原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

シラルトロ湖のキタキツネ

2008年11月10日 12時06分45秒 | ニュース/出来事
釧路湿原の中央を走る国道391を進むと、塘路湖を過ぎ、さらに小さな峠を越えると目の前にシラルトロ湖が見えてくる。湿原の中生まれたこの湖は塘路湖同様、かつて海であった跡に生まれたもの。野鳥が数多く飛来することでも知られている。湖水と野鳥をより見学するために、道路わきに駐車場が作られていた。ここに車を止めて湖を見ていた時、一匹のキタキツネが湖畔のやぶの中から現れた。
キタキツネは全く人を警戒していないかのようで、どんどん近付いてくる。その歩き方がおかしい。見ると左の前足の先がなかった。ヒョコ、ヒョコと足を引きづりながら近づくその姿には、見てはいけない、哀しい野生を見てしまったような感じを受けた。聞くところによると、数年前からこの近くに棲みついているらしい。左前脚はたぶん交通事故か何かで失ってしまったのだろう。キタキツネは人間に対して恨みを晴らすかのようにうつろな目で近づいてきたように見えた。
野生動物がこのように無防備で近づくことは考えられない。理由はすぐわかった。彼(彼女かもしれないが)は餌をもらうために近付いていたのである。この周辺はキタキツネの生息地として知られ、よく目にする場所である。しかし、自分から進んで人前に現れるものはほとんどいない。このキツネがこんなに人になれたのは、観光客の餌やりが原因である。足の不自由なキツネにとって、腹を満たす手段は限られてくる。いつも腹をすかした状態が続いていたに違いない。ところが、危険極まりないと思っていた人間たちが、キタキツネを見て、気軽にパンなどの餌を与えてくれる。空腹を手軽に満たす手段を彼は知ってしまった。人を見ると餌をくれるものだと信じて近づくようになったのである。北海道旅行の際に、野生動物にえさを与えることは禁止されていますという、注意事項がある。しかし、その行為はほとんどの場合守られていない。実はこの行為はいろいろな意味で問題がある。一つには、野生が食べるはずのない食糧のために、動物たちに疫病が蔓延する可能性がある。多いのは皮膚病。そのために死にいたる野生が非常に多い。かわいいからと言って餌をやる行為は、決して野生のためにならない。少し前、ゴマフアザラシが東京近くの川に紛れ込んで、人気となったことがある。愛称をつけて大声で呼びかけたり、陸に上がった彼らに無防備に触ってけがをした子供までいた。野生との付き合い方を知らない人間たちの愚かな行動である。
もう一つ危険なことがある。キタキツネはエキノコックスという寄生虫を持っている。これは人間にも感染するもので、たいへん危険な病気である。北海道の定期健康診断では、何年かに一度この感染チェックすることが義務付けられているほどなのである。北海道観光を楽しむためには、自然との付き合い方、野生との距離感などその生態をしっかりと学ぶことも必要であることを知ってもらいたい。
シラルトロ湖はオジロワシやアオサギが飛来してきて、冬には白鳥も鑑賞することができる。美しい湖畔風景や湿原風景を展望する場所もある。自然や野生を見つめる目をもって接してもらいたい。道東に住む者の切なる願いでもある。

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