〈川俳会〉ブログ

俳句を愛する人、この指とまれ。
四季の変遷を俳句で楽しんでいます。「吟行」もしていますよ。

命の危険にかかわる気温

2018年08月03日 08時36分42秒 | mini essay
昨日は体感的に38℃越えでした。しかしwalkingを敢行!!

帽子、サングラス、半パン、濡れタオル、ペットボトルの水。

二時半から三時半まで。頭クラクラ、汗ぼたぼた。

途中で二回休憩。水道で頭を冷やします。

帰途途中、コンビニでキンキンに冷えたビールをグビンチョ。

ぷはーっ。美味んまい。

なんとか家にたどりつきました。
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春風が強すぎる

2018年04月13日 09時25分12秒 | mini essay
このところ風が強すぎる。花粉は飛ぶし、歩くのも大変な
強風に辛い思いで病院通い。洗車してもすぐにホコリまみれだ。
揺れる葉っぱは緑が美しい.いつの間にか繁っている。
薫風の五月ももうすぐだ。今年はあらゆる花の開花が早すぎて
観光の日程調整が難しい。でも五月に吟行を企画します。
先輩
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男性料理教室

2018年01月30日 13時29分15秒 | mini essay
今日は老人クラブ連合の男性料理教室に参加した。寒ブリとごぼうの煮つけ、キャベツと
豚肉のコチュジャン炒めそしてかき玉汁を作った。総勢18名で6班に分かれて、各班には
指導の女性が一人ついて、指示に従い野菜切ったり、調味料の準備したり、わいわいがやがや
と右往左往しながら、4人前の材料に悪戦苦闘。完成後は隣室での合同食事会。塩気がもっと
あったらとか言いながら、まずまずの出来栄えに満足。食器洗いまで一連の作業を終えて、帰路に
ついた。妻の手料理のうまさをさらに思った時間でした。
先輩
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昔の遊び

2018年01月26日 15時21分49秒 | mini essay
今日は近くの小学一年生たちに昔の遊びを教える先生になりました。
近隣の老人会の有志が毎年実施しており、メンコ、けん玉、ビー玉、あやとり、紙飛行機
などグループごとに児童に遊び方を教えた。喜び方やあいさつなど素直で可愛らしくて、
寒い体育館でほっこりとした時間を過ごすことができた。
先輩
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陸王

2017年10月17日 07時42分09秒 | mini essay
また素晴らしいドラマがでてきました。役所の演技はいいですね。
佐和子さんもいい味だしています。こういうドラマってはまるんです。
これから楽しみなのに選挙特番で一週飛んでしまいます。
今回の選挙は先が見えてます。あーミゼラブル。
先輩
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AI

2017年05月26日 18時10分38秒 | mini essay
AIに囲碁、将棋とも負けた。カラオケの採点もAIである。
人間の能力を超えたロボットの誕生はそこまで来ている。
政治もロボットにやってほしい気がする。忖度や意向など
関係なく客観的に最善策を決めていく。本当のAIを教えて
くれるのでは。。。
先輩
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サラメシ

2017年02月01日 07時59分14秒 | mini essay
火曜日はうたこんに続いてサラメシこれが定番だ。
現役時代の昼めしを思い出す。今はインスタントラーメンか焼きそば
あるいはパンである。寂しい限りだ。懐かしのサラメシ。弁当も
うらやましい。
サラメシが仕事のやる気後押しし
先輩
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スローガン

2016年11月07日 16時43分06秒 | mini essay
二年後の自治会発足30周年行事にあたり、スローガンを作ろうということで、
応募したところ小生のが選ばれました。老人会の標語も小生のが選ばれた
こともあり、才能があるのかと勘違いしそうです。
ちなみに(世代超え 気持ちを繋ぐ ふるさとへ)自治会
    (よき仲間 笑顔で集う 悠友会)老人会

川柳より上手かな。。。
先輩
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富士正晴全国同人誌大賞、受賞!

2016年10月22日 10時11分33秒 | mini essay
わたしの所属する批評系文芸誌「群系」37号が大賞を受賞しました。
3年に一度の同賞。オリンピックみたい。

金メダル 取った気分で 痛快だ
四国の地 大歩危ホテルで 授賞式
行けるかな とっても遠いし 考え中
安楽
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七月七日

2016年07月09日 10時13分57秒 | mini essay
長男が今年自分の誕生日に婚姻届を提出。次男も二年前の7月7日に婚姻届を提出。
小、中、高、大と同じ学校を卒業。次男に初孫の女の子も七の字がある。
可愛いことこの上ない。兄弟仲良くあってほしい。
とにかく覚えやすいし、一度にお祝いできるので親としては嬉しい限りだ。
七不思議とはよく言ったものだ。
先輩
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気になる一句

2016年04月10日 06時34分50秒 | mini essay
また、若き日の正岡子規の作。
「書に倦みて 饅頭焼けば 雁の声」

そうそうの量の読書は疲労を心身にともなうものだ。頭をカラにするべくなにかと動作を行う、饅頭を焼いてその具合に心が没頭していく。字面の疲れがそこにはない。ふと、遠くから鳥の声が聞こえて、ますます読書の疲れをクリアにするもの。

なるほどな。文豪にも書疲れがあったんだな。
安楽
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拾い読み備忘録(22)

2016年01月20日 22時06分35秒 | mini essay
その夜母は私に木綿の筋糸で織った、紺地に赤絣のはいった着物を着せましたが、それは裏庭に繁る藍の葉を水をはったハンドー(甕)に入れて腐らせ、石灰をまぜて色を冴えさせたその藍汁に、芭蕉糸で絣を括った糸を入れて染めあげたものですから、藍の香が未だふくふくと匂っていました。また締めた赤い帯も母の手染めでした。今はもうなんという木だったか名前も忘れましたが、遠い南の国から黒潮に乗って島の浜辺に流れついた寄り木の木片を煮出した汁で、父のお古の白ちりめんの帯を染め直してつくってくれたのです。深く沈んだくれないの色が心に染みるようでした。
羽織は、三角に切った布切をつぎ合わせた綿入れの袖無しを着せられました。三角はハベラ(蝶)のかたどりで人間の魂だと言われていますので、おそらく母は三角を縫いこんだものを常日頃私に着せることで、お守りのつもりにしていたのでしょう。
「海辺の生と死」島尾ミホ著 中公文庫 1987年
                                     富翁
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拾い読み備忘録(20)

2016年01月18日 21時08分09秒 | mini essay
 伊豆松崎 山光荘
……
そこはたしかに不思議な部屋だった。
古い土蔵の二階なので、壁が異様に厚く、天井が異様に低く、柱も梁も太く、床はやや傾いてはいるががっしりと支えられていて、独特の安定感がある。
細い急な階段をあがったところが三畳、その奥は床の間つきの八畳で、けっして狭いというほどではないのだが、それでも何か洞窟の奥の小さな室のなかにでもいるような、密閉された感じが特異である。
おまけに押入れや間仕切りにはめられた大小さまざまの襖は、どれを見ても古色蒼然たる書画に飾られているのだ。
とくに床の間のすぐ左の押入れの襖には、肉太の文字で、
「天鏡遥開千里海
魚鱗乱畳幾重山
山光海色多々景
画在明窓数尺間」
といったような七言絶句が大書されており、その黒々とした筆の運びが奇妙に目立つので、見ようによってはキッチュめいた趣がなくもないが、それでもなお、不思議に心をおちつかせる空間であることはたしかで、ここへ一歩ふみいれたとたん、ごろりと横になり、そのまま天井の木目でも眺めつづけていたくなるような部屋だった。
「日本の不思議な宿」巖谷國士著 平凡社 1995年
                                     富翁
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拾い読み備忘録(19)

2016年01月17日 20時27分45秒 | mini essay
 「待つこと」をめぐるトラブルは、時として大きな事件に発展することがある。……
場所はスーパーマーケットの玄関を入ったところにある、タバコの自動販売機の前。
六十歳の男がタバコを買おうとしていた。うしろには七十歳の男が待っていた。二人とも無職である。待っている男にとって、前の男の動きがのろく感じられたのだろう。つい七十歳の男は六十歳の男に「タバコを買うのが遅い」と文句をいってしまったのだ。いわれたほうもいい返しケンカが始まった。
ふたりが争ったのはスーパーの前の路上だ。殴り合ったのか一方的に殴られたのかは判然としないが、先に注意した七十歳の男のほうが倒れる。死亡が確認されたのはその十一時間後、翌日の夜明けごろのことだった。
「暴走老人!」藤原智美著 文藝春秋 2007年
                                     富翁
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拾い読み備忘録(18)

2016年01月16日 20時59分19秒 | mini essay
(山陰の愛の放浪者)
昔、鳥取の名がまだできていなかったころ、このあたりは日本海にめんしたいちめんの沼沢地であった。当然、水禽が多い。狩人がむらがりあつまって鳥取場をつくったのが、いつしか住みつくようになって部落の形ができたとき、鳥取がそのまま地名になったといわれている。
もひとつさかのぼって神代の昔、稲葉、伯々岐(ははき)の両国は、須佐男命および大国主命の両神が相ついで統治なされた地であるが、時代がさがって景行天皇および成務天皇の時代に国造(くにのみやつこ)がおかれた。
下って国造は国府に変化する。稲葉は因幡となり、伯々岐は伯耆に変わった。因幡の国府は岩美郡宮下村、伯耆は東伯郡社村である。
六歌仙で知られた業平の兄在原行平が因幡の国府へおもむく。奨学院の設立や壱岐対馬の治政で知られるように、政治家でもあったが兄弟そろっての歌人である。
 立ちわかれいなばの山の峯に生ふるまつとしきかばいまかへりこむ
中納言行平三十八歳の作である。待つを松にかけて遠方へおもむく心もとなさをよくあらわしている。ほかに大伴家持、和気清麿、伯耆の国司には山上憶良がいる。
大体この程度のことを前もって説明しておかないと、これから登場する奇人の一生はとても理解していただけそうにない。人間は、人間にかぎらないが、しょせん、環境の産物であるらしいから。
「石をして語らしむ」一色次郎著 文化出版局 昭和52年
                                     富翁
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