コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

農業とは耕すことだ

2010-09-14 | Weblog
米生産農家が、バグボ大統領のところに出かけて、集会を行うという。私のところに、集会への案内状が来たので、もちろん出かけると答えた。稲作の話になると、私に声がかかるようになったのは、これまでの積み重ねの成果である。農業分野の協力といえば、稲作をとりあげてきたし、日本の協力を常日頃宣伝してきた。だから、稲や米の話になると、私のところに案内状がくるようになった。

集会は、「米生産農家協会(ANARIZ-CI)」が主催して、大統領府で行われた。バグボ大統領も、コートジボワールにおける稲作の将来性を訴えてきている。この国の人々は、キャッサバ芋に代えて、手軽に料理できる米を、ますます食べるようになってきている。そのためにアジアや米国からの米の輸入がどんどん増えて、外貨が流れていく。一方、国内には稲作に適した低湿地がふんだんにあり、開発もされず放置されている。それなら、低湿地を開発し、稲作の効率を高めて米生産を上げ、米の自給をめざそうではないか。これがバグボ大統領の、日ごろからの主張である。

そういう稲作奨励の文脈で、この集会が開かれたのであろう。朝から、大統領府の周りでは、大勢の米生産農家が、全国からバスで詰めかけてたいへんな騒ぎである。午前11時から開催と案内されていた集会が、準備の都合と、それから緊急に開かれることになった閣議の関係で、午後2時からに変更になった。その時間に、大統領府に赴くと、一面に並べられたテントの下に、全国からこの日のためにやってきた、おそらく何百人という米生産農家の代表たちが、それぞれの地方のプラカードを掲げて座っている。

外交団の中で呼ばれているのは、私だけである。それで、クリバリ農相、アポ・ヤチェ商業相の二人の閣僚と並んで、最前列に座った。「米生産農家協会」のティアコー協会長が、演壇に立った。
「若者の失業対策が、国内で大きな課題となっています。仕事の機会もなく、不満は鬱屈としています。これを稲作の拡大で吸収しようではないですか。稲作は、コートジボワール国内のどこでも進めることができます。湿地はまだたくさん残されており、また潅漑の導入により、どんどん新しい稲田を拓いていくことができます。」

しかし、とティアコー協会長は続ける。
「今の稲作は、古い伝統的な耕作方法に頼っています。鋤と鍬で、人手に頼ってこつこつと畑を耕すやり方です。収穫の効率は低く、さらに収穫した籾も叩いて脱穀し、女性たちがざるでふるって、ようやく米にしています。こんな旧式なやり方では、とても生産性を上げることにはならない。稲作の近代化、機械化が必要です。耕運機や脱穀機の導入、そして潅漑水利の開発が、生産性向上に不可欠です。」

協会長は続けて、コートジボワールの稲作農家は、誰かがお金を恵んでくれるのを待つなどという気持ちは無い。自ら経費を負担する用意がある、と述べた。
「今日ここに集まった全国の農家の人々は、誰かに動員されたのではない。一人一人がお金を工面して、バス代を払って来ているのです。われわれ農家は、誰かにお金を頼ろうという考えにはありません。生産高1キロあたり10フランを積立金として集めて、合計20億フランの農業近代化基金を作ることを考えたいのです。その制度設立に向けて、国からの支援がほしいと考えます。」

そして、農家の代表たちが、鍬や鋤や鎌やざるや臼など、伝統的な稲作の用具を、大統領のところに持ってきて進呈した。
「これらを、近代的な機具に代えていかなければならないのです。」
ティアコー協会長は、そう述べて演説を締めくくった。

今度は、バグボ大統領が答える番である。バグボ大統領は演説台から、稲作農家の皆さん、皆さんの意欲に私は答えたい、と呼びかけて、傍らに指示する。すると、会場の裏手でエンジンの音がして、新品の大型トラクターと、トラックの荷台に乗せられた脱穀機がゆるゆると登場した。歓声がわく。
「これは先ほどいただいた農機具のお返しとして、皆さんへの、象徴的な贈り物です。稲作振興に力を入れ、これから近代化に取り組んでいこう。」

そして、私の方を見た。
「ここに日本大使が来ておられることは、たいへん喜ばしい。日本は、稲作の推進に積極的に力を尽くしてくれている国であります。そして、大統領選挙の推進にむけて、投票箱を寄付してくれた。ありがとう日本。」
私は手を上げて、答礼する。
「選挙は、来る10月31日に行われます。選挙が終わって、新しい政権になれば、コートジボワールは米の増産に取り組み、国民が食糧を輸入しないで済むようにしなければならない。」
大統領は、日本を持ち上げてくれた。私は、今日ここに出席したかいがあったというわけである。

「コーヒーやカカオの生産は大切だけれど、これらは食べられない。輸出するだけだ。どこの国だって、農業といえば、まず食べるために作るのだ。欧州も米国も、小麦を作ってまず自分たちで食べてから、残りを輸出している。でも、わが国では、コーヒーやカカオの詰った麻袋の上に座って、ため息をついている。お腹が空いた、と。」
わーっと笑いが湧く。大いに受けたけれど、私はこのネタを、昨年の独立記念日でも聞いて知っている。バグボ大統領の十八番となっているようだ。

「それに、コーヒーやカカオの農園は、その産物しか生産できない。でも稲田というと、まわりにトマトやナスや野菜を植えることができる。私たち国民は、農業に対する考え方を、根本的に改革しなければならないと、私は考える。」
つまり、商品作物を作る農業から、自分たちの食糧を作る農業への移行には、まず農家の考え方が変わらなければならない、とバグボ大統領は述べる。

「アビジャンの周りに、たくさん野菜畑がありますよ。空港に向かう道すがら、道路わきに小さな畑が沢山作られている。ヤムスクロにだって、町の周辺にたくさんたくさん野菜の畑が広がっている。しかし、皆さん。こうした畑に車を止めて、聞いてごらんなさい。そうした畑に、コートジボワール人は一人もいない。」
皆、先生に叱られたみたいに、しーんとしている。大統領のいう通り、そうした野菜畑を耕すのは、ブルキナファソやマリからの外国人労働者ばかりなのだ。コートジボワールの人々にとって、農業というのは農園の経営であって、畑を耕すことではなかった。

「農業とは耕すことなのだ。食糧自給のためには、コートジボワール人自身が、自分で耕す気持ちをもたなければならない。だから、米生産者農家の皆さん、私はあなたがたに言う。一緒に働こう。」
バグボ大統領の締めの文句は、私の日ごろの演説と同じであった。一緒に働こう。

もちろん、今日集まった米生産農家の人々は、すでに自分で耕し、自分で働いている人々である。しかし、バグボ大統領は、働くということに意識が高くない国民に向けて、この演説の言葉を贈ったように思う。稼ぐためには自分で耕さなければならない、自分で働かなければならない。コートジボワールが、生産性を高めるには、まず人々の考え方が変わらなければならない。私が感じていることと同じことを、バグボ大統領はとうに分かっているようである。

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