えて、「引き算文化」の話というのは、その間にテレビ画面に映すべき写真も映像もないであろう。説明の間じゅう、私のぎこちない解説ぶりを見せるのも芸がない。だから、真っ先に編集で切られてしまったのだ。むしろ、茶の湯や人力車といった話をしているほうが、編集者には魅力的である。視聴者に見せる映像があるからだ。

番組では、私が「simple is beautiful.」と言ったところだけ切り取って、そのまま短歌と俳句の解説に移った。そういう展開は、それなりに筋が通っている。編集者が、私の論旨を理解した上で編集していることが分かる。そして、この話題については、万葉集や、百人一首や、カルタ取りの様子など、やはり映像があって編集に使いやすいのである。どこから見付けてきたのか、「5・7・5・7・7」の解説の図表や、私の季語の解説に併せた春夏秋冬の画面などを、上手に見せてくれている。

私が、母親の俳句作りの話をしているところは、私自身の映像が続く。これは文学の解説ではなくて個人的な話だし、このときは私も司会者を見ながら話しているから、私の映像は見苦しくない。編集者も、私を画面に登場させるにも、全体の中から適切な部分を探し出してきている。その苦労が偲ばれて、申し訳ないと思う。

「大使から、日本の小説を紹介して頂けませんか。」
司会者の質問である。私が鴎外、漱石、芥川、太宰、谷崎、三島、川端と、日本の作家の名前を挙げるたびに、映像が各作家の肖像を映しだす。これだけ的確な写真を探すのには、ずいぶん苦労しただろう。そして、「ぼっちゃん」と「蜘蛛の糸」のところでは、ちゃんとフランス語版の本の表紙を画面に出している。

「蜘蛛の糸」の粗筋を紹介したところは、まったく切らずにそのまま採用である。地獄に落ちた極悪人が、蜘蛛の糸につかまって地獄から逃れようとするときに、他の罪人たちが後をついて上って来るのを叱責した。その瞬間に糸が切れて、地獄に再び落ちて行きました。そういう話の間、画面は司会者が頷きながらそれを聞いているところを映している。こういう、内容にまとまりがある部分こそが、編集者には好まれるのであろう。

ようやく30分の番組を見終えた。私は気恥ずかしさで一杯である。テレビ映りには自信があったはずなのに、こんなに不器用な姿を晒してしまうとは。それでも、一通り見て内容に不適当なところはないし、だから再編集を申し入れるということはない。要するに、私のテレビ能力不足なのだ。まあ、日本について内容は盛りだくさんあって、それなりに視聴者に伝わるものはあるだろう。そう自分を慰めた。

今回のテレビ出演に際して、私の教訓は次のとおりである。
1. 過度の準備はよくない。少ない内容を、丁寧に繰り返し語るほうがいい。その方が、自分の言葉になる。聞いている方も、記憶や印象に残りやすい。
2. 原稿を書いても良いけれど、手元に置いてはいけない。手元に置くと、読んでしまう。語り口を自然にするためには、原稿を暗記するしかない。
3. 強く意識して、低い声で、ゆっくり話す。また、視線を頻繁に動かすと、とても見苦しいので、つとめて視線を止める。
4. 映像を伴う内容を話す。この話をすれば、編集者はどういう画面構成をするだろうかと考える必要がある。
5. 起承転結のある話を短い時間で終えることを、試みるべきである。どんなに内容にまとまりがあっても、何分も語り続けないと終わらない話というのは、番組には使えない。

番組は、5月3日の夜に、国営テレビで放映された。私は、トーゴに出張中で、放送は見られなかった。出張から帰ってきたら、いろんな人に番組を見たと言われた。お世辞もあるだろうけれど、面白い内容だったと褒められて、私は気持ちが和んだ。そして、誰もが私にテレビで見ましたよと言う。さすがにテレビの伝播力はすごいと思った。この国では民放は無いし、他に娯楽もないし、人々が夜国営放送を見ている割合は高いのである。日本を宣伝するという大使としての仕事は、何とかやり遂せたかな、と自己評点した。

<番組の画面>

 番組名「本を開こう」

 司会者が私を紹介する。

 私の登場

 雅楽

 茶道のお手前

 人力車、と画像が続く。

 原稿を見てしまう私

 短歌の説明画像。

 百人一首のカルタ取り

 俳句の説明が画面に。どこから探してきたのだろう。

 漱石の「ぼっちゃん」

 やっと終わった。


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1 コメント

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お疲れ様でした (やまだ)
2010-05-19 13:31:54
Good Job! そしてお疲れ様。
日本の何事かで、自分の専門でないことについて、外国語でまとまって話すのは、準備が大変ですね。今は、インターネットが便利だから調べるのは、ずいぶん楽になっていますが、全体を鳥瞰するにためには、教科書的な本・入門書があった方が便利だと思います。
 文学なら加藤周一の日本文学史序説とか、美術なら辻惟雄の日本美術史とか。毎回、個人で在外に持って行くのも大変だし、これくらいは大使館にあってもいいのかもしれません。
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