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Snapeの英語指南

英語長文対策、英語速読法、英語学習法、高校生、中学生、社会人の英語学習に役立つヒントを紹介。

“ボストン爆破事件”演習マニュアル 前半 p.1-20

2013-06-23 06:42:02 | 現代時評

“ボストン爆破事件”演習マニュアル 前半 p.1-20

パワーポイントのマニュアルである。いかに周到な準備に基づいて実行されたかが、写真を見るだけでもわかる。 もう5年前から構想があったことがわかる。ただ、これを見ても目が覚めないひともいることだろうし、もう過ぎたことだと考えるひとも多いだろう。特に日本人はすぐに忘れる。忘れたがる。

誤解のないように願いたい。この実行組織はただ“演習”をしたのではない。無実のチェチェン人兄弟を爆弾テロ犯人にでっちあげて、マスメディアを利用して実際のテロ攻撃であるように世界中に信じ込ませたのである。イスラム教徒のテロによって多くの死傷者が出たように見せかけたのである。チェチェン人兄弟の兄はすでにボストン警察によって殺害されている。その罪は重く大きい。さらにアメリカはテロ攻撃によって被害をこうむったフリをして、再びイスラム圏への攻撃をする時の正当化の口実を積み上げているのである。決して見過ごしてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

以下に続く

“ボストン爆破事件”演出訓練マニュアル  (後半) p.21-39

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


村上春樹 「ボストンへ」 への失望

2013-05-06 07:33:35 | 現代時評

 

村上春樹 「ボストンへ」 への失望

 

わたしは村上春樹氏とは面識があるが、友人付き合いはない。彼がまだ作家デビューする以前のことだが、彼もわたしも当時フランス哲学に傾倒していて、その関係で話をしたことがあるだけだ。その後、新宿の紀伊国屋の洋書売り場でばったり顔を合わせて、いろいろ話し、ミシェル・フーコーについて話したことを覚えている。インターネット以前、携帯電話以前の遠い時代である。

 

さて、その彼がボストン爆弾テロ事件についてのエッセーをアメリカ人に向けて書いたらしいので、気になって読んでみた(原文の日本語版が見つからなかっので英語版だった)。正直言って失望したと同時に、そこに日本人の典型的な発想を見た。

 

以下は「朝日新聞デジタル」と「ヤフーニュース」からののコピーである。

 

村上春樹さん「ボストンへ」 テロめぐり米誌に寄稿    (朝日デジタル版) 

 

【ニューヨーク=真鍋弘樹】ボストン爆破テロ事件について、作家の村上春樹さんが3日付の米ニューヨーカー誌(デジタル版)に寄稿した。ランナーの一人としてボストンマラソンへの愛を語った上で、この傷を癒やすには、報復を企てるのではなく、誠実に静かに時を積み重ねる必要がある、と語りかけている。

 

 タイトルは「ボストンへ。ランナーを自称する一人の世界市民から」。村上さんは、過去30年で33回、世界中でフルマラソンを走ったなかで、「どれが最も好きかと聞かれた時は答えをためらわない。6回走ったボストンマラソンだ」と表明し、その魅力を記している。

 

 ボストン郊外で3年間、暮らしたことも紹介し、このマラソンの魅力は他の走者やボランティアの応援とサポートだと強調。「爆破で多くの人が肉体的に傷ついたが、さらに多くの人が違ったかたちで傷ついたに違いない」と自身を含めた世界中のランナーが心の傷を受けたことを懸念する。

 

 事件による深い傷をどう癒やすか。文章は、それを問う。1995年の地下鉄サリン事件被害者にインタビューした自著「アンダーグラウンド」にも触れ、「時間の経過は、いくつかの痛みを遠ざけるが、新しい痛みもまた引き起こす」と精神的外傷がいかに人生をねじ曲げるかを説く。

 

 傷を隠そうとしても、また報復を考えても決して救いにはならない、として、「この傷を記憶し、痛みから目をそらさずに誠実に静かに時を積み重ねる必要がある」「私は、毎日走り続けることを通し、傷つき、命を失った人たちを悼む」と表明。ボストンマラソンが傷を癒やし、再び復活することを願う言葉で寄稿は締められている。

 

 

 

【ボストン・テロ、被害者に思い=村上春樹氏が寄稿―米誌  (ヤフーニュース)

 

ニューヨーク時事】作家の村上春樹氏は3日、米誌ニューヨーカー(電子版)に寄稿、先月ボストン・マラソンの会場で起きた爆弾テロを受けて「ランナーを自任する世界の一市民として、自分も傷ついた」などと、テロ被害者らに寄り添う思いをつづった。
 ボストン近郊に計3年間住んだことがあるという村上氏。過去30年間に33回のフルマラソンを走ったが、最も好きなのは6回参加したボストン・マラソンだと指摘。爆弾テロによって「ボストンの人々がいかに打ちひしがれ、落胆したか、離れていても想像できる」と気持ちを込めた。
 また、地下鉄サリン事件を扱った作品「アンダーグラウンド」を執筆した際に被害者らを直接取材した経験を踏まえ、「こうした悲しみ、無念、怒り、絶望が重なった気持ちが消えるのは容易ではない」と強調した。
 その上で、こうしたトラウマの克服には時間がかかるが、「この傷を忘れず、決して痛みから目をそらさず、さらには誠実に、根気強く、静かに、われわれの歴史を積み重ねる必要がある」と呼び掛けた。

 

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あれだけ疑惑のある大きな事件について書くのである。それなのに米国政府の怪しげな公式説明だけを自明なこととしてほぼ受け入れたかたちで書いている。つまり、

 

1)未解明部分もあるが、チェチェン人兄弟の仕業である。(これを言っておけば、米国政府ににらまれることはない) 

2)自分も含め無辜の市民が深く傷ついた。(役者たちの名演技を大いに“称賛”するくらいの皮肉を書いてほしかった) 

3)報復は解決にならない。(イスラム教徒のチェチェン人が先に攻撃したという暗黙の前提)

4)トラウマの克服には時間がかかるが、痛みから目をそらしてはならない。(“被害演出説”の無視、マスメディアに対する懐疑の欠如)

 

実に平凡な、意外性のない、表面的で、退屈な、エッセーである。こう書くわたしは率直過ぎるであろうか。全文を英語で読んでいてもだいたいこうなのである。英語で読む少しは自分の頭で考える人間はこうとるだろう。日本語でも大した違いがあるわけではなかろう。上掲のニュースの要約は決して的外れではない。しかし、このエッセイにはアメリカの大手マスコミにも受け入れられる資格が十分にある。何しろ日本を代表する知名度のある作家が、ボストン爆破事件について、アメリカ政府の公式説明をほとんど受け入れたうえで語ってくれているからである。内容はどうでもいいのである。アメリカの政府の“お話”を前提に語っているかどうかだけが問題なのである。いわゆる著名人が“テロで傷ついた人々”について語れば語るほど、それの原因であったはずの“テロリストによる攻撃”という前提が“既成事実”として一般大衆の脳に浸透していくのである。大歓迎である。アメリカ政府にとっての彼のエッセーの意味はそこにしかない。もし彼がボストン爆破事件についてアメリカ政府の公式説明を疑ったり否定するようなことを語れば、彼は“ペルソナ・ノングラータ”扱いになって今後のアメリカ入国に必ずや支障がでてくるであろう。ノーベル賞もさらに遠のくであろう。まさかその予防線ではあるまいが・・・。

 

昔の若いころの彼だったら、もっととぼけたエスプリやアイロニーをちりばめて書いたのではないかと思う。ボストン爆破事件がでっち上げであることがこれだけネットで暴かれているのを彼が知らないわけがない。そんなことは決してありえない。今の村上君にはどうやらボストン爆破事件の真相がああだこうだは大した問題ではなさそうである。彼にとっての問題は、“傷ついた人々”の“心”のようである。まるで“心”は純粋でニュートラルなもので、政治とは別次元のテーマであって、作家である自分はもっぱらこちらを問題にするのだとでも言っているかのようである。彼のスポーツ観もそうである。マラソンというスポーツは純粋なものなのだから、醜い暴力争いで汚してはならないというわけである。彼の“哲学”にはこうした、“聖域主義”がある。これが“卵の側”の実体である。

 

アメリカの文壇もアカデミズムの世界もアメリカ政府権力へのご機嫌取りが仕切っていることは言うまでもない。村上君はアメリカでの自分の認知度を上げるには多少の妥協は仕方が無いんですよ、と言いたいのかもしれない。

 

はっきり言おう。君にはそんな妥協をする必要は全然ないのだ。妥協が必要なのはよほど能の無い“もの書き”だけだ。いくらそういった縛りがあっても嘘や悪や不正を受け入れない姿勢を貫くことはできるのだ。そうしているひとは実際にいるのだ。そういう縛りがある状況においてこそ、もの書きの表現力が試されるのではないか。あえて言えば、言葉で生きる作家こそ誰よりもそれに長けていなければならないはずだ。剣を取れと言っているのではない。ペンで十分なのである。このブログの別記事で紹介したトレイシー教授の「奇妙な道化:ボストンのカウボーイヒーロー」を見たまえ。いかに政府機関や政府寄りの鵜の目鷹の目の同僚教授たちから突っ込まれないようにしながら、自分の主張を最大限通すためにどんなに文を練り、言葉を選び工夫していることか。読む人が読めばその苦労の痕跡やヒダがかえって味わい深く、読むひとの心に残るのである。アイロニーという、もの書きの最後の武器が見事に使われているのだ。或る意味で、“縛り”によって逆に言葉が洗練され、感性が磨かれるのだ。“縛り”のないところには面白みがない。五七五でなくてまったく自由でいいんですよ、という無定型な俳句のつまらなさを考えてみるがいい。手を使っていいサッカーのくだらなさを想像してみればいい。“縛り”を最初から回避している作品はのっぺりしていてつまらなく、ひとの心に響かない。

 

村上春樹は“被害者に寄り添う”のが信条のようである。純粋で、だれにも文句をつけられない姿勢であるかのようである。日本人は得てしてそういう独り合点の“聖域”に安住したがる。しかし、“被害演出”の“被害者”に寄り添うことはその演出に加担することになるという点に気づいていない。見せかけの“卵の側”に寄り添うことによって、正義の側に立っていると勝手に思っている。君の“聖域主義”のパラダイムではもうとらえられない時代にとっくに入っているのだ。

 

ボストン爆破事件についてのエッセーであるというので、もっとひねりのある、でっちあげやアメリカ政府を当てこすった内容を期待したのだが、とんだお門違いであったようである。彼が老成したのかもしれない。わたしに成長がないのかもしれない。いくら読み進めてもユーモアもなければ、アイロニーも風刺もない。ボストン爆破事件という、まともな知性の持ち主であればどう考えてもウラがありそうなテーマで書きながら、このエッセーには権力との緊張関係が微塵も感じられない。かつて同時期にフーコーを研究した人間がこれほどまでに権力になびいているのを知って複雑な思いである。

 


“ボストン爆破記事”関連YouTube 4点 もごらんください

2013-04-30 07:29:28 | 現代時評

  ボストン事件CNN画像のウソ

現在CNNがYouTube運営者を通じて“著作権”を盾にこのわたしに圧力をかけてきています。

"Your video may include clips that are owned by a third party..."

彼らにとって相当不都合であるようです。

視聴できなくなる可能性があります。早めのダウンロードをお願いします。

 ボストン事件CNN画像のウソ

  

スピルバーグがボストン事件現場にいた?

 

  

2.  ボストン爆破 爆発直後の分析 

(ズームを使い鮮明な画像で解説)

  

 

1.   “ボストン爆破事件”のトリック

客観的証拠を明るみに出す

 

以下のYouTubeの統計は“トリック”の分だけであって、5/3のものである。5/7では視聴数は5,000を超えている。

 

なお、仕事でたまたま中国の会社と取引があり、そこの若い女性社員とメールでここ1カ月ほどやりとりをしている。ボストン爆破事件では3人の犠牲者のうち一人は中国人の若い女性である。仕事上の相手にどうだろうかと迷ったが、思い切って上のユーチューブを紹介した。中国ではユーチューブの視聴は建前では禁じられている。しかし、彼女は何とか同僚の助けを借りて視聴したのである。先方は非常に驚き、感謝もされてしまった。彼女はなんと多少日本語もできるというので、さらにここのブログも紹介した。以下はその返事である(中国では外国人とのメールのやりとりでは皆英語ふうの名前を名乗る)。あえて訳さずに掲載する。

"Japanese people..." 彼女はコメント欄まで読んでいる。


ボストン爆破事件検証 6 視聴者をだますCNNの手口

2013-04-29 07:23:51 | 現代時評

 

この記事のYouTube版もぜひどうぞ。

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ボストン事件CNN画像のウソ

 

ボストン爆破事件の検証 (6) 視聴者をだますCNNの手口

 

今回のボストンマラソン爆破事件の報道においてCNNは“演出作戦”に積極的に協力しているフシが随所に見られる。まずは画像分析で証明できるところから手をつけてみた。

まず、以下のCNNテレビニュースからの画像をご覧いただきたい。写真1▼でおわかりのように、このニュース映像はCNNがいったんテレビで流したものをさらにYouTubeにのせて組織的に流すニュース映像の一つである。皆さんもYouTubeで実際にすぐに見ることができるように写真1と2にリンク(別ウィンドウ)を張っておいた。写真2▼では、当のアメリカンヒーローであるアレドンドがCNNのリポーターのインタビューに応じているところである。このニュース映像は4/17放映である。

写真1                                     写真2

 

写真3▼は、今回のボストンマラソン爆破事件を報じる写真の中でも代表的な1枚となったもので、活躍中の“ヒーロー”の姿をとらえたものである。右の写真4はアレドンドが車椅子伴走の行脚に繰り出す前のアレドンドの様子を上から写した写真に、インタビュー場面の映像をCNNが差し込んだものである。赤い枠はわたしがつけたもので、この中にアレドンドが今回の目印になるカウボーイハットをかぶって写っていることになっている。しかし、この写真に違和感を覚えたわたしはYouTubeのこのシーンを止め、画像として取り込み、さらに拡大してみたのが次の写真5である。 (画像を取り込む際にできるだけ解像度をあげるために、パソコンの表示を通常の100%から1000%にした。そして表示画像を7x5の35分割にして、35回に分けて取り込んだ。それからそれらをフォトショップでピクセル1ケタの精度ですべてピタリと貼り合わせて再構成した)

写真3                                      写真4

 

▼念を押しておきたいが、この二つの横顔はCNNテレビニュースの映像の1コマであって、CNNが同一人として同時に同じ画面に出したものである。わたしは単にそのシーンを止めて静止画にして拡大しただけである。わたしが勝手に別々の場所から拾って来て並べているのではない。

▼まず、この人物の身体をよく見てほしい。自分で立っているのだろうか。上半身だけがひょいと置かれたように見えはしないだろうか?次に赤い矢印の指す箇所に目を転じて頂きたい。わたしにはこの人物に右腕があるようにはどうしても見えないのだが、あなたはどうか?肩はあるようだが、その下がないようだ。右腕はどこにある?実在のアレドンドにはちゃんと両腕がある(写真3▲)。どういうことだ?これは誰を撮ったものだ?少なくともアレドンド本人であるとは言えそうにない。しかしCNNは同一人として報道しているのだ。もしこれが同一人でないとしたら、当のアレドンドはその場にいなかった可能性がある。

写真5▼

 

▲今度は顔を見て見よう。いかがであろうか。たしかに右の写真は遠距離からのものであるためか不鮮明ではあるが、とても同一人物の横顔とは思えないのである。この右側の写真をさらに拡大すると以下の写真6▼のようになる。

この巨大な耳はなんだ?目があるべきところに目があるように見えない。眉があるのかないのかはっきりしないのは単に遠距離撮影でぼやけたせいだけではなさそうである。ちょうど(?)うしろに屈みこんだ人間の不自然に黒っぽいシルエットを背景にしたこのアゴはなんだ?そもそもこれは人間か?この横顔は“別人”と言うより、架空の存在ではないか?フォトショップを使って合成したものではなかろうか?その痕跡と思われる個所は他にも発見できる。帽子の左の輪郭から背につながる境界線をよくごらんいただきたい。不自然に帯状に濃くなっているのがおわかりいただけよう。

写真6▼

 

カウボーイハットのヒーロー、アレドンドは至る所で写真に撮られている。この写真7▼は当人が俯いている点をのぞいて、撮影の角度はほぼ同じなので比較しやすいかもしれない。これを拡大したものがさらにその下の写真8▼である。

写真7▼

 

写真8▼(CNNの“謎のヒーロー”と比較しやすいように拡大写真は90度反時計回りに回転している)

 

これを再びCNNの“謎のヒーロー”と並置してみると以下のようになる。違いは歴然としている。CNNは別人の写真を使っているか、合成写真を使っているか、もしくは別人の写真を合成するかしている疑いがある。そしてその場にいなかった人間をいたかのように報道した可能性がある。CNNはこうやって世界中の視聴者を欺いている可能性がある。

写真9▼

自分たちがテレビで流したニュース映像の1コマの写真の、そのまた一部分を拡大して分析する人間がいることまでは予想していなかったのであろう。CNN(Cable News Network)はグローバルマスメディアの中でも非常に影響力があるアメリカのニュース配信チャンネルであるが、今回のボストンマラソン爆破事件の報道では“演出作戦”に積極的に協力していると思われるものが少なからず見られる。まずは画像分析で客観的にだれにでも証明できるところから手をつけてみた。こういうことは皆さんにもできることだ。なんか変だぞ、と思ったら追及してみることだ。テレビは視聴者を引きずりまわすので、視聴者はじっくり考えたり、吟味したりすることができない。そこに乗じてCNNにかぎらずテレビ一般はやりたい放題にウソを垂れ流し、一般大衆の心理を操作している。さる2月にわたしがこのブログで「キャパの「崩れ落ちる兵士」--NHKの明らかな思考操作」という記事を書いて、コメント欄が炎上したことがある。当の番組のディレクターとおぼしき者などが反論にやっきになったものである。参考までにごらんいただきたい。実はマスメディアが自分から主体的にこういうことをしているというよりも、マスメディアを利用して世の中や世界を操ろうとしている組織や勢力があるのだ。テレビや新聞といったマスメディアは権力や財力のあるものの言いなりになって大衆心理操作を請け負っているということだ。わたしが以上で解き明かしたのは氷山の一角のまたそのかけらに過ぎない。

この記事のYouTube版もぜひどうぞ。

現在CNNがYouTube運営者を通じて“著作権”を盾にこのわたしに圧力をかけてきています。

"Your video may include clips that are owned by a third party..." うんたらかんたら・・・

彼らにとって相当不都合であるようです。

視聴できなくなる可能性があります。早めのダウンロードをお願いします。

ボストン事件CNN画像のウソ

 


ボストン爆破事件検証 5 爆発直後の連続画像 24枚

2013-04-28 07:20:10 | 現代時評

ボストン爆破事件の検証 (5) 爆発直後の連続画像 24枚

 

ボストン爆破 グラウンドゼロ分析 (YouTubeではズームを使っています)

すでにネット上ではさまざまな画像がばらばらに流れているが、今回まとまって手に入った画像で“両足喪失”男を中心に検証してみたい。事実をあぶり出すために元画像にコントラストと明暗のさまざまな“拷問”をかけた。皆さんも以下の画像を一枚一枚コピーしてご自分で検証していただきたい。なお、わたしの知りえた最新の情報に基づいて更新、追加をしている。

まず、動画でも見た人は多いと思うが、爆発が起こるや否やボロボロというかビリビリの服で走り抜けていく男がいた。だれもがこの男に注目した。わたしは最初からこれは犯人ではないと確信していたが、分析の結果、以下のように彼の役割を明らかにできたように思う。

▲ 結論として、この男は“おとり”である。軍事学的には“陽動”である。英語では“DIVERSION”というが、隠すべきものがあるときに自分に注意を引きつけて、隠すべきものへの注意をそらすのがその目的である。

▲ 爆発直後に走り抜ければ誰でもそちらを見る。当然だろう。しかし、実はこの男ではなく、彼が通った煙の中があやしいとわたしは思った。

 

▲ この煙の中がわたしの興味を惹いた。

▼ 同じ画像のコントラストと明暗をいろいろ調節すると次のように浮かび上がってきた。

▲ そうである。あの“両足喪失”男の後頭部である。彼はこの瞬間には爆発によってすでに両足を吹き飛ばされていたはずである。しかし、上体を垂直に起こしているように見える。少なくとも重傷を負って苦しんでいる仰向けや横向きの状態ではないと言える。さらに彼の向かいには別の人物がいるように見える。なお、上のビリビリの服の陽動役も、そしてこの爆弾にしては多すぎるこの煙も“隠ぺい”のためであると考えていいだろう。見られては困るものがあるからにほかならない。ちなみにわたしは当日の2つめの爆発も実は仕事をしやすくするための陽動目的ではないかと考えている。

 

▲ 相手は例のフード男である。このフード男の左腕のひじが見て取れる。この、まるでスターウォーズのダース・シディアスのようなフード男はさらにその左手に何かをほぼ垂直につかんでいるようにも見える。煙が晴れるにつれて以下の写真でもだんだん鮮明になってくる。

 

ダース・シディアス

▲ どうであろうあろうか?何かを垂直に近いかたちで掴んでいないだろうか。

 

▲ ここまで煙がはれると、フード男がつかんでいたのは、“両足喪失”男の右ひざあたりであることがわかる。この右ひざは吹き飛ばされたわけであるから、ふつうの人体であれば血が噴き出しているはずである。フード男のこの姿勢と位置であれば顔、上半身に鮮血をもろに浴びているはずだが・・・。“両足喪失”男の左脚(大腿部)も見えてきた。

 

▲ さて、ここまで鮮明になってくると、二人のあいだにもう一人の人物である黒人女性がいることがわかる。爆発時にフード男はこの女性をかばうような体勢をとっていた。たがいに本能的にかばい合う例が赤枠のまさに右側で役者たちによって実演されている。しかし、このダース・シディアスの場合、隣人をかばうふうでありながら、その実、その手は“両足喪失”男のひざのあたりで忙しいようだ。それとも男性の隣人の“出血”を“即座に”止めていたのだろうか?どうやら見事に完璧に止血できたようで、フード男の手も、そのダース・シディアス風のフードもまったく血がついていない。“両足喪失”男自身の手も、それどころか先を吹き飛ばされた脚にも血が付いているようにはまったく見えない。まるで魔法のようだ。

 

▲ 黒人女性の頭部と、ひざのシルエットが見えてきた。ここにきて“両足喪失”男の両方の大腿部の全体がほとんど見えている。この“煙の中のトリオ”の左側にブロンドの女性がごろんと横たわっているのが見える。これはすぐあとで例の“最も美しい負傷者”となるべき女性である。

▼ この女性は今は作業中の“トリオ”の左側の隠ぺい役を務めているが、のちにはその美貌で以下の写真によって見事に世界を相手に“陽動”役を務めることになる。ちなみに後ろの赤いジャンパーの男も役者であることがほぼ確実となっている。▼

 

▲ この突然出現した地獄図の中、フード男はみずからの安全の確保よりも、手に黒いヒモ状のものを持って必死に何かを縛るのに忙しいように見える。“両足喪失”男も一緒に作業している様子である。二人は黙々と周囲の阿鼻叫喚をよそにひたすら重要な任務に専念しているように見える。黒人女性が左手を垂直に伸ばしている。なお、今回の“テロの犠牲者”の一人であるクリステル・キャンベル嬢が写真右側に見える。この時点ではまだ生存していたことになる。

 

▲ “両足喪失”男の両脚がはっきり見える。すでに別の記事でも指摘したが、右の大腿部に明らかに継ぎ目のようなものが見てとれる。はめ込み式になっているように見える。フード男はこれをはめていたのであろうか。黒人女性はまだ左手を挙げたままである。オレゴンの緊急医療技士の説ではこれは合図である。わたしも同意見であって、おそらく道路の向かい側の建物の窓から双眼鏡で見ている人間がいるのであろう。

 

▲ フード男がはめていたのはこれだったのだろうか?それにしてもこんなにスキ間が空いていていいのだろうかと思ってしまう。スキ間が空いていようが、ピッタリくっついていようが、義足には変わはりないだろう。

 

▲ フード男は今度は“両足喪失”男のひざ上に黒いストラップのようなものを巻きつけているように見える。同時に右手からクリステルさんの悲鳴が聞こえてくるようだ。

 

▲ “両足喪失”男の左のひざ下が上げられて今や“骨”まで見える。それにしても彼の“右ひざ”は異様に大きく見える。フード男と黒人女性は断末魔のクリステルさんの方を冷静に見ている。

 

▲ “両足喪失”男の左手はずっと自分の顔の前にある。何をしているのかは不明である。

 

▲ 黒人女性の平静さは二重に驚嘆に値する。まず、先を吹き飛ばされた脚が目の前にありながらも平然としている。そして次に、3メートル前方に断末魔の悲鳴をあげている女性がいても、いたってビジネスライクで平然としている。これだけの“危機的状況にありながらも”「すべて予定通り」といった様子で平然としている。

 

▲ このあたりから“両足喪失”男の右脚の切断箇所付近から赤い肉片のようなものが見え始める。“両足を吹き飛ばされたばかりの”男の脚がこの“トリオ”のほぼ中央にあるにもかかわらず、出血した、いや、している、はずの血がどこにも見えない。この連続写真の最後まで、血は見えることなく終わる。出血はなかったということか?ちなみにうしろにずっと立っている大柄な女性も明らかに工作員の役者であって、この連続写真以外にもさりげなくあちこちで立っている。

 

▲ 黒人女性は、前方で苦痛に身もだえする(役者の?)人々を眺めながら、合図の手を挙げたまま、あくまでも冷静である。たしかに役者が他の役者を見るときにビジネスライクになるのは当然かもしれない。無理に絶叫しろ、とは言うまい。

 

▲ フード男は仕事がひと段落した様子でうつむいているが、手が見えないのでまだ何かしている可能性もある。

 

▲ 黒人女性はずっと手のひらを開いたまま左手を伸ばしている。“両足喪失”男はいつの間にか右手に何かを持っている。右脚の切断面がかなり赤みを増しているようだ。畳んであったものが開いてきたのかもしれないが、出血というものではない。そもそもこの“両足喪失”では2本の足を吹き飛ばされたことになっているが、それらはどこにも見えない。この連続写真以外でも見つからない。そんなに遠くに飛んだのか?近くに血だらけの状態で転がっているに違いないと思っても、その際の出血の痕跡すらまったく見つからない。

 

▲ 黒人女性はずっと左手を挙げているが、ここでは、いきなり右手で“両足喪失”男の額を突いているように見える。“両足喪失”男のおでこ辺りに手が見えるのは間違いない。その手の持ち主は黒人女性以外にはありえないのだ。一方、その“両足喪失”男は右手を開いて立てている。この場面は黒人女性が「おい、お前も手を挙げなきゃダメだろ!ちゃんとやれよ!」と叱りながらおでこを小突いて言っているかのようだ。フード男もサングラス越しににらんでいるように見える。

 

▲ “両足喪失”男は(言われた通りにか?)ちゃんと手をひらいている。しかし、両足を吹き飛ばされたばかりの人間がなんでグーチョキパーのパーを出していなくてはいけないのか?これをしていればアメリカでは救急車が来てくれるのか?

 

▲ 黒人女性の右手が“両足喪失”男の右脚に触っている。“最終チェック”であろうか。いっぽう“両足喪失”をして大出血しているはずの男が足の心配もしないで手のひらをぱっと開いているのは並々ならぬ余裕である。しかも両手ともまったく血がついておらず、きれいなものである。

 

▲ カメラはブレているが、それでもぱっとひらいた手のひらはかろうじて認められる。

 

▲ 右手は今は“むすんで”の状態である。代わりにか、左手がパーのようである。おいおい、足のほうはいいのかよ?“グー・チョキ・パー”どころじゃないだろう!?フード男の左手が手前に伸びてきている。“両足喪失”男の大事な小道具の右脚に触れているようにも見える。

 

▲ 手前に伸びてきている手が“両足喪失”男の“右ひざ”をつかんでいる。外れないか確認しているように思える。

それにしても、路上にはまったく血が見えない。圧力ナベ爆弾にはクギだのベアリングだのが入っていて多くの人を傷つけたとのことである。以上の連続写真は爆発の起きた“グラウンドゼロ”の写真である。“演技”だけがあって、出血はなかったのか。路上で撮られた別の写真ではまるでドラマのような“血の池”になっているではないか。人体の場合、出血が始まるのにはふつう何分か待たなければならないのだろうか。それとも単にステージブラッド「演出用血液」の散布がまだ始まっていなかったということであろうか。

さて、以上の写真に写っている人間について調査されているが不明な点も多い。まず、当日会場では無数の写真が撮られていて、それらを使い爆破の前にそれぞれの人物がどこにいたのか調査が行われた。しかし、ほとんどが見つからないのだ。もちろん爆破の直前には皆いるのだが、グラウンド・ゼロにやってくるまでの路上の監視カメラにも写っていないのだ。いくつかの目撃証言によると、当日、グラウンド・ゼロには花見の席取りよろしく囲いがしてあり、人がいて立ち入れさせないようにしていたとのことである。別の目撃証言によると、爆破のしばらく前に観客の後ろ側の建物のドアと路地からひとがゾロゾロ出てきたとのことである。つまり、これらの人間はあらかじめ“舞台衣装”を着た状態のまま“楽屋”にしていた裏の建物の中で待機していた模様である。どんなジョークを飛ばしながら待機していたことやら。しかし、これですべて解明できたわけではない。わたしも自説をいくつか立てているが、まとまって来たものから紹介したいと思っている。

ボストンテロ グラウンドゼロ分析 (YouTubeではズームを使っています)


ボストン爆破事件検証 4 ボストンのカウボーイヒーロー

2013-04-27 07:22:17 | 現代時評

以下はジェイムズ F. トレイシー教授の私的ブログに掲載された記事の全訳である。

< >はわたしの補足である。

http://memoryholeblog.com/2013/04/26/the-unlikely-antics-of-bostons-cowboy-hero/

APRIL 26, 2013
The Unlikely Antics of Boston’s “Cowboy Hero”

深く掘り下げた記事はないかとネットで探しまくって昨日見つけたものだが、わたしが書いた「二人のヒーロー」の推理とわたしの説の一部を裏付ける事実や論を提供してくれていることが慧眼な読者諸氏にはおわかりいただけるだろう。自由の国アメリカでもこうした記事を大学教授が私的ブログ上とはいえ発表するのはかなり問題視されている。大学の講義でふれようものなら、即刻解雇である。

奇妙な道化、ボストンのカウボーイヒーロー

カルロス・アレドンドはボストンマラソン爆弾事件における最も勇気ある人々の一人として大手ニュースメディアにこぞって称賛されている。インターナショナル・ビジネスタイムズ紙では、彼は“真のアメリカンヒーロー”として喧伝され、ボストンマラソンを揺るがした2つの爆破の犠牲者の救出のために自らの生命の危険を冒して当たったとほめちぎった。


地元ボストンのバンゴール・メインの住人であるアレドンド氏は、2004年のイラク戦争で気の毒に息子を失い、その後平和運動家に転じている。当日彼は友人のジョン・ミクソンとボストンマラソン会場に来ていた。地元メインの戦没者顕彰のために参加した走者たちを応援するためであった。爆発後、<(ちょうど?)爆発現場の反対側の歩道にいた>二人はボイルストン通りを突っ切って、爆発の犠牲者を助けるためにフェンスと足場を解体しはじめた。「アレドンドはフェンスを壊し、自分の服とタオルを使い爆発で血を流している負傷者の出血止めをしました。しかし彼らはひどい重傷でした」地元メインのポートランド・プレスヘラルド紙はこう報道している。「二人は両足を失った一人の観客を救出し、救護スタッフが押して来た車椅子に乗せました。『わたしは彼にこう言いながら、ずっと話しかけました、「大丈夫だからな、俺がついているからな」と』」


この記事を読む人は、病院で痛み止めの麻酔を投薬されたボーマン氏がにわかに目を覚まし、ツァルナエフ兄弟が爆弾犯人であるという強烈な記憶を語ったという話を思い起こすことであろう。ボーマンの兄、クリスはブルームベルグ・ドットコムに次のように語っている。「あれほど麻酔を打たれていたのに彼は目を覚まし、紙と鉛筆をくれと言い、『カバン、男を見た、目が合った』と書いたんです」

上掲の写真で、アレドンドはジェフ・ボーマンを急いで救急車に運び込む際に負傷者の動脈を押さえているところという姿で写っている。新聞各紙によれば、「事件当日の月曜日、アレドンドは両足にひどい重傷を負った青年を助けるために警護フェンスを跳び越えて突進した。彼はその青年に名前を尋ねた。―ジェフ・ボーマンーそしてこう続けた。「じっとしてろ、救急車が来るからな」
ワシントンポストはさらに“感動的な”記事を掲載している。それはアレドンドが警護フェンスと撮影用足場の撤去に注いだ努力をすっかり要約したような代物である。

カルロス・アレドンドはボイルストン通りを突っ切った。警護フェンスを跳び越え、血まみれの歩道に飛び降りた。彼の目の前には二人の女性が横たわったまま動かずにいた。もう一人の別の女性が倒れている遺体を見おろしながら黒色火薬の煙の中をふらふら歩いていた。「オーマイゴッド!」と彼は言った。その女性も茫然としたまま「オーマイゴッド!」とオウム返しに言った。アレドンドはボストンマラソンの観客として来ていた。カメラと星条旗の小旗を携えていた。彼は小旗を捨てた。写真を四枚、歩道にくず折れた青年に焦点を合わせて撮った。その青年はうつろな表情で、片方の足はひざから下は骨だけだった。アレドンドはカメラをしまった。彼は負傷した青年に名前を尋ねた。「じっとしているんだ」と彼は青年にそのなまりのある英語で強く言った。「救急車が来たからな」と。

上記のシナリオには大きな問題がある。その現場全景とその中のアレドンドの行動を撮らえた写真が示すところによれば、言われるところの彼の英雄的功績は実際ははるかに時間を浪費して取り組まれたものであり、しかもおそらく、言われているほど高貴ではないかたちにおいてであった。


この監視カメラ映像が示すところによれば、当日の3:05きっかりにアレドンドは救急車に向けてのボーマン搬送の勇気ある一歩を踏み出している。これは最初の爆弾が爆発してから6分以上経過してのことである。


ボストンの“カウボーイヒーロー”は、ボーマン氏がそばの歩道に横たわって苦しんでいたあいだ中、一体何をしていたのであろうか。

<ここから写真はほぼ経過順の時系列に従っている>

この写真の左側にアレドンドがフェンスのそばで待機しているのが見えるが、帽子をとって自分の前方の負傷者が横たわるところに向かって行動を移すところであろう。肝心のボーマンは黒っぽいパンツと白いシャツと赤いジャケットを着た黒人女性の後ろにいる様子である。<たしかに、足の骨がのぞいているように見えるが、これにはウラがあり今分析中である>

両足を失ったことになっている男性を助けるために、ワシントンポストの言葉では「本能的に」突進するよりは、アレドンドは今ここでは警護フェンスの撤去に専念している様子である。

公式発表の264人の負傷者という数字はこれらの写真からはたやすく証明すべくもないが、ただ、ボイルストン通りから、そしてゴールからずっと離れた場所で2発目の爆弾が起爆した際の死傷者も入れると、それよりもはるかに大きな数字が証拠づけられるかもしれない。

これは、アレドンドが負傷者や手足を失った人々よりは警護フェンスや足場の撤去のほうにはるかにずっと心を奪われている様子が写った別の写真である。

警護フェンスがついに解体され、今やボストンの“カウボーイヒーロー”はなぎ倒された人々にすっかり背を向けている。

ボストンのカウボーイヒーロー、アレドンドがここでも足場を相手に奮闘を続けている姿が見える。

 


アレドンドが警護フェンスの解体を手助けしているあいだ、たいへんな重傷で足を失ったジェフ・ボーマンは助けのないまま地面に放置されていた。

 

ボストンのカウボーイヒーロー、アレドンドは今度は足場のパイプ枠にもたれて、おそらくちょっと一休みといった様子である。<わたしはこれを向かいの建物の窓からの合図待ちと考えている>

 


その間(かん)、たいへんな重傷を負ったジェフ・ボーマンは誰にも救護されていなかった。

 

ウボーイヒーローのアレドンドによる足場解体の奮闘を援助している人々に、陸軍予備隊も加わっている様子である。その一方で重傷を負い足を失った者が助けもないまま放置され続けていた。

 

 

この時点では、警護フェンスと足場はすっかり撤去されている。にもかかわらず、アレドンドはボーマン氏の救護にまだ向かっていない。そればかりではない。付近一帯は私服の救急医療スタッフで溢れかえっている一方、足切断というたいへんな重傷を負うことになるボーマン氏は助けもなく放置されていた。


この写真の高解像度版にはマラソンのためのタイマーが道路の頭上にあり、それがそのときの正確な時間を4時12分6秒と示している。爆発は4時9分43秒であったから、これは爆発から2分23秒後の時点である。これは爆発の犠牲者にとってはたいへん長い時間である。報道されるような手足を失ったり、破片類での傷を負ったりした負傷者の場合、緊急時に真っ先に駆けつける人々による救護もなく放置される場合は特にそうである。大量殺戮から人々を救うべき不撓不屈で騎士道精神に燃えた真っ先に駆けつけるべき人々が警護フェンスを相手に奮闘しているような場合は特に助けを待つ側にとっては時間は長いものであろう。

 

ボーマン氏が救急車に運び込まれるまでに数分の時間が余計にかかっている経緯を一連の写真が示している。正規の医療スタッフが無惨なほどに傷ついた男性の手当てをしなかったのはなぜなのか?おそらくそんなものは少しもドラマチックな写真にならないからであろう。

<手前に見える車椅子があるが、“伝説”のものとは別物である>

ボストンのカウボーイヒーローがついにジェフ・ボーマンを見つけて救出する際に帽子の向きを直しているシーン。この後、カウボーイヒーローがボーマンを乗せた車椅子に伴走することになる。<実は帽子をいじっているのではない。わたしもすでに画像を仔細に調べているが、タグひもをむりやり帽子の上から首にかけようとしているところである。この人物の行動は一貫して道化じみている>


この最後の写真にはマラソン計時タイマーが写っているが、それが撤去されているところである(なぜか)。表示時刻は4時14分26秒であり、爆発から5分近く経過している。この写真では、アレドンドは負傷者が横たわる場所にかがんでいるように見える。しかし、その当の負傷者は隠れてほとんど見えない。<わたしはこの写真に写っている人間は全員役者をしているエージェントと考えている。トレイシー教授もわかっているはずだが、大学教授がそれを言うのは命取りになる>
こうして見てきたように、大手メディアによるアレドンドの英雄行為の記事とは対照的に、ボストンのカウボーイヒーローがボーマンに伴走するまでに6分の時間が無駄に流れていたように思われる。

 

そして、ついにドラマチックな写真撮影が成功をおさめる。この写真によって、ボストンマラソン爆弾事件の惨劇は大衆の心に強く刻み込まれることになる。<わたしの説よりずっと抑えた表現を選んでいる>
要するに、爆発の際に負傷者を手当てする人員は十分存在していたにもかかわらず、そして、どうやら両足を吹き飛ばされたにもかかわらず、ジェフ・ボーマンは少なくとも2分20秒はまったく手当ても受けることなく放置されていたのである。


そして、これほどまでに長い時間を少しも注意を向けられることなく過ごした揚句、最後に彼に手を差し伸べたのは医療スタッフでもなかったのである。この負傷者は、代わりにカウボーイハットの一市民によって助けられることになる。そして、このヒーローはその数分後にその負傷者を救急車へ運ぶために車椅子に乗せる。その数分の間にどうして医療スタッフがどこかの時点でその仕事をしなかったのか?
そもそもなぜ救急車は負傷者が倒れている現場に向かわなかったのか。パトカーが道路を行ったり来たりできるのなら、なぜ救急車にできなかったのだ。

カルロス・アレドンドは本当にアメリカのニュースメディアが描きだすようなヒーローなのであろうか?こういったニュース記事の垂れ流しはもしかしたら誤った観念をいつまでも植え付けることにならないか?アレドンドは本当にフェンスを跳び越えてボーマンを助けるために突進したのか?それとも、これは作られた場面であって、そこではアレドンドはあらかじめ与えられた役割を演じただけなのであろうか?足を失ったことになる男性はあとでツァルナエフ兄弟を邪悪な犯人と断定する上で決定的な役割を果たすことになるが、彼が写真撮影の対象にされなかったのは意図的だったのか?そうでなくても、なぜ彼は最後の勇敢な救出者も含めてすべての人々にこんなにも長い時間にわたって無視されることになったのか?

さらに、大手メディアや、政府批判的なオルタナティブ系のメディアもこの考えれば考えるほど奇妙なあり得ないように思えるこの出来事を正面から検証しようとしないのであろうか?

政府批判にならないように非常に気を使って、医療スタッフに対する批判の体裁をとって書いているのがおわかりであろうか。トレイシー教授はメディア論の教授で、大衆意識操作の裏の裏を知り尽くしている人間である。ここには書けないような政府諜報機関のありとあらゆる手口に通暁しているはずであるが、その百分の1もあばいていない。たとえば、ジェフ青年の無惨な足が作り物であるとはどこにも言っていない。役者がたくさん動員されていることも分かっているが、おくびにも出さない。さすが大学教授である。このわたしなどとは大違いである。文中特に終わり近くで読者にたたみかけるようにしている質問にすべて自分では答えを持っているひとである。まちがいなくアメリカ政府の監視下にある“要注意人物”であろう。


ボストン爆破事件検証 3 二人の“ヒーロー”

2013-04-26 23:49:44 | 現代時評

ボストン爆破事件の検証 (3) 二人の“ヒーロー”

いくら客観的証拠、合理的根拠をあげても受け入れたくない人がいるものである。そういう方々はこのページは見る必要がないだろう。

ボストン爆破事件について書き出してから、このボストン爆破事件検証シリーズの親サイトの訪問者数がある日4万人になり翌日には20万人になり、そして35万人を超えた。gooブログでのアクセスランキングでケタ違いの一位になってしまった。自分でも驚いている。“真実”を求める人々がこの世の中にはまだまだいる証拠だと受け止めている。いっぽうボストン爆破事件は長い時間をかけて準備された壮大な“演出劇”であるというわたしの説を裏付ける証拠が次々と上がってきている。この検証“シリーズ”も3回目になったが、証拠が山のようにあるのでどう手をつけようか困っている。まとめやすいものから紹介していくつもりである。

 

さて、今回のボストン爆破事件で一躍有名になったヒーローが二人いる。

一人は“両足を失った”青年、ジェフ・ボーマン

もう一人は彼の“命を救った”コスタリカ出身の移民、カルロス・アレドンドである。

この“美談”はアメリカはもとより世界中を駆け巡り、とくに中南米の国々ではラテン系の移民の快挙として大歓迎された。

しかし、この“美談”はボストン爆破事件という“大芝居”の中の“エピソード”として書かれたシナリオに基づいて周到に準備され実行されたものである。そんなバカな、と思うならば、以下の根拠を逐一反論してもらいたい。

まず、この“救出劇の美談”の構成を分析したい。

“弱者を救う” と “悪に屈しない” という2つのヒーローの条件(弱きを助け、強きを挫く)が二人に1つずつ体現させられている。カウボーイハットの男が弱者を救うアメリカンヒーロー、そして“両足喪失”男が“苦しみに耐えながらもテロに屈しないアメリカンヒーロー”である。一枚の写真にこれを目いっぱい盛り込んだのは実に見事な演出と言うしかない。ちなみに“両足喪失”男は搬送先の病院で“犯人目撃証言”をして、それによって容疑者のチェチェン人兄弟が捜索されて殺害、逮捕された。つまり悪との戦い、正義の実現に貢献したヒーローということなのである。

この“二人のアメリカンヒーロー”というボストン爆破事件のエピソードは、ニューヨークタイムズにも掲載された以下の写真が典型的に示している。しかし、この写真を見て、あなたは何か変に思わなかったであろうか。

写真A

世界中に配信され、1億人以上の人間が目にしたに違いないこの写真だけでも以下に掲げるような不審点がある。個々に解説していこう。

1 これだけの瀕死の重傷を負いながら、苦痛の表情も見られないし、失神もしていない。

2 さらに、これだけの重傷を負いながら、出血しているようには見えない。

▲ この若者は爆破事件前から両足が無く、写真に見えるグロテスクなものは作り物である。それを装着しているだけなので、多少かゆいことはあるだろうが痛いことは何もないのである。つまり彼はアンピュティー・アクター(amputee actor)であって、意味は“手足切断の役者”である。アメリカにはこういう職業があって、災害場面の演出にリアリティーを与えるために動員されるのである。

“失神”のシナリオはありえなかった。なぜならば、失神していたら車椅子で上半身を垂直に保てず、当然寝かせてストレッチャーでの搬送になってしまうからである。そうなると“ボストンマラソンの真のアンカー”である“二人のヒーロー”の顔を1枚の写真に納められなくなるからである。そんな細かいことをいちいち考えているだろうか、とあなたは思うかもしれない。いるのである。何としてでも上のような写真を撮って世界中に流してやろうとしている輩がいるのである。それがアメリカの国益になると信じている人間がCIAには10万人以上いるのである。

3 重傷者になぜ車椅子を使うのか。水平にして搬送するのが常識ではないか。

4 後ろの通りを見ると少なくとも100メートル以上はこの車椅子での“真のボストンマラソン”で走って来たようだが、救急車を呼ぶべきではなかったか。

▲ 救急車で運ばれてしまったら、二人のヒーローの並んだ姿が一枚の写真に納めて撮れないからである。車椅子で搬送し、それも止血しながら必死に伴走しているという姿が最初から要求されていたのである。“テロに傷つきながらも必死に弱者を救おうとする(映画の主人公のような)アメリカ”というイメージ演出も爆破事件の大芝居の一部に組み込まれていたのである。この二人による、ヒーローの条件の凝縮した姿を何とか一枚の写真に納めてマスメデイアを使い世界中に流す計画も初めからあったということである。そのための写真を撮るにはある程度の距離を二人が一緒に移動してくれる必要があったのだ。

5 先導している救急救命士は、なぜ負傷者の右脚の膝うえをつかんでいるのか。

▲ つかまれても負傷者には痛くない理由はもういいだろう。実はこの救急救命士の制服を着ている男は今回のボストン爆破事件という“大芝居”で無数に動いていた役者の一人である。本当の救急救命士が仕事中にサングラスをかけることはない。出血状態を確認できないからである。サングラスは工作員の必須アイテムで、もっぱら面が割れるのを避けるためである。このエージェントが心配そうに負傷者の足をつかんでいるのは負傷者の出血のためではない。そもそもこんな膝うえをつかんで止血できるわけがないことは素人にもわかる。

実はこの車椅子での“真のボストンマラソン”道中の途中で思わぬアクシデントがあったのだ。何と、こともあろうにこの負傷者の“右脚のホラーの作り物”が、ポロっと落ちてしまったのである。この場面がたまたまビデオで撮影されていて、それがユーチューブに投稿されている(ただ、アップロードされていると不都合なひとがいるらしく、そばから削除されているようだが、ぜひごらん頂きたい)。そのドジな瞬間に、この救急救命士役の男があわてて拾ってハメ直しているのだ。上の写真はそのあとのショットであるらしく、彼はカメラマンの前で再びはずれることが無いように必死に押さえているというわけである。しかし、ゴール前で再びはずれたらしい。以下の比較写真をよくごらんいただきたい。

写真B

                      

水色の手袋でしっかり押さえている。

 

写真C

 

6 コスタリカ人の移民がなぜボストンでカウボーイハットをかぶっているのか。テキサスでもないのに。

▲ 1枚の写真に必要なものをできるだけ注ぎ込み、無駄なものはできるだけ捨てるのが“宣伝写真”の常道である。アメリカンヒーローにヤンキーのシンボルのカウボーイハットをかぶせることによって写真のもつ情報量、濃度、訴求力、インパクトがより高まるのである。この男の写真をグーグルで無数に見たが、今回の爆破事件以前はカウボーイハットはかぶっていないようである。やはり当日は“必要あって”かぶっていたのではなかろうか。そもそもこのカルロス・アレドンドなる人物は地元ボストンでは知られた政治運動家であり、あらかじめ役柄を与えられていたのであって、当日偶然に“人助け”をしたというのではない。

彼がインタビューに応えてもっともらしく言うには、最初の爆発があったとき、彼は星条旗の小旗を持っていて、青年を無事に救急車まで搬送し終えたときに、その星条旗の小旗が青年の血でぐっしょりだったと。

「この星条旗を見てください。出血の血ですっかり染まっています」とアレドンドは語った。

“Look at the flag, all bleeding,” Arredondo said.

このセリフはインタビューの際にちゃんと言うようにあらかじめ与えられていたものである。このセリフは簡潔ながらかなり高度なレトリックであって、失礼ながらコスタリカの移民の口からさっと出るようなものではない。このセリフのメッセージは、「今アメリカは卑劣なテロによって大きな犠牲を払っていて、国中がその痛みを感じている」ということである。彼はいくつものテレビ局のカメラの前でこの旗を広げて見せ、指示されたこの覚えやすいセリフを繰り返し、それによって多くの人々が洗脳されている。アメリカ得意の“被害演出”の一環である。これが本当の“偽旗”(false flag)である。

ちなみに“被害演出”はわたしが作った“false flag”の訳語で、以前から使っている。“偽旗”では口で言っても字で書いても100人に1人にも通じないが、“被害演出”ならば、100人中100人に通じるだろう。

写真D

車椅子での搬送中の写真にはこの星条旗の小旗はどこにも見えない。ジーンズのお尻のポケットにささっていたのか。この小旗には棒がついている。これで足を縛っていたわけではないし、本人もさすがにそこまでは言っていない。それではどうしてこの小旗がテロで傷ついた青年の血で染まるのか。お教えしよう。そういう“イメージ”が必要だからである。必要であれば、そういうインタビューになるのである。それだけのことである。

今回の彼の“美談”には彼の家族についてのエピソードが加えられて、さらにパーソナルで奥行きのあるものに仕上げられている。彼の長男は実際にイラク戦争で戦死している。二男は兄を追うようにして自殺している。これらは事実である。そしてニュースでもわざわざ報じられた。今回のボストンマラソンはアメリカ愛国記念日と重なっていた。彼はボストンテロ事件の当日、星条旗の小旗をマラソン会場で配って歩いていた。何のためか。インタビューで彼はこう言っている。テロとの戦いに斃れた自分の息子や多くのアメリカの若者の鎮魂と称賛のために旗を配っていました、と。「200本配ったんです!」嘘ではないとわたしも思う。そして爆発があった時、(どういうわけか)最後の一本が残っていて、その1本がテロに傷ついた青年の血に真っ赤に染まったのだと。これはつまり、「テロとの戦いがまだ終わっておらず、世界の人々に今も脅威を与えている」というメッセージである。よくできた話を作るものだ。そしてそれを裏付ける事実も先回りして作っている。入念な準備工作、既成事実作りはCIAのお家芸だ。ベン・アフレック主演映画「アルゴ」を観たまえ。

移民には多かれ少なかれ弱みがある。チェチェン人兄弟もそうだった。このコスタリカ出身のカルロスもアメリカ政府諜報機関のエージェントにアプローチされたのであろう。協力を求められてノーと言ったら後が怖いことは言うまでもない。CIAはひとの弱みを握ってゆするマフィアと変わらない。しかし、カルロスにとってはアメリカンヒーローになれる千載一遇のチャンスでもあっただろう。差別的待遇を受けているラテン系移民のイメージアップに貢献できるチャンスでもある。実際彼は今やラテン諸国ではたいへんな英雄に祭り上げられている。そもそも彼はボストン在住の政治運動家である。実に美味しいオファーである。そうして、彼の息子たちの死の事実も上手に今回の美談に織り込んでおそらく何カ月も、いや1年以上前からシナリオが書かれたのである。200本の小旗の配布という移民ながらも実に愛国的な行動もエージェントから指示された事前工作であると考えていい。すべて、事件後のテレビインタビューで全米に向けて話すための既成事実作りである。そこまでのシナリオを考えて書いているグループがアメリカの諜報機関には存在する。

下の写真Eをまずごらんいただきたい。Cowboy hat man とわたしが書き込んであるが、“傷ついて横たわっている”人々の前でカウボーイハットと星条旗の小旗をもてあそんでいて、何するわけでもなくただ立っているのが今回のヒーロー、カルロス・アレドンドである。カルロスはインタビューではこう言っている。「現場に駆けつけると、もう血の池になっていて、ちぎれた手足が散乱していました。目の前に必死に起き上がろうとしている青年がいました。見ると彼には両足がありませんでした」と。4/16付のニューヨークタイムズ紙にはこう書かれている"He found a young man, a spectator, whose shirt was on fire. He beat out the flames with his hands."「彼は観客の一人の青年を見つけた。彼のシャツには火がついていた。アレドンドは両手ではたいてその火を消した」写真をよく見てもらいたい。火がついた“両足喪失”男はどこにも見えないではないか。カメラからは見えなくても彼のいるところからは見えるかもしれない。そうなら、小旗なんか放り投げて飛んで行け!そもそも人命救助に駆けつけるのに小旗を後生大事に持っている人間がどこにいるだろうか。もちろん、小旗はあとで非常に重要なアイテムになるのである。

写真E

 

写真F  同じ場所で、“憐れな”青年が横たわる別の写真。A,B,C,D と“負傷者”に記号を付したので、上の写真E とじっくり位置関係を比較していただきたい。ここには何かしらのトリックがあることは明らかである。写真Eでは煙がまだ漂っているのだ。爆発後2分も経っていないだろう。しかし、Cの位置の人間が入れ替わっているように見える。

写真Fのこの横たわる“無視された”男は、別の写真にも見えるので、今度は顔だけ比較してみよう。

写真G

顔の造作に注意。(義足の証拠と思われる金属製のような金具が大腿部の根元に付いているのが見えるが、これについては「ボストンテロ事件の検証 (2)」を参照)

写真H

この2枚の写真F,G の男は同一人物でほぼ同じ時間(せいぜい1分以内)に撮影されていると思われる。

写真I  

どうであろうか。この男は横たわっていた男と同じ人物であろうか。上下にスクロールしながら、よく比較していただきたい。ヒゲもさることながら、アゴのかたちはいかがであろうか。両足切断者を英語では"double amputee"というのだが、“ダブル”もここまで徹しているとはふつうのひとは気がつかないだろう。

ちなみに今回のカウボーイハットの男も移民であるが、救護の女性がアジア系であるのも周到な計算であろう。“アメリカ人以外の非白人がテロに傷ついたアメリカ人を助けている図”にして全世界に流し、世界中の人間を洗脳する魂胆がここにはある。アメリカによる自作の“被害演出”も手が込んできて外国からの同情をよりスムーズに呼び込むような阿漕な手を使いだしているのだ。世の中のほとんどのひとは気づかないで見ている。そして、気づかないということは、洗脳されているということなのだ。

実はこのヒーローにも“ダブル”がいた可能性もあるようにわたしは思っている。以下の写真はCNNによるニュース映像からのものである。あなたはこれを同一人物だと思うか。CNNも一杯食わされているのか、わかっていて“協力”しているのかは今の段階ではわたしには判断できない。

写真J

 

写真K

顔の印象のみならず、帽子のかたちと色、体型、首の長さ、首から下げているタグひもも比較していただきたい。

スクロールアップして比較していただきたい。


ボストン爆破事件検証 2 義足の証拠か

2013-04-26 23:28:10 | 現代時評

理解ある読者から有益なコメントを頂き、深く感謝している。私が気づかないこと、勘違いしていることを指摘してもらうのはとても助かる。自分の情報量と力量の限界は人一倍自覚している。読者の皆さんの協力を得ながら、より客観的で信頼性のあるブログにしたいと思っている。

コメント欄にはわたしの記事に批判的なコメントも歓迎して載せている。ただあまりにも品性を欠いていたり、病的なものは保留する方針だが、そういったものは稀である。なお、コメント欄での回答はしない方針である。“ザウルスでござる”はリンクフリーなので、気軽にリンクしていただければ幸いである。

ボストン爆破事件の検証 (2)

(1)でも触れたが、受け売りではなく、自分で発見した事実として、“両足吹き飛ばされ男”が“義足”をしていた可能性を指摘した。この“切り口”からもう少し切りこんでみたい。留め金のように見える金具はちょうど義足の大腿部部分の上端の湾曲面に付いているように見える。いくらこの男が大腿部を左手でつかんで“止血”しているように見えても、演技に過ぎない。爆発の力でズボンがすっかり裂けてしまったかのような演出がちょっとオーバー気味でケツをまくり過ぎたために、こうして尻尾をつかまれる羽目になったのである。

 

左足が義足なら、右足もと思い、集めてきた画像を洗い直してみたら出てきたので、報告させて頂きたい。例の“両足喪失男”の後頭部が見えている。左脚(と言っても義足だが)がむき出しになっているのが見える。右脚があると思われる場所を見ると、なんと大腿部と膝とが分離しているように見える。しかし、よく見ると軸でつながっていることがわかる。ここで一つ問題が出てくる。膝から先が義足であることは疑いないが、大腿部も義足であろうか、それとも血の通っている“生きている”脚であろうか。しかし、ここではどちらでも大きな違いは出てこないかもしれない。継ぎ目があいている理由もわからないが、これも今の段階ではマイナーな問題である。さて、これで両足とも義足である可能性は単なる推測や思い付きではなく、ある程度客観的な裏付けのある仮説と言えることになる。

 

さて、(1)でも書いたが、吹き飛ばされたように作った義足をつけているだけであるから、全然痛くないし、出血もしないし、大量出血で死ぬ心配もないのはいいのだが、先が吹き飛ばされた血みどろの脚を再現した義足のおぞましさに見合った苦悶を演じる必要がある。気絶してしまってはヒーローではない。

わたしが気になってしょうがないのは、爆発までのあいだ、この男はどこでどんな格好をしていたのかということだ。いくらなんでも最初から両脚ともこの先が吹っ飛んだ義足で立っていたはずがないとしたら、単に座っていたのだろうか。まさか爆発前から、上の写真のように寝転がっていたわけはないだろう。まあ、おそらく何かにつかまるとかしながら立っていたと想像される。そして“爆発”である。ここで注意していただきたいのは、実際の爆発によってあのように先が吹き飛ばされた状態の義足になってしまったのではないということだ。それはありえないだろう。どんなに爆発がコントロールされているとはいえ、爆発と言う化学反応は予測不可能な要素が多すぎ、加減がむずかし失敗のリスクが高い。骨が露出したあのホラー義足は解剖学の基本に忠実に最初からあのように作られていたはずである。それも両足である。しかし、その義足の両足でマラソン会場まで歩いてきたはずがない。

どなたかこのジェフ・ボーマン(Jeff Bauman)の爆発直前の姿が出ている写真を知っていたらぜひコメント欄で教えてほしい。すでに何件か貴重な情報提供があった。この場を借りて感謝申し上げる。

追記:事件から半月以上経ち、ボーマン氏に似ている人物の写真がいくつか浮上してきたが、いずれも歴然とした不一致点がある。まだ、仮説の構築途上であるが、わたしはこの両脚が付け根からない青年はボストンバッグのようなカバンに入れられて運ばれてきたのではないかと推理している。そして別の人間が例の“ホラー系義足”を別のカバンに入れて持ってきたに違いないと。

続 く


ボストン爆破事件検証 1 役者を使う理由

2013-04-25 05:23:07 | 現代時評

ボストン爆破事件の検証 (1) 役者を使う理由

ボストン爆破事件には不自然な点、おかしな点がかなりある。これらが気にならない人もいるだろうが、あまりに多いと何かウラがあるのではないかと考えるのがふつうの人間の頭ではなかろうか。

別記事でアメリカのオレゴン州の救急医療技士の説を紹介したが、必ずしも私自身がすべて同意しているわけではない。はっきり言ってわたしはこのテロ事件では“本当の負傷者”と“動員された役者”との両方が混在していると思っている。また、爆弾も実際のものと煙幕爆弾とがシンクロして使用されているように思う。

本物の爆弾を使えば本物の死傷者が出るのだから、わざわざ役者を使う必要はないだろう、とふつうのひとは思うのだ。しかし、一つの事件を大衆心理操作のために使うには“演出”が必要なのだ。より効果的に人々の脳裏に焼き付けるためにはよりグラフィックでよりドラマチックでなければならないのだ。「罪のない市民を犠牲にする許しがたいテロ」として強く印象づけるためにはそれ相応の計算と準備と訓練が必要なのである。今回の犠牲者が女性と子供であることが単なる偶然ではない可能性もわたしは考慮している。両足を吹き飛ばされても生き残って犯人の目撃証言をすることになるヒーローが若い男性であるのは必然的であるように思う。ここには暗黙の“物語”が仕込まれている。大衆心理操作とはそういうものである。

別記事に戻るが、オレゴンの救命士が、赤いジャンパーの男が“監督”で演技を“指示”しているというのは違うと思う。この男は白いTシャツの男に「ベルトをよこせ!」と言っているように思える。負傷者の止血のためではなかろうか。ただ、失礼ながら、これが“演技”である可能性も十分にあるとわたしは思っている。なぜならば、この男はこの前後の他の写真にもずっとこの場所にいて救護のフリをして、そばの“両足喪失”男のいるはずの場所に注意が向かないようけん制して自分の方に注意をむけさせているように思えるからだ。ここに写っている3人ともサングラスをずっとつけているのがその疑いをさらに深める。工作員は身元を割り出されにくくするためにサングラスを好んでかけるのである。

 

以下の例は明らかに“役者”であろう。これだけビリビリになるほどの爆風を浴びていながら足が無傷ということがあろうか。シャツもわざと汚してあちこち裂いたものをあてがわれたように思える。こういうのを“ボストンファッション”と呼ぶようになるだろう。もっと上手に演じている“役者”がウヨウヨいてもおかしくないだろう。お互いにすれ違う時にニヤリと目配せをしているに違いない。わたしはこの爆破事件の演出には少なくとも150人以上の人間がさまざまなかたちで動員されていると考えている。

 

ネット上では“最も美しい負傷者”とも呼ばれ、新聞の一面をかざった女性であるが、上のむさくるしい男と同じで、穴だらけの袖の下はきれいな肌がのぞいている。髪もきれいなままでチャーミングである。今回の仕掛け人たちは事前にたくさんのカメラマンを待機させて、下の写真のように大衆にアピールする画像を選りすぐってメディアにリリースしている。「思いもよらない卑劣なテロ攻撃に対して、なすすべもなく茫然とヘタり込む白人女性」である。これの裏のメッセージは、「こんな美しい人を傷つけるテロリストをお前は許せるのかあ?!」である。

 

 

ついに発見!

次は、わたしがついさっき自分であっと気づいたもので、例の“両足吹き飛ばされ男”であるが、矢印の部分をよくごらんいただきたい。何か金具のようなものが付いていないだろうか。この青年は実は脚の付け根からの大きな義足を装着しているのではなかろうか。色も大腿部の“肌色”とは違って金属的である。お尻のふくらみがなく、大腿部の断面のへりが認められる。そう考えると、彼にまつわるもろもろの不自然な点がすべて合理的に理解できると思う。足が吹き飛ばされたわりには出血が見られない、出血死もしていない、顔色も青ざめていない、車椅子ではちゃんと意識があるように見える等々。つまり、この男は実際はどこも負傷していないのだ。骨の露出したシリコン製の“義足”を付けて横たわって死にそうな顔をしているだけなのだ。

何のためにそんなことをするのだ、とふつうのひとは思うだろう。彼に与えられた任務は非常に重いものである。彼には「卑劣なテロに深く傷つきながらも生き残り、女子供の命を奪った犯人の目撃証言をして正義を実現するヒーロー」という役を演じきることが期待されているのである。そういうシナリオがすでに少なくとも半年もしくは1年以上前から書かれていたであろう。

冗談でいっているのではない。そこまで考えて計画して実行するような、普通の日本人には想像もつかないような人間がこの地球上にはいるのである。正直言って悲しいことだが、わたしにはそういった非道な人間の発想がわかるのだ。だからこそ同じ日本人にその危険を知らせたいのである。(わたしはテレビなどでオレオレ詐欺事件の報道を耳にするたびに心が洗われる思いをしているのだ。“オレオレ詐欺”というビジネスモデルが成立するのは人類の歴史上日本という国くらいのものである。これが成立しなくなったら、日本は終わりだろう。“オレオレ詐欺万歳”である)

 

 

 

腰から下全部が義足なら、彼についての謎の大半は解決しないだろうか。

この青年はジェフ・ボーマンという名前らしいが、実体はわからない。さまざまな疑惑に答えるかたちでネット上に出てきたのが以下の写真であって、事件以前に撮ったものだということであるが、これはおそらく疑惑が起こることを予想して最初から用意してあったものであろう。これを出せば、“突っ込み”も跳ね返せるだろうと思ったのだろう。実際これを見て、やっぱりあの爆破事件で足を失ったひとがいたんだ!と納得するひとは日本人にも多いのだ。わたしに言わせれば、同じトレーナーを着て写っているのが却って怪しい。わたしの推理では大きな紙を前に持っているのは、脚の付け根からの義足の不自然さを隠すためである。足もともよく見せていない。この写真は合成だという指摘がネット上にあった。たしかに何となく不自然なところがある。左右の女性は貼って付けたようだ。たしかにフォトショップで作ったような印象がある。足もとの影をよく見ると、同じ太陽光線を浴びているとはとても思えない。そもそもこの写真を撮った状況に無理がある。マラソンの数日前に、なぜ出場する友人の応援プラカードをわざわざ写真に撮るのだ?あり得ないとは言わないが、不自然である。疑惑や詮索に対する予防線としてあらかじめ用意されたものであると考えていいだろう。"TEAM STORK" というロゴもそのグループも信憑性を出すためにあのCIAの肝入りの映画「アルゴ」のようにでっち上げの可能性も大いにある。こんなことはCIAのお家芸の初歩の初歩である。(「アルゴ」については本サイトの「アルゴ」は核ミサイル1発に匹敵する」を参照願いたい)

左の女性はボストン爆破事件の際、爆発現場で“両足喪失”をして横たわるジェフのそばでうずくまっている。サングラスを外そうとしないのは工作員の大きな特徴である。彼らは正面からの素顔を決して撮られてはいけないのである。