夢のなかに演説をする僕がいてそれを聞いてる僕がまたいる
_/_/_/ NHK短歌 1月16日放送(12月1日締め切り分) 題「夢」 _/_/_/
_/_/_/ 加藤治郎さんに選んでいただきました。(入選) _/_/_/
_/_/_/ ゲストの神野紗希さんの一押しでした。(^_^) _/_/_/
_/_/_/ NHK短歌 1月16日放送(12月1日締め切り分) 題「夢」 _/_/_/
_/_/_/ 加藤治郎さんに選んでいただきました。(入選) _/_/_/
_/_/_/ ゲストの神野紗希さんの一押しでした。(^_^) _/_/_/
入選おめでとうございます!
約束どおり(笑)早起きして拝見しました。
夢の中で演説する自分を見ている(聞いている)というのは楽しいような寂しいような不思議な感覚ですね。
なぜか伊坂幸太郎の小説に出てくる演説の達人が思い浮かびました。
演説というのは孤独な行為なのかもしれません。
お話変わりますが、リサ短のくらげの歌、大好きです♪
よく見る夢をそのまま歌にしただけなんですが、
ていねいに読み込んでくださりうれしいです。(^_^)
現実に見ている夢だけに、前意識の現れ、
というのは確かにあるのかもしれませんね。
ゲストの神野さんは、
演説をしているのに聞いているのは自分だけ、
というところにかなしみを感じた。
とおっしゃっていました。
夢判断をされているような気分で、
新鮮な驚きがありました。
ところで、
徹平さんの歌が放送されるのは、たしか来週でしたよね。
(どこかのブログのコメントで読んだ気がします。)
とても楽しみにしています。(^_^)
麦
なるほど、言われてみると、
演説と孤独はつながるものがありそうです。
僕はあまりしゃべるのは得意な方ではないのですが
夢のなかの僕はとても雄弁なのです。
何をしゃべっているのか聞こうとする。
でも意味をとることができない。
そして、これは夢だって気がつく。
そんな何度かの夢体験を歌にしたものなのでした。
それから、
くらげの歌、気にいってくださりうれしいです。
一部推敲しなければいけませんけどね。(^_^;
麦
「夢の中に」の「に」が「で」じゃないとこが凄くて、夢を池でも覗き込んでるような気にさせてくれます。
天井から演台が見えて、演台から聴衆が見えて、そして椅子に座る自分の目になってという、夢の中を泳ぐ気持ちいいような、悪いような感覚が歌に見事に保存されてて、夢の不思議をかんじさせてくれますね。
お会いしたことはありませんが、なんとなく演説が似合わない方のような気はしてたので(好印象なんですよW)さぞ戸惑っておられるんだろうなと、にやついて拝見しました(笑)
「夢のなか」でも「夢のなかで」でもなくて「夢のなかに」としたのは
多分に感覚的なものなのですが、こうして解説していただくと
なるほどその通りだって、逆に教えられるようです。(^_^;
和馬さんの予想通り、演説は似合わないっす。(^_^;;
麦
本日のNHK短歌で、「もしかして~」の歌を詠んだ、ささと申します。
夜はぷちぷちケータイ短歌などを含め、あちこちで麦太朗さんのお名前を拝見しています。
今朝も、NHK短歌を見ていて、麦太朗さんの歌だ!!と・・・。
夢の中に自分と、その自分を見ている自分がいる。
私は、かなしさとかよりも、「必死に何かを訴える自分」を見つめる、「冷静な感じの自分」が想像できて面白さを感じました。
これからも楽しませていただきます♪
はじめまして、よろしくお願いします。
さささんのことは名短以降いろいろな方の
ブログやツイッターで拝見していますので
存じておりますよ。(^_^)
「冷静な感じの自分」というのは夢のなかでの
実際の感覚に近いです。
普段しゃべらない自分が何かしゃべってるぞ
すごいな、うらやましいな、何しゃべってるんだろう?
・・・聞いてもよくわからないな、自分なのに・・・、
といった状況です。
さささんの歌、
もしかして二十余年も眠りこけ私自身が夢なのですか
歌自体はかろやかなのですが、
現実とは何か?自意識とは何か?
私以外のひとに自意識はあるのか?
という究極の問いかけをも思わせる
深み重みを感じました。
コメントありがとうございました。
NHK短歌ごいっしょできて嬉しかったです。
またごいっしょできると良いですね。(^_^)
麦