ほどよく習慣化された「期待」とともに映画館に出かけて行けば、凡作に接して苦笑することさえが、それなりの楽しみとして保証されていた時代と異なり、国民一人あたり一年に平均一本しか映画を見なくなってしまったいま、「期待」は映画そのものの生死を左右しかねぬせっぱつまった表情におさまっている。こうした「期待」の硬直化は、映画を、日常的な体験からはほど遠い一発勝負の賭け事のようなものに変質させており、それを敏感に感じとってしまった観客たちは映画館に足を運んでもどこか居心地が悪く、ちょっとでも見ている映画の出来が悪いと、もう金輪際映画など見てやるものかとつぶやいてしまいがちだ。現在、映画はこのつぶやきに対して驚くほど無力なまま、それにふさわしい戦略を組織しえずにいる。
「映画狂人日記」蓮實重彦 河出書房新社 2000年
富翁
「映画狂人日記」蓮實重彦 河出書房新社 2000年
富翁