1、オペレッタの王様オッフェンバッハの「天国と地獄」
パリのキャバレー、フレンチカンカンに合わせて必ず流れる曲こそこのオペレッタのテーマ曲。学校の運動会や某カステラ会社のコマーシャルで流し続けられたので誰しも耳に馴染んでいるに違いない。リズミカルなのはいいが、ややせわしなく焦燥感を煽るがなんともいえぬ愛嬌があり皆に愛されるのだろう。
しかしこのオペレッタの内容、筋書きたるや、西洋人が誇るギリシャ神話の「オルフェオとエウリディーチェ」を思いっきり俗物化した強烈なパロディ。
「オルフェオとエウリディーチェ」・・・・・要すれば、天国(あるいは地獄)に行った愛する女房を取戻しに行くのはいいが、それを成就するためには帰り道後ろを振返ってはならないという話。
その主人公オルフェオは音楽の才に優れ、彼がひとたび竪琴などを奏すれば動物達もうっとりするという位なのだが・・・・・彼の職業が羊飼いであるため、何とはなしにキリストに模せられるということを頭に入れておいた方がいい(明示的にそうだとは言わないまでも暗黙のうちに西洋人の心に宿るのであろう)。しかしキリストはギリシャ文明より随分後の話で両者の間にはなんの脈絡もない筈。因みにオルフェオは最後は後ろを振返ってしまったため八つ裂きの刑にあってしまう・・・。
そのパロディぶりは・・・・・オルフェオとエウリディーチェは愛しあってるどころか倦怠期の真最中、双方不倫で忙しい・・・・・天国たるや飲めや歌えの無礼講続き、入れ替わり立代わり出てくる神様達も、ゼウスやバッカスばりにやりやい放題の乱痴気騒ぎ。要するに悪ふざけの窮みなのだが、一点、作者の良心が疼いたためか、ところどころで「世論」なる名前を与えられた進行役が出てきて、解説めかして主人公達に忠告を与えるのがご愛嬌といえよう。
2、オペラの始まり、中興、そしてパロディ化
問題はこの「オルフェオとエウリディーチェ」は、オペラの歴史に深く関わっている点。
オペラの歴史は・・・岡村喬雄さんの「オペラの時代に」(新朝新書)によるのだが、前史は省いてその佳境に入ってゆくと・・・・・
① 史上最初のオペラは1600年、ペーリの「エウリディーチェ」。
フレンツィエのピッティ宮殿(パラティナ画廊がある)で行われた、フランスのアンリ4世とメディチ家の娘マリーアとの結婚祝宴会宴で上演されたという。
② そしてこれをより本格化したものが1607年のモンティヴェルディの「オルフェ オオ」。
フレンツィエで上記の劇を見ていたマントヴァ侯爵が命じて 作らせたものというが、これこそ本格的にオーケストラにのせて劇展開を図る本格オペラの元祖と言われる。
③ 更にやや時代が下ってアンシャンレジーム下1762年のパリ。オペラの中興の祖グルックの「「オルフェオとエウリディーチェ」が誕生する。
グルックは、イタリアで盛んな歌曲中心の(カストラートに依存した)オペラに飽きたらず、真に音楽総合芸術としての今日的オペラを提唱した・・・・・。
イタリアの保守派に対しまさに改革派。そのグリックが勝利を勝ち取ったのがこのオペラ。やや真面目腐った硬い感じでギリシャ的明るさが消されているような感じがするが、今でも盛んに上演されると言う。
いずれにしてもギリシャ神話の一つがかくも何度もオペラ化されているのだが、グリックの「オルフェオとエウリディーチェ」を見て、これがオッフェンバッハの「天国と地獄」に繋がってゆくことが理解できるであろうか。
ともあれ浅学ながら硬派のコメントをさせていただくとすれば・・・・このオペレッタを見れば、ニーチェが「神は死んだ」といい、サルトルが「実存主義」なるものに行き着くのもむべなるかなと変に分かったような気になるのが可笑しい。
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