英語に限らないが、試験で問題を解くとき、自宅で問題集をやるとき、問題はふつう複数あり、大きい項目がいくつかあり、それらの下に小問題が4題なり6題なりがあるといった体裁を取っていることが多い。たとえば、以下のようなパターンである。
1. 1) 2) 3) 4) 5) 6)
2. 1) 2) 3) 4) 5) 6)
3. 1) 2) 3) 4)
4. 1) 2) 3) 4)
5. 1) 2) 3) 4) 5)
ふつうの生徒は何も考えずに上から順番に解答していくものだ。しかし、試験問題の出題者は、たくさんある問題をなにも易しい問題をトップに難易度順に配列しているわけではない。生徒たちが、上から順に解答していくのは、単に何も考えていないだけのことである。
試験問題を、限られた時間内で、実力を最大限に出し切りたいとなると、それなりの方法、戦略が必要になってくる。
私は生徒には常に、難しそうなところは後回しにしろ、と言っている。まあ、上から順番にやってもかまわないが、大事な点は、自分にとって易しい問題を優先して片づけていくことだ。繰り返すが、出題者はわざわざ君に解きやすいように問題を配列してくれてはいないのだ。与えられた順番に受動的に従うのではなく、能動的に自分にとっての難易度順で解答していきたまえ。能動的で柔軟な姿勢が大事だ。
それでも、生徒の中には、生真面目というか几帳面というか、最初の1番から順番に解いていかないと気が済まないという生徒もいる。順番に次々と解答していければいいのだが、多くの場合、途中ではたと止まって難問を前に1分、2分と時間をかけることになってしまうことがあるものだ。私が見かねて、「わからないところは飛ばして、またあとで戻ってきてやりなさい」と言うと、プライドが傷つけられたように不服そうな顔してしまったりする。”頑迷な若者”というのがいるものだ。
もっとも、自分の実力をかなり下回るやさしい問題であることがはじめからわかっている場合は、順番通りに解いていっていいと思う。しかし、そういう問題はそもそもあまり解く価値がないだろう。高校3年生が中学1、2年の問題を解いてどれだけ意味があるか。逆に中学生が大学入試問題を解く場合、解いていく順番にどれだけ意味があるか。問題の難易度には適正なレベルというものがある。私が以下に論ずる問題攻略法は、適正レベルの難易度の問題を前提にしている。
私が、順番にとらわれれずにできるところからやっていけ、というのは以下の理由からである。
1) 出題者は、たくさんの問題を易しい問題から難しい問題へと難易度順に配列しているわけではない。いくら番号が振ってあっても、解答者は自分が解答しやすいものから始める自由がある。
2) 試験問題は一般的な難易度順に配列されていないだけでなく、ましてや君にとって解きやすい順にもなっていない。解答する側は出題者の配列順に縛られる必要はなく、能動的に柔軟に自分の都合で解答の順序を決めるのがよい。
3) 実は出題者は、わざと最初に難しい問題をおく傾向がある。いちばんの難問を最初において、時間をかけさせるのである。私自身もそういうふうにして問題を作ってきたものだ。実際、難しいものから易しいものという順になっていることすらある。つまり最後の問題から始めて最初の問題に逆流した方が早く終わることすらある。
4) 限られた時間で解かなければならないのならば、少しでも無駄な時間はかけないようにしなければならない。合理的、効率的な時間管理、時間配分を常に念頭に置かなければならない。
5) 答えが思い出せない問題の場合、考えれば考えるほど、時間をかければかけるほど却って出てこなくなってしまうことがある。一度離れることが必要なのである。いったん後回しにして別の問題をやってから再び戻ってくると、楽に思い出せることがある。
6) 後回しにして別の問題をやっているときに、その別の問題の中にたままたヒントがあって思い出したり、思いついたりすることもある。「あ、さっきの問題の答えはこれだ!」とひらめくことがあるものだ。
7) 英語の長文問題などでは、その問題を飛ばして進んで読んでいったすぐ先にその答えがころがっているというケースはよくある。
8) 5,6に共通しているが、発想を切り替え、新たな視点で見直すと、ひらめくことがある。そのためにはいったんその問題から離れなければならない。(生徒によっては、この一時撤退が全面敗北のように思え悔しくていつまでもかじりついているものがいる)
9) できる問題、またはできそうな問題から解いていくほうが、間違いなく時間の節約になり、解答時間の配分の見通しを立てやすい。解ける問題をある程度すませてから、安心して節約した時間を難しい問題に振り当てることができる。
10) たまたま解答を始めてすぐに難問で時間を取られていると、残りの問題を解いていく計画、見通しが立てられなくなってしまい、まだいくつか解けるのに時間がなくて手つかずで終わってしまうことがある。
11) 6題の穴埋め問題で共通の語群に選択肢が6個ある場合と、3題の穴埋め問題で選択肢が3個の場合とを比べてみたまえ。難易度が同程度だとしたら、3題で選択肢が3個のほうが早く解けて正答率が高いことは理の当然だろう。つまり、6題の穴埋めで選択肢6個の問題も全部解いていく過程で、1つ解いていく毎に選択肢が減って加速的に易しくなっていくのだ。3題を通過し、5題まで解けば、最後の1題には選択肢は1つしか残っていないわけだから考える時間も要らなくなる。
12) 6題の穴埋め問題で共通の語群に選択肢が6個ある場合、6つの問題の難易度が君にとってすべて同じということはなく、当然難しいものと易しいものとが混在しているだろう。そして、その6つの中には必ずと言っていいくらい、すぐに答えがわかるような易しい問題があるものだ。実は、こういった語群から選ぶ穴埋め問題ほど、いちばん易しい問題は中ほどか最後に置かれている。出題者の心理として、いちばん易しい問題は最初に置きたくないのである。
13) 問題番号にとらわれずに自分にとって易しいもの、確信を持って答えられるものから片づけていったほうが、残る選択肢が減っていってぐんぐんと解答しやすくなる。こんな当たり前なことにも気がつかないで、1番に置かれた難問に時間をムダに費やしている生徒は珍しくない。出題者はそういう生徒を想像して悦に入っているのだ。私もそうだが。
14) 難問も時間をかけて最終的に正解に辿りつければまだいい。しかし、時間をかければ必ず正解が得られるとはかぎらない。時間をかけても、けっきょく空欄のままに終わってしまうこともある。仮に解けたとしても、それが正解である保証もない。また難問がそれに費やした時間に見合った配点であるともかぎらない。
15) 私自身の長年の試験問題作成の経験からすると、出題者には、問題作成にあたって、解答者がすんなり解けないように、よけいな時間を食うように問題を作って、配列しようとする”本能的な”傾向がある。出題者にはすぐに解かれたくないという”プライド”があるのだ。
16) 2時間かけても解けない問題がいちばん最初にあって、順番を守ってがんばったら、その試験は0点になるだろう。
以上の理由で十分だとは思うが、私としては、特に、5) 6)7)の理由を強調したい。試験本番のときは緊張しているものである。緊張しているときほど、つまり、プレッシャーがかかっているときほど、ますます思い出せなくなってしまうのだ。わかっているはずなのに出てこなくなるものなのだ。そういう経験は誰にでもあるはずだ。
たとえば、駅で偶然に昔の友人に出会ったとしよう。顔は覚えていてお互いに久しぶりに言葉を交わしていても、相手の名前がすぐに思い出せなくて焦ってしまったということはないか。けっきょく名前を思い出せないうちに電車が来て、そのまま別れて、電車の中で2駅3駅過ぎたころになって、やっと思い出したりするものだ。会った瞬間に名前がぱっと出てこないうちに会話が始まってしまうと、名前を思いだせないとまずい、申し訳ない、というプレッシャーがかかってくる。すると、思い出し始めていたのがそのプレッシャーのために却って思い出せなくなってしまうのだ。であるから、相手から離れてプレッシャーが解除されると、簡単に思い出せてしまうのである。
行き詰まったら、いったん「外す」こと、「切り替える」ことが必要である。ぜひ参考にしてほしい。