最近は、辞書というと電子辞書のことだと思っている生徒もいる。年々容量も増え、1つの辞書に紙の辞書10冊分以上入っているものも珍しくない。同じ情報量を紙の辞書で持ち歩くことはじっさい不可能だろう。確かに便利な面もあり、私も持っているし使っている。
しかし、である。英語学習に限って言えば、英語学習者は紙の辞書のほうが学習効果が高いのである。その理由を以下にあげる。(外国語学習一般についてあてはまるが、代表例として英語を例としている)
1) 電子辞書は、使い方がけっこう難しい。使いこなせるようになるのに教師の指導が必要であるのに、そういった指導はめったにない。
2) 英語学習者、特に初級者には、電子辞書のメーカーが競っているような大量の語彙は必要ではない。
3) 一度に表示できる情報量は、紙の辞書のほうがずっと多い。電子辞書が表示できる情報量は紙の辞書が見開きで表示する情報量の約50分の1である。
4) 電子辞書のスクロール機能は人間の視力の素晴らしさを無視している。電子辞書は目的の訳語、用例を見つけるために小さな液晶画面でスクロールするのが常であるが、これは全体を一瞬にしてスキャンできる人間の視力の素晴らしい働きをまったく無視した機能である。A4の紙の真ん中に名刺大の四角い穴を開け、それで新聞を読むようなものである。
5) 電子辞書で単語をひき、目的の訳語、用例を探すのにスクロールしても、多くの生徒は見つけることができない。実は、小さな画面であるためにスクロールでは目的の語を通り過ぎてしまって気がつかないのである。最後までスクロールして見つからず、もう一度スクロールしても見つからない。早く見つけようとして速くスクロールするからなおのこと速く通り過ぎてしまうことになる。
6) 紙の辞書に比べて、文字が見づらい、電池切れが起こりうる、といったテクニカルな難点がある。
逆に、紙の辞書の優れているところは、
1) 学習者のレベルに合わせた適切な語彙水準で編集されている、囲み記事、図解、イラスト、色分けなども、紙でこそ可能である。
2) 紙の辞書は、見開きで電子辞書の数十倍の量の表示機能があるが、それをスキャンしながら辞書のページを繰る訓練は速読の訓練につながる。紙の辞書を速く引ける生徒は、英語の速読でも秀でている。
3) 紙の辞書の見開きの”大量表示”機能により、当初の目的の単語の派生語、周辺語の知識も取り込みやすい。
さて、電子辞書の欠点をあげつらってきたわけであるが、最初にも言ったように、電子辞書には確かにメリットがある。私が考える電子辞書のメリットは以下の3点である。
1) かさばらない。
2) たくさん入っている。
3) 発音が聞ける。
現代の生徒たちは恵まれていて、入学祝いに電子辞書を買ってもらうものもけっこう多い。親の中には、電子辞書1冊に英和、和英、国語、漢和、古語等々の辞書が入っているのは却って経済的だと考えるひともいるようだ。これが落とし穴である。
学習者にとっての紙の辞書の優越性まで考えて紙の辞書を子供に買い与えるほどの卓見の持ち主は親の中でもごく一部であろう。しかし、英語の成績の上位の生徒ほど紙の辞書”も”持っている傾向がある。経験的に紙のほうが能率がいい場合があることを理解していて、使い分けているのであろう。悲しいことに英語の成績の下位のものほど電子辞書だけしか持っておらず、しかも使いこなせていない。使いこなせないものを、ただ持っているだけで安心しているのである。