思考の7割と収入の3割を旅に注ぐ旅人の日々

一般的には遊び(趣味)と見下されがちな「旅」も、人生のなかでやるべき「仕事」である、という気概で旅する旅人の主張と報告。

17日(日)の亘理町・岩沼市・名取市

2011-04-26 09:30:03 | 東日本大震災
17日(日)は丸一日かけて、JR亘理駅と名取駅のあいだを徒歩で北上しながら、(津波をある程度食い止めることに役立ったと評される)仙台東部道路の周辺を中心に視てきた。
こちらも注釈の追記はまた後日するかも。

ちなみに写真は自治体ごとに分けているので、以下の順番は撮影順とはちょっと違う。仙台空港周辺で名取市→岩沼市→名取市と市境付近を通っていたりもするから。


●亘理町(17日7~11時)


交通規制。町の許可証のある、もしくはボランティア活動のクルマは通行可。その措置も宮城県内の自治体でもいち早く導入したっけか。


奥の高台が常磐自動車道とつながっている仙台東部道路で、それを東側から見る。この道路の西側(写真奥のほう)も、東西を通る道路のアンダーパスから津波が浸入して床下浸水した家は多い。








亘理町独自の取り組みで、建物の応急危険度判定とは別に住民が意思表示するための3色の旗を設けている。「緑」が建物も家財もすべて残したい、「黄」が建物は残したいがゴミや瓦礫は撤去してほしい、「赤」が建物も瓦礫などもすべて撤去可(放棄)、というふうに。




町内でも特に被害が甚大な荒浜地区の小学校。ちょうど桜が満開の時期だったのがなんとも。




阿武隈川の河口。








まだ西側の蔵王連峰の白さが目立つ時期。


阿武隈川の土手下に漂着物が固まっているところもあり、優先順位はかなりあとになるだろうが、最近各地で展開されつつある被災者の大事なモノを拾い集める「思い出探し隊」のような活動も今後は亘理町でも必要になってくるはず。ボランティアセンターでも活動中に発見されたモノは随時回収・乾燥・整理されていた。


●岩沼市(17日11~17時)


岩沼市ボランティアセンター隣の仮設住宅。




仙台空港と航空大学校の南部の道路は通りかかったときは信号機が使えず、交差点では警察による交通整理が。で、よく見るとその担当は警視庁(の応援)だったのよね。復旧は進むのか。





●名取市(17日13~20時)


津波被害のない場所でも、道路の地割れというか損傷はいくつかあった。




仙台空港。玄関口の曲がっているこの表示だけでも直してほしいものだが。






空港内、仮設の1階搭乗口兼出口。入口から左に進んだトイレも仮設。


空港東側の、仙台空港アクセス線の線路。フェンスが津波でなぎ倒されたりして、復旧にはかなり時間がかかりそう。しばらくは代行バス頼みか。


13日に一部再開した空港、よく1か月で再開できたものだなあ、とちょうど航空機の離陸を見たりもしながらしばし感嘆。


水田の塩害。舐めてみるとたしかに塩辛かった。




ドラム缶がたくさん転がっている場所は、産業廃棄物処理場やリサイクル工場のような化学薬品系の腐臭が漂っていた。このへんの土壌はごっそり替えないとならんのかも。






JR名取駅構内の掲示板。


絵手紙。だいたいは名取市民宛てに気遣う内容だった。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿