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一日一書 1732 寂然法門百首 80

2023-04-30 11:04:05 | 一日一書

 

菩提薩埵利物為懐


 人をみな渡す誓ひの橋柱たてし心はいつか朽ちせん
 

半紙

 

【題出典】『倶舎論』二三

 

【題意】 菩提薩埵は利物を懐と為し

菩薩は他者の救済に思いをかける。


【歌の通釈】
人をすべて救う誓いの橋柱を立てたその心は、いつ朽ちることがあろうか。

【考】
菩薩の行を志す者として、他者を救うために生きることを誓った歌。「橋柱」を中心とした縁語仕立ての歌で、【参考】に挙げた俊成歌に倣った詠み方。

【参考】わたすべき数もかぎらぬ橋柱いかにたてけん誓ひなるらん(長秋詠藻・序品・四〇三)

 

(以上、『寂然法門百首全釈』山本章博著 による。)


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●今日は、この3月に亡くなった義弟・野俣隆の四十九日法要が行われます。義弟は、生前、この「寂然法門百首」シリーズを毎回見てくれて、応援してくれました。改めて感謝するとともに、この救いにあずかることを心より祈ります。

 

 

 


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一日一書 1731 寂然法門百首 79

2023-02-04 10:49:20 | 一日一書

 

莫懐身相

 

いたづらに惜しみきにける仮の身を誠の道にかへざらめやは
 

半紙

 

【題出典】『止観輔行伝弘決』一・二

 

【題意】 莫懐身相=身相を懐すること莫(な)かれ

身を惜しんではならない。


【歌の通釈】
むやみに惜しんできたはかない身を、真実の道のために捨てないことがあろうか。

【考】
真実の道のためには、我が身を惜しまずに捨てようと言った歌。

 

(以上、『寂然法門百首全釈』山本章博著 による。)

 

 


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一日一書 1730 寂然法門百首 78

2023-01-16 13:43:56 | 一日一書

 

我今衰老

 

置く霜の老いの末葉(すえば)にかかるまで跡とどむべきこの世とやみる
 

半紙

 

【題出典】『法華経』52番歌題に同じ。

 

【題意】 我今衰老

私は今、衰え老いて


【歌の通釈】
枯れた葉末に霜が置くように、白髪となりいつまでも老いながらえて、生きるべきこの世であろうか。 

【考】
生きながらえて老いても、執着、欲望は尽きることはない。老いの恥を知れと言った。『徒然草』七段の「命長ければ恥多し。」を思い起こさせる。
 

(以上、『寂然法門百首全釈』山本章博著 による。)

 


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一日一書 1729 寂然法門百首 77

2022-12-10 13:53:29 | 一日一書

 

人身聖教難可再

 

いつの世にこの身となりて法(のり)の花かさねて春にあはんとすらん
 

半紙

 

【題出典】『菩薩戒本宗要』

 

【題意】 人身聖教難可再

人身、聖教、再びすべきこと難く


【歌の通釈】
いったいいつの世にありがたくもこの人間の身となって、さらにまた仏法の花を重ねた春に会おうとしているのだろうか。 

【考】
人間として生まれ、しかも仏法を聞くことができるのは、本当に稀で奇跡的な有難いことで、再びこのような境遇に生まれ変わることは至難のことである。だから、むなしく過ごしてはならないと説く。法の花が咲きほこる春とは、いかにもありがたさを感じさせる表現。
 

(以上、『寂然法門百首全釈』山本章博著 による。)

 

●仏法を学ぶということに限らず、この世に生きているということは、「学ぶ」機会を与えられているということで、それは本当に奇跡的なこと。だから、一寸の光陰も軽んじてはならないとは、中国の古典でも、力説されていることです。

 

 

 

 


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一日一書 1728 寂然法門百首 76

2022-11-27 15:04:30 | 一日一書

 

未嘗不以仏性義経懐

 

たまゆらの心かくればすむべきを身に持ちながらいかが忘れん
 

半紙

 

【題出典】『金剛錍』湛然序

 

【題意】 未嘗不以仏性義経懐

未だ嘗て仏性の義を以て懐に経ざるはなし


【歌の通釈】
ほんの少しでも仏性を心に掛ければ心は澄むはずなのに、仏性を身につけていながらどうしてそれを忘れるのだろうか。 
 

【考】
我が身にも仏性つまり仏となる可能性があるのに、それを忘れて過ごすことを悔いた歌。
 

(以上、『寂然法門百首全釈』山本章博著 による。)


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