「いきなり辞書を引くな!」 の実際編として、すぐに辞書を使わないで文脈から推理する実例を紹介する。
次の文章を訳せ。
Americans are more apt than Englishman to ask personal questions, but one question which an American never asks an acquaintance is his salary. In Japan, however, I was often asked how much money I earned, to my confusion.
高3でも、辞書なしの10分間で、すべて正しく訳せるひとは少ないかもしれない。まず、いくつかの難易度の高い単語が目につく。
1行目:apt 2行目:acquaintance 3行目:earned, confusion
●これらの単語は初めて見る生徒もいるだろうし、すぐにに辞書を引きたくなるかもしれない。しかし、ここでぐっとガマンである。まず文章全体を2,3回スキャニングして、どんなことを言っているか、何についての話かの見当をつける。内容把握において手掛かりとなりそうな語をここではキーワードと呼ぼう。
キーワード: Americans / more apt than / Englishman / personal questions / his salary / In Japan / how much money
●固有名詞(地名、人名)など大文字で始まる単語は重要である。固有名詞は非常に情報量が多いからである。ここでは、Americans, Englishman, In Japan である。この3語からだけでも、 “国民性”“文化”がテーマであることが推測できるのではないか。
●「アメリカ人」、「イギリス人」 と言っていて、「日本では」と来るのであるから、日本人との比較にも及ぶ可能性が大である。
●次にこれが、国民性の“比較”、文化の“比較”であることも容易に推測できる。というのは、more apt than という比較級があるからである。
●さらに、これが personal questions “パーソナルな質問”についての話であることも見当がつくはずである。パーソナル=プライベート は、ふつうの高校生なら知っている外来語ではないだろうか。
●そして、これが“お金”についての話であることも見当がつくはずである。というのは、
his salary, how much money I earned というフレーズがあるからである。salary が 「サラリー」のことであることは、そのあとに how much money I earned という表現が出てくることからも想像できるはずである。
●さて、いちばん辞書を引きたくなる単語は、more apt than の apt であろう。こういう場合は以下のように考える。
Americans are more _______than Englishman to ask personal questions,
「アメリカ人はイギリス人よりパーソナルな質問を_________」とまではわかるはずだ。そこから推理力が問われる。一般的な通念としても、アメリカ人は陽気でフレンドリーな性格で、いっぽうイギリス人は、より控えめで、うちとけにくい性格であるという対比がある。こうした予備知識を援用するならば、<イギリス人よりアメリカ人のほうがパーソナル(プライベート)な質問をするんだな、>というところまでは、ある程度の確信を持って掴めるはずである。このくらいで先へ進むべきである。(実際、この語をヘタに辞書で引くと、かえって混乱して意味が取れなくなる生徒は多いだろう)
●次の文はより具体的になってくる。
but one question which an American never asks an acquaintance is his salary.
主語部分は関係代名詞が入っていてやや長いが、構文的には単純である。問題は、acquaintance であろう。未知語が、常に推理によって見当がつくというわけではない。推理してみてどうしても見当がつかない場合は、とりあえずそこを空欄と考えて先へ進む。文章中でキーワードになるほどの重要性を持たない場合は、その部分を除いた状態でも十分意味が取れることが多い。
but one question which an American never asks _______ is his salary.
「しかし、アメリカ人が _______ に決して訊かない質問は、そのひとの給料である。」
<そうか、相手の給料についての質問はさすがのアメリカ人もしないんだな>くらいの理解に至れば十分である。
●次に、話は日本に来る。
In Japan, however, I was often asked how much money I earned, to my confusion.
In Japan, however, 「しかしながら、日本では、」 は問題ないだろう。
I was often asked how much money I earned, ここで、”I” という筆者が、何人(なにじん)かを考えてみる必要がある。I was often asked と過去形になっていることからすると、日本人である可能性は極めて低いと思っていいだろう。過去の一時期に日本に暮らしたことのあるアメリカ人かイギリス人であろうと推測できるはずだ。often とあるので、一時的な滞在ではなかろう。前文で、「アメリカ人が _______ に決して訊かない質問は、そのひとの給料である。」というふうにアメリカ人について never という語を使い確信を持って語っているところからすると、どうやらこの筆者はアメリカ人らしいと推測できる。
●また、ここでの how much money I earned が、前文に出てきていた salary と同じ内容であろうと推測できるはずである。「サラリー」は 単に「お金」を指すのではなく、「給料、給与」のことであることは常識だろう。であれば、how much money I earned の earned の意味も多少は見当がつけられるのではないか。ここまでで、「しかしながら、日本では、私は自分がいくら稼ぐかよく訊かれた 」 という意味は取れるはずだ。
●最後の to my confusion がわからないと言うひともいるだろう。 To my surprise, / To my regret, という、感情表現のフレーズは、似たようなものは目にしているはずだ。
●さらに confusion は、一度くらいは目にしたことがないだろうか。それが何らかのマイナスな状態を指す、くらいの記憶があるはずだ。<このひとはおそらくアメリカ人であり、アメリカ人は給料についての質問を決してしないと言っている。それなのに、日本ではよく訊かれたというのであるから、この筆者は、参った、面食らった、困惑した、返事に困った、という状況かもしれない> こういうふうに見当をつけることはできるだろう。
“読む”という行為は、これほどまでに能動的な行為でありうるのだ。こういう読み方をしていると、ある日、日本語の本を読むのが速くなってきたことに気づく。そうなのである。ただ、実は、読解力、言語能力、理解力が向上しているのであって、日本語だけでなく、英語の読解力も向上しているのである。しかし、日本語のほうが読む機会も多く、スピードの差を実感しやすいので、最初に日本語で気づくのである。
さて、辞書を使わなくても、その気になれば英文の内容をかなりつかむことができることがおわかり頂けたと思う。本番の試験のときは、まさにこうするしかないのである。また、仕事の実務で英語を使っている人たちも毎日大量の英語にふれながら、こうしているのである。さて、英語の学習途上にあるひと(筆者もその一人)の場合、上に紹介したような推測読みのあとに、その推測がどのくらい当たっているかを確かめるために辞書を使うことを勧めたい。「辞書を引くな!」と言っていて、今度は「辞書を引け!」である。つまり、いきなり辞書を使わず、まず自分の頭を使い、次に自分の頭でどのくらいわかったか確かめるために辞書を使うのである。このように2段階で学習する習慣をつけているひとと、初めての単語や、忘れた単語が出てきたら何も考えずに電子辞書をで検索しているひととでは大きな差が出てくるということである。
この違いは、問題集を解いていて、むずかしい問題はそのつど別冊解答を見て答えを書いている生徒と、むずかしい問題でも別冊解答を見ずにがんばって自分の頭で答えようとするひととの違いである。