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思考の7割と収入の3割を旅に注ぐ旅人の日々

一般的には遊び(趣味)と見下されがちな「旅」も、人生のなかでやるべき「仕事」である、という気概で旅する旅人の主張と報告。

拙著『沖縄人力紀行』の補足25 人力はダサいのか?

2008-04-29 10:00:31 | 拙著の補足・訂正
久々の補足。今年も(嫌味なくらい?)長いぞ。
先週発売の「週刊少年チャンピオン」08年21・22合併号で、ここで連載中の自転車マンガ『弱虫ペダル』の10話のなかの、高級車に乗った強面の兄ちゃんが自転車乗りの主人公たちをバカにする場面でのネーム(セリフ)で、

「自転車自転車て バカか ダセーんだよ 人力は」

というものがあったのだが、拙著『沖縄人力紀行』(彩図社刊)もそれ以外の場も含めて「人力」を生涯の最重要課題として追求・追及している僕としては簡単に受け流すことはできない大問題で腹が立った。マンガを読んでいて本気で腹が立つというのは久々の体験ですな。
とはいえ、これは「動力」のクルマと「人力」の自転車という対比を狙ってあえて示した表現であることはもちろんわかる(この作者・担当編集者ともに自転車にかなり乗り慣れているほうなのかなあ?)。
以前同誌で連載していた(今年9月に映画化される)『シャカリキ!』以降年々増えている自転車系マンガでは技術的な講釈やマンガだけに人間模様を中心に描かれることが多いが、自転車を扱ううえでの真に現実的な、乗り物を扱うヒトの感情におよんだこのような表現はなかなか見られないので、読んでいて腹が立つのと同時に面白くも感じた(深読みしすぎ?)。

拙著のまえがきで、人力の旅は「しぜん」「やさしく(やさしい)」「カッコイイ」と書いたが、「しぜん」と「やさしい」については本文でも細かく触れたつもりではある(前者は人間の実力に見合った速度で行ける、健康的、後者はクルマ利用よりも二酸化炭素排出量は格段に少ない、騒音を出さずに静かに進める、とかいうこと)。が、みっつめの「カッコイイ」についてはほとんど触れていなかったかな。
でもこれは、自分がかわいい、自分のやっていることを美化しよう、と自己陶酔しているという意味ではなく、自分の五感を含めた全身を駆使・酷使しながら行く、エンジンとガソリン、つまりは他力に頼った動力の移動よりも自分の意思で行動を選択・判断する場面が多くてそのぶんより責任を持つ必要がある、という意味で「潔さ」がある行為である、ということ。動力に頼って必要以上に調子に乗ること(本文の170~171ページあたりで強調した)よりも、人力で慎ましく人間の身の丈に合った旅をすることのほうが正直で妥当な行為である、という信念が僕にはある。逆に言うと、移動するさいに動力に頼りきることを「ずるい」とか「卑怯」とか思っているふしも少々ある。

で、そのセリフで人力は「ダサい」と表現されていたが、でもたしかに僕も旅先でそういった言い分をたまに聞くことがあり、なぜ人力移動は世間ではそんなふうにバカにされる傾向にあるのだろうか? と考えることがよくある。
まあ簡単に考えるとこれは、クルマや新幹線や飛行機のような便利な移動手段が発達している現代で、あえて全身を駆使して汗かいてベソかいて風雨に晒されてもみくちゃにされて汚くもなってさらには経済的にも困窮しながら節約しながら移動する自虐的な行為である、そして当然ながらクルマや二輪車よりも維持費も含めて安価な移動手段だからその価値が低く見られる、さらには現代のクルマ社会において道路上では動力が幅を利かせていて「みんなが乗っているからオレも乗る」という多数決的な発想から現代では少数派である人力を排除する傾向にある(中国のチベット弾圧の構図に似ている)、という主に3点の理由から人力はダサい、と見られるからなんだろうけど。

ほかにも、格好が野暮ったい、動力のほうが馬力があって強い、速度も出せて速い、クルマであれば運転するさいに硬いボディに囲われて安全、人力では交通法規を守らないヤツが多い、とかいう細かい理由もあるだろうか。でも馬力や速度についてはエンジンとガソリンに頼ったうえで初めて実現できることだからねえ。それを扱う運転者の真の実力ぢゃないからねえ。近年、そこを勘違いしているヒトが多いよねえ。
それをなんのたいした考えもなしになぜか(他力に頼っている状態で強がって)上から目線で旧来の人力をバカにする、人生のなかでの重要課題というような意気込みで人力で本気で旅して移動して生きている様子を虐げるという感覚が僕にはよくわからない。

自転車について言うと、近年はフレームや部品の組み方によってはクルマ以上に値の張る高級な自転車も作れたり、自転車をMTB、ロード、ピスト、折りたたみ小径、ママチャリなど複数種類をクルマ1台分以上出費して所有して目的によって使い分けたりして、現在は価値という点ではクルマと対等かそれ以上にもできるのだが(最近、東京都板橋区に自転車乗りのためのマンションも造られたし)、一般的にはそんな細かいところまではわかりにくいか。今は自転車というと1万円未満でも買えてしまう(交通では歩行者の感覚に近い)ママチャリが物量的にも精神的にも浸透しているからなあ。

どんなヒトでも自分でお金を稼げるようになる前は、運転免許を取得する前は主に徒歩や自転車による移動で生活していたはずなのに、歳を取るにつれて裕福? になってクルマやオートバイのような動力を持つようになってそれに頼る(他力本願の)割合が高まることによって信念がブレるもしくは失われるからこそ、過剰に調子に乗ったりするのではないかと思う。しかも無意識のうちに。動力にばかり頼っているヒトというのは、人間は元来人力で移動する生き物だ、という人間としての基本というか“初心”を忘れている、もしくはそれがポロポロと徐々に欠落している寂しいヒトたちなのではないか。
だから、車道上で自転車にわざと幅寄せしたり不必要なクラクションを鳴らしたり、歩行者の多い細い路地で爆走したりするようなバカグルマを見たり実際にかち合ったりするたびに、これまた腹が立つのと同時に「(自己満足しか考えない、他者との接し方に気が回らない)ガキンチョだなあ」と、ヒトとして成熟しきれていないんだなあ、とその運転手の顔を見て哀れに思うことはよくある。程度の差はあれど、どちらかと言うと動力よりも人力で移動するヒトのほうが見るもの感じるものは多く、人間としての成熟度は断然高い、と思う。

旅するにあたって動力に頼って多くの点ばかりを巡ってお気楽に行くのもアリだとは思うが、あえてそれに頼らずに人力で線を延ばしながら行くほうが旅自体もそこから生まれる発想や思考もより充実すると思うけどなあ。近年目立つ好例では“グレートジャーニー”の関野吉晴や“リヤカーマン”の永瀬忠志の旅があるが、そのようにあえて人力で行くほうが、観ているほうもそのヒトの信念をひしひしと感じられると思うのだが。
ただ、その度が過ぎると生死の境の淵をギリギリで渡るような、安穏とした生活を送る一般人からすると尋常ではない行為に行き着くこともたしかによくあり、1984年2月に厳冬季のアラスカ・マッキンリーの登山中に遭難した植村直己、2001年5月に北極海を徒歩横断中に遭難した河野兵市、今年2月に熱気球による太平洋横断に挑んで消息を絶った神田道夫、などの冒険者が、人生のなかでそういった冒険的行為をその中心に据えて、結局はこの方々は残念なことに悪い結果のほうに傾いてしまったが(でも当人たちにすれば好きなことをやったうえでこうなったのは本望なのかもしれないけど)。

ほかにも、そのような冒険的行為を経て生き残ったヒトのなかにも、あとで脳の機能が低下したり凍傷によって手足の指を切断したりするような後遺障害を抱えるような、命は獲られなくてもタダでは済まない事例もあるが(行為の規模が大きくなるにつれて、あとで多額の借金を抱えるという問題もあるかな)、でも信念を貫いたうえでそのような結果を迎えても、自分のやったことは間違いではない、後悔していない、障害を障害とは思っていない、といういくらか前向きな心持ちになれるのであればそれはそれでその当人の人生のなかではアリのことだと思う。それを安易にダサいと、言い換えるとたいした信念もなく安全というか無味乾燥な立場のヒトの側からナシと批判・否定するのはおこがましいことだとも思う。

ここまでわかりやすい人名で事例を挙げたが、このような強い信念を持った人力主体で行く行為者が行なったことを(神田さんの熱気球は人力とはやや異なるかもしれないけど、僕は熱気球は動力よりは人力に近い行為だと思っている。これについては雑誌『Coyote』No.18と今月発売のNo.27に詳しい)、ダサい行為か、というと僕はそうは思わないのだが。一般の安穏とした人々に比べると数倍、いや数十倍熱く生きたこれらの行為を、結果はともかく過程を見てダサいと断言できますか? 動力頼みで安直に生きている方々。僕はカッコイイと思うけどなあ。これでダサい、と断言できる方がもしいらっしゃれば、その理由をぜひ聴きたいものだ。

だから僕は近年、そういった旅においての信念や潔さの数々を多く感じられる地平線会議という集まりに関心があって入れ込んでいるわけで(まあそのなかでもやはり人力の旅話が大好物なのだが)、それ以外のちょっとした旅話を聴くような催しでは生ぬるいな、と感じることがよくある。
先日もある別の旅の催しで、特に南米に強い旅人のバックパッカー的な旅話を聴く機会があったのだが、僕は正直、そこからはあまり信念を感じられなくて一部を除いては予想外に楽しめなかった。

最近、旅人が旅先で出会った人物とのできごとや、動植物やモノの写真を見せてそれにツッコミを入れて笑いを誘う、つまりはそれらをネタとして取り上げて短時間に消費する見世物的なつくりに仕上げる催しが多いが(そういった雰囲気の、特に若い女子にウケそうな軽めの旅本も増えているね)、僕としてはもっとその地域の現状を的確に報告したりその旅人の信念をさらけ出したりする、それこそ1冊の旅本を読むに等しい催しにできればいいのに、とよく思う。話を聴くのに来客からお金を取るのであれば尚更のこと。ウケ狙いで面白おかしくすりゃあいいってものでもないでしょう(まあこれはヒトによって趣味嗜好も差もあるから、嫌だったら聴きに行かなきゃよいだけのことでもあるが)。
これは拙著のあとがきでも触れているが、最近の旅行業界は何事も、良く言えば敷居が低くなったけど、悪く言うと軽薄になったよなあ、とも感じる。

しかもその催しのあとの深夜の2次会3次会のような場で、ある人が地平線会議のことに言及したさいにその本質をうろ覚え程度にしか知っていないうえで批判的なことを言っていたために、このヒトはちょっと違うな、といぶかしく思って不愉快になったりもした(でも逆に良く言うと、自分の価値観と異なる言い分が聴けて新鮮に感じる)。
僕は好物の旅話を聞いて違和感を覚えることはあっても腹が立つまでのことはめったにないのだが、このときばかりは久々に腹が立ち、旅の手法や考え方は旅人の数だけ無数にあることをわきまえて、ひとつの対象をきちんと認識したうえで批判するのはかまわないが、たいして知る努力もしていないくせに軽口を叩くとは何様だ、と(発言していたのは歳上のヒトだったが)わざとオマエ呼ばわりで反論しようかとも一瞬思ったが、場の雰囲気を考えてやめておいたけど。

まあ最近、旅話に関するそんな問題? もあるにはあったが、冒頭のネームに戻って、僕としてはやはり動力利用よりも数段潔いと感じる人力の移動手段や旅はダサいとは思わない、断然カッコイイ、という思いには現在も変わりなく、たいした信念もないくせに安易にダサいとか違うとかのたまう人々(「輩」と呼んでもいいかな)には、今後もツッコミを入れていくことにする。
二足歩行することは、岩や沢をじりじり登り詰めることは、自転車のペダルを漕ぐことは、スキーやスノーボードのエッジを効かせてターンすることは、カヤックのパドルを握ることは、バカな行為ではなくより思索が深まって頭も良くなって、体力も付いて健康にもなって、周りの物事により敏感になって五感も鋭くなって、地球に暮らすいち動物としては動力に頼りきりの状態よりも間違いなく成長できる行為である(まあ無理に成長しなくてもいいけど)。

12日の投稿で触れた『自転車をめぐる冒険』(東京書籍刊)という本にもあるように、これからは自転車を含む人力の移動が一過性の「流行」や非日常の行為ではなく、「文化」として尊重されて日常の当たり前の行為になり、産業革命以降の欧米の文化の影響を過剰に受けていない、それこそ江戸時代以前に近いくらいに人力で真っ当に移動できる世の中になってほしいと切望し続けるし、それに関して手伝えることがあれば協力していくつもり。
まあ僕としては、初心を忘れずに、周りからダサいと言われようともとにかく自分らしい、自分で腑に落ちるカタチの旅と生活を今後も続けていって(ついでに言うと、“ダサイタマ”の国に長年住んでいますが何か?)、カッコイイか否かは周りが評価・判断すればよいだけのことだ。でも、人力にこだわっているというだけで今の時代カッコイイんではないか、とはちょこっと自認している。


なお、2007年11月の「拙著『沖縄人力紀行』の補足24」と、同年12月の「拙著『沖縄人力紀行』の補足25」はまだ保留中で未完成。過去のことで調査中のことも少々あり、先送りになっている。そろそろなんとかしたい。



沖縄県の過去写真。2005年1月9日、本島最北の辺戸岬から半日かけて辺土名まで歩いて南下してみた。さらに3年前の拙著の自転車旅のときは北上中に強い向かい風にやられて顔があまり上げられずに周りの景色をほとんど楽しめなかったこの約12kmの区間をなんか歩きたかったのよね、ということで歩いてみた。この区間内にある「カニ注意」の黄色の注意標識や西方に浮かぶ伊是名島・伊平屋島も含めて、動力利用よりもやはりより移動速度の遅い人力移動のほうが見えてくるものや感じることは多い。
右奥に見えるのは赤丸岬で、この近くに県内でも比較的有名な保養施設「JALプライベートリゾートオクマ」がある。

拙著『沖縄人力紀行』の補足24 最近の飛行機輪行

2007-12-31 09:19:47 | 拙著の補足・訂正

拙著『沖縄人力紀行』(彩図社刊)の18~19ページで、飛行機利用による輪行について少し触れたが、輪行の仕方は鉄道やバス利用と同様にふつうに自転車を分解して(一般的には)輪行袋に梱包して運ぶ、という流れは飛行機もほぼ同じ。

まあここ数年は「サイクルトレイン」のように、休日や特定の催しのときに臨時で自転車を分解せずにそのまま列車内に持ち込める機会は私鉄各社で徐々に増えてきているが(最近では、関東地方の西武鉄道が11月18日のみ実施したものが有名か)、これは日本では欧州のように毎日行なえるほどはまだ成熟していない仕組みだから(日本という国はいろいろな面で未成熟な国なんだなあ)、自転車を自走以外で遠くに運ぶ場合は基本的にはやはり分解しての輪行となる。

だが、あまりに荷物が多かったり自転車の部品などの破損が心配な場合はダンボールに梱包して運ぶ、という方法もある。ちなみに上の写真は、今月中旬に大学時代の後輩が1年以上かけて自転車でユーラシア大陸を横断するという旅に出たのだが、その出発のときに、安全のために自転車をダンボールで梱包した状態のもの。この状態で東京・羽田から関西国際空港を経由してタイ・バンコクまで運び、結果、破損は一切なく無事だったそうで、まあ安全性を重視するのであれば、それに長距離を飛ぶ場合は輪行袋にほかの荷物や詰め物を入れて防護するよりはダンボール輪行のほうが精神的には幾分ラクかもしれない。

ちなみに、この自転車と前後サイドバッグといくらかの荷物入りの箱だけで重量は27kgあり(たしか自転車だけで12kgだったっけか)、ほかに手持ちの荷物(リアキャリアに平積みする荷物とフロントバッグ)が計16kgあったのだそうで、長旅をするにはそのくらいの重さになるか。

拙著『沖縄人力紀行』の補足23 変わりゆく自転車の輸送事情

2007-10-31 17:00:10 | 拙著の補足・訂正

拙著『沖縄人力紀行』(彩図社刊)の18~19ページに、日本国内で自転車を分解して公共交通機関を利用して運ぶ「輪行(りんこう)」について触れているが、19ページのほうの鉄道利用の輪行については最近の自転車専門誌やムック、それに単行本でも取り上げる機会が徐々に増えてきたためにその手順もそこそこ浸透してきている、と思うのでここでは割愛する。
で、もうひとつの自転車の運び方として18ページの13行目に書いた、宅配便利用について今回触れておくことにする。

まあ引っ越しなどで引っ越し業者お抱えの大型トラック(4tとか8tとか)を利用して輸送する機会はごくたまにあるだろうが、自転車のみをそういった業者に依頼するのは安全性を考えてもちょっと不安に思うところはある。
それで、僕がよくではないが何回か利用したことがあるのが、というか大半の自転車乗りが利用しているだろうものが、業界大手のヤマト運輸利用で運ぶというもの。特に、上の写真にある財団法人日本サイクリング協会(JCA)が1000円で発行している「サイクリングタッグ」というものを輪行袋に付けて運ぶ「サイクリングヤマト便」というのが自転車乗りとしては一般的かも。

これを付けていれば家財扱いにならずに60kgの利用料金で輸送してもらえて少々安上がりになる。ちなみに、やや古い情報で申し訳ないが、拙著のなかで往路は宅配便で埼玉県から沖縄県(那覇市)に自転車を輸送した、と書いたが、当然ながらこのタッグを利用して、所要3日で運賃は4960円、それに別途運送保険料が60円かかり、合計で5020円で運べた。まあこれが高いか安いかは人によるが、このタッグを付けていれば業者のほうも「ああ、これは自転車なんだな」と一発でわかるため、そこそこは丁寧に扱ってくれる、らしい。逆にこれがないと、輪行袋を見ても何が入っているかはわかりにくいので(荷物を扱う作業員がみな自転車好きとは限らないから)、荷揚げ・荷降ろしのときに乱雑に扱われて、ディレーラーやブレーキなどの自転車の部品が破損する恐れは多分にある。やはりタッグを付けていたほうが無難ではある。もちろんそれ以前に、輪行袋のなかにある程度の新聞紙やダンボールや布や荷物を詰めて自転車を保護するという事前の安全対策も必要だが。

僕もヤマト運輸の大型集荷センターでの荷物の仕分け仕事の経験が少々あって、大きな荷物になると扱いが微妙になるのは経験上なんとなくわかるため、たしかにタッグが付いていることによって中身がはっきりわかるようになっていたほうが精神的には随分ましである。

同業他社でこのようなサービスを実施しているという話はこれを最初に入手した1999年も最近も聞かないが、近年は自転車関連の催しも全国各地でよく開催されるようになってきたから、何かしらのサービスはあるのではないかと思う。ちゃんと調べれば何か得な仕組みがあるのかもしれないが、僕は最近はあまり自転車で遠出しなくなってこのタッグの出番もないからなあ。自転車本を出版しておきながら、そこはやや反省。

ちなみに、以下が本項の「変わりゆく」という意味で最も肝心なことだが、このタッグはこれまではJCAに電話や郵便で請求して自力で入手すれば誰でもこのヤマト便のサービスを利用できたが、最近得た情報では2008年4月1日からはこれはJCA会員しか利用できなくなる、とのこと。実際にヤマト便を利用するときはこのタッグとともに手続時に会員証の提示を求められるそうだ。

実は、僕はこのJCAにも1999年から加入していて賛助会員になっていて、自転車関連の情報収集やこの会員専用の自転車保険の適用などでやや優遇されているため、今回の決定もべつに問題なしだったりする。今後この輸送の仕組みを利用したい方は年会費として4000円かかるが(埼玉県はこの出費のみ。ほかの都道府県では別途会費がかかるところもあるらしい。要確認)、加入しておいたほうが得かもしれない。だって、東京海上日動火災という結構な大手会社が扱う保険まで自動的に付いてくるんだから。僕も当初はこの保険目当てで会員になったということもある。でもほかの特典も多いので、これから自転車をみっちりやりたい方は一考の価値はあるかもしれない。詳しくはJCAのウェブサイトを。

こんなのに頼らずに(カネかけないで)自分の自転車は自分で運ぶぜぃ! とか、他人に頼って自分の愛車を壊されたくない! とか、地球温暖化をいつも気にするからその宅配便を移動させるトラックや飛行機やフェリーの燃料消費に自分の自転車を差し出して余計に加担したくない! という頑なな意志があったりすれば、まあふつうに自転車を分解して輪行袋を担いで袋のストラップを肩に食い込ませながら駅や空港や港やバスターミナルを大汗をかきながらえっちらおっちら移動すればよいだけで、どこで妥協するかは人それぞれ考え方があってよいと思う。でもまあ宅配便という運び方も一応あるよ、ということで。

もちろん以上は自力で分解できるもしくは折り畳める自転車に限った話で、それができないママチャリなどは本項では例外とする。これはまた家財扱いになって運賃が異なってくるだろうから。まあ運送業を営む知人がいればよりラクに、しかも無料かそれに近い安さで運べるんだろうけど。

そういえば、来春に改訂される『広辞苑』第六版には新語が1万語だかそれ以上だか追加されるそうだが、できればこのなかに「輪行」も加えてほしいなあ。これからの時代を見据える、自転車的な社会を目指すうえでぴったりの言葉だと思うのだが。こんなことを思う自転車乗りは、僕以外にも全国に少なくとも1万人以上はいるはずだ。


※2007年11月3日の補足
ヤマト運輸のウェブサイトを調べてみると、埼玉県-沖縄県の60kg荷物の送料は6760円に値上がっていますなあ。まあ5年も経っていればこのくらいの金額にはなるか。これを高いと見るか、安いと見るか、自転車とその他荷物の重量との兼ね合いや手間も考えながら、人によって意見は大きく分かれそうだ。
でもやはり貧乏暇あり人にとっては、よほどの時間的な制約がない限りは、国内の場合は少々余計に汗をかいてでも公共交通を利用して、手持ちで輪行するほうがよいような気はする。6000円というと、ビジネスホテルに1泊できたり、北海道では新鮮なウニ丼が2杯、沖縄県ではやぎ汁が3杯食べられるくらいの大金で、輪行袋運びの労を覚悟のうえでそちらの楽しい? 出費に充てたほうが幸せかも。

拙著『沖縄人力紀行』の補足22 教科書の記述よりも数倍重い、沖縄戦体験の証言

2007-09-29 21:00:07 | 拙著の補足・訂正

今月中旬、13日の投稿で挙げた映画以外にもう1本映画を観ていて、それは今年公開の沖縄戦絡みの『ひめゆり』というもので、東京都中野区のポレポレ東中野でアンコール上映を観た。この映画館では5~6月に公開していたがそのとき観逃していたので、ずっと気になっていたのよね。

これは1945年3~6月の沖縄戦でひめゆり学徒隊に動員されたなかで生き残った22人の証言を1994年から13年、時間にすると100時間以上かけて集めたものをまとめた記録映画で、その証言の数々と沖縄戦の映像とを交互に見せながら3部構成で仕立ててあるものだった。ひめゆり学徒に関するドラマ仕立ての映像作品はこれまでに数多く作られているが、このような証言ばかりを集めたものは珍しい。
沖縄戦で沖縄陸軍病院に動員されたひめゆり学徒222人・教師18人のうち、この戦闘によって亡くなったのが生徒211人・教師16人ということで、生き残った方々の大半と言える22人が証言してくれたということはかなり貴重なことだと思う。また、この映画後にさらに2人証言してもいて、映画完成後も元NHKディレクターの柴田昌平監督は引き続き生の声を集めてもいる。

内容は、僕が糸満市の沖縄県平和祈念資料館やひめゆり平和祈念資料館で見た展示や、これまでに沖縄県内の図書館などで沖縄関係の本や資料を読み漁って断片的に知った(つもりの)沖縄戦の状況よりも数段生々しいもので、兵士が爆撃を受けて内臓が裂けて脳天が割れて手足がそこらへんに飛び散っているとか、10名か11名で600名とも700名とも知らない兵士を看護したとか、(日本軍が劣勢になって6月18日に)いきなり解散命令が出て外に放り出されたとか、米軍の戦闘機からの小銃攻撃によってパタパタと人間が倒れて血しぶきが噴水のように上がったとか、自決のための手榴弾を誰か持っていたらやっていた(自決していた)とか、もうとにかく心臓を鷲掴みにされるような、居眠りしている場合ではない衝撃を2時間10分の上映時間中終始受け続けた。
太平洋戦争のできごととしては一般的によく伝わっている沖縄戦のあとの8月の広島・長崎の原爆投下もたしかに悲惨ではあるが、沖縄県では戦闘機からの空襲や戦艦からの艦砲射撃のほかに米兵から小銃やガス弾や火炎放射器によって直接攻撃を受けているのだから証言もこのくらい生々しくはなる。「美談」で済ませてよい話ではないことを改めて痛感した。

これはもう、ホントにより多くの人に観てほしい。来年以降もポレポレ東中野でアンコール上映してほしいし、ほかにも各地で自主上映によってもっと広まってほしいなあ。もし観られなくても、この映画のプログラムを読むだけでも同様の感覚に陥ると思う。もしご希望の方はこれを全ページコピーして差し上げますんで、僕にご一報を。
このプログラムの冒頭やリーフレットにもある、沖縄県出身の歌手のCoccoが2006年8月15日に県内で開催したライヴで発して毎日新聞にも掲載されて本にもなった短文のなかの、

「忘れたいこと」を話してくれてありがとう

という言葉を読むだけでもう泣けてくる。特にウチナーンチュの場合、過去のことをおおっぴらにしたりとか自分のことを広く世に知らしめるとかいうことが苦手な県民性も元々あって、特に沖縄戦の体験や現在の米軍基地があることについてあまり触れられたくない、という雰囲気はたしかにあるが、そんななかこの映画でこれだけ証言を、監督が証言してくれた方々の家に泊まり込んだりしながらテープを回し続けて根気よく集めることができたのは、やはり凄いことで貴重なことだと思う。今後も日本国民がもっとちゃんと聴いておくべき証言が出てくるのだろうか。

また、沖縄戦に関することとして、折りしも今日の日中に沖縄県宜野湾市で、2006年の高校の日本史教科書の検定で、沖縄戦での日本軍が集団自決を「強制」したという記述を削除した問題を受けて、その検定意見の撤回・抗議の意味の県民大会が開催された。11万人もの参加者が集まり、県民大会としては過去最大規模だろう。全国的に見てもこのくらいの規模の大会はめったにないよな。基本的にナンクルナイサ的精神によって進んでものを言ったり怒ったりすることがあまりなくて奥ゆかしさいっぱいの沖縄県民が、仲井真弘多県知事以下これだけ集まって抗議するというのはホントに珍しいことで、たかが教科書の記述、というだけでは済ませることはできない大問題であるということが、沖縄県に一度は行ったことがある人もそうでない人もわかるはず。
『ひめゆり』でも、米軍の捕虜になるくらいなら自決したほうがよい、ということでひめゆり学徒が自決するさいの手榴弾の栓の抜き方を教わったという証言もあるし、仮に日本軍の兵士に自決しろ、と直接は言われなかったとしても、軍国教育によって現場ではそういう雰囲気がすでにできあがっていることだけで「強制」とか「強要」と言えると思うのだが。

この民意がきっちり反映されないようではただの抗議行動だけでは済まなくなり、今後の国政(特に与党)にもかなり影響するだろう。さて、検定意見は変更しないという意志を依然固めている文部科学省はどう対応するのかね。
複数の教科書の執筆者たちからは執筆時に横の連携が取れていなかったことを反省して訂正申請をしようかという動きもあるようだし、国はこれらの行動を完全無視するようだと、東京や大阪にも抗議行動は飛び火するだろうな。状況によっては沖縄好きの僕も黙ってはいられない。だって、意図的に「捏造」というか「改ざん」しているんだから。
今からでも訂正は遅くない。来春の教科書販売に向けてそろそろ印刷や製本の行程に入らなきゃならんのだろうけど、それを遅らせてでもこの記述は元に戻すべきだ。もし訂正がホントに行なわれて、それによって印刷の作業などで人手が足りなくなったということになれば、僕も喜んで手伝いますわ。

拙著『沖縄人力紀行』の補足21 あえて悪く言うと、ゾンビのような団体客

2007-08-31 11:22:16 | 拙著の補足・訂正

本項はいつになく一般的にはちょいと不適切っぽい表現もあるかと思うが、人命にもかかわる大事なことなので、あえてそのとき率直に思ったままのことを挙げてみる。

拙著『沖縄人力紀行』(彩図社刊)のあとがき、特に187~188ページに、ひとりで「旅」する僕は団体で「旅行」する人たちが苦手、ということについて簡単に触れたが、それに関することで、先の東北旅で訪れた岩手県・JR岩泉線の終点である岩泉駅で衝撃的なできごとに遭遇した。まさに「旅行」の典型的な悪い事例。

14日に岩手県内でも特に有名な観光地である龍泉洞に行くために、前夜にJR山田線で茂市駅に前乗りして、この駅付近の空き地でこの時期がちょうど見頃だったペルセウス座流星群を寝転びながら眺めつつしっぽりと野宿し、翌14日朝に午前は7時台に運行している茂市発岩泉行きの始発列車に乗り込んだ。岩泉線は現在は茂市-岩泉間を1日に3往復しか運行しないかなりローカル度の高い路線のため、公共交通を利用する場合はできるだけJRで移動したい僕としては数年前から気になっていたこの路線に確実に乗るにはこうやって前乗りする必要があった。

で、やっとこさ14日朝に数年来楽しみにしていたこの列車に乗り、ちょうど盆の時期ということでこの路線狙いの鉄ちゃん風男子が茂市駅からも、そして途中の駅からもちょこちょこ乗ってくるくらいに乗客は意外と多く、ガタゴトと50分ほど揺られながら岩泉駅(上の写真参照)に辿り着いた頃には、乗客は朝イチの列車なのに40人近くいたりした(この9割がたは10~30歳代の男子だったかな)。ここまでは地域を問わず運行の乏しい(特に春休みと夏休みの)ローカル線にはよくある光景なのでまあよい。問題はここから。

この1両編成総ボックス席の列車が終点の岩泉駅に着き、さて降車しますか、という段になると僕はいつものように40人ほどの乗客の降りる列の最後のほうで降りることにし、車両の前後にふたつある扉のうちの片方に向かった。そしてやっと降りますなあ、と扉の手前の1段低い段差のあるところに差し掛かったとたん、前方からわらわらわらわらと中高年の団体十数人が僕の降車を待たずに一斉に乗り込んできた。
そのうちのひとりの胸のあたりをチラッと見ると旅行会社らしき名札というがバッジが付いていたので、この列車は岩泉駅から折り返して宮古に行くのだがそのローカル線目当ての団体旅行なのかな、と一瞬思った。

朝イチの列車で、しかも夏休みの時期なので地元の高校生もいないはずだからそんなに混むことはないだろうと踏んでいて、そんな事態はまったく想定していなかった僕としてはなんの前触れもないそんないきなりの“奇襲”に驚く間もなく僕のほうにガシガシ突進してくるその団体に一瞬にしてもみくちゃにされ、まだ車内にいるのに数歩押し戻されながらその60~70歳代と思しき団体客に全身丸ごと、特に肩をぶつけられながら、列車を降りられずに数秒間もがき苦しんだ。

地域を問わず、鉄道やバスやエレベーターの乗り降りではふつうは乗客の入れ替えの意味で降客の動きが優先されるべきだが、まあこれは「ルール」ではなく「マナー」の話なので厳格にどちらが先、と決められているわけではない。でも、普段から鉄道にそこそこ乗り慣れている人にとっては降りる人が先、ということくらいは小学生でもわかることで、近年は特にそんな鉄道やエレベーターの乗り降りにまつわる「マナー」が悪いと以前はよく言われていた大阪近郊でも、鉄道利用時の整列乗車が浸透してきて大きな問題は起こらなくなってきている。
でも、そんなこともわかっていないらしきその団体客が、おそらく特にボックス席の窓側の車窓から眺めの良い席を確保するために我先にとまだ降車していない僕のことなんかまったく眼中にない状態で、言い換えると盲目状態でわらわらと乗り込んでくる状態というのは、ある意味、怖い。

今回の一件では比較的重量のある僕だから対向する流れにもなんとか倒されずに持ち堪えることができたが、これがふつうの線の細い人であれば押されてすぐさま後方に倒されて、頭などをしこたま打ちつけて大ケガする可能性もある。

実際、僕がその降り口でもみくちゃにされながらも中高年のその一団の顔を瞬時に見ると、目線はみな僕ではなく奥のほうにあり、それだけで早く良い席を獲りたい、と気が急いているということが一瞬でわかった。しかも、そうやって席まっしぐらという感じで僕に気遣う理性というか生気はまったく見られなかったので、その一団は例えるとホラー映画によく出てくるゾンビのようなものではないのか? と困惑し、悪い意味で鳥肌が立った。団体だとこんなに理性がなくなるものなのかと、呆れよりも怖さのほうが強かった。

その一団としては「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というふうに、大人数でやればなんでもアリ、という集団心理が働いていたのかもしれないが、ホントに理性を失ったその一団の目つきは正直、この世のできごととはとても思えなかった(でもべつに、その一団のひとりひとりが人生の残りの手持ち時間が短い、三途の川に片足を突っ込んでいる、という意味ではないよ)。
今思い出しても、そんな盲目的な行動はある意味、暴動に加わる暴徒と同じ状態だよな、そんな盲目状態になるのでは諸外国のテロ行為を批判する資格はないのではないか、とも思った。

でもそんな違和感を一瞬のうちに考えても、こちらとしてもとにかく列車を降りなければ先へ進めないので、その一団の“攻撃”でそれこそ膝カックンをやられた、もしくは映画『マトリックス』の主人公・ネオが弾丸を避けるときのようなあの海老反りに近い状態に崩された体勢をなんとか立て直しながら、意を決して、

「降りるんですけど!」

と一喝し、僕のほうからも流れがどうにも止まらないその一団が続々と突っ込んでくるのを泳ぐようにかきわけながら対抗して強引に前進し、なんとかケガなく降車することができた。その一団の先頭と接触してから僕が駅のプラットホームに足を着けるまでに20秒はかかったかな。

集団で何か事を成し遂げるのは良い面もあるが、このように単独行動のときよりも気が大きくなって、つまり偉い気分になってしまう、みんなでやれば怖くない、という雰囲気にもなってそれに流される、自分の本意ではない行動も集団になることによって平気でできてしまう場合はどうしてもあり、どちらかと言うと悪い面のほうが多いと思う。
僕は拙著のあとがきには、「個人が団体の行動を気遣う状況に陥るのは腹立たしい」と書いているが、逆に言うとふつうは、児童の遠足を引率する先生のように団体が周りのほかの個人の行動に気遣うべき、という発想には異論はないだろうと信じているのだが、この考え方は間違っているのだろうか?

近年は、というか元々はひとり旅を志向している僕ではあるが、これでも一応はボーイスカウト活動で11年、ワンダーフォーゲル部で高校・大学合わせて8年、団体行動も経験しているために、普段の生活も旅も限らず公共交通を利用するさいの個人での動き方も団体での動き方も心得ているつもりなのだが、その経験から鑑みてもその一団の、(人数はこのさい置いておいて)降客にかまわずにわらわらと乗車してくる行為というのは、どう考えても間違っている行為である。その中高年の一団の息子ほどの歳であろう若僧の僕でもそんなことを普段から考えて行動しているのだが、その手本となるべきその年代の方々がそういうことを平気で行なっているのはいかがなものか。集団心理だから、そして一般的には「旅の恥はかき捨て」とよく言われるように、旅の空だから成せる業なのか。業という大層なものではないか、愚行だな。

ちなみに、その一団と相対したときにチラッと見た名札をなんとか降車してから再び見ると、旅行会社名を包み隠さず挙げるとクラブツーリズムのものだった。僕個人的にはこの会社、2005年9月に北海道の利尻島・礼文島に行ったときにもその移動のためのフェリーの船内でどんちゃん騒ぎに近い騒ぎ方をしていたことに辟易したために元々あまり良い印象は持っていないのだが、またもやここで交錯するとは運が悪いなあ、とさらに凹んだ。なんでふつうに旅しているだけで岩手県でも個人客である僕のほうが落ち込まなきゃならんのだ、腹立たしい。

まあこれはクラブツーリズムに限らず、JTBでも日本旅行でも近畿日本ツーリストでもどこでもそうだと思うのだが、団体になるとやはりそれ独特の(悪い意味での)ヘンな力はどうしても発生すると思う。薄利多売のそういった格安の「旅行」が大好き、と需要がありすぎるのもいかがなものか、とひとりや小人数でしっぽりと行く「旅」を好む僕としては、ケッ、と毒づきながら、またもやこの一件でさらに辟易したのであった。クルマを使わない「旅行」であっても、このような団体になると起こる、個人が被害に遭う(被害妄想ではない)細かい問題もあるんだよな、最近の旅行業界というのは。

この団体客の傍若無人ぶりが日本国内だけならまだしも、最近は諸外国でも頻繁に起こっているというのがまた問題なんだよなあ。どう考えても、過剰な団体で行動する、「旅行」するというのは、いろんな意味で多方面にやさしくない行為だと思う。21世紀の「旅」には、自分にも周りにも、やさしさが必要不可欠なのだ。

拙著『沖縄人力紀行』の補足20 イルカショーと、自転車で流すにはちょうどよい本部半島

2007-07-13 09:39:11 | 拙著の補足・訂正
たまには昔話のみではなく、旬の話題? も絡めた話をひとつ。

先日、最近人気の若手俳優“松ケン”こと松山ケンイチが主演している現在公開中の映画『ドルフィンブルー フジ、もういちど宙(そら)へ』を観た。
これは単なるイルカセラピーの話ではなく、沖縄県本部町の国営沖縄記念公園(海洋博公園)内にある「沖縄美(ちゅ)ら海水族館」で約30年飼育しているベテランイルカのフジが原因不明の病気によって尾びれを失ったが、獣医師と飼育員たちが一丸となって人工尾びれを造ってフジの再起のために奔走する、という実話を基にした話で、この公園に過去3回訪れている僕としては当然ながら観逃がすわけにはいかない映画であった。ちなみに、テレビ『情熱大陸』の先月中旬の放送でこの主人公のモデルとなった獣医師・植田啓一氏の回も当然チェックしている。
映画の製作はホリプロ主導で進められたようなので娯楽作品に近いものなのかと思っていたが、観てみると(やや夢のない?)水族館の裏側、例えば日々の餌やりの準備やプールの清掃の様子などをきちんと見せがら、1975年の沖縄海洋博当時にフジが伊豆からここにやってきた様子を記録した映像も差し込みながら、松ケンをはじめとする出演者たちもこれはもうホンモノの飼育員ではないか? というくらいに飼育の仕事ぶりが板に付いていて、ドキュメンタリー映画のような感じに仕上がっていたのは好感が持てた。
出演者を見ると僕個人的には、松ケンの目つきの悪さはどの作品でも変わらないなあ、と気になったり、今年の舞台『ピーターパン』の主役も務める新人の高畑充希の歌う主題歌はなかなかウマイなあ、と感心したり、近年の作品ではたいてい悪役が多い利重剛や田中哲司が珍しく? 善い役を演っていたのがちょっと面白かった。

で、美ら水族館にも過去2回訪れ、そしてそれ以前に拙著『沖縄人力紀行』(彩図社刊)の68~69ページにもあるように2002年4月の旅の道中で「オキちゃん劇場」のイルカショーも観ている僕としては、本ブログ2006年9月21日の投稿でも少し触れたが、最近人気の水族館もよいのだが、せっかく訪れたのであればそれだけではなくぜひともイルカショーやほかの施設も見学していってほしいなあ、と切に願う。水族館への来場客の流れを少々観察すると、約8割の観光客が水族館を単純往復するだけで帰ってしまい、ここの目玉の巨大水槽「黒潮の海」だけで満足してしまうのはなんだかもったいないよなあ、とつい余計なお世話に思ってしまう。
元々、2003年に水族館が開館する前からイルカなどの海獣類やウミガメなどは見ることができたし、そうなると水族館の生き物よりも言わば“先輩”の彼ら彼女らの様子もきっちり見ておくべきだよなあ。ここはやはり時間の融通が利かないお仕着せパックツアーではなく、個人手配であらかじめ時間を多く取ったうえで観に来てほしいなあ。きちんとくまなく見て回ると、丸1日あっても足りないくらいに楽しめるはず。まあリピーターになって何回も訪れるという手もあるけど。
でもまあ、今夏はこの映画によってイルカの存在も再認識され、イルカショーも例年よりも盛況になるだろう。僕も改めてイルカショーを観たくなった。

それと、この映画のなかでイルカのフジとともに目立ったのが、松ケン演じる一也が通勤や見送りなどの移動手段としてロードバイクによく乗っていたことで、ブリヂストン・アンカーのなかなか良さげなもの(車種不明)をレーサージャージを着ながらよく走らせていた(なぜこのメーカーの自転車に乗っているかは映画の中盤以降でわかるはず)。たしかに、本部半島は大型車が通らなければ自転車で巡るのに良い場所で、それは僕も2002年に初めてこのへんを走って以来、良い印象を持っている土地である。ただ、最近は那覇・名護方面から美ら海水族館を往復するクルマ(大半はレンタカー)や大型観光バスが多く、特に半島西側の国道449号を日中に自転車で通るときは意外なクルマの多さに辟易するかもしれない。しかも今帰仁村に入るまで特に公園の南北は坂も多く、シッティングよりもダンシングで上ったほうがよい箇所もいくつかある。でも細かい上り下りがこれでもかこれでもかと続くやんばるの東部よりは幾分ラクかな。

それを踏まえたうえで、役作り云々お構いなしに自転車的なツッコミを3点入れる。
まずひとつめは、松ケンが美ら海水族館の初出勤の日に、園内にまで自転車を乗り入れていたこと。まあこれは劇中でも自転車はダメ、と注意するセリフもあるが、ここをまだ訪れたことのない人が観ると誤解されそうだ。自転車も当然ながらクルマの駐車場と同じ場所に停めて、広い園内は徒歩で移動することになる。まあこのへんは映画だからこそできる描写か。
ふたつめは、松ケンが冒頭の移動中に両耳にイヤホンを付けながら運転していたこと。たしかにあの半島の国道ではなく裏道風情の農道であればクルマの交通量もほとんどないだろうからそうしたくなるのもわかるが、公道で両耳をふさいだ状態で運転するのは良識的にいただけない。両耳をふさいでいると前後、ときには左右からのほかの移動体への反応が遅くなるから。まあこれは僕も数年前の北海道で、信号は数km先まで見当たらないというくらいにだだっ広い道道でラジオを聴きながら走ったことがあるという前科があり(さすがに国道ではやったことはないけど)、それでも交差点が近付くと片耳だけは開けて周りの音をしっかり聴く、ということは行なっていたが、ずっと両耳というのはどうかねえ。
最近は長距離を走ったりフィットネスクラブで運動したりする人向けに、iPodやメモリーオーディオを聴きながら身体を動かすために腕に巻くホルダーなんかも市販されていて(先月観に行った「富里スイカロードレース」でも装着しながら走っているランナーをよく見かけた)、これはまあマラソン・ロードレース大会のようにクルマの心配がなく安全がある程度確保された場所で聴くのであればまだよいが、クルマが多く通行する幹線道路などではまさに自殺行為になるので、これは気を付けようね。
みっつめは、2002年当時は体重80kg超で1.75インチのスリックタイヤを履いたMTBでもこのへんの国道の上り坂ではなんとかシッティングで行けた僕よりも、おそらく重量は8kg以下と軽量(フレームは最近主流のカーボンなのかなあ?)のあの高級? ロードバイクを駆使しているのに上り坂でへばっている松ケンはいかがなものか、ということ。あの線の細さを考えると体重も50~60kg台だろうから軽くてもっとラクに行けるはずなのに。もったいない。ロードバイクに積んでいたクランクや変速機は確認できなかったが、もしシマノの高級な部類のデュラエースかアルテグラだったらなおもったいない。僕が代わりに乗り回したいくらいだ。今度、海沿いだけでなく内陸部の裏道も巡ってみようかね。折りたたみ自転車くらいの速度で内陸部のカフェにゆるゆる行くのも楽しそうだ。

ほかにもいち自転車乗りからすると? が付く描写はいくつか見当たるのだが(主に撮影の仕方の問題)、あまりツッコミすぎると夢がないので、程々にしておこう。最近、これに限らず映像作品中に小道具として自転車を用いる機会が年々増えてきたことは歓迎するが、そのさいはいくら撮影時に道路使用許可を取っていたとしても道路交通法に絡んでくることをもっと強く意識して撮影に臨んでほしいなあ、と切望する。歩道通行とか、道路の右側通行(逆走)とか。

まあそれでも全体的にはおすすめできる、子どもの教育上もよろしい映画かと思う。ぜひ。僕もまた近いうちに公園を再訪して、(漢字で書くと)“海豚”と“黒豚”(僕のこと)との間近での競演!? もぜひ実現させたいものだ。お子様だけの遊戯施設にしておくのはもったいないくらいの、“大人”も存分に楽しめる公園と水族館である。



2005年1月10日、「オキちゃん劇場」の遠景。冬でもイルカショーは開催している。今頃も、フジも、フジの3頭の子も頑張っているんだろうなあ。
それと、後方に見える伊江島にもそろそろ行っておかないと。5年前から島の真ん中にある「タッチュー」の尖がりが気になって仕方ないんだよなあ。



2006年9月11日、「オキちゃん劇場」のそばにある「マナティー館」のマナティー。メキシコ生まれ(らしい)。イルカやウミガメのみならずこのような海獣もいて、もっと見に来てほしいなあ、と思う。実際、ここを訪れる人は日中も少ないのよね。まああまり大勢で騒ぎ立てるのも難だから、こぢんまりと眺めるほうがよいのかもしれないけど。マナティーや、世界じゅうで絶滅が心配されるジュゴンの生態を知るうえでもここも大事な施設であるね。



2006年9月11日、午後、美ら海水族館の見物後に客席の端からちょこっとだけイルカショーを観た。相変わらず打点の高いジャンプで魅せていた。
映画でも、フジが水中でかなり長い助走をつけて跳んでいた様子をきっちり追っていたが、イルカが賢くて運動能力も高い動物であるということを改めて感じ、単純に凄いな、と観ていて感心する。

拙著『沖縄人力紀行』の補足19 人力旅人のポイ捨てタバコによる実害報告(視力低下?) 

2007-06-30 23:45:36 | 拙著の補足・訂正

拙著『沖縄人力紀行』(彩図社刊)の139~140ページで、僕のタバコや喫煙者に対するやや嫌悪感の強い率直な想いを示しているが、旅人には一見何も関係なさそうなタバコ、特に路上にポイ捨てされたタバコの吸い殻の問題も、実は関係大アリなのだ。その実例を挙げてみる。

今も日付は忘れていない11年前、1996年3月下旬のこと。僕が大阪から東京まで自転車で旅したときの道中の話になるが、その最終日(3月31日)のしかもあと2、3時間であらかじめ終点と決めていた東京都中央区日本橋に辿り着く、というまさに旅の最高潮のときにそれに思いっきり水を差す悪夢の瞬間を迎えた。

それは昼下がりに神奈川県横浜市戸塚区の国道1号を北上しているときで、ちょうど前日から時期的にはやや遅め? の「春雷」によって大雨と強風が訪れ、雨は前日でやんではいたが風がこの日もまだ残っていて、しかも普段から交通量の多い政令指定都市内の1桁国道だったから、自転車での走行も横風で煽られるとやや困難であった。

それに、路肩には強風によってどこかから飛ばされてきた空き缶やダンボール片などのゴミ類や折れた樹木の枝が散乱していて、右横を通過するクルマを気にしながら横風を受けながら地面のそれらも除けながら走るのは難儀だなあ、と思ったときにいきなり突風が吹いた。そして、あっ、また風だ、と思った瞬間に僕の左目が一瞬見えなくなった。
ん? これは何事か? 春頃にはよくある小さな虫が飛び込んできたのか? と思ったが、それにしてはやけに大きな虫だな、と目のなかのいつもと違う異物の大きさと固さを不思議に思いながらもとっさに自転車を停めて左目に入ったそれを取ると、なんとタバコの吸い殻であった。強風で舞い上がったそれが偶然僕の左目に入ってしまったんだな。

それを取り払っても左目にはまだ何かゴロゴロと異物が混入している嫌な感触があるなあ、と思って(あまりやるべきではない)目を少しこすってみると、そのタバコの葉がポロポロと取れて、それらが思いっきり目のなかに入っていることを実感した。そうなると当然痛いし、目も開けられなくなる。その後も少しこすってみたが左目は全開にはできず、薄目にした状態でないと痛いままで、旅の最後の最後に困ったことになったぞ、と困り果てながら、とりあえず左目に違和感を覚えつつ軽く悶絶を繰り返しながらも走行速度を時速25kmから15km以下に落として走り続けることにした。

神奈川県内でも特に交通量の多いJR横浜駅前、川崎駅前を越え、多摩川を渡って東京都内に入ってもその違和感はずっと続き、時折一時停止して目をこすってもぼやけたままで視力がまったく回復しないため、とりあえず水道で目を洗いたい、とそこからは水道のありそうな公園などを探しながら慎重に進んだ。
それで結局はその10分後に大田区西馬込で水道のある公園を見付けて、左目を洗い流して視界も少しは開けたが、それでもタバコが目に入る以前よりはぼやけて前方が見えにくくなり、このまま無事に日本橋に到達できるのかなあ、と少し不安になりながら、左目のみ薄目にし続けながら再びペダルを漕ぎ出した。

で、交通量がまた一段と増えてきた目黒区や港区内も慎重にゆっくり進んだためになんとか無事に日本橋に辿り着いたことは着いた。ただ、せっかく大阪から東京まで600km以上走りきった、やったぜ! という達成感を存分に味わえるはずだったが、先程からの左目の痛みによってその喜びも半減し、後味の悪い旅の幕切れとなった。
このときはおそらく捨てられてかなり時間が経っていてしなしなになった吸い殻だったからまだ良かったものの、もしこれが火が点いたままのモノが目に飛び込んできたら、と思うとぞっとする。

まあこれはある程度自転車旅の経験を積んだ今であれば、そんな天候の場合はサングラスをかけるなりして目を積極的に保護する、ということは容易に想像できてその対策も取れるが、まだこのときは自転車で長距離を旅し始めた頃で経験値が低く、目の保護について特に気を付ける、自転車旅では前方の視界を確保することがかなり重要、という感覚があまり備わっていなかったために起こった問題だからなあ、と反省する。
が、それ以前にタバコの吸い殻がそこらじゅうに落ちているのがおかしい、と憤るようにもなった。しかも、その旅のあとも左目をよく洗っても数日間はぼやけたままで、旅の前のように両目でふつうにものが見えるくらいに視力が回復するのに1週間かかった。

よく考えると、それ以前も自転車で走行中にタバコの吸い殻が路肩に落ちている様子もしょっちゅう見かけていて(徒歩や自転車の移動ではそういったものがよく見えるのだ)、クルマの運転者か助手席に同乗していた者か、それとも歩行者か自転車かはわからないが、喫煙者がタバコをそこらじゅうにポイポイ捨てる、という行為はこの時点から許せない極悪非道な愚行である、と強く認識するようになった。

公園などで子どもや愛玩動物がタバコの吸い殻を誤飲する、という話はたまに聞くが、それとともに吸い殻が適切に処分されずに排水溝に隠す、というか捨てると、それが川に流れ出て特に土にも海に還らないフィルターが海に漂って海の生態系にも悪影響がおよぶ可能性もあることも想像できないアホな喫煙者はもっと厳しく罰せられるべきだ、ともこのときから強く思うようになり、その思いは現在も続いている。

だから僕はタバコの扱いの下手な輩が大嫌いで、拙著の先の記述や本ブログでも嫌煙派からの目線で、今回の事例のようにひとつのポイ捨てされたタバコの吸い殻によって他人を傷付ける(子どもの誤飲も同様)、最悪の場合は間接的に人力移動者の交通事故を誘発する可能性が多分にあることも意識できない輩は禁固刑や懲役刑に処されてもおかしくない、と主張するに至るのだ。
そう考えると、タバコのポイ捨ても立派な犯罪なんだよ。だから僕は常々これを犯罪視しているのだ。条例で罰金・科料のみなんて甘すぎる。

実はこの一件以降、僕がたまに健康診断を受けたときに視力検査を行なうと(定職に就いていないために2、3年に1回と不定期の受診になるが)、決まって右目よりも左目の視力のほうが少し弱い、という結果が出る。受診時の体調の良し悪しにもよるが、ここ数年の僕の視力はおおむね右0.8左0.6か、右0.6左0.4、になっている。まあこれは元々は僕の利き目は右目なのでこのような結果になるのだろうな、とも思ったが、小中学生の頃は両目とも2.0や1.5だったからこのような偏りが出るのはちょっとおかしいなあ、この低下具合は加齢によるものなのかなあ、と毎回不思議に思う。
自分では確信はないが、おそらくこの旅のときの一件が無意識のうちにトラウマとして脳裏に残っていて、それが左目の力を少々損ねる原因となっているのかもしれない。視力が失われるというのは怖いことだなあ、と改めて気を引き締めたりもする。

でもやはり最も憎むべきなのは、どう考えてもタバコをそこらじゅうにポイポイ捨てやがるアホな(関西圏で言うところのバカな)輩で、こいつらを今後ももっと強く糾弾していくべきだ、と思っている。
喫煙所や携帯灰皿などをきちんと活用してふつうに吸うぶんにはべつにかまわないのだが、都市部の駅前で最近よく指定されている喫煙禁止エリアで吸っていたり、吸い殻をそこらじゅうにポイポイ捨てたり、しかもときには火が点いたままのものを捨てやがるアホどもがいるが、それはふつうに考えると方々に温度で言うと700度以上の火を放っているのだから「放火」だろう、それでは処罰も罰金刑だけでは済まないだろボケ、などと今後も厳しく注意していくつもりだ。

世間の喫煙者を見渡すと、まともな吸い方をしている人もいることはいるが、大概はそうではない輩のほうが多い。だいたい、ヒトの一生においてそんなにタバコを吸う必要があるのか(僕も過去に通算30本くらいは吸ってみたが、カッコイイともウマイとも思わなかった)、オマエはどう考えてもタバコを吸う仕草が似合ってねえよ、どうせ中学生か高校生の頃にませた同級生に促されて、マンガ・テレビ・映画の影響もあってカッコつけるために吸い始めたクチで、ホントはタバコの味なんかわかってねえだろ、とつい思ってしまうタバコの持ち方がヘタクソなガキンチョもよく見かける。「大人のたしなみ」のはずのタバコが近年は子どもの小道具というか玩具に成り下がっている、という感はある。

ポイ捨てとはちょっと異なるが小道具というと数年前に、L’Arc~en~Cielのある会場でのライヴで、メンバーのひとりがタバコを吸いながら演奏する、という奇抜な演出? があったが、会場が野外ならまだしも屋内の密閉された会場では当然ながら消防法で火気厳禁だから問題になった、という報道があったが、ああいうことを思い付くそのメンバーもその行為を容認したスタッフも人間としての基本的なことが欠けていて、まさに「愚の骨頂」と呼べる行為であるね。

また、喫煙者による「タバコがないと生きていけない」とかいうもっともらしく聞こえる不可思議な言い草にも引き続き対抗していくことにする。タバコを吸い始める以前は吸わなくても生きてきたはずなのにそれはないだろ、とへそで茶が沸くくらいについ笑ってしまう詭弁なので、それにも絶えずツッコミを入れていきたい。そんな詭弁はもう聞き飽きた。
今後も初対面の人と方々で会うときも、タバコを吸う、と知るとまずは精神的に一歩引くというか身構えることは続くだろうな。そのくらい、他人のタバコの扱い方には敏感になっている。



2006年4月2日、埼玉県所沢市の関越自動車道所沢ICの側道。国道463号に近いここはクルマ以外の交通は昼夜問わずあまりなく、夜も外灯の明かりが弱いために廃棄物の不法投棄もよく見られる。そうなるとこのように、タバコがポイポイ捨てられる光景もよく見られる。が、この場合、ポイポイというレベルではなく1か所に大量に捨てられているということはクルマの灰皿に溜まったものをそのままごっそり捨てた、というふうにしか考えられない。こういった行為にも当然腹が立つ。

拙著『沖縄人力紀行』の補足18 そもそも、いまだに「分煙」というのがおかしな飲食店     

2007-05-31 23:55:34 | 拙著の補足・訂正
拙著『沖縄人力紀行』(彩図社刊)の139~140ページで、僕なりのタバコという嗜好品と喫煙者への想いについて嫌煙派の立場から触れているが、なかでも特に飲食店で喫煙を許可している、つまり「禁煙」ではなく「喫煙可」または「分煙」にしている店が結構多い、というのが常に気になっている。自分の家のように個人的な空間でタバコを吸うのならまだしも、屋外での(特に人ごみのなかでの)歩きタバコや、タバコ不特定多数の人の口にものが入る公共の場で喫煙がいまだにおおっぴらに認められていて、非喫煙者が有無を言わさずタバコの煙を吸わされる「受動喫煙」を被り、三大死因(がん、心筋梗塞、脳卒中)を発症する可能性が自分は何も悪いことをしていなくても勝手に高まっていくのはいかがなものか、と憤ることが多い。

最近、安価に軽く食事しながら、しかも机付きで校正仕事をやりたいがために東京都内および近郊のマクドナルドやロッテリアによく行くのだが、主な客層は喫煙する「大人」よりはどちらかと言うと全国的に幼い子どもがいる家族連れや小中高生のほうであろうこのようなファーストフード店の大半で(子ども向けのメニューや特典もたくさん用意しているし)、いまだにそういった若年層の健康に悪影響のある喫煙行為を規制する、つまり店内を完全禁煙にするような措置が取られていないのが毎回疑問に思う。でもまあマクドナルドも昨年あたりからやや大人向けの雰囲気の黒色っぽい内壁に改装したりして分煙はそこそこ進んでいて、店舗によってはガラス張りの壁や扉で禁煙の机と喫煙可の机を完全に仕切っているところもあるが、しかしそんなものはなく依然として単に机を離しただけで喫煙可の机から紫煙が禁煙の机へ思いっきり流れてくる店舗のほうがまだまだ多く、そんな状態では嫌煙者がふつうに食事したいだけなのについでに受動喫煙も被って無為に肺を犯されて不健康になってしまう、というのもなんだか悲しい話だ。

ひとつ具体的な事例を挙げると、今年に入ってから僕が所用でたまに行く、東京都多摩市の京王・小田急多摩センター駅から近い「サンリオピューロランド」のそばにもマクドナルドがあるのだが、ドラえもん、ピカチュウと並んで日本を代表する愛玩動物? キャラクターのハローキティの総本山であるこの施設のそばは週末になると、当然ながらここ目当ての子どもが多く訪れ、マクドナルドにも当然その客がドッと流れてくる。この店舗に休日の真っ昼間の大混雑しているときに一度入ったことがあるのだが、喫煙・禁煙の壁による仕切りは特になく、単に机に禁煙マークがあるか否かでしか分類されておらず、実際には禁煙席も喫煙席もへったくれもなく、紫煙が店内全体に漂っていた。そのときの客層はやはり中学生以下の子どもがパッと見でも8割以上を占めていて、残りの2割がその子たちの両親や引率者という感じで、一応は「大人」らしい彼ら彼女らの喫煙によって店内が煙たくなっていた。空気清浄機も一応稼動していたのだろうが、店内は満員という人口密度の高さのためかそれもたいした役目を果たしておらず、子どもたちへの健康への影響がとても気になった。客層は主に「大人」である喫茶店や居酒屋で喫煙可なのはまあわかるのだが(最近はマンガ喫茶も分煙が進んでいるね)、このように子どもが多く訪れることがあらかじめ容易に予測できる店舗で禁煙が進んでいないというのはおかしい。

日本マクドナルドの本社側も、「大人」の客層をより多く取り込みたいがために店内改装(やメガマックなどの新商品投入)のような措置を取りたいのもわかるが、レジ前でさりげなく募金活動を行なっていて社会貢献も強く意識する大企業としては、完全禁煙という、未来にもつながる道義的責任もきちんと果たすべきではないか。そう考えると、4月に久々に行ったミスタードーナツのとある店舗で、2階層あるその店内を両階とも完全禁煙にしていたのはスバラシイ、と感心した。

今月上旬に入手した、社団法人日本呼吸器学会が一般向けに作成したタバコに関するパンフレットによると、「家庭・職場の受動喫煙による呼吸器の症状と病気の増加度(成人)」の項で非喫煙者が受動喫煙によって症状が高まる倍率として、

せき  2.6~3.8倍
たん  1.4~4.5倍
息切れ  1.4~4.5倍
気管支喘息  1.4~1.6倍
慢性気管支炎  1.7~5.6倍
病院受診回数  1.3~1.5倍

という数値が挙げられていた。普段から意識してタバコからあえて離れた生活を心がけていても、社会では喫煙者とかかわることも多くの場面でどうしても発生するため、場面場面での受動喫煙によって非喫煙者が何もしていなくても勝手に不健康な身体になってしまう、という現実があることは、改めてこの数値を見ると残念に思う。こんなとき、もっと喫煙者を規制しながら禁煙への流れに向かってほしいなあ、と願わずにはいられない。

また、「次世代の健康に対する受動喫煙の影響」という項では、(出生前も含めた)子どもが親の喫煙によって健康を害される倍率も挙げられていて、

虫歯  2倍
気管支喘息  1.5倍
中耳炎  1.2~1.6倍
全身麻酔トラブル  1.8倍
知能低下・多動症  IQ5%低下
自然流産  1.1~2.2倍
乳幼児突然死  4.7倍
低体重出生  1.2~1.6倍

などの数値が挙げられている。先の多摩センターのマクドナルドのような場所では、もちろん店側の(禁煙化の)企業努力も必要だが、平気でタバコを吸う「大人」の立ち居振る舞いも問題で、そんな子どもが多くいる場面では喫煙を自粛すべきだとも思うんだけどなあ。喫煙者は、周囲への、特に未来を担う子どもへの悪影響をもっと考えてほしいものだ。

あと最後にもうひとつ僕個人的に納得のいかない喫煙可の飲食店に、僕の大好きなカレー店がある。
ルウの味やそれ以前に様々なスパイスの香りを嗅ぐことが特に大きな愉しみであるカレー店で(まあほかの料理店でも同様の愉しみはあるか)、喫煙可にしてその愉しみ方をぶち壊しにする店舗は許せない。喫煙を許している店も、数ある料理のなかでも嗅覚を特に頼りにするカレーを提供する飲食店であえてタバコを吸う・吸おうとする客のほうも、いずれも僕からするとホントにカレーが好きとは呼べない、ニセモノの店・客であると思っている。そういう人たちは自分で自分のことを「カレー店店主」または「カレー好き」と名乗ってはいけません。まあこれは、ほかの分野・国籍の料理店にも共通することか。
料理を作ることを生業にしたり、料理を批評したりするのであれば、口の中もそれなりの用意をしてから調理・試食に臨むべきである(最近大人気のイタリア料理マンガ『バンビ~ノ!』でもそんな描写があったっけか)。食べるほうもヤニだらけの中途半端な口を持ち込んで、その店が弛まぬ努力を重ねた結果として自信を持って提供している崇高な料理と相対するというのは、物凄く失礼なことではないかと思う。

僕が趣味で全国のカレー店を訪れるなかで、店の良し悪しを判断するさいのひとつの基準に店内が完全に禁煙か否か、ということもある。タバコの扱いは店によってはおおまかには、終日喫煙可、基本的に喫煙可だけど昼間のみ禁煙、終日禁煙、の3種の形態に分類されるが、僕としてはやはり終日完全禁煙の店は、カレーはスパイスの香りが命であるという基本的なことがよくわかっているな、と高評価を下すことになる。今後もそういった良い店が多く現れるといいなあ。

拙著『沖縄人力紀行』の補足17 みんな“some pig”

2007-04-27 12:00:00 | 拙著の補足・訂正

拙著『沖縄人力紀行』(彩図社刊)の73ページで豚舎の写真を出しているが、実はこれは2002年の沖縄本島一周旅当時のものではなく、本の出版のために2005年6月に本島を追加取材していた過程で、日中の糸満市内を自転車で移動中に道を間違えたときに偶然通りかかった豚舎の様子。
この写真を撮影する直前は豚たちはみんな昼寝中であった。そのままずっと寝入ったままなのかと思ったが僕が近付くと気配に気付いてみんなハッと起き出し、寝起きにもかかわらずブーブー合唱しながら73ページのように僕を歓待してくれた。僕が体型・体臭ともに似ている「同士」に見えたからなのだろうか?

71ページの記述や73ページの写真の注釈にもあるように、僕はもちろん現在も食肉のなかでも最も豚が好きだし、他者の命をいただくからには残さずにきちんと食べ尽くすべきだ、残したら失礼だ、という考えも変わっていない。そういった仕組みというか考え方が広く浸透していて、本土以上にミミガーやチラガーがテビチなどの各部位もスーパーなどでふつうに扱っている沖縄県は食の点ではやはりスバラシイ土地である。

また、ここ数か月で各種媒体の書評にもよく取り上げられていて売れているイラストレーターの内澤旬子氏のルポ本『世界屠畜紀行』(解放出版社刊)や、僕の好きなカレーマンガ『華麗なる食卓』(週刊ヤングジャンプ連載)の単行本18巻を読んでいると(主人公の高円寺マキトが北海道の河原でナタを片手に熊と闘うくだり)、改めて他者の命をいただく、という人間が生きていくうえでの必要最低限の行為である「食」の最も大切な部分を、つまり食べるということの本質を、食肉の作り方が年々見えにくくなっている現代ではもっと強く意識していかなきゃならんよなあ、と改めて痛感する。(『世界屠畜紀行』は2段組で文字量がえらく多いので、読むのが大変だけど)これらは一度は読んでおくべき良書である。

世間一般では海・川・湖の魚介類は結構平気で絞めているのに陸上の家畜でそれをやるのは抵抗がある、というのはほかの動物たちに対してのちょっとした差別というか冒涜ではないかと思う。命をいただくという行為には変わりはないのに。

ところで、今年の1~3月に映画『シャーロットのおくりもの』、『ベイブ』、『紅の豚』と、豚さん映画を3か月連続で観たのだが(まあ『紅の豚』は基本的に人間の話なので意味合いが異なるが)、本来はお気楽に観たほうがよいのであろうこれらによっても改めて豚の現代の存在意義について考えたり新発見があったりもした。

『シャーロット~』で豚を品評会に出すときにおめかしの意味でバターミルクを塗って毛づくろいをする、というのは欧米ではホントに行なっているのかね。ちなみに、本項のタイトルは『シャーロット~』を観た方であればわかると思うが(訳あって僕はこれの字幕版も日本語吹替版も観ている)、豚好きの僕は世界のすべての豚が“とくべつなブタ”だと思っている。まあとにかく、いずれの制作にかかわった人たちもみんな豚が大好きなのね。

新発見というと最近、校正仕事で『世界国勢図会(財団法人矢野恒太記念会刊)』などの統計資料を見る機会が多いのだが、このなかで世界の家畜頭数の統計で豚の2005年のところのおよその数値を見ると、

第1位 中国         4億8881万頭
第2位 アメリカ合衆国   6064万5000頭
第3位 ブラジル       3300万頭
第4位 ベトナム       2700万頭
第5位 ドイツ         2623万6000頭

となっていて、国土面積の広さもあってか当然ながら中国がダントツの頭数を誇っている。全世界の豚の頭数9億6030万5000頭のうちの約半数が中国のみで飼育されているというのが凄い。ここ数年はベトナムでの飼育が盛んになってきているというのも意外で、ちょっと驚いた。

また、ここ数年の日本の飲食店でも話題になっている(どんぐりを食べさせて飼育する)イベリコ豚で有名なスペインは第6位2525万頭で、日本は第16位で960万頭。日本はよく食べている印象があるが(食肉の生産量の統計もほぼ同じ順位)、土地面積や地形・気候の関係もあるし豚よりも需要も商品価値も高い牛の飼育に力を入れていることもあって、世界的に見ると意外に少ない。しかもそんな日本よりも実は、豚は不浄であると扱って食べないヒンドゥー教徒が多いインドのほうが第11位で1430万頭と多く飼育していたりもする。
ただインドの場合は、ここ数年は工業化が進んで(情報通信関連に強いベンガルールやムンバイあたりが顕著やね。首都デリーもかなり伸びているとか)、ヒンドゥー教徒(とイスラム教徒)以外の宗教の人々の流入が年々増えつつあるために豚の需要も少しは高まっているんだろうけど。そのぶん、生活習慣の違いによる軋轢も年々増えているらしい(細かいこととしては、菜食主義者か否か、牛を食べるか否か、食事のときに左手を使うか否か、路上の清潔感とか、カースト制度のこととかかね)。

統計を見ると日本以外の各国も豚は結構食べられているんだな、ということが改めてわかり、僕としても嬉しい。でも『シャーロット~』や『ベイブ』のような描写を観たり、一部の物好きな人のあいだではミニブタを愛玩動物として飼うことをたまに聞いたりするとちょっと複雑な気分ではあるが、まあとにかく、今後も他者の命をいただくことを強く意識しながら豚を、もちろん豚以外の食肉も真正面からきちんと食べていきたい。
そのためには、昔から品数豊富な沖縄県の豚肉料理をより多く試していかないといかんし、食べるだけでは太る一方なので食べながらも身体を駆使して行動し続けていかないと、とも改めて思う。やはり、動けない豚はただの豚、で終わりたくはないしね。

でも、最近僕が好きなお笑い芸人のにしおかすみこのネタ中の捨てゼリフに「このブタ野郎!!」というのがあるが、べつに豚でもいいぢゃない、とこれに関しては少々反論したくなる。上記に挙げた映画3作のような、賢くてしかも行動力のある豚もいるのですよ。もう最近では豚を、他者を侮辱するときに引き合いに出すのは時代遅れの感がある。


それから以下は読み飛ばしてもらってもかまわないのだが、『紅の豚』の中盤で、主人公であるポルコ・ロッソの飛行艇がイタリア・ミラノのピッコロ社で改修され、それが完成して早朝に出発するときに設計担当のじゃじゃ馬? フィオ・ピッコロがポルコに付いて行こうと自分の座席を即座に作る、という場面で、

ポルコ「あのなあ、オレは男だ。ふたりっきりで無人島で野宿するんだぞ」
フィオ「平気よ。あたし野宿好きだもの」

というやりとりがあり、実際にこのあとポルコがテント暮らしをしているアジトつまり無人島に戻った夜に、フィオが寝袋に包まれながらポルコの若い頃の話を聞く、というくだりもある。
よく考えるとこの映画はこのように野宿場面が目立ち、立派な「野宿映画」と呼べるのではないか。「野宿」という言葉に人三倍敏感な旅コミ誌『野宿野郎』編集部ではこの描写を把握しているのだろうか。
僕はこの一連の場面、特にフィオがポルコに“誘拐”されて警察に追われながらも飛行艇が水路をけたたましく走って離陸してゆく場面が最も好き。これはまさに宮崎アニメの真骨頂、と断言できる描写だと思っている。

拙著『沖縄人力紀行』の補足16 “沖縄ライン”で全国区のテレビCMも当たり前の時代

2007-03-31 09:59:39 | 拙著の補足・訂正

拙著『沖縄人力紀行』(彩図社刊)の47~48ページで、近年、沖縄県出身の芸能人の活躍が目立つ、ということについて触れたが、それに関連することで僕個人的にはここ数か月でちょっと衝撃的なテレビCMがあった。

それは江崎グリコの代名詞的な売れ筋商品である「ポッキー」のCMで、最近各媒体で露出度が高まってきた10代後半アイドル? の新垣結衣(あらがき・ゆい)がORANGE RANGE(以下、オレンジレンジ)の曲(「DANCE2 feat.ソイソース」と言うのだそうだ)をBGMにポッキー二刀流であちこちを走ったり跳ねたりしているやつ。
あのCM、世間一般では新垣の躍動的な部分やポッキーを片手に1本ずつ持って振り回していたりすることが注目されているようだが、僕個人的にハッとしたのは、那覇市出身の新垣と沖縄市出身のオレンジレンジによる、(競輪で言うところの同じ地域所属の選手が協力してレースを有利に展開する「ライン」という言葉を借りて)“沖縄ライン”の芸能人によってすでに全国区のあの超有名菓子を宣伝しているということだ。
おそらく、30~40代とそれ以下の年代であればほとんどの人が知っていたり一度は食べたことがあったりするであろうこの銘菓、過去にいろいろな芸能人を起用してきたが、この思いっきり沖縄風の組み合わせは初めてのはず。
ただ、やはり全国区の商品だけにそういった雰囲気はまったくないし、それに新垣もオレンジレンジもすでに全国区の人気を得ているため、沖縄県出身だからとかいうある種の違和感もない。

この2組以外にも活躍している芸能人は拙著に書いた2002年当時以上に増えている。例えば拙著のなかで触れた沖縄出身者以外で最近特に目立つのは山田優か。彼女も人気女性雑誌『CanCam』の専属モデルやフジテレビ系列のF1中継、各種CM・テレビドラマ・映画で露出度が年々高まっている。
そんなふうに、今は芸能人を見るさいに沖縄県出身どうこうとかいうことをいちいち気にする必要はもうない時代なのかもしれない。沖縄県内ではこのような若手の沖縄出身者の全国区の活躍はどのように見られているのだろうか? 僕ひとりだけしきりに関心しているが、実は向こうでは「そんなの当たり前さぁ」とかいう感じで意外と冷静に見ているのかも。沖縄県出身の芸能人の活躍によって精神的な地域格差が縮まってきたのは沖縄県にとってはやはり良いことだと思う。

そういえば、近年はムース、クラッシュ、つぶつぶいちごなどのいろいろな種類が出回っているポッキーだが、この基本である、プレッツェルに塗ってあるのはチョコレートのみの“赤箱”は上の写真掲載のために久々に買って食べたのだが、たまに食べるとなかなかウマイものだ。以前は一時期だけ登山の行動食として利用していたこともあったが、細長いために携行が難しく、うっかりするとすぐに折れて粉々になってしまうため(まあこれを防ぐための対策としてはペットボトルやポリカーボネート製のボトルに収納するという方法もあるが)、携行も長くは続かずに次第に疎遠になっていった。が、今回改めて食べてみると食感を含めてやはり良い商品だ。長く売れ続けている理由が今頃になって少しわかった気がする。

あと、拙著でも触れた国仲涼子と仲間由紀恵について補足しておくと、2002年以降もいろいろな媒体で着実に経験を積んでいて、特に仲間についてはいくつかの映画で主演したり、昨年にはNHKの大河ドラマでも主演するくらいまで伸びてきた。このような活躍は沖縄県内で彼女たちを応援している人たちと同様に沖縄好きの僕としても観ていて興味深いし、拙著で触れたとおりに僕が数年前からふたりに注目したという目に狂いがなかったことが実証されているという点で安心する(僕は人を見る目があると自負しているし、特に本ブログの主旨とは関係のない芸能ネタにも結構自信がある)。
ただふたりとも、大マジメな役よりはちょっとおちゃらけた3枚目的な役のほうがはまっていて(実際の本人たちは普段はそんな快活な役柄とは違って結構落ち着いた感じらしいけど)。でも演者として今後いろいろな作品に出続けていくにはそれ以外の幅広い役柄をこなしていく必要は当然あるため、まあそこを軸にいろいろな役柄に挑んで、今後も幅広く活躍していく様子をどんどん観てみたい。

テレビCMに限って考えてみても、最近の国仲はトヨタ自動車、東芝、カルビーなど、仲間はKDDI(au)、武田薬品工業、ロッテなど、それぞれ全国的に有名な大企業のCMに起用されてもいるので、頼もしい、と鼻を高くしているウチナーンチュは多いだろう。また、27日の投稿のICカードと関連のあるところでちょっと面白いのは、国仲は以前にJR東日本のSuica、仲間は最近もJR西日本のICOCA、のような媒体にも起用されていて(2か月前の関西行のときにもJRの駅で仲間が起用されているICOCAのポスターをよく見かけた)、ふたりとも特に公共性の高い企業からよく声がかかっている。というのはやはり、沖縄県出身ゆえの外見のみならず内面からの清楚な印象があってこその結果である、と僕個人的には勝手に思っている。広告はどんな媒体にしても清潔感のある第一印象が命だから(最近は不精髭のイチローやオダギリジョーをあえて起用するような例外もあるが)、ふたりのこの結果はまあ妥当なところか。

冒頭の新垣も最近は江崎グリコ以外にも、NTT東日本、ユニクロ、リクルート、アサヒ飲料(三ツ矢サイダー)、日本赤十字社のような有名どころのCMにも起用されていて国仲・仲間と同様の路線を歩んでいる印象があるが、今後もこの路線で、沖縄県出身ということを忘れさせるくらいの活躍を期待している。

拙著『沖縄人力紀行』の補足15 沖縄的嗜好品・酒編

2007-02-28 20:30:47 | 拙著の補足・訂正
拙著『沖縄人力紀行』(彩図社刊)では、旅の最中にアルコール類を摂取したくだりもいくつか小出しにしているが、56~57ページでは沖縄県を代表する企業・商品であるオリオンビールも近年はビールのみならず発泡酒の生産にも力を入れていることについて触れた。
で、下の写真が最近の発泡酒の一種で、「麦職人」というやつ。



この発泡酒は2005年当時のもので、昨年9月に行ったときにスーパーを観察したら出回っていたが、今年はまだ出回っているのかなあ。このほかにも、「オリオンスペシャル」というキレのあるのもある。
オリオンビールも近年はビールも発泡酒も本土の大手ビール会社と同様に次々に新しい商品を開発していて、代替わりもひと昔前よりは早くなっているようだ。まあこれは、オリオンビールは2002年にアサヒビールと業務提携したおかげで開発環境が以前よりも向上した影響が大きいのだろう。オリオンビールの名護工場に見学に行くと(僕は2005年1月に1度行った。ひとりでも可。ただし前日までに要予約)、見学行程の終盤というか試飲コーナーで過去のオリオンビールの商品パッケージがずらっと紹介された様子も見られるのだが、やはり近年の発泡酒の生産が始まって以降は商品数も増え、代替わりも早くなっている。もう今では1、2年おきに新商品を次々に投入している感じやね。ビールのほうも春や夏限定のパッケージを施すような工夫も見られる。
ちなみにひとつ小耳情報としては、アサヒビールの主力商品である「スーパードライ」の沖縄県内流通分は、業務提携の関係でオリオンビールの名護工場で生産されていたりする。




次に、泡盛。まあ泡盛は最近は本土各地でも数・種類ともにかなり流通しているので、沖縄料理店以外のふつうの居酒屋チェーンでも呑めるようになってきているし、各種媒体のアルコール類や沖縄特集でも原料のタイ米・黒麹から製造過程から各地の銘柄から何から頻繁に取り上げられているので、ここで改めてはもう触れまい。日本の有人最南端の島・波照間島産の、生産量が極端に少ないことで有名な「泡波」も、東京都内の店でふつうに呑めるようになった、というかなってしまった。

上の写真は2006年9月21日の投稿でも触れた「富士家泊本店」で注文した久米仙ブラウン(480円)で、この店で泡盛をひとつ注文しただけで、グラス・泡盛の原酒1合とともにやかん丸々1個の水割り用の水と鍋1杯分のロック用の氷が付いてくるという状態で出される。面白い。こんなふうに自分好みの配合で泡盛をちびちび楽しめるというのは、本土の居酒屋で何倍に薄めたものかわからないある種ボッタクリのような状態でグラスのみ出されるよりも(しかも水割りなのにやや高価)数段楽しいもので、こんな至れり尽くせりの呑み方であれば、同じ泡盛でもより楽しく呑めるというもので、僕はこれを昨年に初体験してすぐさま感激した。今後は富士家を再訪した場合には、この店の主力メニューであるぜんざいやタコライスよりも真っ先に泡盛を注文することを誓った。ミニコミ誌『酒とつまみ』に携わっている方々もこういう呑み方を楽しんだことはあるのかなあ。まあとにかくおすすめの呑み方である。ただ、ひとりでこれを頼んでやかんも鍋も含めた一式丸々出されるとやや大げさかな、とも思うので、いざひとりで注文するとなるとちょっと気が引けるかもしれない。

また、59ページ7行目で触れた、新酒を複数年寝かせた「古酒(クース)」もまた良い。新酒よりもやはり味に深みがあり、アルコールが喉よりもまずは鼻先にグワッと迫ってくる感じで(このへんの繊細な表現は僕は苦手なので専門家に譲ろう)、思わず後頭部を仰け反らせるくらいの迫力がある。一般的には3年モノや5年モノがよく出回っているが、銘柄によっては10年以上寝かせたものもあり、那覇市の国際通り沿いの土産物店では瓶(かめ)入りの10年モノの古酒もたまに見かける。しかもワインやウイスキーと同様に、寝かせたぶんだけ高価になる。
ちなみに最近、ある野宿の催しで12年モノの久米仙をいただく機会があったのだが(それは瓶ではなく一升瓶入りのもの)、これはもう最近の若者言葉で言うところの“ヤバイ”(凄い、の意味ね)ものである。昨年に富士家で呑んだものや、そこらへんのスーパーで出回っているものとは明らかに文字どおり「次元が違う」液体であった。沖縄県の泡盛づくりの歴史に想いを馳せながら、寒空の下でそれをしみじみとちぴちびといただき、実に幸福なひとときを過ごすことができた。おかげで、一般的には二日酔いはしないと言われる泡盛でその翌日は見事に二日酔いになり、しかもその体で出勤し、その日1日僕はその職場では使い物にならなかったというおまけも付いた。でもこれを呑むことができたのはホントに良い経験であった。12年モノの泡盛なんてなかなか、しかもひとりで呑む機会なんかはめったにないからね。

拙著『沖縄人力紀行』の補足14 沖縄的嗜好品・タバコ編

2007-02-28 20:00:45 | 拙著の補足・訂正

拙著『沖縄人力紀行』(彩図社刊)の140ページ14行目で、沖縄県内限定のタバコが3種類あることについて触れたが、写真はそのみっつが自動販売機で揃い踏みしている様子(2005年6月27日撮影)。

値段的には、高価な順に「ハイトーン(230円)」、「うるま(180円)」、「バイオレット(170円)」とあるのだが、基本的にタバコ嫌いの僕としてはこれらにほとんど興味はないために吸ったことも一度もなく、味や煙の出具合もどんな感じなのかはいまいちわからないのだが、最近はタバコ好きの人のための沖縄土産として買う本土からの旅行者もそこそこいるようで、普段はこれらに慣れ親しんでいるウチナーンチュの生活を感じるためにもこれらを一度は吸ってみるというのもアリかもしれない。

拙著の140ページあたりでは、沖縄本島東部の与勝半島から海中道路を渡って最奥の伊計島でタバコ畑を見たことを書いているが、県内農業の統計ではタバコの生産が特に盛んなのは本島西部の伊江島や本島からさらに南下した宮古島なんだそうで、生産量的には僕が2002年当時の旅で訪れた伊計島を含むうるま市はたいしたことのない部類に入る。だから、沖縄県内でよりタバコ畑の景色と香りを楽しみたい方はそれらの島に行くとよいでしょう。

ちなみに、最近はこれらの沖縄タバコはやはり本土のほうにも進出しているようで、僕の身近なところでは、(最近はほぼ毎月行っている)地平線会議の報告会が行なわれている東京都新宿区の榎町地域センターのそばのタバコ屋で、そこにはうるまが置いてあることを確認している。もちろん自動販売機でも買えるようになっている。このように、タバコ屋店主の趣味によってはこれらの本土では珍しいタバコを置いている店は探せばほかにもあるかもしれない。でも、どうせならこれらを安易に仕入れずに沖縄県に行かなければ買えない、という希少価値がある状態を貫いてほしい気もする。
ここ数年は沖縄ブームの影響で沖縄物産展が開催される機会も増えて、タバコに限らずあらゆる商品の希少価値が若干薄れつつあるように思う。沖縄料理や沖縄物産を常時扱う店も年々増えているし。僕としては必要最低限のものだけ空輸して、限定を売りにして顧客の沖縄訪問欲・再訪問欲を刺激するほうが沖縄県の為になると思うけどなあ、と最近はそのタバコ屋の自動販売機の前で毎回、沖縄物産の本土における流入量についてつい考えてしまう。

拙著『沖縄人力紀行』の補足13 人間だけではない世界で野宿するときの畏怖

2007-01-31 18:00:45 | 拙著の補足・訂正

拙著『沖縄人力紀行』(彩図社刊)の8ページ12行目の前後に、旅の最中は普段の生活とは違った緊張感を持つことになることについて触れている。このことについての僕の駄文よりもわかりやすい表現が、1996年にロシア・カムチャツカ半島で取材中にヒグマに襲われて亡くなった写真家の星野道夫の名著『旅をする木』(文藝春秋・文春文庫刊)の108ページ(文庫版)にある(上の写真の付箋を付けたあたり)。

この、アラスカにおいて「いつもどこかにクマの存在を意識する」という一文はかなり有名なので、今更改めて触れる必要はないかもしれない。
星野さんはこれに続けて、「もしこの土地からクマが消え、野営の夜、何も怖れずに眠ることができたなら、それは何とつまらぬ自然なのだろう」とも書いているが、僕も近年の旅においては木造でも鉄筋でもどちらでもよいが建物のなかで、屋根や光熱や鍵に守られて、寝るときは布団を被れて、自分からは何もしなくても温かい食事が出てくるような状態のなかでぬくぬくと過ごすことに、あまり面白味を感じなくなってきている。宿泊まりがつまらない=野宿が楽しい、ということ。
まあシロクマ(ホッキョクグマ)のいる北極海、ヒグマのいるカムチャツカ、グリズリーのいるアラスカでの野宿経験はないので星野さんが亡くなったときのことを含めてあまり偉そうなことは書けないが(経験としてはヒグマのいる北海道内のちょっとした森林のそばで少々寝たことがあるくらい)、本来、動物というのは弱肉強食の生態系のなかで生きているもので、周りの天敵からのいつ来るかわからない攻撃に怯えながらそれをいかにかいくぐりながら生き延びていくか、を常に考えるべきで、二足歩行で道具も火も使える人間はやはりそういった感覚が損なわれているのだな、と野宿しているとよく感じる。その動物本来の緊張感を少しでも取り戻す意味でも、野外で寝泊まりする、つまり「野宿」という時代に逆行した行為も重要になってくるのではないか、ということは拙著のまえがきでも書いた。

以下は星野さんの文章や写真を触れたり、それに最近では映画『WATARIDORI』や『ディープ・ブルー』や『ホワイト・プラネット』のような動物系作品を観たりすると僕がいつも考えることなのだが、人間というのは現在は地球上の生態系のなかでは最も強い頂点にいるようによく言われるが、この惑星に無数にいる動物のなかでも人間というのは実は地球上で最も弱い動物ではないか、と思っている。
熊やリスや蛇が冬眠したり、鳥が冬毛を蓄えたり越冬するために長旅をしたり、というふうにほかの動物たちが子孫を残しながら生き延びるための行動を土地の性質や気候に適応しながら日々繰り広げているなかで、人間は自分たちが生活しやすいように家を造って(その前段階に土の上にアスファルトやコンクリートを被せるという作業もあるが)、化石燃料を大量消費しながら明かりやその燃料を作って、家屋などの内部に人工的に温度を調節できる機械を入れて、自分たちの意のままに農作物を作ったりほかの動物を乱獲したりして消費したりして、外出する場合は燃料を多用して作られた衣類を着て体温調節をして、という一連の外見上は便利な“人間らしい”生活というのは、逆に見ると地球の生態系のなか生きるうえでは物凄く逆行している行為で、そんなふうに地球上のあらゆるものを犠牲にしながら守りを固める人間は地球上において調子に乗りすぎている動物ではないかと思う。

家造りでは、鳥が木の上や幹のなかに巣を作ったりモグラや蟻が土中に穴を掘ったりして過ごしているし、食料の調達では虎やライオンならシマウマ、熊なら鮭、猫ならネズミ、とほかの動物を必要なぶんだけ狩って獲って食べて生きているし、体温調節では鳥はべつに何も被らなくても毛を蓄えるだけで冬を越しているし、と人間のように大げさな道具や囲いを作らなくてもなんとか生きている。
それに引き換え、人間というのは必要以上に化石燃料を掘ったり、山を削ったり、木を切ったり、水を汚したり、二酸化炭素を排出したりしながら、周りの自然を痛めつけながら生きているよなあ、森林の光合成によって酸素を作ってもらって生かされているあまり偉そうなことはできない立場なのに、その恩を仇で返すようなことばかりしているよなあ、と簡単に考えると、おそらくほかの動物から見ると地球上の生物のなかでも人間は周りの環境を壊さないと生き延びられない、つまり生き方が最も下手な動物に映っているはずだ。

そう考えると、アラスカを中心に自然とのつながりを追い求めた星野さんが生前の撮影行ではたとえ周りに強力な熊がいようとも、家屋に守られて安心できる小屋泊まりではなく、いくらかの緊張感を抱くことになるテント泊まりにこだわった、ということもよくわかる。やはり星野さんには先見の明があったのだなあ。3日の投稿でも少し触れたが、人間はもっと謙虚になり、周りの環境に申し訳ない気持ちをもっと抱きながら生きていくべきで、そんな考え方に至る一助にするために、拙著の特にまえがきとあとがきにはかなり力を入れて書いた。

こんな感覚でいくらかの緊張感を抱きながら寝泊まりする、つまり「野宿」することも、これからの旅でも普段の生活でももっと見直されるべき行為ではないかと思う。ただ、最近は「野宿」というと一般的にはいわゆる“ホームレス”の人たちが主に行なうやや忌み嫌われる、収入が少ないゆえの仕方なしの行為としてしか認識されていないが、この悪い印象をなんとか変えていけないものか、ということはここ数年よく考えている。
そんななか、最近僕が注目しているミニコミ誌『野宿野郎』はその悪い流れを断ち切って新たな野宿観を創出して、世間の野宿に対するやや悪い印象を払拭しながら突破する可能性を秘めているのかな? ということで、気になっている。かとう編集長を始めとするこの関係者各位が上記のような野宿と生態系の関係性云々のような細かいことまで考えているのかどうかはわからないけど。
まあ野宿行為に上記のような屁理屈なんかは持ち込まずにただ単に楽しいから野宿するんだ、というのでもよいのだが、野宿するにもまずは理詰めでいく僕としては、こういう難儀なこともつい考えてしまうのである。というか、考えざるを得ない時期に来ていると思う。

拙著『沖縄人力紀行』の補足12 どうしてもひとりで行きたい衝動

2007-01-31 17:30:23 | 拙著の補足・訂正

拙著『沖縄人力紀行』(彩図社刊)の94~100ページに、「ひとりで旅するということ」という項を設けて、僕なりのひとり旅の在り方について触れている。ただ、これを読むだけでは、なんのこっちゃ? わけわからん、と思われる方もいるかもしれないので、これよりもわかりやすい記述として、『自然との対話 24人のトークコレクション』(山と溪谷社・編、山と溪谷社刊)の147~161ページにある「ソロの気概」という題目で、クライマーの戸高雅史氏と山野井泰史氏が対談した模様が収録されたものがあるので、これをぜひ一読していただきたい(上の写真の付箋を付けたあたり)。
この1997年11月の対談当時は両氏ともヒマラヤ山脈の高峰をソロ=単独で登るという世界的にも一線級の登山に特に力を入れていた時期の対談で、内容を読んでみてもかなり深く山のことに突っ込んだ言葉、つまり当たり前だが山の論理で両氏の言葉の数々が収録されているが、実はこの対談内容は登山に限らず、旅にも限らず、何事においても「ひとり」「単独」で行動するときに持ち合わせているべき感情ではないかと僕は思っている。

僕はこの対談のなかの「ソロの条件」の項が特に好きで、戸高さんの「内側からなにか強烈なものがあってそのスタイルにいきつく」や、山野井さんの「闘いを挑んでいくようなやつはソロには向いていないかもしれない」というような言葉の数々には全面的に同意している。
拙著にも少し書いたが、自分が本気でやりたいことというのは、他人から促されることなく自らの衝動というか一種のひらめきから始まり、それが頭のなかでだんだん膨らんで、ほかの物事が手につかなくなるくらいにまで大きくなり、ついには具体的に準備し始めて、いよいよ実行に移す、という過程がすべて、他者の介入なしで最初から最後までひとりで完結するものでなければならないと僕は思っている。まあ自分と同様の感覚を持っている同士(登山で言うところの「ザイルパートナー」や、お笑いで言うところの「相方」のようなもの)を得られる機会も人によってはあるのかもしれないが、そうではなく同行者が見つからずに仕方なくひとりでやるしかなかった、という成り行きで単独行になり、それ以降ひとりで行くことにはまった人も多いようだ。

でも基本的にひとりで行動する人というのは、困難なルートを目指すソロクライマーも、他人とはひと味違った旅をしたいバックパッカー的な人も、“おひとりさま”でパックツアーに参加するOLも、独自の世界観を表現する作家も、新たな需要を察知して起業する人も、ある種の衝動に突き動かされる、言い換えると本能のおもむくままに行動している、という意味では集団でしか動けない人よりは「動物」としては至極真っ当な感覚で行動している人たちではないかと思う。
なんか考えがあまりまとまっていないので、ホントはこの対談内容を全文引用して僕の代弁に替えさせていただきたいくらいなのだが、そうもいかないか。

また、拙著の「ひとりで旅するということ」以外にも、その少し前の84ページの「向かい風を受け止めながら、旅の本質を考える」の項で、向かい風にムキになって逆らわずに自然のその偉大な力をきちんと受け止めたうえで行く、というくだりも、この対談内容に大きく影響を受けている。山野井さんが山を登るときに「闘いを挑もうって意識はしないし、溶け込もうって意識をすることもない。一歩一歩進んでいったらなんとなく調和していく感じがベスト」という考え方は、徒歩や自転車など様々な手段で旅する人にも当てはまるものだ。

ただ、非日常の旅から日常の社会生活に視点を移して考えると、この「なんとなく調和」というのは競争の激しい資本主義社会では通用しにくい言い分かもしれない。だが、例えば、自分が新たな職場に就いて働いていくうちに、口で言うよりも早く行動して結果を出していくことによって周りから自分の存在を徐々に認められるようになっていくことも、「なんとなく調和」という考え方に通じると思う。つまり、自分がやるべきことをいち早く察知して本気で取り組んでいけば、それ相応に周りとの「調和」というカタチで報われるだろう、ということ。これは旅でも普段の生活でも、「労働」の勤務形態で言うと正社員でも派遣社員でもアルバイトでも共通することだと思う。僕も口よりは行動で示すタイプ。
まあ現実の「労働」の現場では、理不尽な足の引っ張り合いなんかもあったりしてそんな簡単に事は運ばないのだろうが、そんな言い分が「きれいごと」と言われようが、そのような気概は何をするにも常に持っていたものだ。もちろん何事も本気で取り組む、ということが最も肝要なのだが。

この「ひとり」「単独」で行動するという考え方は、今後では特に今春から団塊世代の退職者が大量に発生するが、これによって暇を持て余すことになる今までは「個」よりも「集団」を重視して動いてきた方々に特に触れてもらいたいなあ、と思う。たしかに昔も今も集団で徒党を組まなければできないことは多々あるが、逆に集団のなかに居たままではできないこともあるだろう。芸能関係のわかりやすい事例では、SMAP以降のジャニーズ系グループのメンバーの各々が、そのグループでの活動から離れてテレビドラマや映画や舞台演劇やニュースキャスターや歌(新ユニット結成)などのソロ活動を展開するような感じか。世間から名前が知られている人もそうでない人も、そんな自分の興味のおもむくままに活動していくようなやり方も今後は重要になってくると思う。

現在は戸高さんも山野井さんもこの対談当時とは山の登り方や目指すべき方向性が若干変化しているが(その詳細をここで挙げるのは面倒なので、山関連の雑誌や書籍で各自で調べていただきたい)、とにかく山には登り続けている。山野井さんについては2002年秋のギャチュン・カン登攀のあとに書いた著書『垂直の記憶』(山と溪谷社刊)や、ノンフィクションライターの沢木耕太郎が山野井夫妻を題材に書いた『凍』(新潮社刊)に詳しいので、さらにそちらを参考に。
僕はこの対談は、雑誌『山と溪谷』1998年1月号に初めて掲載されたときから、本にまとめられる以前は誌面のこのページをコピーして、重要な部分に蛍光ペンでチェックを入れて何度も読み返していたくらいに好きだったのだが、とにかく「ひとり」でやる、というこんな考え方と取り組み方が今の時代にもより多くの人に伝わればいいな、と思い、拙著にも盛り込んでみた。まあ全員に「ひとりで旅しろ」と強要はできないが、僕の経験則で考えると、地域を問わず現代でも、どう考えてもひとりで旅するほうが断然面白いんだけどなあ。まだ拙著を手にとっていない方は、先に『自然との対話』のこの対談を読んでいただいたほうがよいかもしれない。

拙著『沖縄人力紀行』の補足11 動力を使うことのもうひとつの罪悪感

2007-01-31 17:00:23 | 拙著の補足・訂正

拙著『沖縄人力紀行』(彩図社刊)の42ページ2行目で、(クルマは運転しない、というかできない)僕がクルマを過剰に乗り回すことによってガソリンを浪費することについて罪悪感を抱いていて、さらには旅の最中の炊事でそれよりも少量のガソリンコンロを使って1リットル未満の、クルマを動かすよりは圧倒的に少ない量のガソリンを燃やすだけでも罪悪感を抱くことについて触れた。だが、もうひとつ、移動は動力に頼ることへの罪悪感を抱く理由がある。
それが、野田知佑のカヌーエッセイ『ぼくの還る川』(小学館・新潮文庫刊)の「そして旅へ」の項でわかりやすく描かれている。

この本の237~242ページで(上の写真の付箋を付けたあたり)、野田さんがあるとき、これまでにカヤックで何回も漕ぎ下ったカナダ・ユーコン川の写真をきちんと撮り直すために(旅目的ではなく)モーター付きカヌーで移動したときに、動力のあるそれに頼りながら進んだときに思ったことが記されている。
野田さんは早稲田大学時代にボート部に所属して、フネをいかに効率よく前に進めるかということに腐心していたが、そんな完全に人力で、数人がかりで全身の力を振り絞って漕いでも時速20km出せれば良いところで、この力の入れ具合や速度が1960年代当時の隅田川の汚水? をがぶ飲みしながらも染み付いている野田さんからすると、エンジンを使えばボート以上の速度が簡単に出せてしまうことに良心がとがめられ、恥ずかしさを感じるという。さらにはそんな機械を12時間も使い続けると、「頭がボーッとして馬鹿のようになってしまった」とも書いている。

普段から主に陸上での人力では移動にこだわっている僕も、移動の基本である徒歩の時速3~5kmの速度や、それよりは数段速くて大概は時速15~25kmで進む自転車での速度、つまり自分の力の入れ加減によって速度の調節がしやすい、言い換えると自分の身の丈に合った人力の速度がちょうどよいと思っている。まあ最近のマンガで言うところの『Odds』(週刊ヤングサンデー連載)でもわかるように、競輪やロードレースの選手ではクルマ並みの速度を出して野田さんの言う20kmよりももっと速く走れる人もいるが、それは瞬発的なことで、人間のやることなのでさすがにそれをずっと続けるのは困難である。それにそんな速度を出せる場所というのも競技場やきちんと舗装された公道のように限られているし。
平均時速にすると大概の自転車乗りの移動速度の平均はやはり時速20km前後に落ち着くと思う。その人力ならではの速度に慣れきった身体では、動力頼みのクルマやオートバイ、鉄道や飛行機に乗ったり接したりするときに、野田さんが書くように僕もかなりの緊張を強いられるし、恥ずかしさもある。

僕は徒歩旅の途中でたまにヒッチハイクも行なうのだが(行なう理由はお金がないなどいろいろあるが、その第一義はクルマの運転者の心情を理解するため)、そのなかで他人のクルマに乗せてもらっているときに偶然に車窓から徒歩や自転車で旅している人を見かけると、そのとき僕がたまたま動力に頼っていることに、
「僕もいつもはそっち(人力)側の人間なんだよぅ」
と大変申し訳ない気持ちになってしまう。特に北海道ではそういった僕と“同業”の旅人をよく見かけるので、そんなふうに胸を締め付けられる回数は多い。

また、クルマで走行中に人力の旅人を見かけたときは、
「なんであの人たちはわざわざ歩いたり自転車に乗ったりするんだろうねぇ」
と不思議に思う(移動ではクルマが必要不可欠な)その運転者に対して僕も、
「クルマやオートバイを使うと一度速度を上げたら下げにくいから、寄り道がしにくいんですよ」
「自分の身体を使いまくって人力で移動してちょっと疲れながら行くほうが、より記憶に残る旅になるんですよ」
「ガソリン代や維持費がかかるクルマやオートバイよりも旅の費用を安く上げられるし、準備もそんなに必要なく手っ取り早く旅できる方法なんですよ」
などと僕もいつも思っている人力の旅人特有の心情を力説するが、そんなことを言い繕ってもその後しばらくはヒッチハイクで動力に頼ったことによる、懸命に移動していた彼ら彼女らに対して罪悪感を覚えることはよくある。ひどいときは、移動を終えたその日の夜の野宿地で寝袋に入るときまで動力に頼ったことを「ああ、あそこは無理してでもできるだけ歩いておけばよかったかなあ」と何回も反省し、腑に落ちないというか気持ち悪い状態のまま眠りにつくこともある。
そんな動力に対する拒絶反応に近い反応を度々体感すると、僕はやはり根っからの人力派の人間なのだな、と改めて認識する。

クルマを所有しない家庭に育って、そんな感覚が幼少時から染み付いている者からすると、1ケタ国道のような交通量の比較的多い幹線道路を制限速度以上に爆走する大型トラックなんかと接すると、あの人たちは(いくら仕事と言っても)あんなモノを平気で動かしていて絶対に正気ぢゃないよな、周りの交通への思いやりなどほとんどなく思考停止状態であるからそういう巨大な乗り物を軽々と運転できるのだろうか? あの人たちはその乗り物がどのように動いているのかという仕組みや、その燃料の出所について深く考えたことがあるのだろうか? などと毒づきながら、ホントに毎回脅威に感じる。
僕はそんなふたつの罪悪感を日々抱きながら、現代日本ではこんなふうに人間の身の丈に合った速度で行くことをもっと見直したほうが良いのではないか? と、拙著のまえがきとあとがきにあるような主張をしているのであった。