コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

礼儀知らずの嫌な奴

2010-05-31 | Weblog

「アフリカ開発銀行」のアビジャン年次総会は、5月27日、「ホテル・イボワール」の国際会議場にて、華々しく始まった。例によって、バグボ大統領の登場が1時間半遅れ、満場の代表団たちは、半ばあきれ、半ば諦めながら、延々と会場で待ったのである。当地外交団の大使連中は、もう慣れたもので、予定通り1時間くらい遅れて顔を出す大使もいた。しかしながら、はるばるやって来た各国代表団たちは、1時間半待たされた挙句、バグボ大統領から演説で、「コートジボワールはきちんとした国である。本部には、是非アビジャンに戻ってほしい」と陳情されても、余り説得されず乗り気にもなれないだろう。まあ、私がどうこう心配する話ではない。

私は、時間通りに来る日本の代表団と挨拶し、そして皆さんに、開会式はなかなか始まらないですよ、と教えてあげる必要があるので、予定時間には会場に到着した。それだけではない。実はこの延々と待つ時間が、とても有意義だということを知っているのだ。待たされるのは、私だけではない。他の大使連中も、閣僚たちも、各組織の幹部連中も、各界の代表たちも、皆待たされる。その間、雑談するしかない。普段なら、何日も前から約束を取り付けてからでないと会えない人々と、その場で何人も会談できるのだ。私は、会場中を巡って、片端から挨拶を交わし、懸案を片付ける。そうしていると、報道関係者が私を見つけて、取材に来る。喜んでインタビューに応じる(翌日、ちゃんと記事に載った)。バグボ大統領は有難いご配慮で、この時間を作ってくれているのだ、と考えている。

私はこの「マルチ」の雰囲気が好きだ。マルチというのは、外務省の用語だろう。多数者間の、という英語から来ている。何十ヶ国の代表団が入り乱れる、国際会議のことである。たくさんの人々が、それぞれの言語と、それぞれの立場を抱えて、集まってくるのが、「マルチ」である。これに対して、相対で話をするのは「バイ」と言っている。相手が話し、こちらが話す。予め相手のことも、話す課題も分かっている。こちらが話せば、相手が聞く。関係を維持するための、礼儀作法がはっきりしている。でも、マルチは皆が好き勝手に話す。どこに話が行くか、自分が口を差し挟めるか、予断できない。要するに、混沌と無秩序が当たり前の世界である。

その混沌と無秩序がいい。礼儀も作法も仁義も無いというのか、例に縛られない。議論の過程で何があったかは、暫くすると誰も覚えていない。文書に残る結果だけが、勝負である。といって、知略を重ね、陰謀渦巻くような交渉ばかりやっているか、というとそのような局面は、偶にしか無い。だいたいの時間は何をしているか。おしゃべりである。このおしゃべりの時間が、マルチでは大切だ。お互いに顔見知りになる。そして、情報交換が行われて、だいたい問題の相場観が分かる。腹の探りあいも、おしゃべりを通じて行われる。だから、おしゃべりは重要なのである。でも、たいがい日本人は、このおしゃべりが下手だ。

なぜかというと、子供の頃から、おしゃべりははしたないと教育されているからである。つまり、立派な日本人ほど、マルチが苦手だ。教養の身に付いた日本人は、良き社会人であろうとする。つまり、
(1) 人の言うことを聞く。
(2) 謙虚、出しゃばらない。
(3) 落ち着いている。用もないのに動かない。

これが、マルチだと逆になる。
(1) 人の言うことを聞いていてはいけない。決して、うんうんと頷かない。議論の流れが何であろうが、自分の言いたいことを言い、自分に都合の良い話題に引き込む。相手が何を真剣に話していようが、割り込んでこんにちはと言って、自分の話を始める。
(2) どこへでも出かけて、顔を出す。そして、「俺が俺が」と主張する。出過ぎたまねなどという観念はなく、自分の肩書きが寸足らずだなどとは、一切考えない。一度会っただけでも、もう十年来の知己のように振る舞う。
(3) 常に懸案を抱えて、歩き回る。懸案が無くても、懸案を抱えた振りをして歩き回る。議事が始まるまで、座席に座らない。そこは入らないで、と制止されない限りは、どこにでも入り込む。そこにある紙なら、何でも貰って帰る。
要するに、日本だったら礼儀知らずの嫌な奴、と言われかねない人間にならなければならない。

さて、私は前任地のウィーンでは、日本政府代表部で、「国際原子力機関(IAEA)」を担当していた。だから、努力して「礼儀知らずの嫌な奴」になった。そして、やってみると、意外にこれが通用して、なかなか痛快なのである。てんでんばらばらの中で、そのてんでんばらばらの一人として、右をおだて、左を制しながら、出来上がったところでは自分の目的を達している、という満足が、まるでゲームである。今回、年次総会がある「アフリカ開発銀行」は、その中身には私は関与しない。中身の世界では、大いにゲームがあったのだろう。私は、久々に目の前にある、マルチの雰囲気だけを楽しんでいる。

まず、年次総会の当日にむけて、一つ仕込んだ。というか、この総会のために出張してきた調達会社「クラウン・エージェンツ」の代表と、ファディガ環境相との間で、日本の森林保護案件の「調達実施契約」を締結するという仕事が、前日にあったのである。そこで一計を案じて、単なる契約署名だけでなく署名式典ということにして、その機会に私とファディガ環境相とで記者会見を行う段取りにした。思惑通り、翌日つまり年次総会当日の「友愛朝報」に、私の顔写真入りでその記事が載った。「日本は、森林保護のために75億フランを拠出」という見出しの記事である。これは以前にも記事に出した内容の、単なる焼き直しなのであるが、構わない。キャラメルは、一粒で何度おいしくてもいいのだ。とにかくも、コートジボワール政府の関係者が、会場で待たされ退屈して開く新聞に、私の顔がある。私は何人にも、森林保護を有り難う、と声を掛けられた。

年次総会の開会式は、バグボ大統領を正面演台の中心に、トゥーレ・マリ大統領、ヤイ・ベナン大統領、ニヤシンベ・トーゴ大統領、ジャン・ピンAU(アフリカ連合)議長と、そうそうたる来賓の顔ぶれを並べて行われた。ボウン・ブアブレ開発相が理事会議長として歓迎の演説を行う。次いで、カベルカ総裁が演説に立って、「アフリカ開発銀行」の懸案や方針などを説明する。そして最後に、バグボ大統領が演説を行い、本部のアビジャン復帰を強く訴えてから、年次総会の開会を宣言した。

これで、開会式はお開きである。バグボ大統領以下、来賓の各国元首たちは、席を立って議場の外に出て行く。会場の参会者たちも、席を立ってひとまず、議場のロビーでコーヒーブレイクを取るために流れ解散である。私は、他の大使たちがゆっくり席を離れて出口のほうに向かうのを尻目に、急いで大統領たちの後をつけた。大統領たちは、もちろん一般の参会者とは別の、特別の控え室の方に行くのだ。私は大統領たちやお付きの人々などに紛れる。賓客控え室の前まで来たら、警護係が私を制する。ここで怯んではいけない。
「私は、日本大使だ。」
その場所の中に入って当然、という顔をする。すると、失礼しました、と言って、中に入れてくれた。

大統領たちは、中で立ち話をしている。まず、ボウン・ブアブレ開発相のところにいって、開催実現おめでとう。そして、カベルカ総裁とも握手をする。バグボ大統領のところに出て、おめでとうと握手。ソロ首相もいたので、挨拶。
「6月4日に、日本とコートジボワールの間で、ワールドカップの事前練習試合があるのですよ。これは日本が勝ちますからね、覚悟しておいて下さい。」
おお、そうですか、とソロ首相。でも、彼の側では日本に負けるとは思っていないだろう。

見れば、その隣にニヤシンベ・トーゴ大統領が立っている。私と同様にここに忍び込んだチュニジア大使と、何やら話している。私は、手を伸ばして、アビジャンにようこそと言った。
「ああ、日本大使ですか。先日お会いしたばかりでしたね。今度は、いつロメに来られますか。」
ニヤシンベ大統領は、笑顔でそう尋ねる。

向こうにいたヤイ・ベナン大統領が、私を見つけて、両手を広げて近づいてきた。元気ですかというようなことを言いながら、ヤイ大統領は私と抱き合う。頭をぶつけあうアフリカ式の挨拶をする。相変わらず、明るく陽気な大統領である。
「私の後任者(番馬大使)は、しっかり仕事をしていますか。」
と私は聞く。
「いやあ、最初から飛ばしておられますよ。日本との関係が、ますます増進して嬉しいことです。」
とヤイ大統領。

私は、たまたま兼轄国がいくつもある大使で、そして、仕事を通じて知己になっているベナンとトーゴの大統領が、そろってここに顔を出してくれているという、大変な幸運である。ここに侵入したおかげで、その幸運をしっかり生かすことができた。私は、バグボ大統領とソロ首相の目の前で、ヤイ大統領ともニヤシンベ大統領とも旧知の仲なのだ、日本が親しいのはコートジボワールだけではない、と誇張気味ながら演じたのである。

その奥には、ジャン・ピン「アフリカ連合(AU)」議長が立っていた。ジャン・ピン議長も顔を見知っている。5年前に私は、ニューヨークに長期出張した。日本として、安全保障理事会の常任理事国入りへの道筋となる、「G4決議案」の採択を目指した。その大仕事の手伝いである。そのとき、ジャン・ピン氏は国連総会議長として、鍵を握る人であった。その時に、何度か直接話をしている。向こうは、私などは覚えてはいないだろう。でも、「G4決議案」のときにお世話になった、と語りかければ、そうですかあの時の、とかいう顔で答えてくれ、二言三言会話が続く。それでいいのだ。私がAU議長と楽しそうに話をする様を、コートジボワールの人々に見せておく。

こうして、意識して自分の値段をつり上げる努力をする。まことに私は、礼儀知らずの嫌な奴である。

 ホテル・イボワールに建設された国際会議場

 トーテムも建てられて客人を待つ

 会議場の中

 開会式を待つ

 大統領たちの入場
左二人目から順に、ヤイ・ベナン大統領、トゥーレ・マリ大統領、バグボ大統領、ニヤシンベ・トーゴ大統領

 議事を聞く大統領たち
顔を上げているのが、バグボ大統領とニヤシンベ大統領


前日に仕込んで載せた新聞記事(「友愛朝報」5月27日付)
「日本は75億フランを供与」


会場で新聞記者に、日本の「アフリカ開発銀行」への貢献を宣伝したら、
翌日の新聞に載った。(「ランテール紙」5月28日付)
「日本は出資比率5.5%」


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3 コメント

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Unknown (きむら)
2010-05-31 20:46:27
礼儀知らずの嫌な奴;大使は、正真正銘日本の国益のために活躍されている外交官ですね!
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Unknown (しょうこ)
2010-06-08 15:30:40
毎日マルチタイプの人間と仕事をしていますが、これ以上の描写はないと思います!
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Unknown (Miki)
2010-06-21 03:53:26
マルチの雰囲気、1980年代に出席したジュネーヴの国連人権委員会、小委員会を思い出しました♪
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