町内の旅行で東京までの小旅行、道路が空いていたのでバス2時間でもう皇居外苑です。
まず車窓から、大手門入り口が撮れました。
二重橋を臨む緑に囲まれた一角に楠公レストハウス、国有財産で国民公園協会の管理、1967年(昭和42年)に全国から皇居参観に来られる方々や公園を利用する方々の休憩所として建てられ、2002年(平成14年)にリニューアルされ現在の建物になりました。
昼食「参の重」は江戸エコ行楽重と銘打って、当時の行楽料理を再現、地元材料、省エネ仕様で少量多品種、見た目も綺麗でしたが、塩分大好きの仙人向きではありませんでした。
なお、菊のご紋の付いた箸は、使用後持ち帰りできます。
目の前に名前の由来である、建武中興の忠臣・楠木正成公(楠公)の銅像があります。二重橋を正面に見据えるこの像は、住友財閥が1891年(明治23年)に東京美術学校(現・東京芸大)に製作を依頼し、住友傘下の別子鉱山の銅を使い高村光雲をはじめ、山田鬼斎、岡崎雪聲などにより、10年を費やし完成しました。
それにしても外国人、特に中国の観光客が多いのには驚きました。
急ぎ足で撮ったお馴染みの二重橋と奥に伏見櫓(伏見二重櫓)、関東大震災の際に倒壊したため、解体して復元されたもので現存する数少ない建築物です。江戸城としては、当時の建物がほとんど残っていないので、この広大な面積と石垣にその威容を偲ぶしかありません。城内部に行くと切り込み接ぎ布積みの江戸時代初期の石垣が見られるようですが、この辺は打ち込み接ぎ乱積みの石垣でした。
安政7年(1860)3月3日早朝、水戸藩浪士17名、薩摩浪士1名が大老井伊直弼を襲った桜田門外の変は、まさにこの門の外側で起きました。この事件により、日本は大きく動き、7年後には明治維新を迎えました。門の石垣は切込み接ぎ乱積みのようです。
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