鳥取城は、堅固な防御能力を備えた、有数の山城の一つに挙げられている。
羽柴秀吉は大軍を以って包囲網を敷き、籠城する敵(吉川経家)を兵糧攻めにして攻め落とした歴史がある。
鳥取城は久松山のてっぺんに「山上ノ丸」があり、天守があったが火災で焼失したという。
今も石垣などの遺構が残っているそうだ。
今回は、山麓に展開する「山下ノ丸」を見て回った。
明治になってすべての建物が取り壊されてしまったが、みごとな石垣が当時の姿をとどめている。
お堀の向こうに広がる久松山公園越しに石垣が見える。
正面の久松山のてっぺんにあったのが「山上ノ丸」。
本丸までは30~40分の急な登りを覚悟する必要があるそうだ。
「二の丸」へ登る石段。
山下ノ丸で一番高い位置にある「天球丸」から城下(鳥取市街)を見る。
もし戦であれば、攻め上ってくる敵に向かって、この辺りから矢や鉄砲を放ってやろうというイメージがわく。
天球丸の石積み。
鳥取城跡で見たかったポイントの一つ、日本でここだけと言われる丸い形の「巻石垣」。
後の石垣が崩れるのを防ぐため、補強の石垣として積まれたとのことである。
西坂下門(復元)。
手前は堀に架かる「擬宝珠橋」、その奥が正門に当たる「中ノ御門」(再建)。
現在は石垣の工事中で、「中ノ御門」から入城するのは不可。
「山上ノ丸」への登り口にあった「クマ出没」の看板。
朝の雨でぬかるんだ道と、クマの怖さに負けて山上ノ丸攻撃は取りやめとした。
機会があれば、次回は・・・。