ザウルスでござる

真実は受け入れられる者にはすがすがしい。
しかし、受け入れられない者には不快である。
ザウルスの法則

キャパの「崩れ落ちる兵士」  "NHKのヤラセ"か

2013-02-03 23:15:08 | 映画テレビ批評

キャパの「崩れ落ちる兵士」 NHKの明らかな思考操作

洗濯機と並ぶ怠惰な国民の必需品は“洗脳機”、つまりテレビであるとわたしは思っている。先日家内が見ていたNHKドキュメンタリー「沢木耕太郎 推理ドキュメント 運命の一枚 ~"戦場"写真 最大の謎に挑む~」をパソコンの仕事をしながら、ちらちらとつい最後まで観てしまった。 

 

 

 

 

 

話は、キャパのあまりにも有名なあのスペイン内戦で撮ったという「崩れ落ちる兵士」の真実を求めて沢木耕太郎という作家がスペインの現地に足を運び、ついにその真実をつかむという内容である。NHKの解説によると、「ネガは勿論、オリジナルプリントもキャプションも失われており、キャパ自身も詳細について確かなことは何も語らず、いったい誰が、いつ、どこで撃たれたのか全く不明なのだ。キャパに魅せられた沢木耕太郎氏は、20年近くこの謎を追い続け、今意外な「真実」にたどり着こうとしている。」

 

結論は、この兵士は撃たれても、死んでもおらず、兵士が足を滑らせたところをたまたま撮っただけであるというものだ。これをこの写真と同日に撮られた何十枚かの写真と現地の地形との比較検証などによって明らかにしていくのだ。1936年当時のこの日にはその場所では記録上戦闘はなく、他の写真もこれが実戦ではなく、のどかな演習風景の一部であることを裏付けている。なんだか、これだけですでに”やらせ”である疑いは十分ではないだろうか。

 

NHKのテレビカメラは沢木耕太郎が現地住民やスペインの軍関係者に通訳を使ってインタビューをしている様子を映す。彼は現地の地形写真や当日の他の写真を使って日本の専門家にカメラと人物との位置関係をCGで再現させる。そして、やはりあの伝説の写真に写っている兵士が実際は撃たれても死んでもいないことを”実証”していくのである。

 

見終わって、なるほど、また現代史の神話の一つが暴かれたのかと思った。しかし、どうも引っかかるものがあって"Capa, falling soldier, fake" のキーワードでグーグル検索してみると、出てくる、出てくる。何のことはない、40年ほど前から欧米の写真家のあいだではキャパの "The Falling Soldier" は fake(やらせ) であることが常識になっているではないか。そして単なる言いがかりではなく、証拠も山ほど積まれているのである(そのほとんどは英語であるが)。最近新しく同日に撮られた写真がまた出てきたということだが、そんなものが無くてもすでに十分に”クロ”だったのである。要するに、お恥ずかしいことだが、わたしが無知だっただけである。

 

問題は、このNHKドキュメンタリーでは沢木耕太郎がまるで世界で初めてキャパの「崩れ落ちる兵士」が“やらせ”であることを突き止めたかのような構成になっている点である。まるで沢木耕太郎の手柄であるようなドキュメンタリーである。この番組を観たわたしのような無知な日本人がそう思い込むように作られている。わたしはこの沢木耕太郎という作家のものは今まで何一つ読んだことはないし、この作家に対して何一つ先入観は持っていないつもりだ。この人物は調べてみると作家であり写真家でもある。そしてキャパについて書かれた英語の本の翻訳も何冊かしている。つまり、彼は“やらせ”説が昔からすでにあって十分な証拠があることも十分知っているのである。最近になってNHKと一緒になって真実を突き止めたというのではないのだ。しかし、日本の大衆にあまり知られていない”真実”を、あたかも一人の日本人が“現地調査”によって、ついに解き明かしたかのような、いかにも日本の視聴者が喜びそうなドキュメンタリーに仕立てている。しかし、その“真実”が海外の数多くの人々によってすでにほとんど明らかにされているという事実を伏せているのは恩知らずで不誠実ではないだろうか。恥ずかしくないのだろうか。それらをさんざん利用していながら、日本の一般の視聴者の無知に付け込んで自分一人で解明した顔をしている。世間ではこれを“パクリ”と言う。

 

沢木耕太郎は、キャパが弱冠22歳のときに発表した“やらせ”の「崩れ落ちる兵士」によって時代の寵児になり、その後その「崩れ落ちる兵士」について語ろうとしなかったことについて番組の中で非常に同情的に語る。何のことはない、沢木耕太郎自身、海外の“やらせ”説のパクリをしていながら、番組ではそのことには一言も触れないのである。たしかに、同情的にに語るはずだ。NHKの解説はこう語る。「番組は、沢木さんの新事実発掘と思索の旅に同行、さらに最先端のCG技術を駆使し、「崩れ落ちる兵士」がどのような状況で、そして誰の手によってカメラに収められたのか、世紀の謎に迫っていく。」“世紀の謎”が彼によって解き明かされたわけである。“やらせ”というウソを、海外の諸説の“パクリ”というウソによって、自分が独力で実証したフリをしているのである。なるほど、キャパに共感したくなる気持ちもよく理解できる。同類ではあるが、キャパは22歳の若造だったが、沢木耕太郎は、調べたら何と66歳ではないか。しかし、どうして”写真家”という人種はこうも”ウソ”について無感覚なのであろうか。おそらく写真でいくらでもひとを騙せることに味をしめてしまうと感覚がマヒしてくるのだろう。これはテレビという映像でも同じだ。

 

“パクリ”の話は以上にして、今度は沢木耕太郎の名誉のためにも、沢木耕太郎のオリジナルの説にも目を向けるべきだろう。それが公平な評価というものだ。彼は、「崩れ落ちる兵士」は撃たれたのではなく、兵士がたまたま足を滑らせたところをたまたま撮影したと番組の中で結論している。つまり、“ヤラセ否定説”ということになる。実にオリジナルである。しかし、わたしがネット上で見つけた以下の写真を見ていただきたい。これはフランスの雑誌に1936年9月に掲載されたものだ(上の二枚)。ほとんど同じ場所で別の兵士にも撃たれたところを演出して撮影しているのである。2つの写真のうち左のほうが“出来”がよかったので、こちらが有名になっただけである。そもそも兵士が撃たれた瞬間をカメラに収めるというのはそれだけで奇跡に近い神業である。ところがこの2枚の写真は2人の兵士がほとんど同じ場所で別々に撃たれたのをそれぞれ撮影したかのようである。“ヤラセ無し”だとしたら、もはや奇跡を超えていると言えよう。

 

 

二人ともなかなかの名演技である

 

しかし、沢木耕太郎の説のように「崩れ落ちる兵士」が“偶然”足を滑らせたのを撮影したものだとしても、右の写真のように別の兵士がもう一回足を滑らせた瞬間を“ヤラセ無し”でカメラに収めているのだとしたら、これはこれで大変な“偶然”であって、これも十分奇跡を超えているのではなかろうか。撃たれるのも転ぶのも予期しない一瞬の出来事である点では被写体としては変わらない。それでも沢木耕太郎は言い張るのであろうか、「兵士がたまたま足を滑らせたところをたまたま撮影したのだ」と、「そしてそれが2回起きたのだ」と。一般論として、同じ日の写真についてこう言えないであろうか。「ありそうにない写真が似た設定で別の被写体で2枚 眼の前にあったら、それらはヤラセである」と。「たまたま」ではないと、偶然ではないと。

 

1936年8月のある日、スペインのエスペホの丘にキャパは人民戦線の兵士たちといた。「それじゃ、今度はあなたにお願いします。さっきの方と同じように、撃たれたようにして倒れてください。あ、そうそう、今度は撃たれて苦痛な表情をしてもらえませんか?」キャパはおそらくこんなふうに言って頼んだのであろう。そして2人の義勇兵は人民戦線のためにはるばるパリからやってきた若いカメラマンの求めに応じたのであろう。自分たちを応援しにきてくれた”同志”の求めを拒否する理由がどこにあろう。

 

わたしがネットでいとも簡単に見つけてきたこのセット写真の重要性はわたしが言うまでもなく明らかであると思う。いかがであろうか。しかし、NHKの沢木耕太郎の番組ではこの写真は一切出てこない。なぜだとあなたは思うか。はっきり言おう!これを出してしまったら、全然 “推理”ドキュメント にならないからだ。推理の余地がなくなってしまうからだ。すでにそこに“答え”が存在していることが誰の目にも明らかだからだ。

さらに言えば、沢木耕太郎が主張する、この写真の撮影者が恋人のゲルダ・タローだという“新説”も吹っ飛ぶだろう。なぜなら、彼の説では恋人がたまたま義勇兵が足を滑らせたところ撮ったという前提だが、このセット写真はその前提が馬鹿げていることを示している。なぜそんな無理な前提を立てるのか?お教えしよう。女性をからめたほうが話としては“俗受け”して売れるからであるそして、彼の本が売れるからである。事実をねじ曲げてでも“売れる話”を作るのである。それをさも“最先端のCG技術”で解明された“事実”であるかのようにして“技術信仰”の日本人が飛びつきそうな触れ込みで、おそらく何十万人もの大衆を騙しているのである。(追記:こんなわたしの記事へのアクセスだけでも2万5千は超えているのだから、NHKのあの番組をみたひとが100万人いてもおかしくない)

 

もう1つ言っておこう。沢木耕太郎は、キャパの恋人、ゲルダ・タローのカメラのフレームは正方形に近かったと言っているが、それは研究者の間でも通説である。しかし、彼はこの「崩れ落ちる兵士」は実は恋人が撮ったのだが、キャパはそれを自分の作品ということにするためにプリントの上下を切って自分のカメラのフレームと同じ横長にしたかのような珍妙な説を展開している。あらためて以下の2枚の写真を見ていただきたい。彼の説通りで元の写真が正方形であったらどんな構図になっていたかを冷静に推定してもらいたい。ほとんど空と草地を撮ったような写真だったことになるだろう。それも2枚である。しかも左は足を滑らせた瞬間というかなり苦しい前提である。左はまあいいことにしよう、それでは、右の写真は何なんだ!?わたしは写真やカメラはまったくの素人だが、以上の推論はふつうの常識で十分である。

百歩譲って、ゲルダ・タローが撮ったとしてもいい。そうした場合、ゲルダ・タローがヤラセ写真を2枚撮ったということだろう。それだけのことではないか。“キャパ”という写真家はキャパ本人とゲルダ・タローの二人の合作の虚構の存在なのだそうだ。つまり、二人で一緒にヤラセを演出したということにすぎない。それをタローの作品をキャパが横取りしたような話はドラマ的な面白さをねらっているのである。

しかし待てよ、“横取り”ってことは“パクリ”ってことじゃないか!それじゃ、“パクリ”に始まり、“パクリ”に・・・?  テレビは視聴者にじっくり考えるヒマを与えないので、ふつうのひとは引きずりまわされたまま騙されている。

 

 自分たちの手柄であるように見せることによって、沢木耕太郎もNHKもこの番組で自分たちに大きな利益を誘導することができる。好評価を得て名前を売り、視聴率や本の売り上げのUPにつなげることができるというわけだ先人たちの地道な調査や研究の表面に自分たちの“メッキ仕事”で見栄えを良くしながら地金を隠す。そしてそれを自分たちのオリジナルであるかのようにして“売っている”。

 

わたしの以上の“辛口”の批評を快く思わないひともいることだろう。真実は、常に一部の人々には不快である。なんでそんなにほじくり返すんだと思うひともいる。自分が騙されていたことを知っても自分の自尊心を守るために「別に問題ない」と言うひともいる。この作家のファンであれば、この作家についてのわたしの無知をいくらでもあげつらうことができるだろう。しかし、わたしはあくまでも一つの番組を論じているのである。

冒頭にも書いたが、これは“洗脳機”としてのテレビの宿命というか本質でもある。テレビ番組はすべて編集されている。編集とは操作であり、受け手である視聴者の無知に乗じた思考誘導であり、送り手にとっての利益誘導である。“真実”をエサにして自分たちのトロール網にイワシの群れを誘導しているのである。網に飛び込むイワシもいれば、飛びこまないイワシもいるというだけである。

 

<追記>  このキャパの写真展が横浜美術館で開催中だそうである。NHKのこのドキュメンタリーとまったく無関係ということはないだろう。すると、相当数の関係者が潜在的にいるはずである。そうした“インサイダー達”がこの記事を読んで“不快”に思うことは優に考えられる。そして「わたしは全然そういった関係者ではないが・・・」と言いながら、イチャモンをつけてくるかもしれない。大歓迎である。

 

<追記2>  わたしがNHKを目の敵にしていると思ったら大間違いである。NHKにはときどき本当にすばらしい人が驚くような番組を作る。わたしはその一人を讃え、歌まで作ってYouTubeで歌っている。英語版も作ってある。こんな歌は世界に一つではなかろうか。ぜひ聴いていただきたい。あなたの知らないすごいNHKがある。何だかんだ言いながらも、わたしがNHKを見限ることができない理由がここにある。

日本語版: http://youtu.be/VRmc9vKk6No
英語版: http://youtu.be/UJ70N8xLqV8

最初と最後にNHKに関する部分があるので、必ず最後までお聴きいただきたい。

 

<追記2013.8.12>キャパの「崩れ落ちる兵士」に関するYouTubeをアップロードした。(英語版のみ)

http://youtu.be/e0L9WyXuq80

2015.12.14. 追記: 日本における ”キャパ神話” は沢木耕太郎が長年にわたって丹念に築き上げたもので、しょせん彼のメシのタネにすぎないでっちあげである。日本人の“夭折好き” に付け込んで “キャパ神話” を作り上げたのである。このことを知らない一部の一般大衆が真に受けて、沢木耕太郎の本を買って有り難がっているだけの話である。一般大衆の無知につけこんで史実をゆがめた詐欺まがいのビジネスである。

 

 

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57 コメント

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拝見しました (フジワラカオル)
2013-02-07 20:35:33
お見事!
それこそザウルスさんの「推理スペシャル」という感じです。最近ではこの手のスペシャルものが増えましたね。

記憶に新しいのは「アイルワース版モナリザ」、わざわざ北野武までMCに連れてきて二枚のモナリザと銘打って3時間引っ張って引っ張ったものはすでに発表されて久しいモナリザでした。

しかも今回のキャパスペシャルは横浜美術館の展覧会のステマです。
関連イベントにちゃっかり沢木氏の名前も掲載されております。日本人はおとなしいので(というかバカなので)、講演会は厳かに静粛のまま幕を閉じたのでしょうが、外国なら非難囂囂講演どころではありませんよ。

ますます受信契約結ぶ気がしなくなりました。
ザウルスさんの記事を通して、数多くの方がマスゴミの嘘というものに気づいてくれることを祈るのみです。
さすがNHK! (名無し)
2013-02-17 22:51:18
民放以下のゲス番組
ステマ (かさい)
2013-02-17 22:52:05
沢木さんは十数年以上前の自著でこの写真はヤラセである可能性について言及されていました。
今回のNHKスペシャルの意義はあの写真がヤラセであるにせよ、ゲルダ・タローの作品である可能性を示したこと、そしてDデイの写真を始め、キャパの第二次大戦中の「無鉄砲振り」の理由を示してくれたことだと思います。
ただのヤラセではなく、夭逝した恋人の写真だったとすれば、なるほどその後の展開はドラマチックになるなーと感じました。

もちろん、違和感は感じましたよ。今さらヤラセなんて・・・。
また、「横浜美術館のステマ」というコメントには関心しました。
あの番組の後で横浜美術館の「二人の写真家」展の宣伝をすれば色々な意味で正しいテレビのあり方なのかも知れないですね。
ちなみに私は今回のNHKスペシャルに関係なく、「二人の写真家」展を見に行く予定です。
Unknown (kenmatsu)
2013-02-18 13:46:41
30年位前に写真専門学校の講師から、この写真はやらせだという話を聞いたっけと思いつつ、随分古い話を焼き直して番組にするんだなと思ってました。結局あんまり興味を惹かれずに、番組は見ませんでした。
横浜美術館の展覧会の話も聞いていたので、連動した企画なのかと思ってました。
たしかに、仰る通りと思いますが、所詮この程度でずっとやってきてるんだろうなという気もして、うんざりしますね。
寄稿のお願い (ガジェット通信編集部)
2013-02-18 22:36:50
はじめまして、ガジェット通信編集部と申します。

私どもは、『ガジェット通信』(http://getnews.jp/
というウェブ媒体を運営しております。
ブログ記事『キャパの「崩れ落ちる兵士」  "NHK"のヤラセ』を、
たいへん興味深く読ませていただきました。

こちらの記事を、『ガジェット通信』に寄稿という形で掲載させて
いただきたいのですがいかがでしょうか。

尚、掲載の際には、元記事へのリンクも貼らせていただきます。
ご検討いただき、下記アドレスへお返事をいただけるとありがたく存じます。
post2012@razil.jp
以上、コメント欄より失礼いたしました。
ご検討のほど、よろしくお願いいたします。

-----------
ガジェット通信編集部
http://getnews.jp/
あっぱれ! (小山邦彦)
2013-02-19 02:30:39
まったくの偶然から貴殿のブログを読むことになったのですが、あっぱれですな!
若干、攻撃的過ぎるかなぁという印象も無くは無いが、やはり相手がNHKという大きな相手ならこれくらいの気構えで書いてくださったほうが気持ちが良いです。
おつかれさまです ( )
2013-02-19 16:15:18
拝読いたしました。陰謀説がお好きなのですね。

ステマではなく、タイアップという言葉があります。コンテンツを連動させて集客を図るやり方ですね。
さらに以前からの言葉で、協賛、後援といった言葉があります。美術館が潤沢な資金を持っているわけではないので、メセナに関心のある企業が出資をしたり、新聞社などメディアが協賛をして広告を載せたりして企画を実現・成功させます。
その目的は文化への貢献だったり、その企画についての記事や番組を連動して制作することに価値を見出したゆえの共働だったりします。それにより企画展示そのものと周辺のコンテンツが立体的に厚みを増したりします。

たしかにNHKのシナリオは陳腐だったり民放のタイアップは下劣で節操がなく、ヤダヤダとなるお気持ちもわからなくはありません。一方、企画展や映画にメディアが絡むこと自体はなんら汚いことではなく、通常のカネの流れです。隠されてもいません。
http://www.yaf.or.jp/yma/jiu/2012/capataro/info.html 展覧会というビジネスの成功のために、賛同する人が資金を出す。紹介する。それにより何らかの権利を得たりする関係。株主と優待制度とおなじですね。

高尚・低俗かかわらずコンテンツ制作にビジネスが絡まないと思っているのならおめでたい。単によく知りもせずステマだのインサイダーだのとわめいているのなら、民放のタイアップとおなじくらい品のないことと思います。


ハメられたと感じてよほど悔しかったのでしょうが、「不勉強なりに調べてみたらあの説はとうの昔に語られていた。あたかも沢木氏が発見したかのような番組構成はミスリードすぎると感じ不快だった」で済む話です。
よく知らないならば、わざわざ書き直さず冷静に出典元を貼り付けて展開した方が、パクリとまで言うなら日時のわかる権威あるもの一本出してくれば、まだ説得力あるのに。イマイチ。番組そのものに絞った方がよかったと思います。わざわざメディアや写真についての無知をさらさなくていいのに。

というわけで私個人としては、お言葉をお借りするのであれば”(地金すらない)メッキだけ”、あるいはよくわからないものを集めてきた”合金”。もっと面白みを追求するならば、俄か知識とプライドという<エビ>に大きすぎるほどの<コロモ>を着せ、自家熟成の甘ったるい<タレ>に浸かって飯の上でドヤ顔してる”天丼のエビ”なんていかがでしょう!
そうですね、怒りの勢いは感じましたがユーモアも入れていただけるとさらに読みごたえがありそうです。陰謀説を謀るにも、論や芸があってのことですね。

とはいえ、おつかれさまでした。一般知識と論説そのものについてだけにしたのに、こんなに書いてしまうほど取り込まれてしまいました。
Unknown (Unknown)
2013-02-19 19:53:16
ビジネスやタイアップがいけないなんてどこにも書いてないし、そんなことは本筋ではないですよね。
利益を増やそうとしたことが問題なんじゃなく、他人の手柄を横取りして金儲けしてるのを批判されてるだけで。
1を10にするのと0を1にするのとでは全然話が違いますよ。
Unknown (あ)
2013-02-19 22:35:42
申し訳ないが、高校の国語の教科書にも登場するぐらい有名な沢木耕太郎氏を、知らなくて当たり前のように堂々と知らないと言ってしまうような正直者(笑)が書いた批判的文章なんて、幼稚過ぎるにも程があるね。
確かにNHKを初めとする各メディアの''でっち上げ''や、''やらせ''は酷いものがあるし、それを批判したくなる気持ちは分からなくもないが、もう少し批判する対象についての情報を得てからの方が良いと思うよ。その程度のことも出来ないなら、「反論されるとファビョるだけのバカなネトウヨ」と同レベルということじゃないのかな?
Unknown (い)
2013-02-19 23:53:00
ふたつ上の方、そのさらに一つ上のものについてのコメントなのでしょうけれども。

「ビジネス、タイアップはあたりまえであるし今回のものはおそらくそうであるのに、ステマ扱いしてわめき散らすのはいかがなものか」

「手柄を横取りしたと言いたいのならもっとスマートで的確な指摘をした方が効果的なのに、パクリとわめき散らすことに一所懸命になって却って無知をさらしている」

ということではないのですか。パクリ(と捉えるかどうかはさておき)そのものの是否の話はしてないかと。

そもそもNHKを非難したいがために元の文がパクリとステマの話をごっちゃにしています。こんなに見てきたかのように滔々と語り断言している方がよほど悪性のステマではないでしょうか。批評だの真実だのと言うのであれば、客観性と責任を持っていただきたいのですが、上記の分はすべて「嘘偽りのない現実」として発信されてらっしゃるのですか?

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