原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

病むキタキツネ

2015年05月22日 09時00分00秒 | 自然/動植物
温かな5月に誘われて山行へ。まだ葉をそろえていない木々のおかげで野鳥たちの姿がよく見える。だが、心地よい薫風の中に違和感のあるものが眼に入った。100mほど前方に寝そべる動物の姿である。ゆっくりとした動作で頭をあげ、こちらを見た。キタキツネだ。ここで見かけるのは珍しい。人が近づけばすぐ逃げる。それが彼らの習性だが、じっとこちらを見るだけで、動かない。さらに近づくとようやく立ち上がった。その時、気付いた。患っていたのである。特徴のある尻尾の毛が抜け落ち異様な姿をしていた。

キタキツネはこちらを見ながらよろめくように池の方に移動していった。動作は極めて鈍い。とても野生の姿ではなかった。キタキツネは「疥癬(かいせん)」という病気にかかっていた。汚れた毛並みと棒のように細くむき出しの尻尾が病の重さを物語っていた。
キタキツネの疥癬という病気はヒゼンダニによって引き起こされる。このダニは皮下にトンネルを作って繁殖。皮膚病を引き起こし、重症化すると体や尾の毛が抜け落ちる。皮膚が硬くなりひび割れを起こし、この病気のために目が見えなくなったキタキツネもいる。接触で感染するので一匹が病気になると周りに広がる。冬の厳しさに耐える体力が失われ、多くが死滅する。個体数の減少につながるといわれている。



この狐の病気が世界で最初に報告されたのは1970年代のスウェーデン。疥癬病の流行で狐の個体数が激減している。日本で最初に確認されたのが1994年の知床半島であった。その後1998年に根室で確認されている。衛生研究所が1999年に全道調査をしたところ、道南以外のすべての地域で疥癬病の存在が確認された。以前からあった病気であることは間違いなかった。2000年以降、キタキツネの捕獲数が激減している(1万頭から5千頭へ)。疥癬病の流行があったのではと推定されている。
この病気のためにキタキツネが絶滅するのではという噂も出たが、どうやらその心配はないらしい。個体数の減少は見られても、キツネの数が減ればダニも減ることになり、それ以上の流行にはならないからだという。また一時的にいなくなっても他の場所から移動してくるキタキツネもあり、結局はある一定数は保たれることになるからだ。
しかし、この病気にかかったキタキツネはちょっとかわいそうだ。かゆみが全身を襲うらしく、自分の体を噛んで耐える様子をビデオで見たことがある。いかにも辛そうであった。体力が落ちていく様子も分かった。自然界に生きるものの厳しさ感じる。
この病気の要因が人間にあることも事実である。病気の元となるヒゼンダニというのはもともと自然界に存在するもの。普通の状況ではキタキツネなどの動物の病気にならない。体力が落ち、抗体力を失った動物にとりつき発症する。近年、この病気が目立つようになったのは、彼らが人間界に近づきすぎたためであった。人間が食する食べ物を野生たちも口にする。彼らの自然界にはない食物が、彼らの体に影響を与えるのだ。例えば油ものの食べ物で野生たちは簡単にお腹を壊す。体力が一気に落ちる。こうした状況に陥った時、ダニの侵入に負けてしまうのだ。一度病気になると感染力が生まれる。こうして流行していくのである。
北海道を訪れる観光客が道端に現れたキタキツネやハクチョウに気軽に餌を与える光景をよく見かけるが、これは一番注意しなければならない。スナック菓子などは野生たちには最悪の食べ物となる。病気の入り口となるからだ。観光パンフレットなどにきちんと注意書きが掲載されているのだが、残念ながら気づいている観光客は極めて少ない。
病に倒れるキタキツネの原因も、人間にあるということを認識すべきだ。

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