コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

トカゲの頭切り

2010-05-27 | Weblog
カカオ豆の生産・輸出をめぐって、巨額の資金が動く。関連組織の幹部たちが、その資金を横領して蓄財しているというだけでなく、戦争の資金に流用されている、という批判がある。批判を行ったのは、英国のNGO「グローバル・ウィットネス(Global Witness)」であった。

このNGOは、「ホット・チョコレート」と題する報告書を、2007年6月に発表した。その中で、カカオ関連組織からバグボ大統領のもとに、戦費として106億フラン(21億円)が流れた疑いがある、と述べた。それ以外に、さらに「コーヒー・カカオ基金(BCC)」の承認のもとで、少なくとも200億フラン(40億円)が、戦費に回されたであろう、と結論付けている。

「グローバル・ウィットネス」の調査は、反乱軍側つまり「新勢力(FN)」側の支配地域にもおよぶ。国の北側で行われているカカオ生産は、彼らの手を通してブルキナファソやトーゴ経由で国際市場に流れ、その量は毎年少なくとも7万7500トンにおよぶ、と計算している。そして、その輸出は彼らの資金源となり、2004年以来毎年、平均して151億フラン(30億円)を捻出している、と推定した。

この報告書はつまりは、カカオ生産に由来する巨額な資金が、コートジボワール紛争の、紛争当事者双方の武器購入などの資金源になっており、そのために紛争が助長されているという側面を指摘した。そして、バグボ大統領側においては、コーヒー・カカオ関連の各組織が、そうした資金供給の仕組みを提供していると述べた。その事実があるのかないのか、明確な証拠はない。ともかくも、カカオ関連組織の資金の使い方は、あまりに不透明で杜撰だったため、さまざまな憶測を呼んだ。とくに、ニューヨーク近郊のチョコレート工場買収をめぐる怪しい話は、公金のたいへんな浪費があった可能性を示唆していた。

この疑惑に一番敏感に反応したのは、当然ながらカカオ生産農家であった。こうしたお金がどこから来ているかというと、それは彼らが苦心をしながら払っている納付金に他ならなかったからだ。カカオ生産農家を中心に、不審と疑惑の気持ち、つまり現政権への不満が、だんだんと高まってきた。彼らは農村からアビジャンに出てきて、関係省庁の門前でカカオ豆の山に火をつけて抗議をしたりした。政府はこうした人々の不信感に、いったいどう答えるのか。

バグボ大統領は、そこで大胆な外科手術をしてみせたのである。それが、2008年6月の、コーヒー・ココア関連組織の幹部23人の一斉逮捕である。幹部といっても、そこらの役付きというのではない。幹部中の幹部、総裁と事務局長を、各組織について全員しょっ引いた。これには人々は驚いた。大統領が、よくぞそこまで手を付けた。これで不透明な経理、怪しげな資金の使途、汚職の構造が明らかにされるであろう。カカオ産業の暗部に、ついにメスが入るのだ。

「グローバル・ウィットネス」でさえ、バグボ大統領のこの大英断を、ひとまずは、前向きの一歩である、と歓迎した。ただし、と付け加える。
「検察当局に対して、各幹部の容疑について、情報を明らかにし、透明性のあるかたちで司法手続きを進めるように要請する。そして、裁判が、政治の介入なしに迅速に進み、犯罪者たちが処罰され、これ以上の汚職が抑制されるようになることが重要である。」

しかし、その裁判は、迅速どころか、その後まったく進まなかった。23人は、何も司法手続きがとられないまま、もうかれこれ2年間、監獄に放置されているのだ。私は、事情通に聞く。
「逮捕された人々の顔ぶれを調べたら、驚きましたよ。ただ有力組織の幹部連中だったというだけでなく、バグボ大統領と親しかった人がたくさんいるじゃないですか。そういう人々が、監獄の中で2年間もよく我慢していられますね。バグボ大統領や近しい人などに訴えて、俺をここから出してくれと叫ぶとか、何とかならなかったのですかね。」

そうなのだ。23人の逮捕者の殆どは、バグボ大統領の政党「人民党(FPI)」の関係者であった。タペ・ドーをはじめ、バグボ大統領と親しいことで知られていた人々がたくさんいた。特に、「コーヒー・カカオ規制管理基金(FRC)」の総裁だったアンジェリーナ・キリは、大統領府の補佐官を務めていたし、事務局長だったクアク・フィルマンは、バグボ大統領のブアフレ地方の選挙対策委員長を務めていたほどである。大統領と近くても、それは司法の独立の前には、決していい後ろ盾にはならないというのか。

そうしたら、事情通が教えてくれた。
「まあ、バグボ大統領と親しかった人たちだからこそ、そういう目にあっているわけですよ。」
何と、バグボ大統領は、自分と親しかった人々ゆえに、かえって冷たくしているというのか。

「つまり、バグボ大統領は、新しい組織を次々に新設した。そして総裁や事務局長に、自分と親しい人々を任命した。まあ、縁故採用ですね、その人たちはバグボ大統領の側近なので、得をしたわけです。そして、君たちがせっせと得を重ねても、まあ見て見ぬふりをしよう。でも、いったん問題が起こったら、君たちは全ての責任を引き受けなければならない、とこう言うことです。そこまで分った上で、その人たちは組織幹部の職を受けたわけですからね。以前に数年間得をした、必然の代償です。監獄では、おとなしくしているわけです。」

そうか、縁故採用には、そういう厳しい掟があったのだ。ここでは、トカゲは「尻尾切り」ではなくて、「頭切り」なのである。タペ・ドー氏が、どういう気持ちで獄中生活を送っているのか、私には少し分かった気がした。そして、この人々が監獄に入ることによって、コーヒー・カカオ関連組織の汚職事件は、一件落着になった。この問題へのそれ以上の追及はなく、報道でも忘れられ、カカオ豆生産農家の示威行動は収まり、そのまま沙汰止みになった。

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