今週は7日から10日まで、青春18きっぷがちょうど4回分残っていたためにそれを利用して普通列車に乗りまくって(※1)ちょこっと遠出することにした。ただ、単純に観光目的の小旅で済ませるのはもったいないので、前々から気になっていた地域の書店に拙著『沖縄人力紀行』(彩図社刊)の営業に行くことにした。
で、特に気になっていたのが普段からよくお世話になっているジュンク堂書店の支店? で、7日に新潟店、8日に秋田店、そして10日に名古屋店に行ってみた。すると、新潟・秋田両店では拙著はすでに新潟に1冊、秋田に2冊入荷していたのよね。売れているのかどうかは微妙だけど。でも実際に手にとることができるようになったのは助かる。
その2店舗はよいのだが問題は今日の名古屋店で、ここは大都市の駅前のわりに店舗面積が比較的狭く(池袋本店の2階層分くらいか?)、そのために棚にも数多くの本がギッチギチに詰まって差してあり(特に沖縄関連本の競争率は激しい)、新たに本を入れる余裕がないから(拙著はやや古い本だから)、という理由で受注を断られてしまった。
この直前に行った名古屋駅前のある書店で、拙著の見本本をパラパラと数秒間めくっただけで「こりゃ、売れねえな」と(なぜかべらんめえ口調で)即答して断ってきた年配の店長のような言い分はこれまでにも何度も聞き慣れていてそんなに落ち込みはしないが、一応は関東・関西の他店舗での売り上げ実績もある頼みの綱のジュンク堂で断られるとは予想外の展開で、これにはかなり凹んだ。
まあこのとき応対した店員さんの、「新刊本が発売されたらまずそれを入れないわけにはいかない」というセリフにもあるように、あくまで過去の本よりも新刊本優先の姿勢を取らざるを得ない書店の、というか大人の事情もわからなくはないが、すでに複数冊棚差しや面出しされている本を調整してなんとかより多くの種類の本を並べられるように努め、同業他店にはない幅広い品揃えを目指す、という前向きな姿勢というか懐の深さがジュンク堂の棚づくりにはある、と前々から思っていてこの書店に好印象を抱いていたため(以前、工藤恭孝社長がテレビ『カンブリア宮殿』でそんなことを言っていたような)、今回の一件は複雑であった。
だったらもっと早く名古屋に営業に来ればよかったなあ、そうすれば1冊は棚に収まっていたかもなあ、と今更ながら後悔する。まあこれは棚の担当者の裁量というか趣味嗜好にもよるから、あまりしつこく深追いはできない難しい問題ですけど。
だから、営業するときは書店の立地環境の差や地域差はほとんど関係ないことがわかってきて、書店は、そして本と顧客のつながりはやはり書店員で保たれていてその人次第なんだなあ、なんてことも徐々にわかってきた。
僕の地元・埼玉県内の書店でも、僕が30年以上埼玉県民をやっているとあえて主張しながら営業してもダメなところはダメだったし。地元民だから本を置いてもらうのに有利なんてことはない。だが、縁もゆかりもない他地域でその逆(置いてもらえること)もある。ホントに人によりけり。
特に東京・大阪と並ぶ大きな商圏である名古屋市内の書店を持ち時間は約5時間と短かったがジュンク堂以外にも今回遅れ馳せながら数店巡り、うーむやはり来るのが遅かったか、あうー、としきりに後悔した。
当然ながらどの書店も新刊および売れ線の作家の本がまずはどどーんと目立つ位置にあり、比較的地味で需要の低い旅行書や紀行本はどうしても端のほうになってしまうのはまあ仕方あるまい。
そんななか今週では売れ線の書名のみ挙げると、『ジーン・ワルツ』『夢をかなえるゾウ』『B型自分の説明書』『ルポ貧困大国アメリカ』『きょうの猫村さん3』あたりが特に目立っていたな。そういうのを行く先々の書店で見るにつけ、拙著のような営業の機会をことごとく逸している本はますます厳しいよなあ、と慣れない営業トークもだんだん低調になってくるのが自分でもわかる。
それと、この時期は1月発表の芥川賞・直木賞受賞作家のほかにも本に関する各賞を受賞した本も賑わい出すし。最近発表された今年の
本屋大賞受賞は伊坂幸太郎の『ゴールデンスランバー』とか、今年から始まった
マンガ大賞受賞は(前々から好調で僕も好きな)石塚真一のマンガ『岳』とか。あ、でも、第39回
大宅壮一ノンフィクション賞受賞の、城戸久枝の『あの戦争から遠く離れて』(※2)はどこの書店でもあまり見当たらなかったなあ。これは現在の5刷から即座に増刷しないと間に合わないだろうに。せっかくの販売の好機を逃しそうでもったいない。まあこの動きの鈍さ? は版元(情報センター出版局)の取次との力関係や版元の増刷をかけるさいの営業の予測の甘さにもよるのかもしれないけど(大手の講談社、小学館、文藝春秋、新潮社、角川書店などよりは棚の場所取り合戦では苦戦を強いられることも会社の規模や実績を比較すると明白だしなあ)。
なんていう出版業界のあらゆる事情にも想いを巡らせつつ方々で書店営業を繰り返し、それらの強力本よりも数段弱小の拙著を抱えながら、そんな偉そうに他社の本にツッコミを入れている場合かっ、と自戒しながら営業を続けてきたが、この大都市・名古屋に来て続々と津波のように押し寄せる新刊本の数々を改めて見て、この営業活動もそろそろ潮時かな、と思った。
拙著は発売からもうすぐ2年経つし、それだけ時間が経っているというだけの単純な理由で受注を断られる機会も増えてきたし。いくら内容に自信があってもやはり自分で営業するには限度がある、好機を確実に掴む努力も重要、本を売るのって難しいことなのね、と痛感する今日この頃。
でもそうやって日々落ち込みながらも書店を巡り続けてきてひとつ収穫なのは、自ら営業することによって出版業界のおおまかな流れがより実感でき、まあつまりは書店や販売店と上手く付き合わなければ本は売れない、それ以前に本を作る・売るには人間関係が重要、という当たり前のことなんだけど、これは今後の仕事(校正)にも何か役立つかも、というめどが立ったこと。
実は拙著の出版による代償が思いのほか大きかったことも含めてこの先も厳しいことも多々あるだろうけど、今後も出版業界で生きていこうと腹が据わり、自信が付いた、という表現ではおこがましいので覚悟ができた、という感じ。
大手出版社の新入社員にはたとえ編集希望であってもまずは有無を言わさず営業職を担当させて商売の基本を教える、という方法も今になると合点がいく。まあこれは出版業界に限った話ではないか。
今後どんなカタチにせよ本を出版する、もしくは出版業界に身を投じる方は、一度は営業活動を体験すべきであるね。本がどのように売れていくかの現実を肌身できちんと知っておくべきですな。だから僕は企業に属してはいないけれどもこういった営業活動が経験できて、結局はめでたしめでたし? なのかな。社会人として遠回りしすぎの感もあるけど、まあいいか。
書店営業の総括はここまでにしよう。
これで拙著の自らの書店営業の活動は打ち切り(でもジュンク堂書店の店舗でまだ未踏の広島店と大分店に限ってはそんなに遠くないうちに行くかもしれない)、今後は手売りの機会を見付けてそれに積極的に馳せ参じ、拙著を今後も売れるだけ売るつもり。せっかく出版したんだからねえ、やはり売れるものは売りたいですわ。もちろん増刷も引き続き目指している。一応はインターネット書店にもうっすらと期待してはいる。さらにそれに加えて「放浪書房」のように拙著を携えての行商の旅に出ようかなあ、国内外問わず。
手売りの機会で開期が迫ったところでは、昨春に出店した東京都台東区・文京区の不忍ブックストリートの催し「一箱古本市」に今年も出店することにした。今年は日程を今月27日(日)と5月3日(土・祝)の2日に分けての開催となり、僕は5月3日のほうに出店することに決まった。その詳細はまたあとで。

2008年4月7日、新潟市中央区は古町5番町の「水島新司マンガストリート」。商店街の歩道に新潟出身の水島氏の往年の名作野球マンガ(『あぶさん』、『野球狂の詩』、『ドカベン』)のキャラクターたちの銅像が建っている。
写真右は、現在は東京スーパースターズの不動の一番サード、「花は桜木、男は岩鬼~」の悪球打ちの岩鬼正美。ちなみに左後方にあるのは秘打の殿馬一人の銅像なのだが、バットの握りを見ると左手小指が立ってリズムを取っているような殿馬らしい芸の細かさもある。

2008年4月8日、JR秋田駅構内の東西通路で杉の彫刻の展示会が行なわれていた。これは世界的な催しらしく、日本以外にも各国の彫刻家の作品が並んでいた。ただ、杉は割れやすいからすでにひびが入っているものもあったけど、生きている木は環境、特に温度によってカタチが常に変化するからまあ仕方ない。

2008年4月10日、名古屋市中区錦の大通り沿いになぜか観覧車があったのだが(テレビ塔の近く)、なんでこんな見通しのあまりよろしくない場所に造ったのだろうか? その理由を知っている方がいらっしゃれば、教えていただきたい。
注釈
※1
結局、9日の日中に一時帰宅した以外はほとんど列車に揺られていた感じで、簡単に計算すると7~10日の4日間96時間中約37時間は普通列車に乗っていたことになり、何気にこの4日間の睡眠時間よりも長かったりする。
まあその間は車窓から景色を眺めたり、乗り降りする地元の方を観察したり、本を読んだり、本ブログのネタを考えたり、安眠はできないけど居眠りしたりしてそんなに暇なくすごしたが、短期間にこれだけ列車に乗るとホントに尻と腰が痛くなる。
※2
これまでは、出版社上がりのおじさんがフリーになって自分の突き詰めたいテーマを長年の取材を重ねてその結果をひとつにまとめた本を評価する、という感じの印象が強い大宅賞の受賞作で、僕と同年代でこの分野では若い部類に入り、しかも女性の城戸氏が今回受賞したというのはかなり凄いことだと思う。まあ男女の別は今の時代、関係ないか。
中国残留孤児関連のこれだけ濃密なノンフィクションはなかなかないと思う。僕もこれはきちんと読もうと思っているが分量がかなり多いので(パラパラとおおまかな流れは確認した)、まだしばらく先になりそう。小説は若いがゆえの勢いと才能だけで突っ走れる部分もあるけど、ノンフィクションの場合は才能に加えて取材を重ねてテーマと真摯に向き合う姿勢と根気強さも必要(と僕は思っている)なため、こういう本が書ける同年代のひとがいるのか、うーむ、とまたもや凹む。
ちなみに、城戸氏がこの版元(情報センター出版局)から出版できたというのは、地平線会議でもたまに見かける2005年のヒット本『僕の見た大日本帝国』の西牟田靖氏とのつながりがあったからということや、城戸氏は僕の知り合いの知り合いだということはつい最近ミクシィで知った(実は昨年、ある催しで話しはしなかったがちらっと見かけている)。日記もマメに更新してらっしゃる。