顎鬚仙人残日録

日残りて昏るるに未だ遠し…

にっぽん丸-大洗港寄港

2019年07月29日 | 日記

7月27日(土)午後3時、大洗港第4埠頭に商船三井のにっぽん丸が予定時間通りに着岸しました。
商船三井客船のにっぽん丸は三代目で、総トン数 22,472トン、全長166.65m、全幅24.00m、 喫水6.6m、旅客定員202室・最大524名の外航クルーズ客船です。

今回は「花火大会と青ヶ島周遊クルーズ ~鳥羽花火・大洗花火~ 5日間」というクルーズの最終日に寄港しました。料金は183,000~825,000円、展望デッキの方々を見上げると、年配の方が多いような気がしました。
第3埠頭に停泊の北海道へ向かうフェリーが後方に写っています

台風6号の通過で心配されましたが、予定通りに目の前の海岸で打ち上げられた海上花火を鑑賞して、10時には横浜に向かって出港していきました。

両舷に吊り下げられた救命艇、大きなものはテンダーボートといい、小さい港で着岸できないときなどに船から陸地に客員を運ぶ足船として使うそうです。

北関東の海の玄関口として大洗港はクルーズ船の誘致に力を入れていますが、客船専用バースの第4埠頭の長さが260mのため大型クルーズ船は入港できません。まだ年に数回の寄港ですが、年ごとに確実に増えてきていることは嬉しい限りです。


そば処 金砂庵  (常陸太田市)

2019年07月27日 | 食べログ

西金砂神社から狭い参道を約5キロ下ったところにある金砂庵です。この地区は常陸秋蕎麦の本場中の本場で知られ、しかも本家JAの経営で、水は肌に良いと評判の隣接する入浴施設「金砂の湯」と同じ西金砂天然水を使用しています。

ここのそばの特徴は、元気な地元の主婦たちだけで、挽きたて、打ちたて、茹でたて、の3たてにこだわって提供していることです。店内から見える電動の石臼が毎日そば粉を挽いています。
香り高いそばは、適度のコシでのど越しもよく、狭い山あいのこの地区で採れた野菜もカリッと揚がっていて美味しくいただきました。

ここで作って販売している蕎麦スナックは、そば粉で作って揚げて塩をうすく振っただけですが、その素朴さが何故かあとを引き、思わず購入してしまいました。ビールのつまみにも最高です。

西金砂神社と金砂山城

2019年07月26日 | 歴史散歩

西金砂山(412m)の頂上に本殿を配した西金砂神社の祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと)と国常立命(くにのとこたちのかみ)と少彦名命(すくなひこなのみこと)、大同元年(806)に天台僧の宝珠上人が,社殿を造り祭壇を設けて,近江国比叡山の日吉神社の分霊を勧請・祭祀したのが始まりと伝わります。

創建当初には、比叡山延暦寺の伽藍を模した七堂伽藍中堂を設けていたといわれ、中世には佐竹氏の厚い崇敬を受けますが、水戸徳川家二代藩主光圀公は神仏分離を図り、西金砂山から社寺や古仏像を廃し,僧侶を別の地に移します。明治初期には郷社とされますが、その後県社になりました。

この神社が東金砂神社とともに行う「金砂神社磯出大祭礼」は、73年に一度、日立の水木の浜まで、渡御行列を一週間かけて約75キロを往復する盛大なものです。前回の第17回は2003年に行われましたので、次回の2076年はどんな世になっているでしょうか。

陣ケ平という車を停められる平坦地から鳥居をくぐると、まず急な石段が約100段続きます。

約半分登ったところに拝殿がありますが、この先本殿まで行かずにここで済ます方も結構いるようです。

杉の根が露わな山道を登っていくとまた急な石段が続きます。地形図で見ると鳥居から山頂まで約200mの間に標高差約90m近くの急登になります。

最後のさざれ石状の岩を登ると本殿に着きます。

文化二年(1805)の建立といわれる本殿です。神紋は「左三つ巴」で、佐竹氏の紋「五本骨扇に月丸」は賽銭箱に付いていました。

山頂西側は、急峻な崖で見下ろすとイワヒバ(岩檜葉)、この辺ではイワマツ(岩松)というシダ植物の群落が見えました。黄色い花は岩の上が好きなマルバマンネングサ(丸葉万年草)でしょうか。

山頂展望台から西側、さすが412mの眺望です。この狭い山頂は金砂山城の物見の役目をしたと思われます。

国土地理院地形図では山頂の西側は崖の表示になっており、等高線からも急峻な地形がよくわかりますが、この地形を利用した金砂山城は、現地案内板によると…

西金砂山は「頼朝の金砂攻め」として史上名高い金砂城址である。
もっとも城とはいえ城郭を構えたものでなく、天険の山そのものが城であった。知承4年(1180年)11月4日、源頼朝の佐竹氏討伐に、三代佐竹秀義は太田城の本城を捨てて西金砂山に篭城・応戦。要害険阻なこの山に籠もった秀義軍は、数千の強兵を相手に一歩も退くことなく奮戦、攻め手頼朝軍勢は雨霰と降りかかる矢・石にうたれて苦戦、狭小絶壁の道なき道に進退ならず、放つ矢は敵に届かず、空しく矢をつがえて機を待つばかり。兵法に迷う激しい攻防の二日後、味方のスパイ行為によってついに落城した。
尚この西金砂山は、南北朝争乱期に南朝方と激戦を交えた時の篭城の地となり、さらに応永10年から100年余にわたって繰り広げられた支族山入氏義との内紛の折、佐竹義舜が篭城して死力を尽くした地であり、佐竹家初代昌義が尊信するようになってから、佐竹が西金砂山に篭城の都度戦いが有利に展開したので、金砂山は佐竹開運の山として崇敬された山であり神社であった。

鳥居の前に長さ50mくらいの平坦な台地があり、館跡とされていますが異論もあります。いずれにしても深い山中の険しい地形そのものが要害なので、佐竹氏の詰の城として堀や土塁などの城郭は必要なかったのかもしれません。

この一帯は道路脇に人なつっこい石像が並んでいて飽きさせません。これは「田植え」という題でした。

西金砂山から下の県道までは標高差約300m、そこが参道入口で最初の鳥居が立っています。手前に石像とそば街道の石柱が見えます。

境内で見つけたマムシグサの実、まだ赤くなっていませんが不気味なトウモロコシのようです。
久しぶりの急石段に辟易しましたが、神聖な区域への参道と、敵を防御する急崖と…、ふたつの意味を味わいながら登りました。

梅雨明け未だ…偕楽園公園2019 ②

2019年07月21日 | 水戸の観光

偕楽園公園は、都市公園では300haという世界第二位の広さを持ち、偕楽園を中心に水の都水戸にふさわしく沢渡川、桜川、逆川の流域と千波湖周辺に豊富な自然を残しています。

千波湖畔の桜並木に紅葉した枝を見かけます。枝に虫でも入ったのか何かの原因で樹との流れが絶たれた葉が、赤い色素アントシアニンで化粧されてしまいました。

ギンナン(銀杏)がびっしり生った茨城県歴史館の銀杏並木、秋の黄葉の撮影ポイントですが実を拾う人は少なくなくなりました。

同じく歴史館の蓮池です。当初は大賀ハスとして植えられましたが、在来種との交配が進み純血を保てなくなったといわれています。

蓮池の隣にヤマユリ(山百合)の植えてある林があり、強い香りが辺り一面に漂い梅雨湿りを忘れさせてくれます。

傍らには名前からして悪党のワルナスビ(悪茄子)がどんどん侵略してきました。牧野富太郎博士の命名、北アメリカ原産の帰化種で、強烈な繁殖力で要注意外来生物に指定されていましたが、2015年生態系被害防止外来種に改訂された際に何故かリストから外れてしまいました。葉の裏や茎に鋭いトゲが見えます。

同じ草むらにマルバルコウソウ(丸葉縷紅草)、熱帯アメリカ原産で非耐寒性のヒルガオ科の園芸種だったのが日本の環境に順応してしまい、鮮やかな色を道端で見かけるようになりました。

長梅雨でキノコが林間にたくさん出ています。テングタケ(天狗茸)の一種でしょうか、成長過程を並べてみました。

千波湖畔のハクチョウソウ(白蝶草)、路傍で野生化しているのも見かけます。北米原産、園芸種ではガウラともいわれています。

因みに鳥のハクチョウ(白鳥)で有名な千波湖ですが、一昨年の鳥インフルエンザ感染以来、水戸市では千波湖のコブハクチョウなどの数を減らすために繁殖抑制策をとっています。
いつも首が凝っている仙人には羨ましい柔らかい首のコクチョウ(黒鳥)は山口県の宇部市から贈られたものが増え、すっかり慣れていて近付いてきます。

蓮の香や水をはなるる茎二寸  与謝蕪村
ほのぼのと舟押し出すや蓮の中  夏目漱石
偽りのなき香を放ち山の百合  飯田龍太
山に百合そうして農夫嫁が来て  細谷源二

梅雨明け未だ…偕楽園公園2019

2019年07月20日 | 水戸の観光
都市公園では世界第二位300haの面積を持つ偕楽園公園は、主要部分の偕楽園と自然の残る千波湖周辺の緑地帯で構成されています。

そもそも水戸という地名は、那珂川と千波湖との間に突き出した台地の先端の地形が、水の出入り口であることからといわれています。その海抜約9m程度の千波湖一帯に流れ込む桜川、沢渡川、逆川沿いには緑地公園が整備され野趣あふれる自然が残っています。

水辺の植物が多い公園には、流れ込む川が運んできた種子から出た樹木が多く見られます。
オニグルミ(鬼胡桃)は川辺に生える野生のクルミで雌雄同株、縄文時代から保存食とされていたようですが、その殻の硬さは尋常ではありません。

子供の頃、川の畔にあるこの実をセッケンボンボといって泡たてて遊びました。エゴノキは「えごい(えぐい)」味がすることから名付けられ、果皮にはエゴサポニンという有毒物質を持ち、かってはすり潰して魚を捕る漁法があったそうです。

「因幡の白兎」伝説のガマ(蒲)の穂、11月くらいになって穂を触ると綿毛が爆発するように飛び出してくる動画がYouTubeにたくさん出ています。

ハンゲショウ(半夏生)の群生です。夏至から十一日目の季節、半夏生の頃に咲く、葉の一部が白くなったドクダミ科の多年草、「半化粧」「片白草」ともいいます。

桜川沿いの似た花三題、どれも短い命の一日花です。ノカンゾウ(野萱草)は一重で上を向いて咲くユリ科の花です。

ヤブカンゾウ(藪萱草)も上向きに咲きますが八重です。ニッコウキスゲも同じ科ですが、花は横向きに咲きます。

ヒオウギスイセン(檜扇水仙)はアヤメ科で、野生化してあちこちで見られ、旺盛な繁殖力から条例によって栽培を禁止している自治体(佐賀県)もあるそうです。

※ブログ仲間の雑草さんから写真はヒメヒオウギスイセン(姫檜扇水仙)との指摘をいただきましたので、訂正いたします。栽培禁止もヒメヒオウギスイセンなのを見過ごしていました。調べてみるとウィキペディアにはヒメヒオウギスイセンは、ヒオウギスイセンとヒメトウショウブの交配種と出ていますが、そのひと回り大きいヒオウギスイセン自体の記述があまりなく、雑草さんもこの辺であまり目にしたことがないとのことです。ありがとうございます。
メタセコイヤの新緑がきれいです。2、30mにもなるヒノキ科の大木、いつか庭に植えてしまいどんどん伸びる樹高に驚き慌てて伐りました。よく似ているラクウショウ(落羽松)は細い枝葉が互生(互い違いに)しますが、メタセコイヤは対生(向かい合って)です。