三六年一月
窓の向うに庭がある。ぼくにはその壁しか見えない。それに、光の流れる葉の茂みが。もっと上の方にも葉の茂みがある。さらにその上は太陽だ。戸外で感じられる大気のこのまったくの喜び、世界にふりそそがれるこのまったくの歓喜のなかで、ぼくには、白いカーテンに戯れる樹々の葉かげだけが感知できる。それに、室内に枯れ草の亜麻色の匂いを辛抱強くふりそそぐ五筋の光線。そよ風が吹く。影がカーテンの上をゆれ動く。一片の雲がかかる。そしてまた太陽が顔をのぞかせる。すると、かげっていた花瓶のミモザの黄色が燃えるように輝く。それでもうじゅうぶんなのだ。生れ出たこのたった一条の光のきらめき。それだけでぼくは、漠とした眩(めくるめ)く喜びにひたされてしまう。………
「太陽の讃歌 カミュの手帖---1」カミュ 高畠正明訳 新潮文庫 昭和49年
富翁
窓の向うに庭がある。ぼくにはその壁しか見えない。それに、光の流れる葉の茂みが。もっと上の方にも葉の茂みがある。さらにその上は太陽だ。戸外で感じられる大気のこのまったくの喜び、世界にふりそそがれるこのまったくの歓喜のなかで、ぼくには、白いカーテンに戯れる樹々の葉かげだけが感知できる。それに、室内に枯れ草の亜麻色の匂いを辛抱強くふりそそぐ五筋の光線。そよ風が吹く。影がカーテンの上をゆれ動く。一片の雲がかかる。そしてまた太陽が顔をのぞかせる。すると、かげっていた花瓶のミモザの黄色が燃えるように輝く。それでもうじゅうぶんなのだ。生れ出たこのたった一条の光のきらめき。それだけでぼくは、漠とした眩(めくるめ)く喜びにひたされてしまう。………
「太陽の讃歌 カミュの手帖---1」カミュ 高畠正明訳 新潮文庫 昭和49年
富翁