原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

台湾シリーズ⑨―2・28事件

2013年03月01日 08時22分21秒 | 海外

 

昨日は2月28日。台湾の人にとって忘れられない日であり、台湾史にとっても重要な2・28事件が起きた日であった。事件が発生して、今年で66年目となる。近年の台湾では国家的行事として追悼式典などが催されている。しかしこの事件は長い間(蒋介石の統治時代)隠されていた。事件は蒋介石の国民党と台湾人との軋轢が生んだもの。その根には日本があった。事件が明るみに出たのは、民主化が進んだ二十世紀後半となってから。それまで台湾の人は口にだすことさえ禁じられていたのである。日本人が詳細にこの事件を知ることになったのも、最近のことであった。

 

事件の経緯は、もうすでに多くの人が知っていることと思うが、概略を記そう。

1945年8月15日。日本の敗戦により日本軍が武装解除され、台湾から日本人は総撤退となった。その台湾を管理するために蒋介石は国民党軍を台湾に送り込んだ。この軍隊がとんでもないものだった。浮浪者を集めて員数をそろえただけの軍隊。軍規律など最初からなかった。それには理由があった。蒋介石は大陸で日本軍を追い出した後、毛沢東の共産党軍との新たな戦い(内乱)がはじまっていた。その戦いのために正規軍など台湾に送れなかったのである。

台湾に上陸した国民党軍はまさに盗賊であった。強盗強姦は当たり前、傍若無人そのもの。日本統治時代に比較的恵まれた生活をしていた台湾の人には彼ら(国民党軍)は野人に見えたであろう。その無知蒙昧ぶりは今でも語り草に残っている。なにしろ文化的生活を知らない彼らは、ひねると水がでる蛇口や明るい電球など始めて見たもの。壁に蛇口をとり付け、水が出ないと騒いだり、天井に電球をつけただけで、なんで電気がつかないと文句を言う始末。そんな程度の人間の集団であった。

だが、彼らには権力があった。犯罪を訴えてもいつのまにか証拠が消える。盗難や強奪、強姦まで白昼堂々と行われるようになっていた。国民党の兵士にも劣等感があった。台湾の人は日本の時代のおかげでほとんどの人が学校に行き、読み書きができる。文盲がほとんどの兵士はそれが面白くない。口争いになれば確実に負ける。文章も読めない。彼らは暴力と権力に頼るしかなかった。自然に台湾人と国民党軍の間に溝が大きく広がっていった。治安の悪化に加え、役人の腐敗が著しく、不正の少なかった日本の統治時代との差に台湾の人は愕然とした。その上、物価の高騰、インフレによって企業の倒産が相次ぎ、失業も深刻化していった。

 

そうした背景の中で1947年2月27日、事件が起きた。台北市の路上で闇タバコを売っている女性が警察に捕まった。当時の官憲は国民党軍の人間。土下座して謝る女性を銃剣の柄で殴打、商品及び所持金を没収した。街なかの事件である。多くの台湾人が女性に同情して集まった。身の危険を感じた警察は民衆に向かって発砲。無関係な市民を殺害してしまった。とうとう台湾人の怒りが爆発する。翌28日、大群衆がデモ隊となり市庁舎へ向かう。狼狽した国民党軍はこのデモ隊に向かって発砲。多くの人を殺傷した。デモはさらに拡大した。そして台湾全土へとその輪を広げていった。大きな渦を巻き起こした要因はラジオ放送局の占拠だった。そして全土に向かって『台湾よ立ち上がれ』と言う声が響き渡った。その演説は日本語であった。そして彼らの合言葉が『君が代』であった。国民党軍は日本語を知らない。日本語はそのまま暗号となったのである。日本で軍事教練を受けた元日本兵なども参加した。寄せ集めの国民党軍に負けない強烈な反政府軍となったのである。

(2・28公園に残る放送局の記念塔) 

 

その勢いに国民党軍は完全に劣勢となった。すかさず策を弄する。台湾行政長官兼警備総司令官の陳儀は反政府軍に向かって和議を申し込む。リーダーを処罰しないと約束し、まず対話しようと呼び掛ける。その一方で、大陸にいる蒋介石に援軍を依頼していた。時間稼ぎの和議であった。蒋介石はすぐに第21師団と憲兵隊を台湾に派遣する。正規軍の投入である。上陸と同時に一斉に反撃を開始する。無差別に発砲して反乱を抑え込んだ。首謀者は次々に投獄され、ろくに裁判もせず死刑となる。処罰しないなどというのはまったくの嘘であった。すべて蒋介石の命令だった。

特にターゲットとなったのは日本の教育を受けた知識層。関係なく投獄され行方不明となった人が多数出ていた。49年に蒋介石が大陸から台湾に逃げて来てからその弾圧が一段と激しくなる。彼の異常なまでの反共思想がすべて日本教育を受けたエリートに向けられたと言っていい。47年に発せられた戒厳令がそのまま継続され、1987年まで続いていたのである。その異常さが想像できるであろう。まさに2・28事件をきっかけに大弾圧が台湾で繰り広げられた。死亡者数は28000人と言われているが、実際はその三倍と言われている。白色テロ(フランスが語源、反政府グループを弾圧すること)と呼ばれる台湾人大虐殺の歴史はこうして生まれたのである。

 

(ベネチア映画祭だけでなく、1990年のキネマ旬報賞外国映画ベストワン・外国映画監督賞を受賞)

 

蒋介石の死後、台湾の民主化が進み、ようやくこの事件が明るみにでてきた。世界がこの事件を知るきっかけとなったのが、1989年のヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した「悲情城市」という映画である。監督の侯孝賢は実は外省人。2・28事件を題材に蒋介石の罪を外省人が暴くという時代に台湾もなったということなのであろう。日本と台湾の関係もよく分かる素晴らしい映画である。DVDもあるので機会があれば見てほしい。

 

2・28事件のきっかけとなった女性が殴打された路上には、現在メモリアルの石碑が建てられ、台湾全土に蜂起を呼び掛けた放送局は今は2・28記念館となり、当時の放送や事件のあらましが展示されている。記念館のあるエリアは2・28記念公園となり市民の憩いの場所となっている。

 

今は静かに事件を語る時となったが、当時の忌まわしい記憶は台湾の歴史として深く長く記憶されることであろう。台湾の人にとって蒋介石という人物は中国大陸そのものであった(本人もまた中国大陸への復帰が最大の願望であった)。この事件の真相を知ると、台湾の人が中華人民共和国という国を、信じられないことも良く分かるし、日本という国に対するシンパシーの元が何であるかも理解できる。

 

*2月28日は台湾では和平記念日として休日となっている。10月25日は台湾光復節。日本統治が終了して中華民国に復活した記念日である。しかし休日ではない。日本の統治より蒋介石による国民党の支配弾圧の方が台湾の人にとっては辛いものであったことがよく分かる。

*巻頭の写真:左上・2・28公園のメモリアルオブジェ、右上:事件発生当時の北京の様子。右下・現在は民間企業の所有となっているが、当時はたばこ公社の本部。内乱のターゲットとされ破壊された。左下・国民党軍による「殺戮の様子を描いた絵画「2・28記念館にある」)

(過去の台湾シリーズ)

①、2009年2月3日、西郷菊次郎を忘れない台湾の人

②、2010年12月24日、元日本人

③、2011年12月16日、明石元二郎

④、2012年2月3日、本省人と外省人

⑤、2012年3月16日、芝山巌事件

⑥、2012年8月28日、八田與一物語(1)

⑥、2012年8月31日、八田與一物語(2)

⑦、2013年2月1日、神に祀られた日本人

⑧、2013年2月22日、日本を残そうとする台湾


最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
2.28事件… (numapy)
2013-03-01 14:41:08
恥かしながら、この事件を全く知りませんでした。
2.26事件と間違えたぐらいです。
その意味では国民党軍と同じぐらい無知モーマイで、
いやぁ、歴史に暗いとは言え恥ずかしいです。
蒋介石も凄いことやってたんですね。
ただ、毛沢東は一説によると6000万人粛清したと言いますから、どちらもどちら、もはやケモノ以下ですね。
人間とは何たるもんなんでしょう…
勉強になりました。
40年間も闇に葬られてますから (genyajin)
2013-03-01 16:28:50
いや、知らない方が普通です。私も台湾に取材に行って初めて詳細なことが分かりました。映画を観たのもその後です。台湾の若い人もちょっと前まではほとんど知らなかったくらいです。でもこの事件のためにかなりの台湾人が日本に逃げてます。作家の邱永漢もその一人だったと聞いたことがあります。たしか一青ヨウ(漢字知りません)とかいう歌手のお父さんも台湾の企業一家(金持ち)の親族で蒋介石に追われて日本に逃げてきたと聞いたことがあります。あまり正確な情報ではありませんが。いずれにしても蒋介石の為に日本で帰化した台湾人は結構いるのではないかと思います。
現在の台湾総統である馬は国民党です。彼は総統になる前、蒋介石を弾劾し、中正大至の称号を取るとか言っていたけど、当選した後はそのまま。台湾の民主化はまだまだなのかもしれません。
当時の人口比率を見る (genyajin)
2013-03-01 22:27:00
1945年当時の台湾の人口は650万人。行方不明を加えると白色テロでの被害者は少なく見ても6万人。つまり全人口の1%を殺戮したことになる。日本の人口に当てはめると約100万人以上の人が犠牲となったことになる。蒋介石は毛沢東と並ぶ殺戮者と言える。
1%ですかぁ…さらに吃驚! (numapy)
2013-03-02 13:31:26
人口比率で行くとスゴイパーセンテージですね!
蒋介石には、毛沢東よりも良いイメージをもってたのですが
独裁者はどれも同じですね。
一体、何が彼らを狂気にさせるんでしょう?
麻原オームのように、とりまきの演じてる役割も大きいんでしょうね。

コメントを投稿