夏は叫喚と太陽で港をみたしていた。十一時半だった。一日がその中心から中身をさらけだし、その熱気の重みで波止場を押し潰していた。アルジェの商工会議所の倉庫の前では、黒い船体と赤い煙突の≪シアフィノ号≫が小麦の袋を陸揚げしていた。そのこまかい埃の匂いが、熱い太陽で果肉のはじけたコールタールの、あの吐き気をもよおさせる匂いとまじり合っていた。ニスとアニス酒の香りがたちこめる小さなバラックの前では、男たちが酒を飲み、赤シャツを着たアラブ人の軽業師たちが、光が弾む海を前に、燃えるような舗石の上で彼らの肉体をくりかえし回転させていた。そうした彼らを見ようともしないで、袋をかついだ波止場人足たちは、波止場から荷揚げ甲板に渡された弾力的な二枚の板の上を、往ったり来たりしていた。………
「幸福な死」アルベール・カミュ 高畠正明訳 新潮社 1972年
富翁
「幸福な死」アルベール・カミュ 高畠正明訳 新潮社 1972年
富翁