思考の7割と収入の3割を旅に注ぐ旅人の日々

一般的には遊び(趣味)と見下されがちな「旅」も、人生のなかでやるべき「仕事」である、という気概で旅する旅人の主張と報告。

雪山登山のつもりが雪遊びに

2010-12-31 10:00:00 | 登山

今年最後の投稿は、つい先日の野遊びのこと。

28~30日に、長野県・飛騨山脈は蝶ヶ岳と常念岳を東側から単独で登りに行ったのだが、結論から言うと登れなかった。というか登るのをやめた。

まあこれは、特に29日の降雪が多くて踏み跡が完全に消えていて数年ぶりに輪かんじき(雪山登山者のあいだでは「輪かん」「わかん」「ワカン」と表記したり呼ばれたりすることが多い)を履いてのラッセルになったことと、18日の催しで痛めた股関節と右膝の痛みが再発して思った以上に身体が動かなかったこと、31日だから今日に本ブログをきちんと更新したいこと、が主な言い訳で。“山ヤ”風に言うとすんごい惨めな“取付敗退”というやつかね。
ピッケル・アイゼン・ゴーグル・ツェルト・予備食料など、雪山へ行くうえでの標準的な装備は過不足なくふつうに整えていたのに、それらの出番も一切なかったなあ。しょんぼり。

今年は私生活で、特に下半期はいろいろ落ち目なことが多発してちょっこし連鎖もして、さらには山も含めて思うように野遊びにも行けず、ホントにいろいろと過去最低の1年だった。これでもう底は打って来年からは回復するとは思うのだが、どうなんだろうなあ。
この年末にそれらを一気に払拭するために今回出かけたわけだが、運動不足で病み上がりだとこの程度か。課題がたくさん見付かってしまった。うーむ。いつかは同じコースでリベンジもしたい。もうちょい雪が少ない時期にでも。

でもまあ久々に雪中キャンプを2泊できて、それに今回の山行というかハイキング? からデビューさせた道具5点の実力もバッチリわかったので(先日、少しは給料が入ったので設備投資? に力を入れた)、現在の30代中盤になった自分の実力も改めて計れて、収穫も多かった。
身体も道具も、そこは来年もそれらがばりばり活躍してくれる機会を作らねば。

ちなみに、最近新調した道具は以下の5点。

新富士バーナー レギュレーターストーブ ST-310
サンジェルマン ジェントスリゲル ヘッドライト GTR-731H
モンベル サンダーパス ジャケット
モンベル スーパーメリノウール バラクラバ
モンベル メリノウール アルパイン ソックス

我ながらそんなにお金をかけずに、良い買い物をした。今後が楽しみな道具たちである。

来年は今年の払拭を引き続き行なうために、そして本ブログのタイトルがウソではないことを示しながら再び旅人らしくあるために、もっといろいろ出かけたいものだ。



ではまた来年。

2010年の極私的重大ニュースと、この年末に改めての決意

2010-12-31 09:00:30 | 普段の生活(日常)
毎年恒例の、今年1年の僕なりの重大ニュースについても触れておく。世間一般のものと個人的なものを。
以下は、今年は特に印象的なできごとを10個挙げたということで数字に意味はなく、ベスト10もしくはワースト10ではない。


●一般

1 サッカー日本代表、W杯ベスト16 (6月)
2 埼玉県防災ヘリ墜落事故 (7月)
3 チリ落盤事故から33名救出 (10月)
4 富士山の入山者数が40万人突破 (8月)
5 国際宇宙ステーション(ISS)に野口総一・山崎直子と日本人宇宙飛行士が同乗 (4月)
6 東北新幹線が新青森延伸、全線開業 (12月)
7 日航機墜落事故から25年経過 (8月)
8 菅内閣発足 (6月)
9 谷亮子が現役引退 (11月)
10 栗城史多が大人気 (1~12月)

本ブログですでに触れたこともあるものばかりなのであまり多くは触れないが、みっつだけ少々。

2、これは埼玉県民としてもいち登山者としても大きな事故で、僕としては今年も引き続き論議されている昨夏の北海道・トムラウシ山の大量遭難よりも大惨事と受け止めている。僕も今後特にお世話になり続ける地元の秩父という山域や登り方に絡むできごとでもあったし。その後出ている県防災ヘリの後続機の導入や出動費用負担の話の動向も注視してゆく。

9、僕と同い歳の谷亮子(旧姓田村)、近年活躍中のスポーツ選手のなかでも特に早い時期、中学生の頃から活躍してきただけに特に印象深い。柔道への姿勢も競技・五輪や世界選手権の出場への意識の高さにも毎回驚かされた。いかにも主役然としたよくできたヒトだ、と同い歳ということを忘れて尊敬する選手のひとりだった。
だから今年にとうとう国会議員になって、結局は議員活動1本に絞ったが、競技との掛け持ちは正直厳しいだろう、よくやったよ、若手も伸びているし引退してもいいじゃあないか、と実は選挙前に話題になっていた頃から思っていた(出馬すれば当選は間違いなかったし)。まあとにかく、お疲れさんでした。今後は議員活動で日本のスポーツをより盛り上げてほしいっす。

10、本ブログでも度々触れているのでもう今更挙げることもないが、まだ一度も本人を見かけたことがないので来年こそは何かの機会に生で拝みたい。媒体露出が増えるにつれてさらに有名になって良くも悪くも外圧が高まっているが生で会う前に、かねてから通っている? エヴェレストから生還できるのかどうか。
そういえば今秋は忙しくてひとつ出し忘れた小ネタだが、Yahoo! の「知恵袋」でも今年は彼についての書き込みが増えて(いくつかのテレビ出演の影響だなあ)、とりわけ9月の書き込みは秀逸だった。登山業界人のほぼ総意と言ってもよい的を射た意見なので、参考までにリンクを張る。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1146998496

べつに単にエヴェレスト登頂を目指すとかそこから生中継を敢行するとかはじゃんじゃんやればいいんじゃないの、とは思うのだが、それに「単独」と「無酸素」を無理矢理くっつけて殊更に目立とうとするのはねえ。周りの大人の都合もますます複雑に絡んでまったく純粋ではない登山になる。ゴテゴテくっつけずに単純に登頂を目指せばいいのに、登山+中継に固執するために6000万円もかけてホンモノからあえてニセモノへの道を突き進んでいるようで、もったいない。


それから、個人的なものを。

●個人

1 ツイッターにはまる(1~12月)
2 東京都最高峰・最低峰同日登頂 (2月)
3 御柱祭を山出しのみ見物 (4月)
4 『PEAKS』参入で月刊登山専門誌が三つ巴に (5月)
5 かとう×とみーのトークショー (10月)
6 旅系のトーク・講演に行きまくり (1~12月)
7 家庭内地デジ化 (11月)
8 ICレコーダー購入 (10月)
9 パスポート再取得 (12月)
10 校正仕事での突然の別れ (10月)

1~5はすでに触れているので、6~10について。

6、今年数回触れたが、まあいつになく旅人や突飛な行動者の話を毎月行っている地平線会議とは別の場で生で聴く機会が多かった。数えてみたら今月中旬までで計22本で、すべて東京都内の催し。
特に、松尾由香、四角友里、野川かさね、佐々木大輔、中嶋徹、佐藤裕介、横山勝丘、あたりの僕と同世代かやや若い年頃でここ数年の活躍が目立つ人々に初めて会えたのは大きい。やはり媒体を通じてよりも実際に会って話を生で聴くほうが理解はより深まる。

7、ついにウチも地デジカの侵攻に遭い、地上デジタル化の波に呑み込まれてしまった。ただ、アンテナを従来のものに追加しただけなのでまだ地上アナログ放送も観られる。ウチの老人たちがよく観るテレビは買い換え、平面でやや大きめのテレビが先月から2台導入されているが、僕の部屋のテレビはまだブラウン管のアナログ。でもテレビっ子としては、来年どこかのタイミングで買い換えないと。最近地デジ対応テレビも徐々に値下がってきたし。
ちなみに、このついでに衛星放送も観られるようになって観たい番組の選択肢が倍増し、最近憂慮しているインドア志向により拍車がかかりつつある。このままではブログタイトルを変更しなければならんかも、というちょっとした危機感もあるにはある。

8、実は今年最高の買い物が、前々から所望していたICレコーダー。より良い製品を求めて待ち続けたら今年になってしまった。ICレコーダーの売り場の変遷はデジカメと同様に動向は数年前から常に注視していた。
で、買った機種はオリンパスの「Voice-Trek」シリーズのV-85というやつで、今夏の新モデル。基本の録音のほかにFMラジオの受信・録音と音楽プレーヤーにもなるというスグレモノで、こういうのを待っていた。しかもUSB接続で音楽ファイルもPCで容易に扱えるし。現状では費用対効果も考えると過去最高の性能だと思っていて、案の定気に入っている。今は録音よりは音楽プレーヤーとしての頻度が高く、最近はPerfumeのアルバムを3枚分入れて連日聴きまくっていたりする。
なお、実は5のトークショーをこれで録音していて(会場だった東京都・西荻窪の「旅の本屋のまど」の川田正和店長も了承済み)、来年早めにこれを文章に起こしてなんらかのカタチで披露するつもり。だが、テープ起こしの類は以前から苦手で完成にしばらく時間がかかりそう。でも来春までには作れるか。

9、1月に失効したパスポートを、最近働いてまとまったお金があるうちにと思って今月に再取得した。今はICチップ内蔵で10年用が1万6000円もかかるとは。しかもそのぶん分厚くなって携行や管理がよりめんどくさくなるのか。これはここ数年で頻繁に外国へ行く人はどう対処しているのだろうか。
ただ、取得したはいいけどひとまずどこかの国へ行く予定はなく、しばらくは成田空港や、近々何かの催しに乗じて行こうと思っている在日米軍基地へ入るときの身分証明書としてしか出番はなさそう。

10、最後に、以下はすんごい長くなるが、今後の僕の生き方に関する大マジメなことを。これが今年最もいろいろ考えたできごとかも。


今年は8~11月に、出版関連のそんなに大規模でもない会社ではあったが紙の出版物の大きな校正仕事に従事していた。このとき会社では期間内に集中して制作物をより良い状態で完成させるために僕以外にも校正者を最終的には7人雇って、平日・休日問わず8人でシフトを組んでまわしていた。足りないときは派遣会社からさらに増員し、とにかく校正にかなり力を入れていた。そんなに校正者の役回りが重視される仕事は久しぶりだった。でも現場は頻繁にやりとりする編集の方も結構くだけた雰囲気で、終始楽しかったけど。

そんななか、仕事に入ってから1か月半ほど経った10月上旬、僕よりも歳上で校正の経験は僕以上にあるらしいそのうちのひとりの女性が突然、亡くなった。
特に事件・事故に遭ったとかではなく、脳溢血で倒れて、だったそうで。

らしい、というのはまだ仕事を始めてから1か月ほどの期間では、メンバーそれぞれの素性はまだ完全には見えていない状態で、より打ち解けてくるとしたらこれからだろうから、徐々にお互いのことがわかってきてさらに楽しみだな、と思っていた矢先のできごとだった。
その方、既往症は特になかったらしいが、ただ失礼ながら身体はそんなに強いふうには見えなくて、その頃から仕事量が徐々に増えて忙しくなってきてそれにつれて残業時間も増えてきた頃合いだったので、私生活でのなんらかの問題以外におそらく仕事上の精神的な圧迫感も原因のひとつにあったのかもしれない。でも、くも膜下出血とも言われるそういう症状は前兆を察知するのが難しいようなので、ホントの原因は医者や身内でさえ特定できないのかも。

その方がシフトの出勤日にも無断欠勤した日が続いて、それはなんでだろうと不思議に思っていたが、亡くなってから3日後にその報告を受けて、呆然とした。
同じ仕事を同じ大きな机でつい数日前まで一緒にやって、仕事上必要なやりとりでいくつかものを教わったりしたことも含めて会話のあった方が、こうもあっさりと世の中からいなくなるなんて、と。しかもそんなに歳が大きく離れているわけでもないし、仕事量もよく知っているからそんなに負担がかかるものなのか、なぜだ、としばし悩み、その報を受けた日は放心状態でほとんど仕事が手につかなかった。その後数日間も引きずり、実はその時期にもうひとつ掛け持ちしていた別件の仕事も併せて仕事の出来は今年最悪だったかもしれない。
僕はそんな「突然の別れ」は初体験で、これはある意味、事前に覚悟ができていた病床に伏した親戚が亡くなったときよりも唐突なできごとだったためにショックはより大きかった(ちなみに、ここ10年で親戚が4人病没している)。しかも、野外で例えば登山とかマラソンとか激しい運動をしたうえで亡くなるならまだしも、そういうことはなくて普段のデスクワークのみでもそういう最悪の結果を迎える、ということを近いところで実感するとなんとも。

しかもこの10月上旬というのが不運にも、僕的にほかに問題が三重四重に重なっていて、今年最も忙しかったし、そのため精神的にもかなり追い詰められて本気で泣きそうだった。さしずめ五重苦の酷さだったか。さらにこの時期にかぶってきた友人の祝いごとなんかにも一切参加する気にならず、精神的にも今年どころか、いや、ここ数年で最も落ち目な時期だった。
その後、その方の葬儀に参列した方もそうでない方もみんな日を追うごとにそれを引きずってばかりもいられないくらい仕事に忙殺されるようになっていったが(まあ各人ともに口には出さないだけで忘れたわけではない)、僕はそのできごとは11月の仕事終わりまで完全に頭から離れることはなく(四十九日法要をとうにすぎた今も)、これはしっかり心に留めておかねばならない。

こんなことがあったため、今秋は精神的にかなり不安定だった。振り返ると、仕事に集中するときに発生しやすい頭痛を抑えるための頭痛薬の服用もいつになく多かったか。まあでも今は完全にではないけど幾分持ち直して、それを忘れずに今後も前を向いて行かなければ、と来年に向けて意気込んではいる。

という、僕的にはきついことがあった。
それを踏まえてこの年末にひとつ決めたことがある。その方の遺志や、今後ももし生きていれば担当したであろう仕事量を引き継ぐというほどの大層な行ないでもないが、それも多少は意識して今後も仕事は出版関連、とりわけ校正業務にこだわってゆくのだ! という意志を固めた。
僕はここ数年、仕事が少なくてほかの職種にも興味を抱いて浮気しそうなことがあったのだが、これも何かの縁で、たとえ現状のように仕事はたいして入らなくても(しかも「校正」はかなり限定的な業務で、「編集」よりも狭き門か。最近は編集者の業務の一環で経費節減のために校正の行程もこなす話もよく聞くし)、ひとつのことにこだわるしかない。という、勝手な思い込みと言われればそれまでだが身も心もふらつかずにそろそろ1本の道に絞って邁進しよう、(例えば冒険・探検的な行為のようにわざわざ自分の身を危険に晒さなくても、日常のどんな場面でも)死ぬときゃどこで何をやっていても死ぬのだから、だったら生きるうえで自分のやりたい・やるべきことをとことん突き詰めてゆくべきだ、とこの期に及んで肝が据わった感じ。

なので、すでに仕事用の名刺では名乗っているが、来年以降はさらに「校正者」という肩書きにこだわりながら公私ともに生きてゆくつもり。

2010年の本ブログ閲覧数と訪問者数を振り返る

2010-12-31 08:00:24 | 本ブログの能書きと自己紹介
今年も1年間のうちに本ブログにどのくらいの訪問者があったかを数字で振り返る。
gooブログの場合、「アクセスIP数」と「閲覧数」で訪問者を表していて、「アクセスIP数」は、単純に本ブログに接続してきたパソコンの台数=人数。「閲覧数」は、その接続してきたパソコンで本ブログのページを覗いた回数(述べ数)、のはず。
本ブログの場合の、それぞれの最も多かった日と週を以下に挙げてみる。

●日別

アクセスIP数  11/01=1608
閲覧数(PV)  11/26=2443

ともに5年近くブログを続けてきて、過去最高の数字。
アクセスIP数が増えた原因はおそらく、前日の10月31日(日)に出した「埼玉サイクリングフェスティバル」の話の影響なのかなあ。
閲覧数(PV)のほうは、この日の直近の投稿ではなくおそらく、この当日にあった地平線会議の報告会に、『野宿野郎』のかとうちあき編集長(仮)が登場したことによるのだと思う。だって11月は仕事が忙しくて4回しか更新できなかったので、主な原因はそれしか考えられない。
この2か月前に『野宿入門』(草思社)を出版して再び脚光を浴びた影響も強いのだろうね、相互リンクの影響もあるだろうし。

で、この前段階の原因はなぜかというと、実は春先に知人から聞いていることだが、どうやら本ブログのURLが2ちゃんねるの野宿話か何かの話題のところで、僕は直接は確認していなくて良い意味でか悪い意味でかも知らないが転載されたらしく、それによって一気に数が伸びた、ということらしい。4月にも、これまでにない1000以上のアクセスIP数を記録した日も数日あったし。
ただ、それによって何かコメントまで殺到するとか炎上するほどでもないけど罵詈雑言が増えて対処におおわらわ、というほどでもなく(実際には匿名コメントが数件あった程度)、まあ今考えると宣伝に貢献してくれてよかったのかな、と前向きに受け止めておく。なんならついでにそこからネット書店に飛んで拙著『沖縄人力紀行』(彩図社)も買ってくれるとよかったんだけど。
来年、この件についてまたルール変更を考えている。


●週別

アクセスIP数  10/31~11/06=5454
閲覧数(PV)  10/31~11/06=8401

これも日別の「埼玉サイクリングフェスティバル」の話の影響よりも、野宿絡みの検索等で引っ掛かった影響が強いのだと思う。これも5年近くブログを続けて過去最高だな。


そういえば今秋、徐々に増えているgooブログの件数が最近ついに150万件を超えたのね。もうそんなに増えたのかー。
で、実は上に挙げた日別のほうで、11月1日(月)のアクセスIP数ではgooブログ全体の179位にランクされたことにもびっくりした。過去最高。11月26(金)の閲覧数(PV)でも293位を記録した。まさかこんなに高騰する日が来るとはねえ。3桁順位だもんね。
ただ、これは明らかに僕個人が書いたことによる力ではなく、周りのリンク等の影響だということがやや悔しいけど(一般人の僕の周りには、それぞれの道での有名人が結構多い)、でもまあ基本的に不特定多数の方に向けて続けているブログなので、きっかけはなんにせよより多くの目に触れることは良いことだ、と今年の年末も心に留めておこう。

また、gooブログのサービスで昨年始まった閲覧数と訪問者数の総計が毎日積算される仕組みもたまに軽くチェックはしているが、まあべつにそれが激しく変動したからといって書くさいの僕の温度は変わらない。と言いつつ少しは気になる。
ちなみに今日現在の今年の、厳密には1月1日~12月30日の数値は、

トータル閲覧数(PV)  400683
トータル訪問者数(IP) 165219

となった。
おお、この大晦日にきてPVが40万を超えたのね。
このうち、毎月のように読んでくださっている方はどのくらいの割合なんだろうなあ。gooの場合は有料サービスによるアクセス解析にも少しは興味あるけど、採り入れるとさらにめんどくさくなるしなあ。

まあいいや、来年以降もとにかくぶれることなく、僕好みの事象を真摯に、責任を持って突き詰めてゆく姿勢は変わらない。
本ブログについて何か細かい意見や異論反論等があれば、メールで随時受け付けますし、以前も書いたけど近場であればメール連絡を経て読者の方と直接お会いする心づもりはいつでもありますわよ。

2010年の映画鑑賞と、ひいき目なしで知り合いのかかわっている映画が良かった件

2010-12-30 23:55:17 | その他趣味

今年の映画鑑賞も、1年を通じて金欠だったために低調でしたなあ。今後も趣味=映画鑑賞なんて言えませんなあ。と思いつつ、以下。


●2010年公開

・オーシャンズ (ジャック・ぺラン&ジャック・クルーゾー)
・アイガー北壁 (フィリップ・シュテルツェル)
・てぃだかんかん 海とサンゴと小さな奇跡 (李闘士男)
・僕らのカヌーができるまで (総合演出=江藤孝治、監督・撮影=江藤孝治・木下美月・水本博之・鈴木純一)
・孤高のメス (成島出)
・書道ガールズ!! わたしたちの甲子園 (猪股隆一)
・借りぐらしのアリエッティ (米林宏昌)
・劇場版 機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer- (水島精二)
・ヘヴンズストーリー (瀬々敬久)
・THE LAST MESSAGE 海猿 (羽住英一郎)
・SPACE BATTLESHIP ヤマト (山崎貴)


●2009年以前公開

・鉄コン筋クリート (マイケル・アリアス)
・静かなる闘い シュティカ-冬の魂 (床田和隆)
・崖の上のポニョ (宮崎駿)
・風の谷のナウシカ (宮崎駿)
・劇場版MAJOR 友情の一球 (加戸誉夫)
・運命を分けたザイル2 (ルイーズ・オズモンド)
・ROOKIES -卒業- (平川雄一朗)
・バーバー吉野 (荻上直子)
・ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 (摩砂雪・鶴巻和哉、総監督:庵野秀明)
・ディア・ドクター (西川美和)
・隠し砦の三悪人 (黒澤明)


合計で22本であった。うう、少ない……。
だから特にコメントしようがない。あるにはあるけど(特に『SPACE BATTLESHIP ヤマト』はあんなに木村拓哉風味でよいのか、とか)、浅はかになりそうなのでやめておく。
特に上半期は比較的時間はあったのだが、仕事探し等で精神的な余裕をやや欠いていたこともあって、慢性的に映画に没頭できる状態ではなかったんだよなあ今年は、と言い訳もしておく。


ただ、特筆したい作品が今年公開のものであって、それは『僕らのカヌーができるまで』と『ヘヴンズストーリー』の2本。
ドキュメンタリーの『僕らのカヌーができるまで』のほうは4月にも本ブログで触れているが、10~11月に主に東京で公開されて、現在は全国各地の単館の映画館へ公開の場を求め続けている『ヘヴンズストーリー』が今年最も考えさせられた。

まあこれはヒトの生き死ににまつわる罪深い? 話で、しかも上映時間が4時間38分という途中で10分休憩も挟むくらいの9つの話が、話を追うごとに時間経過とともに複雑に絡み合いながら進んでゆく長編。ドキュメンタリーっぽい雰囲気もあるか。まあ、あらすじは公式サイトを覗いたり、すでに映画専門の媒体や個人ブログ等の映画評を参考にということで。
あとは、公開前から使っているツイッターかなあ。専用のアカウントでも観た方の作品への感想等の(140字以内の)ツイートを引っ張ってきているので、コンパクトにまとまっているそれらがわかりやすいと思う。

http://twitter.com/heavens_story

配役や9つの話の構成も良かったが、僕はとりわけロケ地の選定が良かったなあという印象が強い。普段映画を観るときにその舞台を追体験しようかという感情は生まれることは生まれるけれども実際に巡ってみようという気にまでは至らないタチだが、この作品に関してはどこも行ってみたいよなあと感じた。特に序盤と終盤で使われたマンション? の廃墟は(観た人向けに少々ネタバレさせると、佐藤浩市が岩石や雪玉を投げてはしゃいでいたところ)。そんなに人生の幸福感を噛み締めることはできない幸薄そうな場所ばかりなんだけどねえ。
僕は疎い瀬々敬久監督というと従来はピンク映画の方面で有名らしいが、近年は『感染列島』や『フライング☆ラビッツ』などの映画撮影の合間にテレビ『情熱大陸』を撮っていたりもして(07年・内澤旬子、10年・松岡正剛)、僕も後者のドキュメンタリーの印象が強い。

で、この2本がなぜ特筆かというと、『僕らのカヌーができるまで』のほうでも触れたが、僕の旅関係の知り合いが映画の制作や出演で入っているのよね。さらに『ヘヴンズストーリー』では、もう公開されている作品なので名前を出しちゃうが、「制作担当」の役職を藤川佳三氏が担当していた。
監督作品も数本ある藤川氏(藤川カントク)とは『野宿野郎』のつながりで、4年近く前から野宿や登山を一緒する機会がよくあって、最近も映画の撮影に帯同して出張しているとき以外の普段、1、2か月おきくらいの頻度で都内で会うことがある。
ここ1年くらいの撮影期間中に、さすがに内容には触れなかったがどこそこへロケに行ったという程度の話は会うたびに小耳に挟んでいたのだが、まさか、前々から仕事上の付き合いが深くて先輩格の瀬々監督に付いてこんな大作に関与していたとは! と驚いた。凄いじゃあないか。藤川カントクが手売りしていた鑑賞券を買わずに別ルートから入手して、制作費用の回収にたいして貢献できなくてごめんなさい。

ただ2本とも、知り合いがかかわっているということでひいき目を持ちがちだが、それ取っ払って観てみても、鑑賞後になんとはなしにいろいろな思いが駆け巡る、そして考えさせられる味わい深い映画で、それは創り手の意気込みがよく伝わってきた証拠か。殊更に主義主張せずに、観る側の感受性によって観方もやや変わるという、これでどうだー、と言わんばかりの画一的なハリウッド映画とは全然違う、振り幅のある映画のほうが断然面白い。
実際に後日、『ヘヴンズストーリー』を観た僕の仲間内数人で、この登場人物たちはなぜあのような生活の変化を遂げたのか、その後の生き方はどうなんだろう、あそこの仕掛けは要る・要らない、とかああだこうだと内容に関してちょっとした議論にも発展して、鑑賞後にもこんなふうにスルメのように何回も噛み締められる映画は久々だったので、そういう意味でも面白かった。邦画の底力をしかと観ることができて良かった。
『ヘヴンズストーリー』は来月に再び東京都内では新宿での短期公開を控えていたりもして、ほかにも今後も各地を巡業? し続けるようなので、上映時間は長いけれども一度はぜひー。

ちなみに上の写真は、今秋に渋谷の映画館で1か月強公開されたときの、ロビーのポスターに書かれた主に出演者たちによるサイン。
この公開中は、監督や出演者による舞台挨拶というかミニトーク? が連日入れ替わりで行なわれていたそうで(僕の観た回はなかった)、とにかくこの制作にかかわった人すべてが思い入れの深い作品だということはわかった。今後もっと広まるといいね。特にロケ地の近所の映画館でも上映されるとよいと思うなー。

2010年の読書一覧と、出版行為を舐めているのかと勘繰りたくなるもったいない本の一例

2010-12-30 23:45:35 | 出版・言葉・校正

相変わらず超遅読のため(その理由は毎年このネタで「職業病」だと併せて触れているので割愛)、今年も読んだ本は少なかった。だって元々、雑誌やムック好きなんだもん。それに最近、速読の反対に遅読の機運も一部で高まりつつあるらしいから、遅いのは遅くてよいと思うけどなあ。
と言い訳しつつ、以下。
ちなみに例年このネタで挙げているのは、単行本・新書・文庫のみ。


●2010年刊行

・ぼくは都会のロビンソン ある「ビンボー主義者」の生活術 (★久島弘、東海教育研究所)
・初代 竹内洋岳に聞く (★塩野米松、丸善)
・名波浩対談集 日本サッカーが勝つためにすべきこと。 (名波浩、集英社)
・子どもたちよ、冒険しよう 生きる力は、旅することからわいてくる (三輪主彦・丸山純・中山嘉太郎・坪井伸吾・埜口保男、ラピュータ)
・野宿入門 ちょっと自由になる生き方 (★かとうちあき、草思社)
・ちょこ旅小笠原&伊豆諸島 東京の島で ぷち冒険 (松鳥むう、アスペクト)
・NO LIMIT (栗城史多、サンクチュアリ出版)
・空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む (★角幡唯介、集英社)
・あした、山へ行こう! 日帰り「山女子」のすすめ (鈴木みき、講談社)
・山女子、今日も山に登る (山女子、BABジャパン)


●2009年以前刊行

・一歩を越える勇気 (栗城史多、サンマーク出版、2009年)
・しがみつかない生き方 「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール (香山リカ、幻冬舎新書、2009年)
・一箱古本市の歩きかた (南陀楼綾繁、光文社新書、2009年)
・オカマだけどOLやってます。 (能町みね子、竹書房、2006年)
・禁煙バトルロワイヤル (太田光・奥仲哲弥、集英社新書、2008年)
・感光生活 (小池昌代、ちくま文庫、2007年)
・ウーマン アローン (廣川まさき、集英社、2004年)
・オカマだけどOLやってます。 ~ナチュラル篇~ (能町みね子、竹書房、2007年)
・乳と卵 (川上未映子、文藝春秋、2008年)
・その街の今は (柴崎友香、新潮文庫、2009年)


ああ20冊ですか……。毎年、一応は30冊以上を目標に掲げてはいるけど、なんだかなあ。
今年はここに挙げていないものでも、特に旅や登山関係で興味深い本がいつになく多く出版されていて、実は読んだ本よりも買っておいて保留中の本が今年はやたら増殖して、先日とうとう未読の本を一括して判別しやすいように収納するためにポリプロピレン製の大きめの収納箱を新調したくらい。

ちなみに、上記の今年刊行の本で著者名の前に★が付いているのは、サイン入りの本を持っているということ。

それで、今年のこの数少ない読書のなかで申しておきたいことを長々と3点。長くなるのはそれなりに理由がある。


●挙げていないけど、今年のベスト本は……

買ってはいるけどまだ読んでいないので上記では挙げていないが、今年のベスト本は、

岳人備忘録 登山界47人の「山」』(山本修二編、東京新聞)

であるね。
これは05~09年に雑誌『岳人』で連載していた「30の質問」と「備忘録-語り残しておきたいことども」を1冊にまとめたもので、だから495ページと分厚くなってはしまったがホントに紙で残しておきたい1冊なのよね。連載時は毎号欠かさず読んでいたので内容はだいたいわかる。なので保存版という意味で買った。来年以降にじっくり読もうっと。
これ、ざっくり言うと近年の日本の登山を牽引してきた、そして現在も先頭を突っ走っている“山ヤ”の論理や主義主張がてんこ盛りの本なのだが、でも一般社会を生きるうえでも役立つこともある内容もあると思う。“山ヤ”さんは自己満足の世界に浸ってばかりで浮世離れしているとよく見下されがちだが、実は離れているぶんそういう日常? のことも世間一般の人々よりも深く自問自答する時間も多いためにより思慮したうえでかかわっていて(それは、ここ数年人気の山マンガ『岳』や『孤高の人』でも少しはわかるでしょう)、しかもその方法をまあ主に登山用具の製造販売やガイド業や講演でだが自分の得意分野を活かしてつなげることが上手いヒトも多いですし。

これ1冊でここ30年くらいの日本の登山史のあらすじがわかると思う。昨年や今年入ってきた山ガールや山ボーイ? にはさっぱりわからん難しい話だろうが(僕でさえ理解し難い内輪話や専門的な記述も多いので欲を言えば、本文を補足する注釈がもっともっと必要だったか)、最近のそのブームが冷めても引き続きさらに興味を持つようだったら、これも読んでほしいなあ。

それから、クライマーとはなんぞや? みたいな現代的なアルピニズムについて触れている箇所もあるのでできれば、近年、登山家? アルピニスト? と謳ってホンモノかニセモノかと物議を醸してきたという意味で共通する、(最近は植村直己の形見のアーミーナイフをやりとりしたり、一緒に食事に行ったりもする仲の)この人あの人にもしっかり読んでもらいたいよなあ。そして読後の感想をぜひ聴きたいものだなあ。読んだら、手近なところに穴があったら入りたくなるのかなあ。

そういえば、この本に挙がっている47人のうち(ただ、今春までにそのうち3人が亡くなっている)、今月中旬までに登山関連の講演など各種催しで実際にお会いしたり話を直接聴いたことのある人を試しに数えたら、15人だった。以前にある酒席や込み入った事情で同席したことのある方も少々。
僕はあくまで(こういう熟練の方々とは無縁な?)一般のしがない登山者を標榜しているが、15人は何気に多いほうなのかもしれない。高校・大学時代に所属していたワンゲルの影響で直接的間接的につながりのある人も多いし(登山業界は狭いからなあ)。それだけ僕も登山に足を突っ込みまくっているということか? 来年以降もその機会はより増えそう。


●図書館リクエストと複数冊買いでより広める

主に友人知人が書いたり編集に携わったりした本限定で普段やることなのだが、今年は地元の図書館へリクエストして入れてもらう、ということに力を入れてみた。まあそれでも図書館が本を買うことになるので売り上げに貢献できるから。
国会図書館にはほぼ自動的に入るが、全国各地の図書館というと司書の好みと版元や図書館流通センターからの情報伝達の優劣によって入るべき、もしくは入ってほしい本が思うように伝わらないことがよくあってもどかしい、というのは拙著の経験からもよくわかるので、せめて僕好みでしかも社会性もあるはずの本は入れたいよなあ、ということで今年からリクエストを強化した。来年以降も続けるつもり。でもそう考えると今年は例年以上に知り合いの出版が相次いで、ざっと数えたら20冊近くあったなあ。

それから例年、良い本は1冊のみならず複数冊買う、というのもたまにやっているが、今年はほぼ同世代の書き手でとりわけ『野宿入門』と『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』の2冊に、勝負とか嫉妬とかの醜い? 感情を通り越して敗北感に近い“してやられた感”があるのだが、本としては両方とも良いものなので、前者は5冊、後者は2冊買っている。ちなみにすでに触れたと思うが再び挙げると、この2冊の書き手は今年の地平線会議の報告者としてそれぞれ登壇して(2月と11月)、僕はそれらを聴いていたりもする。

まあ複数冊買いとは、自分の保存用とは別に贈答品および来年以降の古本市・フリーマーケット出店での販売用、として多めに買っていて、そのくらい他人に薦めたい本であって、その思いが強い場合は勢い余って多めに買うことはある。ほかにも出版関連の知り合いもなんとなく年々増えているので、この傾向は今後もっと拍車がかかるかも。お金ないくせに。
ああだからべつに、知り合いの本だから印税収入に貢献してあげよう、とかいう恩情とかひいき目からではなく、単に内容から見て僕がホントに必要だと思ったから2冊以上買ったまでのことで。
あああと、上記では除外したムックで、『実戦主義道具学2』(ホーボージュン、ワールドフォトプレス)も2冊買っていて、すでに1冊は今年の古本市などで出品し続けている。好きな本を売りに出すと商売時のお客さんとの話のきっかけにもなりやすく、そういう点でも楽しめるのよね。


●内容は良いのに本としては最悪で、もったいない

最後に長くなるが、具体的には今春発売で読んだ『初代 竹内洋岳に聞く』のことで、これにはホントにがっかりした。内容ではなく本作りについて。
内容は、ここ数年ヒマラヤ8000m峰14座登頂を目指している途上の登山業界のまさに“時の人”を(エヴェレスト単独無酸素登頂? のほうではなく)、僕も以前の雑誌『BE-PAL』への寄稿や著作で少しは知っている塩野流の聞き書きによって、出生や家族構成から最近の少数精鋭の国際隊によるヒマラヤ登山の実情に至るまで徹底解剖していて、ホントに革新的なものでスバラシイし、これまた保存版として所有しておきたい1冊。

だがしかし、そのスバラシイ内容は置いておいて考えるが、これを読んだ方でどのくらい気付いていたかはわからないが、中身、具体的には本作りのことだが、本文の組版が校正者的に視ると酷い有様。簡単に言うと大味だった、かな。
まあ長時間の聞き書きで540ページもの膨大な分量となったことからテープ起こしにも相当の時間がかかったことは察することはできるし、塩野米松×竹内洋岳という文筆と登山の道のトップレベルの男と男の仕事としてのインタビューというよりも一般社会においての事情も含んだ対話が喋り口調で活字でそっくりそのまま反映されているのもわかるが(「やっぱり」「なので」「なんか」「すごく」「~とか」みたいな軽い表記も多い)、それ以外ではここまで酷くなるものなのかと呆れた。

試しに軽くだが校正者目線で僕が視て赤字指示や疑問出しすべきであろう点を付箋でチェックしながら読み進めると、その数は70か所になった(上の写真参照)。軽く視てこの結果なので、より本気で表記の統一など原稿整理みたいな感じで視ると、問題点はこの2倍以上は出てくるだろうね。
一般的な組版ルールでわかりやすいところでは、改行の1字下げがなかったり、文末に句点がなかったり、という小学生の作文でも直されるレベルの凡ミスから、疑問符・感嘆符のあとに全角アキがなかったり句点を付けたり(「?。」みたいな)、三点リーダが1個で入っていたり(「…」。しかもこれは旧来のルールに則ると1個ではなく「……」と2個続けて1組で使うべき)、というような校正者ならば一発でわかる不備もあり、このほかにも誤字脱字や漢字の使い分けでおかしいところも随所にあるし(なかには登山をある程度知っていないと気付きにくい点もある。「ザック」と「バックパック」の違いとか、道具のメーカー・ブランド名とか)。
明らかに原稿整理や校正の過程を通していないとバレバレの、突貫工事的な粗い作りになっているのよね。言いたくはないがあえて悪く言うと、文章をまとめた「本」としての悪い見本本になってしまっている。

すでに世に出ている本なのであえて名指しで挙げると、この本を発行した「アートオフィス プリズム」という会社は、本気でこの本を後生に残すべき作品という意識で作ったのだろうか? もったいない状態だとは思わなかったのだろうか? とツッコミどころ満載。そんな粗い作りでは塩野・竹内両氏に失礼ではないか、とも思う。
ここのウェブサイトを覗くと出版社というよりは元々はデザイン関係の仕事が盛んで、どうやら活字本の経験がまだあまりない、この分野ではほぼ素人の状態で制作したことも影響しているのかもしれない。でなければ、本を作るうえでのそんな基本的なミスを連発しませんもの。残念ながら、周りにそれを指摘する人がいなかったんだろうなあ。
これは、1900円+税も支払って買ってもらった読者にも大変失礼なことだが、その罪の意識はあるのだろうか? 今年6月にこの本の出版記念の塩野×竹内のトークショーを東京都・神田へ聴きに行ったさいもこの本の制作に携わった関係者の方の顔をちらほら見かけたが、今思い出すとあまり出版に精通しているという雰囲気もなかったしなあ。

だからとにかく、内容がスバラシイだけにホントにもったいない。久々にもったいないおばけが出てくるくらいにもったいない。何回でも言っちゃうが、ああもったいないもったいない。今年は僕個人的に出版関連のできごとについて「もったいない」を連呼する機会が多かったのだが、特にこの本の粗さが今年最ももったいない。というか「アートオフィスプリズム」は出版という行為を舐めているのか、と勘繰りたくもなる。もう、この本は1900円+税で販売できる状態ではない欠陥商品だ、と断言しちゃう。このお粗末さで塩野氏の数々の著作のなかに入るのも微妙で、塩野氏の名前にかなりの傷が付くのではないか。

ところで、舐めているという絡みで話はガラッと変わってついでに挙げるが、先月から今月にかけて話題の『KAGEROU』の初版の終盤の232ページでのわざとらしい? 人名誤植はべつにもったいなくはないけど。あれはより本を売るための作戦? もし誤植をそのダシに使ったとしたら、わざわざ買ってくれた読者をないがしろにしやがってコノヤロ、ポプラ社の賞の関係者や齋藤智裕=水嶋ヒロの取り巻きとしてあぐらをかいている輩は今後も出版行為を続ける資格はないわボケ、とつい罵りたくなる大失態だわ。まあ“ベストセラー倒産”しないように、せいぜいこのあとの増刷のタイミングに気を付ければー。

数年前に、登山関連のある自費出版本でも今回と同様に、内容は良いのに誤植やらなんやらが連発の酷い組版を見て心底落胆したことがあったが(しかもそれも自費出版ゆえに価格が3000円近い高価な本だったこともあって)、その悪い記憶が甦ってきたわホントに。
なので、金銭の授受が発生する「商品」としてその本を世に流通させるうえで、その前段階で僕程度の若輩者の校正者でも一度は通せば幾分良くなるはずなので、出版物の、というか出版に限った話でもないが第三者目線によるチェック体制はたとえ自費出版やミニコミのような小さな出版行為であっても常に備えてあるべきで、今一度見直してほしいものだ。


なんなら、特に僕の得意な旅や登山関連の文章であれば、紙の出版か電子出版かに限らず事前にゲラを僕に渡してもらえれば、著者校正の状態よりもいくらか良い段階に引き上げる自信はありますんで、今後もこのようなもったいない本を二度と作らない、そしてその“被害者”をより多く出さないためにも、何かあればご相談に乗りますわよ。
現在の出版業界は出版点数が増えて薄利多売やベストセラーにおんぶにだっこの状態が進んで「質より量」という風潮があってそうなる事情もわかるけど(先の『KAGEROU』問題も含む)、でもやはりこの業界の片隅にいるひとりとしては「量より質」にこだわりたいんだよなあ。

2010年の展覧会一覧

2010-12-25 22:15:35 | その他趣味
今年は写真展のほうが多すぎて文字数も1万字近くになってしまったので、写真展以外の展覧会については分割した。
こちらは少ないが、以下のとおり。

●展覧会

・縄文×jomonism ART展 (原宿・エコファームカフェ632)
・躍動するイメージ。 石田尚志とアブストラクト・アニメーションの源流 (恵比寿・東京都写真美術館)
・公募第27回日本・中国水墨画合同展 (乃木坂・国立新美術館)
・第13回文化庁メディア芸術祭 (乃木坂・国立新美術館)
・とても甘い菓子 (桑原正彦、清澄白河・小山登美夫ギャラリー7階)
・Recent Works “Post-Something”(金氏徹平、清澄白河・シュウゴアーツ)
・VOCA展2010 現代美術の展望―新しい平面の作家たち (上野・上野の森美術館)
・ひいおばあさんはUSA (照屋勇賢、上野・上野の森美術館)
・没後400年特別展 長谷川等伯 (上野・東京国立博物館平成館)
・谷中あずき堂 豆本展 (吉祥寺・横丁ギャラリー)
・暖ボール・アート展 ひろ・くわおりの世界 (ひろ・くわおり、後楽園・文京シビックセンター1階ギャラリーシビック)
・日本の四季を描く 佐藤宏三 日本画展 (佐藤宏三、東京・丸善丸の内本店4階ギャラリーA)
・-サンリオ50周年記念- アートになったハローキティ (東京・丸善丸の内本店4階ギャラリーB)
・杉崎紀世彦・杉崎文子ボタニカルアート展 酒ひと話・挿絵原画展 (杉崎紀世彦・杉崎文子、新宿・コニカミノルタプラザ)
・曇天画 (武藤良子、池袋・ブックギャラリーポポタム)
・生き物イキイキ漫画展 ~マンガで生物多様性を描く~ (新宿・コニカミノルタプラザ)
・千住博版画展 (千住博、東京・丸善丸の内本店4階ギャラリー)
・風書の世界 ~天空の風 チベット横断6500キロ~ 2010 TIBET (月風かおり、渋谷・モンベルクラブ渋谷店)
・東京こだわりの風景画展 (東京・丸善丸の内本店4階ギャラリー)
・闘いの美学――沖縄、島の土から (金城実、茅場町・GALLERY MAKI)
・酒井駒子、山村浩二 ふたつのとびら展 ~絵本絵画の魅力~ (新宿・コニカミノルタプラザ)
・千葉ウエストビレッジ文化祭2010 「梁塵秘聖〜エピファネイア〜vol.1」展 (西千葉・絵画教室アトリエMIWA) 
・井手菜穂展 感_2 (井手菜穂、六本木・Shonandai MY Gallery)
・杉山佐和子展 覚え (杉山佐和子、六本木・Shonandai MY Gallery)
・『Trans-i by REBIRTH PROJECT』 ~伊勢谷友介が主宰する「人類が地球に生き残るためのアートプロジェクト」特別展示~ (新宿・コニカミノルタプラザ)
・異色の芸術家兄弟 橋本平八と北園克衛展 (用賀・世田谷区立世田谷美術館)
・ゆうきまさみ開業30周年!記念企画展 (渋谷・渋谷PARCO PART-1 monozoku)
・アルプスの少女ハイジ クリスマスフェスタ (池袋・西武池袋本店別館2階西武ギャラリー)

こちらは28本と少なめ。
昨年あたりから陶芸にも興味を持つようになったつもりだが、今年は結局は絵関係が多くなったかな。
来年はもっと立体的なものもじゃんじゃん観に行きたいわー。



そういえば、一昨年に少し触れたが、年々意欲が増してきている僕の旅に関する写真展の開催、への妄想? は徐々に膨らんでいて、今年から各賞・ギャラリーへの応募を検討し始め(著名なギャラリーは写真家のタマゴたちで競争が激しいのはもちろんわかっている)、それが無理ならば自前でレンタルギャラリー等を借りてみるのはどうなんだろう、とそのへんの物色も進めている。
が、展示を行なうのは期間と場所にもよってピンキリだけど、おおむね数万円以上と高くつくのねえ、と落胆気味。もっといろいろ探ってみなければ。

でも来年はまたお金ないと思うので、ひとまずそれは再来年以降に持ち越して、然るべきタイミングで何か画策できればと思っている。それにはまず働かないとねー。

2010年の写真展一覧

2010-12-25 22:00:07 | その他趣味
例年どおりに主に東京都内だけど、趣味で観に行った今年の写真展と写真以外の美術的な展示会の一覧を以下に。

●写真展

・Juna21 10周年記念展 Juna21三木淳賞・奨励賞受賞者新作展 クロッシング・カオス1999-2009 (銀座・ニコンサロン)
・地球の笑顔 (関口照生、新宿御苑前・アイデムフォトギャラリーシリウス)
・空へ... SPIRITS SOAR..! (大高明、新宿・ペンタックスフォーラム)
・森のようちえん日記 ~子どもとゆける写真展♪~ (小西貴士、渋谷・モンベル渋谷店)
・山間の暮し ~秩父絹の道の今~ (山田昇、新宿・コニカミノルタプラザ)
・コニカミノルタプラザ特別企画 宇宙から見たオーロラ展2010 (新宿・コニカミノルタプラザ)
・ARCHIPELAGO (石川直樹、品川・キヤノンギャラリーS)
・ピリカモシリ (秋元亮太、品川・キヤノンSタワー2階オープンギャラリー)
・Scrap (梶岡禄仙、新宿・エプソンイメージングギャラリーエプサイト)
・WILD COLORS ~野生の色、小笠原 (田中美一、新宿・ペンタックスフォーラム)
・母 57歳 (角田奈々、新宿・ニコンサロン)
・カリユガの陽射し ~Small Villages of The North India~ (君島佳弘、新宿・ニコンサロンbis)
・Wildlife ~インドより~ (渡辺浩徳、新宿・コニカミノルタプラザ)
・日本の新進作家展vol.8 出発-6人のアーティストによる旅 (恵比寿・東京都写真美術館)
・写真で辿る「坂本龍馬の生きた時代」 (六本木・ギャラリー“PHOTO IS”)
・第5回名取洋之助写真賞 受賞作品展 (六本木・富士フイルムフォトサロン)
・'09毎日写真コンテスト 優秀作品展 (六本木・富士フイルムフォトサロン)
・第17回私の腕自慢フォトコンテスト 入賞作品発表展 (六本木・富士フイルムフォトサロン)
・第12回吉川英治記念館 写真コンテスト入賞作品展 (六本木・富士フイルムフォトサロン)
・よみがえる土門拳 「古寺巡礼」新プリント公開 (中野坂上・東京工芸大学写大ギャラリー)
・MOROCCO 迷宮への道 (渡部雄吉、品川・キヤノンSタワー2階オープンギャラリー)
・木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン ――東洋と西洋のまなざし (恵比寿・東京都写真美術館)
・緑の壁 ~HIVと共に生きる~ (安田菜津紀、新宿・コニカミノルタプラザ)
・Post election conflict 混乱の爪痕 (木忠智、新宿・コニカミノルタプラザ)
・二人展 Reflet 真珠の輝き (ロランド ダル ペッツオ&植村ちえ子、新宿・コニカミノルタプラザ)
・パイカジ (内田芳信、新宿・コニカミノルタプラザ)
・日和 (仲尾政弥、新宿・コニカミノルタプラザ)
・うらうへ (市川恵美、新宿・コニカミノルタプラザ)
・極東ホテル (鷲尾和彦、清澄白河・AKAAKA)
・2010バンクーバー冬季オリンピック速報写真展 -日本人選手の躍動- (池袋・リブロ池袋本店地下1階)
・Sense of Wonder (KIKI、新宿・コニカミノルタプラザ)
・太陽の沖縄 (一色龍太郎、新宿・ペンタックスフォーラム)
・ニライ (染谷學、銀座・ニコンサロン)
・GR BLOG写真展 (銀座・リコーフォトギャラリーRING CUBE)
・「海中散歩」写真展 ~中村征夫のお魚ワールド~ (六本木・ギャラリー“PHOTO IS”)
・知られざる日光 出会いの一瞬 (丹地敏明、六本木・富士フイルムフォトサロン)
・砂漠の精霊たち (小池清通、六本木・富士フイルムフォトサロン)
・谷川岳~天上の試練 (橋本勝、六本木・富士フイルムフォトサロン)
・五つの旅の物語―プラス1 (椎名誠、品川・キヤノンギャラリーS)
・ばんえい競馬 光と砂 (太田宏昭、銀座・キヤノンギャラリー銀座)
・冬の日 涸れ蓮に魅せられて (和田ユタカ、新宿・エプソンイメージングギャラリーエプサイト)
・Sakura さくら 日本人と結婚した外国人女性たち (柴田れいこ、新宿・ニコンサロン)
・武蔵野美術大学映像学科写真専攻 卒業作品展 (新宿・ニコンサロンbis)
・熱狂ゴール2009 2009シーズンJリーグ史上最多1955ゴール記念 (品川・キヤノンSタワー2階オープンギャラリー)
・イーストウエスト写真展 プロの視点 (秋葉原・コダックフォトサロン)・日本写真芸術専門学校写真科フォトフィールドワークコース 卒業作品展 -183日間、10カ国を巡り彼等が捉えたアジアの現在- (神田小川町・オリンパスギャラリー東京)
・渡辺一枝写真展 ~チベットのはなしをしよう~ (渡辺一枝、神楽坂・セッションハウス「ガーデン」)
・薬師洋行&Arthur THILL報道写真展 The XXI Olympic Winter Games in Vancouver From “Sea to Sky” (神田小川町・オリンパスギャラリー東京)
・廃墟の重工業地帯「シレジア」(塚原琢哉、中野坂上・東京工芸大学写大ギャラリー)
・「MINAMI+Carnival」~カーニバルinトリニダード・トバゴ共和国~ (南しずか、新宿・コニカミノルタプラザ)
・Exposures (斉藤麻子、新宿・コニカミノルタプラザ)
・にっぽん、馬紀行 (高草操、新宿・コニカミノルタプラザ)
・カトマンズ夜話 (藤田宏基、新宿御苑前・HCLフォトギャラリー新宿御苑)
・女たちの極光(オーロラ)物語 (新宿御苑前・フォトギャラリーキタムラ)
・Φαινομενα(星空) (橋本武彦、新宿御苑前・アイデムフォトギャラリーシリウス)
・moving still life ~公園の夜に見えたもの~  (山下晃伸、新宿・エプソンイメージングギャラリーエプサイト)
・セピア色の吉野川 (島内英佑、新宿・ニコンサロン)
・2009年度 TopEyeフォトフォトサロン 入賞作品展 (新宿・ニコンサロンbis)
・キヤノンプレミアムアーカイブス 写真家たちの日本紀行 未来に残したい情景 (銀座・キヤノンギャラリー銀座)
・草原の鉄路 (福田伸吉、新宿・コニカミノルタプラザ)
・明日があるから ~国境に生きるビルマ難民は今~ (渋谷敦志、新宿・コニカミノルタプラザ)
・Kyoto behind Kyoto ~夢のパサージュ~ (甲斐扶佐義、新宿・コニカミノルタプラザ)
・北海道ネイチャーフォトマスターズ写真展 新・北海道季行 (六本木・富士フイルムフォトサロン)
・第31回日本山岳写真集団展 わが心の山 (六本木・富士フイルムフォトサロン)
・夢を運ぶ冬の天使たち (蔡瑩(=サイ・イン)、六本木・富士フイルムフォトサロン)
・第3回山中湖フォトグランプリ 入賞作品展 (六本木・富士フイルムフォトサロン ホワイエ)
・時代瞑り ~太平洋戦争激戦の島々~ (安島太佳由、銀座・ニコンサロン)
・うつせみ (杉野真理、新宿・コニカミノルタプラザ)
・茶馬古道をゆく (竹田武史、新宿・コニカミノルタプラザ)
・第35回木村伊兵衛写真賞受賞作品展 「GROUND」「MID」 (高木こずえ、新宿・コニカミノルタプラザ)
・ぼくの地球を走る旅 (西川昌徳、西荻窪・旅茶箱)
・日常の行方 (井上尚久、新宿・ニコンサロン)
・2010東日本読売写真クラブ連合展 (新宿・ニコンサロンbis)
・Cigar-三國連太郎 (沢渡朔、半蔵門・JCIIフォトサロン)
・千鳥ヶ淵・さくら季 (佐藤昭一、半蔵門・JCIIクラブ25ギャラリー)
・チェルノブイリ写真展 (広河隆一、後楽園・文京シビックセンター1階展示室1A)
・ルーマニアの記憶 …大切なものは何?… (山本敏晴、新宿・ペンタックスフォーラム)
・第36回寫壇太陽選抜展 テーマ競作「花・艶やかに」「石の微笑」「四季彩り」 (神田小川町・オリンパスギャラリー東京)
・旅に猫あり (市川克己、御茶ノ水・ギャラリーf分の1)
・ガイド会写真展 海のシェルパ 海・それぞれの顔 (新宿・エプソンイメージングギャラリーエプサイト)
・オープロジェクトpresents 軍艦島全景-未来の記憶- (新宿・コニカミノルタプラザ)
・サハラ、砂漠の画廊 (野町和嘉、新宿・コニカミノルタプラザ)
・ほのかたび (中井精也、新宿・ペンタックスフォーラム)
・修の山・岳の山 (三宅修・三宅岳、渋谷・モンベルクラブ渋谷店)
・明日を忘れないために 僕らをつなぐフィリピンの声 (安田菜津紀、新宿御苑前・アイデムフォトギャラリーシリウス)
・里川 (佐藤秀明、新宿・ペンタックスフォーラム)
・北へ (佐藤嗣、新宿・エプソンイメージングギャラリーエプサイト)
・にほん霊異記 (児玉洋之、新宿・ニコンサロン)
・ニッコールクラブ川崎支部創立10周年記念写真展 それぞれの四季 (新宿・ニコンサロンbis)
・loop (南野慶太、新宿・コニカミノルタプラザ)
・地球の表情 (田口眞、新宿・コニカミノルタプラザ)
・アイヌときどき日本人II ~TOKYO2002-2009~(宇井眞紀子、新宿・コニカミノルタプラザ)
・Something In The Air (与田弘志、品川・キヤノンギャラリーS)
・日本野鳥の会写真展 野鳥が誘う生物多様性の世界 (品川・キヤノンSタワー2階オープンギャラリー)
・第16回酒田市土門拳文化賞受賞作品展 時景 (三栖幸生、新宿・ニコンサロン)
・水面に (柏原力、新宿・ニコンサロンbis)
・命の起源 (前田博史、新宿・エプソンイメージングギャラリーエプサイト)
・キノコの世界 (伊沢正名、新宿・ペンタックスフォーラム)
・ルーペの会写真展 万華鏡ファンタジー (新宿・ニコンサロンbis)
・終わらない劇場 (地頭所和徳、新宿・コニカミノルタプラザ)
・人生最後の1% (國森康弘、新宿・コニカミノルタプラザ)
・空へ続く道 (HABU、新宿・コニカミノルタプラザ)
・Suicide Spiral -tears and birds twittering- (山下隆博、新宿・ニコンサロン)
・その歴史のつづき 樺太からサハリンへ2009 (後藤悠樹、新宿・ニコンサロンbis)
・勝峰翳(えい)写真展 Triple Mirror 屋久島・奄美・線景論 (勝峰富雄、銀座・青木画廊第2展示室“Luft”)
・真鶴「貴船まつり」 (菅井日人、銀座・キヤノンギャラリー銀座)
・アジアの写真家たち2010-タイ- Thai Photography NOW PartI (銀座・ニコンサロン)
・スマトラの森 Forest Calling (新宿・コニカミノルタプラザ)
・里山 ~人と自然がともに生きる~(今森光彦、新宿・コニカミノルタプラザ)
・アラスカ大自然 極光の詩 (大野成郎、渋谷・モンベルクラブ渋谷店)
・パパイヤと海の夏 (市橋織江、新宿・エプソンイメージングギャラリーエプサイト)
・Forest of Fire 火の森 (吉村直人、新宿・ペンタックスフォーラム)
・ねぶた青森 熱いNATSU (和田光弘、銀座・キヤノンギャラリー銀座)
・周防国景 (上本ひとし、銀座・ニコンサロン)
・WILD ASIA アジア野生王国へようこそ (飯島正広、品川・キヤノンギャラリーS)
・旅道のキセキ (藤原かんいち、品川・キヤノンSタワー2階オープンギャラリー)
・瀬戸内のひと ~にほんのかけらII~ (竹谷出、新宿・コニカミノルタプラザ)
・地球の上に生きる2010 DAYS JAPANフォトジャーナリズム写真展 (新宿・コニカミノルタプラザ)
・大間 to Pu ~視点 (清水さち子、新宿・ニコンサロン)
・ニッコールクラブ丸の内菱の実支部写真展 郷愁 (新宿・ニコンサロンbis)
・Riverland (吉江淳、新宿・コニカミノルタプラザ)
・都市の音律 (佐藤圭太、新宿・コニカミノルタプラザ)
・第11回コニカミノルタフォト・プレミオ 年度賞受賞写真展 (上野雅之・刑部信人・石川琢也、新宿・コニカミノルタプラザ)
・RE:記憶への返信 (木村亮子、新宿御苑前・アイデムフォトギャラリーシリウス)
・ニッコールクラブ千葉支部写真展 ふる里ちば -花と房総- (新宿御苑前・HCLフォトギャラリー新宿御苑)
・ワールドカップサッカー2010報道写真展 (東池袋・サンシャインシティ1階噴水広場前)
・PortfolioIV 偉大なる啓示 (アンセル・アダムス、六本木・写真歴史博物館)
・日本写真会第38回展 (六本木・富士フイルムフォトサロン)
・にっぽん 祭り日 (森井禎紹、六本木・富士フイルムフォトサロン)
・壁 地球に垂直な平面 (杉浦貴美子、銀座・リコーフォトギャラリーRING CUBE)
・Love Point (渡邉博史、銀座・ニコンサロン)
・NAMASTE ~親愛なるネパール~ (木村伊知朗、銀座・キヤノンギャラリー銀座)
・ASIAN PERSON ALITIES (大佐彩子、新宿・ニコンサロン)
・es anschauen (村上将城、新宿・ニコンサロンbis)
・ノースウェスト準州主催特別展示 カナダ極北の四季 (新宿・コニカミノルタプラザ)
・鉄道写真活動60周年記念 広田尚敬作品展 蒸気機関車の時代 ~昭和34年とF~ (広田尚敬、半蔵門・JCIIフォトサロン)
・PICの会 写真展 (半蔵門・JCIIクラブ25ギャラリー)
・tokyo bay blues 1982-1984 (石内都、新宿御苑前・ギャラリー蒼穹舎)
・やま写真 (野川かさね、大崎・パタゴニアゲートシティ大崎ストア)
・See You In The Pictures 2010 (二石友希、新宿・コニカミノルタプラザ)
・時の旋律 (阪口智聡、新宿・コニカミノルタプラザ)
・東京物産 (瀧浦秀雄、新宿・コニカミノルタプラザ)
・昭和藝能東西 (本橋成一、銀座・ニコンサロン)
・Life in The North -極北・北海道の生命と暮らし- (上村知弘、銀座一丁目・ギャラリー銀座)
・銀座鉄道 親子みんなで楽しむ鉄道写真展 (銀座・リコーフォトギャラリーRING CUBE)
・星野秀樹フォトギャラリー (星野秀樹、明治神宮前・マウンテンハードウェア原宿店)
・FROM LEFT TO RIGHT (鮫島亜希子、新宿・エプソンイメージングギャラリーエプサイト)
・水の変遷/花園渓谷 (浅野順一、新宿・ペンタックスフォーラム)
・iPhonegrapher ~around the water~ (三井公一、京橋・ISLAND GALLERY)
・この星のはたらきもの (三井昌志、新宿御苑前・アイデムフォトギャラリーシリウス)
・王子・十条 -東京めぐり- (井上達夫、新宿御苑前・HCLフォトギャラリー新宿御苑)
・ヤマ ムラ ノラ 子どもたちの未来の子どもへ (橋あい、新宿・ニコンサロン)
・海上遺跡 (幡野広志、新宿・ニコンサロンbis)
・町・小町 (古屋行男、新宿・コニカミノルタプラザ)
・こどもたちの声がきこえる 1996-2009 (前田敏行、新宿・コニカミノルタプラザ)
・ワンダーアイズ写真展 LOVE EARTH (新宿・コニカミノルタプラザ)
・途中下車前途無効 (木村亮子、新宿・エプソンイメージングギャラリーエプサイト)
・フィーバーフィーバー (小川照夫、新宿・ペンタックスフォーラム)
・望郷・エトセトラ (鷲尾倫夫、新宿・ニコンサロン)
・第34回全国高等学校総合文化祭写真展優秀作品展 (新宿・ニコンサロンbis)
・もりのどうぶつ (大竹英洋、渋谷・モンベルクラブ渋谷店)
・ひぐらしII (遠藤晶、新宿・コニカミノルタプラザ)
・空と海の間に (川口新実、新宿・エプソンイメージングギャラリーエプサイト)
・アンコール展 PENTAX645Dの世界+ (新宿・ペンタックスフォーラム)
・群青 (小野啓、新宿・ニコンサロン)
・街・町の風景 (山本孝之、新宿・ニコンサロンbis)
・7名の写真家が撮り下ろすPENTAX K-5作品展 (新宿・ペンタックスフォーラム)
・無心 -MUSHIN- (大西マサエ、新宿・ニコンサロンbis)
・日本写真会 第31回同人・同友展 (新宿・コニカミノルタプラザ)
・まつりきぶん (山野義昭、新宿・コニカミノルタプラザ)
・お城が見える風景 ~姫路城~ (島内治彦、新宿・コニカミノルタプラザ)
・国境の街 (村山謙二、新宿・コニカミノルタプラザ)
・ハバナ・スターズ (古谷紀子、新宿・コニカミノルタプラザ)
・山の民の祈り ~パキスタン・カシミール地震被災地に生きる~ (森住卓、新宿・コニカミノルタプラザ)
・圏谷のシンフォニー ~北アルプス穂高・涸沢~ (白旗史朗、六本木・富士フイルムフォトサロン)
・とんちゃんの会写真展 「NAWABARI」1マイルのキ・セ・キ (四ツ谷・ポートレートギャラリー)
・Pentax Family 米美和子写真教室 写真展 (新宿・ペンタックスフォーラム)
・Precious Moments 親と子、かけがえのない日々 (岩合光昭、神田小川町・オリンパスギャラリー東京)
・一个人 (西岡広聡、新宿御苑前・PLACE M)
・型録写真展39 鳥渡3 (広瀬勉、新宿御苑前・M2ギャラリー)
・第12回 キヤノンフォトクラブ東京第6写真展 Let's try!! (新宿御苑前・フォトギャラリーキタムラ)
・草雲雀 (松井直子、新宿御苑前・ギャラリー蒼穹舎)
・第6回 小学生/中学生/高校生 アイデム写真コンテスト はたらくすがた 2010入選作品展 (新宿御苑前・アイデムフォトギャラリーシリウス)
・堀内カラーフォトコンテスト入賞作品展 (新宿御苑前・HCLフォトギャラリー新宿御苑)
・世界遺産 -時と光の深層VOL.1 (貫井勇志、新宿・コニカミノルタプラザ)
・The Barber(世界の床屋さん) (舛巴亮、新宿・エプソンイメージングギャラリーエプサイト)
・ハルジオン/花々 (岩本雄三、新宿御苑前・PLACE M)
・カプセルアパート2009 (吉原かおり、新宿御苑前・M2ギャラリー)
・第4回KiKi・P・G写真展 (新宿御苑前・フォトギャラリーキタムラ)
・フォトクラブ山彩写真展 自然を友として (新宿御苑前・HCLフォトギャラリー新宿御苑)
・猫、光と温もりの中に ~猫と牛と人の穏かな係わり~ (曽根原昇、新宿・エプソンイメージングギャラリーエプサイト)
・第35回伊奈信男賞受賞作品展 On the circle (普後均、新宿・ニコンサロン)
・三木淳賞奨励賞受賞作品展 豚が嗤う(飯島望美、新宿・ニコンサロンbis)
・三木淳賞奨励賞受賞作品展 Portraits of Independence : Inside the Kachin Independence Army (Ryan Libre、新宿・ニコンサロンbis)
・地球いきものがたり ~小さな生命に出逢う旅~ (今森光彦、品川・キヤノンギャラリーS)
・モーメンツ マンスリーアルバム2010優秀作品展 (品川・キヤノンSタワー2階オープンギャラリー)
・とうもろこしの人間たち GUATEMALA1981~2008 (羽幹昌弘、銀座・ニコンサロン)
・マグナム・フォト東京支社創設20周年記念写真展 50の情熱 (銀座・リコーフォトギャラリーRING CUBE)
・LIMIT LANDSCAPE SKI (水谷章人、銀座・キヤノンギャラリー銀座)
・岩橋写真自然塾 第六回グループ展「心象の山々」 (銀座一丁目・ギャラリーアートグラフ)
・キヤノンフォトクラブ東横 写真展第2回 (大崎・O美術館第一展示室)
・みんないちばん ~ラオスの子供たち~ (福田愛子、新宿・ペンタックスフォーラム)
・悪い血 (mk、新宿・ニコンサロン)
・Wonder Drug (宮奈美、新宿・ニコンサロンbis)
・PORT ~子供の頃に見た、あの風景だけがまだ見つからない~ (久保正彦、新宿・コニカミノルタプラザ)
・九州産業大学大学院芸術研究科写真専攻写真展 「six tools」 (新宿・コニカミノルタプラザ)
・日本山岳写真協会・選抜展 それぞれの山 (新宿・コニカミノルタプラザ)
・CORONA (石川直樹、新宿御苑前・PLACE M)
・MASK ~仮面ロード (早川康文、新宿御苑前・M2ギャラリー)
・第5回フォトギャラリーキタムラ 公募展 (新宿御苑前・フォトギャラリーキタムラ)
・アルゼンチン建国200周年記念フォトコンテスト アルゼンチンから吹く風――受賞作品展 (新宿御苑前・アイデムフォトギャラリーシリウス)
・(社)日本セカンドライフ協会 JASSくらぶ・フォトサークル'10(第16回)写真展 (新宿御苑前・HCLフォトギャラリー新宿御苑)
・生誕100年記念展 写真家・名取洋之助 (半蔵門・JCIIフォトサロン、クラブ25)
・第51回2010年報道写真展 (三越前・三越日本橋本店7階催物会場)

というふうに、計213本となった。
内容の良し悪しは問わず、観たものはすべて挙げてみたが、昨年以上に観すぎだなあ。まさか200本を超えるとは。特に上半期に暇、もとい自由な時間があったため、過去最高に観まくったからなあ。

で、以下がそのなかから選んだ僕のベスト10。

●写真展ベスト10

・サハラ、砂漠の画廊 (野町和嘉、新宿・コニカミノルタプラザ)
・セピア色の吉野川 (島内英佑、新宿・ニコンサロン)
・五つの旅の物語―プラス1 (椎名誠、品川・キヤノンギャラリーS)
・キノコの世界 ~森の循環~ (伊沢正名、新宿・ペンタックスフォーラム)
・知られざる日光 出会いの一瞬 (丹地敏明、六本木・富士フイルムフォトサロン)
・GR BLOG写真展 (銀座・リコーフォトギャラリーRING CUBE)
・ばんえい競馬 光と砂 (太田宏昭、銀座・キヤノンギャラリー銀座)
・この星のはたらきもの (三井昌志、新宿御苑前・アイデムフォトギャラリーシリウス)
・生誕100年記念展 写真家・名取洋之助 (半蔵門・JCIIフォトサロン、クラブ25)
・猫、光と温もりの中に ~猫と牛と人の穏かな係わり~ (曽根原昇、新宿・エプソンイメージングギャラリーエプサイト)

まあこんな感じだった。
当たり前だがプロは巧いねえ。巧すぎて、一介のコンパクトデジカメ使いにとってはまったく参考になりゃしないや。

2010年の野宿総括

2010-12-25 21:45:41 | 野宿

今年の野宿は昨年よりもさらに低調だったので、総括するほどのことはあまりないよなあ。
なので、終わり。










と、締めたいところだが、一応は数字を挙げておくと今日現在で、単独での野宿は計8日、複数人での野宿は計9日、とどちらも昨年よりもかなり減少。06年以来の悪い数字。
しかも、『野宿野郎』の「のじゅくの日」も、06年9月から8回連続で参加していたものの今年9月の長野県・高遠は行けなくて連続参加記録がぷっつり途絶えたし。もうダメダメ。

ちなみに、テント泊もほぼなかった1年で(1~2月の八ヶ岳・奥多摩の登山で使ったくらい)、というかそもそも今年は登山や旅にほとんど出ていなかったから、「人力」の「旅人」を名乗るには過去最悪の状態だった。

そういえば、僕以外にも周りの野宿熟達者の動向を見ても、例年になく今年は真っ当に働く仕事やらなんやらの影響で野宿する機会は総じて減った印象があるのだが、どうだろうね。僕がほぼ毎月通っている東京都内での某野宿の参加者も、延べ人数では昨年までよりも確実に減っているし。

なお、上の写真は、最も新しいところで昨夜から今朝にかけて都内で単独野宿した様子だが(だから、巷の多くの男女が密着してちちくり合う年に1回の聖なる? 夜に、あえて「積極的野宿」したのですよ)、ここは『野宿入門』(かとうちあき、草思社)の171ページの写真と同じ場所の遊具。具体的な場所は秘密。
僕もこの公園は4年前から知っていてたまに野宿で利用させてもらっているが、ここの遊具の上に寝たことは一度もなかったので今回初めて上がって寝てみたが、周りからよく目につきやすい位置のため、安眠はできなかった。危機管理的な見方では野宿に適した場所ではないと思うんだけどなあ。
僕も過去の旅で公園の遊具の上や下で野宿したことは数回あるが、安全性を考えて人目につきにくくて身を隠せる壁や柱があるところをしっかり選んでいるからなあ(しかも夜の時間帯も選んで)。まあこれは、現在発売中の雑誌『サイゾー』11年1月号にある野宿記事で言うところの「プチ野宿」のいち手法で、もっと切実な「ガチ野宿」には見られない傾向なのかも。

まあ来年は、今年よりも普段の生活から少し改善して旅人として持ち直せる兆しはあるので、この汚名? を返上して旅人として戻りたい。僕が昨年制作した小冊子『野宿塊』の冒頭でも少し触れている、「人力」と野宿の蜜月関係もより突き詰めたいから。

ああそうそう、『野宿塊』は年明けに落ち着いてからだがやや改訂して増刷するつもりなので、乞うご期待。
来春以降のフリーマーケットや古本市の出店には間に合わせたいなー。

「第1回ミズノ・味の素スタジアム8時間耐久ラン&ウォーク」に出走した

2010-12-20 10:30:09 | スポーツ
18日(土)、東京都調布市の味の素スタジアムで行なわれた「第1回ミズノ・味の素スタジアム8時間耐久ラン&ウォーク」に出走してきた。「ミズノスポーツサービス株式会社」が主催。
これ、元々は主催の方がウルトラマラソンに魅せられてここでも催してみよう、ということになったそうで。しかも、2013年の東京国体で味の素スタジアムが主会場になる予定で、それに向けてスポーツの一環として走る催しも広めよう、という意図もあるみたい。

僕は今年はマラソン大会に2回出走しそこなっていて(フル・ハーフ各1回)、なんらかのマラソン大会に年に1回も参加していないのはなんだかなあ、せめて師走になんでもいいから出たいなと秋に思っていたところにこの大会をランネットで発見し、初開催なので未知数の大会ではあったがなんとなく面白そうだったので、実は発見したときにそんなに長考せずにすぐさま申し込んでみた次第。
ただ、夏以降はほとんど運動していなかったので不安だらけだったが、まあとりあえず当たって砕けてみた。

で、ツイッターでもこれが実施された9~17時にほぼ実況していたが、それをもとに写真で振り返ってみる。



スタジアム南側の入口。左側のテントが男性の更衣場所。女性は内部に。開会式もここで。


9時のスタートの様子。申し込み・登録は169名だったが、実際に出走したのは133名。僕が3年前から参加したいくつかの走る大会では過去最少規模。スタジアム入口に通過点を設定して、スタジアムの通路というかコンコース1周×約800mをとにかくぐるぐる走ったり歩いたりした。


スタジアム北側に隣接する調布飛行場を離発着する小型機やセスナが結構多く、1時間に3、4回観られるときもあって、飛行場の1日の動きがわかって面白かった。それらは主にここと伊豆諸島を結ぶ空路なんだろうけど、個人所有の機体もあったのかしら。今度、滑走路のフェンス際まで迫って離発着だけを延々眺めに行こうかな。


スタジアム東側の日向の様子。ここだけだったらこの時期でも日中は半袖でもよいが、日陰もある。周りは飛行場のほかにもサッカーやフットサルのコート、野球のグラウンドもあって、数年ぶりに訪れたが以前よりもスタジアムを中心に運動公園みたいな雰囲気に変わりつつあると感じた。やはり3年後に国体を控えているからなのかね。


エイド。飲み物は写真手前にあるように出走者にマイコップの持参を呼びかけて、それに写真奥のタンクから茶・スポーツドリンク・水の三択をセルフサービスで支給。コップのほかにペットポトルやテルモスやコーヒー店のカップなどもあった。僕はマイコップ方式の大会は初めてだったが、最近の周回型の大会では増えているようね。
食べ物は、出た順にバナナ・オレンジ・粒チョコ・梅干し・飴・塩むすび・ドーナツ・きゅうりの浅漬け、だったか。これだけでも充分だったが、さらに温かいスープ類もあればよかったかも(終了後に豚汁の配給はあったけど)。


スタジアム西側の日陰の様子。これに加えて風が出ると寒い。1周800mのなかで日向と日陰がほぼ400mおきに現れるので、日中は日向と日陰の気温差が大きくて特に歩く人は衣類の温度調節が微妙かも。
ちなみに左側にパンダの着ぐるみの方がいて、着ぐるみはこの方とトナカイと2種類あった。このパンダのほうはフルマラソンだったら3時間30分を切るんじゃなかろうか、というくらいにすんごい速かった。


薄暮時の西側の様子。寒くなって太陽がだんだん沈んでいって寒くなるにつれ、歩く人も増える。まあ僕は後半はほとんど歩いていたけど。


日没時の富士山。この日は快晴だったので、空気が澄んでいる午前中は毎周この山を眺めることができた。夕方は夕方で丹沢や奥多摩の山並みとセットでまた楽しめた。


17時のゴールというか終了直後の、簡単なストレッチ。のちに表彰式。


実施中はICタグを使って全出走者の周回数を計測して1時間毎の順位とともに結果を貼り出していた。この最終結果は、僕は55周で約44kmだった。ちなみに上を見ると1位の方は122周だから約97.6kmで、下を見ると最下位の方は5周だから約4kmだった。上を見ればキリがないね。
まあこの大会は順位云々はあまり関係ないと思うが、今回の僕のように1人参加よりは友人同士で参加して張り合うときなどには結果が目に見えて励みにもなって、より面白くなるか。



とまあ、思ったよりも小規模でまだまだ改善の余地もありそうな大会だったが、まあそこそこ楽しめた。参加賞のTシャツも黒色基調でカッコイイし(しかも当然ミズノ製)、5000円の参加費のわりに予想以上に満足度は高かった。今回は告知の期間が短かったというが、もっと告知して、もうちょい多めに募集を受け付けてもよいかも。200名はいけるか、でも300名くらいになるとエイドの机の配置を改善しないとしっちゃかめっちゃかになってちょっと大変かもなー。

それで肝心の僕の結果だが、一昨年の東京マラソン2009に出走したときの結果を踏まえると50kmはいけると思っていたが、その目標を大きく下回った。フルマラソンの距離は越えたが、8時間かかっているもんなあ。運動不足とはいえそんなにも走れなくなっているなんて、と落胆。傷心。でもよく考えると最近も食生活も寝起きの時間も不規則になっていて、走る練習を怠っていたからだな、先週に風邪をひいていたのも自己管理がなっていないんだな、と即座に反省すべき体たらくだったので、この現実を受け入れるしかない。加齢とか体重が85kg超あるとか病み上がりがどうとかいうのも単なる言い訳にすぎない。

終了後は日頃の運動不足が祟ってホントに身体全体が、特に下半身の股関節と太ももが砕けて、は言いすぎだが痛みが出て、終了後の帰路は鉄道駅の階段の昇り降りも手すりに頼らないと進めないくらいに苦労して、最寄り駅からもいつものように徒歩で帰宅するのも困難だったので久々にタクシーに頼ったりもして、過去最悪の状態の帰宅ぶりだった。その帰路の醜態を結果的に知り合いに見られなくてよかった。
で、翌日(昨日)はろくに動けなくて冗談抜きで食事とトイレ以外ではずっとベッドに横たわり、さらに咳をするのも辛いくらいに背中や脇腹が痛くなったりもした。今もまだほぼダメで(歩行速度は一昨日のその終了直後は時速1kmでよぼよぼだったのが、3kmくらいにまでは戻ったが)、完全に復調するのは明日以降かな。
うーむ、こんなに酷い症状に陥るとは思わなかったので、普段から少しずつでも走らないとなあ、と反省した。来年、いきなり長距離は辛いので10kmかハーフの大会に1回以上出たい。もうちょい走りに向いた良さげな靴も欲しい。

あと、僕のような肥満体にはつきもので今回も終盤に悩みの種となった股ずれの症状も気になったので(実は終盤になると股関節や太もも・ふくらはぎの疲労よりも股ずれの痛さのほうが強い)、長距離の場合はそのへんをもっと改善しないとなあ。最近流行りのサポートタイツも含めて何か悪あがき、いや良い方法はないものか、模索し続けないと。



ああそうそう、味の素スタジアムでサッカーで思い出したが、ここをホームスタジアムにしているけれども来季はともにJ2になっちゃったFC東京と東京ヴェルディ、頑張ってね。実は浦和レッズと大宮アルディージャ以外ではこのスタジアムも距離的に近いしFC東京の選手層は結構好きなので、来季にここへJ2の試合を観に早めに再訪するかも。

初めての「人力」のオフ会で軽く登山しちゃうよ、のお知らせ

2010-12-12 23:59:01 | 登山
飽きずにちまちま続けてきた? 本ブログがついに、とうとう、来月5日(水)に開設から5周年を迎えるという節目を記念して、というわけでもないのですが、巷では近年よくあるいわゆる「オフ会」なるものを良い機会なので来月後半に初めて開催します。

なぜか徐々に人目につくようになったらしくてアクセス数も年々緩やかに増えつつある本ブログを、実際に覗いているのはどんな方なのかを知りたいから、というのが主な理由ですね。まあこれは一昨年あたりから考えていたことですが、なんかタイミングが合わずに実現には至らなかったんすよねえ。

で、会を僕が主導でやるとしたらただの飲み会では面白くないし、単に野宿するだけではあの集団のパクリで疑惑が持ち上がるのもイヤなので、と思い、やはり「人力」にまつわることで、なかでも手っ取り早く考えるともう登山しかないよな、という結論に至ったのでした。というわけで今回は、僕の得意な軽めの山へ行く低山への登山なのです。

それで、最近の登山の傾向を振り返りながら、今回の開催へ向けて思うことを挙げておきます。
特に今年は「山ガール」の人気上昇ぶりによって登山経験の比較的少ない若者が一気に増えて(まあどこまでが「若者」かの線引きは置いておいて)、これまでの大学山岳部や社会人山岳会で(植村直己の名著『青春を山に賭けて』の序盤の記述みたいな)神様←→奴隷もしくは師弟みたいな関係のもとでしごかれていっぱしの“山ヤ”として成長してゆくのが本筋、というややお堅い? 登山業界の風潮から、昨年あたりから急に風向きが変わったかのように会社・学校などのサークル活動やオフ会的に登山人口が増えそうな可能性が拡がっているなかで、それに対応する仕組みづくりが急務ではないか、みたいな話ももちろん小耳に挟んでいます。
最近は、年齢を問わずそういった旧来の登山を学ぶ・仲間を作る組織にまったく所属せずに一般の講習会や独学で経験を積んでいる人も多く、講習会ならまだしも独学が充分ではないことによって安易な事故につながる事例もあり(まあ加齢の影響も多分にありますが)、ちょっとの注意によって防げるつまらないミスは減らしたいよなあ、という思いも少々あります。

しかし嘆いてばかりもいられないので、登山のレベルはプロの山岳ガイドや登山ツアーの講師ほど専門的ではないにしても、一応は世間一般的には人並み以上に登山経験と知識はあるらしい者のひとりとして、登山の裾野をより拡げるという名目ではないけれども、せめて自分の目の届く範囲内の友人知人にはできるだけ山を登ることの悲喜こもごもを一緒に登ることによってきちんと伝えたいよなあ(「他人に連れて行ってもらう」よりも「自らの意志で行く」という姿勢が望ましい、などなど)、という思いから、基本的には単独行が好きではあってもここ3年は比較的連絡の取りやすい身近な仲間内でよく山へ行ったりもしています。その実績は本ブログで度々触れているので、「登山」のカテゴリの投稿を参照していただければ。
ええとついでに僕は何者かというと、(過去に数人のヒマラヤニストも輩出している、しかし今は無き)立正大学II部ワンダーフォーゲル部出身、とも改めて挙げておきます。

で、これまでは仲間内でやっていた登山を、ちょうど良い機会なので本ブログを覗いてくださる方へ向けて、と対象を拡げて試しにやってみよう、ということで今回企画しました。自分のブログに書いていることへの責任を取りつつそれを実証する、という個人的な意図も含んでいますが、まあそれは僕の内心の課題なので置いておいて、今後継続するか発展するかの方向性はまだわかりませんが、まあまずは試しに催してみます。

それで毎度のごとく前置きが長くなったのですが、一応ざっと仮に決めてある予定としては、


期日    : 2011年1月15日(土)
         軽い降雨・降雪の場合でも決行、ただし酷い天候の場合は22日(土)に延期の可能性あり
集合場所 : 西武池袋線・池袋駅
集合時間 : 10時


という感じで、池袋から西武池袋線で埼玉県の飯能方面へ向かい、いわゆる「奥武蔵」の、天覧山・多峰主山、日和田山、越上山、伊豆ヶ岳、武川岳、のいずれかを登ろうと思います。山は当日の参加者の顔ぶれを見て決めようと思います。行程はそんなに長くはなくて日帰りで行ける、鉄道駅から出発して鉄道駅へ戻ってくる100%人力移動の登山です。
また、終了後は池袋へ戻り、軽く打ち上げをやるつもりです。そんなに大人数でなければ池袋だったら受け入れてくれる店はいくらでもあるはず、と20年来の池袋マニアとしては楽観視しています。

しかも、飯能や秩父という山域は僕は30年近く前から四季を問わず行き慣れていて、行く予定の山の近辺のコースも9割がた踏破していて地形もほぼ把握していますし、何か問題が発生しても対処できる自信はあるので(ひとつ過去の事例を挙げると、冬の積雪時の棒ノ嶺や蕨山にも登ったことがあって軽めのラッセルも経験していますし。このへんは万が一他者に頼るとしても、人里も近いし)、まあそういう決め方にします。今回はそれでも対応できる山域に設定しました。

ああそれで肝心の参加者の募集についてですが、山はまったくの初めての山ガールや山ボーイ? 候補でも、僕よりも近年の登山に詳しい、もしくは本ブログに違和感があって僕と徹底的に議論したい方でも、とにかく僕との面識の有無や居住地域や老若男女を問わず誰でもよいと思ったのですが、あくまでこの場では僕の思いどおりにやってみるということで、軽くではありますが参加条件を以下に絞ってみます。


1. 国内外問わず「人力」の移動手段による旅や登山にこだわり、「人力」こそが旅の基本であると信じてやまない方
2. 2010年(今年)、本ブログを毎月欠かさず3回以上覗いている方
3. 拙著『沖縄人力紀行』(彩図社刊)や編著『野宿塊』を読んでいて、しかも現在も所有している方


の3点のうち、いずれか1点の条件に該当する方、とします。
なにぶん今回初めてなので、僕とある程度の共通項があり、かつ本ブログの意図にも賛同できる(長々とした駄文の多さにもめげない、飽きない)方が来てくださるとより嬉しいもので。3点すべてだとかなりハードルは高いはずなので(というか、そんなに僕が好きで? 酔狂な方はこの世にいるのかしら?)、いずれかとします。当日、参加確認のためにこれらに関するマニアックな質問をぶつける予定。拙著を持参された方にはサインも無理矢理書きます。

また、その登山でひとつ少し変わったことをやるつもりなので、参加する方には特に必須の持ち物としてヘッドライトを用意していただきたいのですが、まあ無理そうであれば僕がいくつか所有しているなかから貸し出すこともできます。

ホントは、登山初心者向けの山岳専門誌の記事や教科書的な書物ではこういう口約束みたいな同行者の募り方や適当な計画の立て方ではいかん、と間違いなく怒られる曖昧さでしょうが(そのへんが気になる方は、例えば発売中の『岳人』10年12月号の第1特集の山岳遭難話でも厳しく触れているので、それも参照するとよいかも)、僕はそれは程度の問題だと思っていて、もちろん適当ぶりがダメな場合もあるというさじ加減はわきまえているつもりで、でも同行者の力量を鑑みて行程をしっかり選べば今回は行ける、と踏んでいます。というか、仲間内の登山でもいつもそうしています。そりゃあ何か問題が起こっても同行者と協力しながらも責任を取れる範囲内でなければ、他人と一緒に行くなんてことはできませんからね。それはお金を取る・取らない山行にかかわらず共通する要素なので。
ただ、最近の登山者は行く前の計画から何事もきっちり決めるよりもエスケープルート(逃げ道)を多めに設定するなどしてある程度の曖昧さを残すというか選択肢の幅を持たせたほうがとっつきやすく、その許容範囲を見極められればそういう適当? な登り方があってもよいではないか、と僕は思っているので(あくまで登山も「人力」の旅の一環として捉えていて、徒歩旅や自転車旅でも寄り道する余裕もなくあらかじめ決めた道を脇目をふらず進むだけなのも寂しいし)、僕はそういう曖昧さを結構大事にしているのです。

実はここ数日はインフルエンザやノロウイルスではないけど風邪をひいたりなんだりで体調を崩している現状でこんなことを企てている場合ではないのだけど(先月までの仕事の忙しさのツケがまわっているだけ)、まあ来月に合わせて体調はきっちり戻すつもりなので、ご心配なく。

ああそうそう、催行人数は最大で5名と考えていますが、最少では1名(つまり僕とマンツーマン)でも行くつもりなので、そこはご承知を。力量を知っている僕の山関係の友人知人が手伝いに来てくれればもう1~2名増やしてもいいかもなー。

では、ご希望の方は事前に参加の意志を確認したいので、参加する旨を、

watarureport@mail.goo.ne.jp

宛てにメールで、来月5日(水)頃まで受け付けます(僕のより詳しい連絡先をご存知の方は、そちらでも可)。そのさい、氏名(実名)、すぐに連絡の取れる電話番号かメールアドレス、22日(土)へ延期した場合の参加の可否、を教えてください。

登山について何か質問等があれば併せて聴きますし、これに先立って何か登山の装備を新調したいという場合は、東京都・埼玉県在住の方であれば今月中は比較的自由な時間が多く取れるので実際にお会いして買い物にも付き合いますよ(他人の登山道具の買い物に付いて行くのが昔から大好き)。
また今回をきっかけに、オマエなんか信用ならん、もっと登りたいんだ、と意欲満々の方には、僕の人脈も辿りながら各人の方向性に沿ってより深く登山を教えてくれる適切な人や集まりを考えます。
今回の催しはあくまで、まずはその前段階としてそんなにお金をかけずにお試しで山を歩いてみる、という体で行なうつもりです。比較的高くつくガイド等の催しとは違って仲間内感覚で行くのでもちろん無料ですし。単にそのきっかけを安く提供できれば、と思います(登山は本気で続けてゆくとなると意外にお金がかかるので、その苦しみ? はよくわかります)。いきなり夏の富士山よりも、高尾山とかこういう低山から段階を踏むほうがいいと思うけどなあ。

一応、当日は時期的に降雪の可能性もなくはないですが、もしあっても過去の傾向を考えるとそんなに積もるほどでもなくて心配ないと思います。でも大雪の場合は延期を基本に、対策を当日までに考えます。

まあ仮に応募ゼロであっても、その日はひとりででも行くつもりなので、予定は空けておきますけどねー。
ではまた長くなってしまったけど、ご応募お待ちしております。



※おまけ


飯能方面の山のイメージ写真として、10年2月に行った日和田山近辺のを挙げてみますか。
基本的には樹木ばかりだけど、このくらい眺めの良いところもあるのですよ。

久々のサッカー観戦で偶然見届けた10番の節目

2010-12-06 23:00:59 | スポーツ
4日(土)、実に約2年7か月ぶりに埼玉県さいたま市の埼玉スタジアム2002へサッカー観戦に行った。
やっと普段の生活でそういうことができる余裕も出てきたわ。

かねてから応援している浦和レッズの試合を今季はなんだかんだでまったく観に行けていなくて、7月と10月の大宮アルディージャとの「さいたまダービー」も金欠だったり仕事から逃れられなかったりといろいろあってタイミングが合わず、結局は行けなかった。でもダービーは逃がしてもなんとか今季じゅうに1試合くらいはと思って予定も考えて獲ったチケットが偶然、今季最終節の試合となった。
テレビ観戦はたまにするものの、生観戦で2年半以上遠ざかったのはJリーグ観戦歴約17年で初めてかなあ。ふがいない。

で、観た対神戸戦は0-4という浦和ホームの試合にしては散々な結果となったが、これは神戸が負けたらJ2落ちという危機感によって気迫に勝ったからで、この試合に限っては浦和の試合運びは閉口するブーイングものの内容で、今季最悪の試合だったかも。
これによって最終的にリーグの順位は10位となったことにも特に面白味はなく、今季途中で高原や都築や阿部ちゃんのような日本代表経験のある主力が移籍や期限付き移籍で抜けた影響もあるだろうけど原因はそれだけではないだろうから(ここ数年は若手も出場機会がなければどんどん外へ出ていっているわね)、来季はもっと攻撃的にいくべし、としか言いようがない。柏木をもっと得意の前の位置で起用するとかして、攻撃面の改善を期待する。今季のほぼエジミウソン頼みのままではダメ。田中達也のほかにももっと自力で縦に突破できるFWが欲しい。
そういえば一時はJ2落ちも視野に入っていた大宮も最終的にはなんとか12位に留まって、来季もさいたまダービーを観られる可能性は残ったから、来季に3年ぶりにそれを観に行くか。

で、試合内容はさっさと忘れて、最終節ではチームから天皇杯とは別に1年を締めくくる何かしら挨拶があるのが常だが、今季に関してはちょっと複雑で、浦和を2季率いて常勝軍団を作るべく改革を進めてきたフィンケ監督が去ることと、もうひとつ大きいのがこれまで5年強も10番のユニフォームを着て戦ってきたポンテも今季限りで退団することになって、ふたりの別れの挨拶があった。

フィンケの采配については昨季序盤から賛否両論あったが、特に原口や山田直輝ほか若手の発掘を進めて今後の浦和が勝ち続けるための新たな可能性を示したことは素直に評価できるかな、と。
挨拶でも一度は頂点に立ったチームの改革はまだ半ばの状況チームを去ることへの悔しさが滲み出ていたし、“レッズサポ”からも監督のクビ切りよりもやるべきことがあるだろう、という批判的な雰囲気も横断幕の文言などから溢れていて、徐々に意外にフィンケ流は受け入れられていたんだなあ、と最終節にスタジアムに足を運んで初めてわかった。

それからポンテだが、僕と同世代の彼が在籍していたあいだに天皇杯優勝、リーグ優勝、ACL出場と浦和の新たな歴史を刻んで立ち会ってきた、というか立役者のひとりで、過去の浦和の外国人選手でも屈指の貢献度の選手であるね。まだやれると思うのだが、球団的には戦力外という判断で……。
そのポンテの活躍への感謝を込めて、セレモニーで彼の挨拶に合わせて赤い血の色が特に濃い北側ゴール裏と1階の観客席を中心に赤色と白色と黒色のシートを配布して白地のハート型に赤字の「10番」の人文字を作って示していた(上の写真参照。僕が観戦していたのは上部のやや安い2階席みたいなところ)。また、試合開始前からスタジアムの観客の通路出入口やスタンドにもいつになく多めにブラジル国旗も貼ったり掲げられたりしていたし。

またポンテのほうも、メモを見ながらゆっくりだが挨拶全文を日本語で読み上げて、浦和愛によってお互いにがっちり通じ合っていたことがよくわかり、ちょっこし感動した。そんな場を最終節を観に来て偶然見届けることができたのは良かった。いや良くないか。どっちだろう。うーむ。
まあたしかに年齢的な衰えはさすがにブラジル人選手でもあるだろうし、球団的に若手をもっと伸ばしたいという意図もあるのだろうが、このタイミングでクビとはねえ……。最近、モーニング連載のサッカー(と言うよりもフットボール)マンガ『GIANT KILLING』にはまっている影響で(実は今秋から地上波放送も始まっているアニメ版も毎週欠かさず観ている)、チーム作りの裏側や応援するサポーターの機微にもより興味を持つようになったため、こういう人事的な面も気になるようになってきたから、より複雑。まだ勝ち進めばフィンケの指揮する機会はそのぶん延びる天皇杯も頑張れ。

来季の浦和、どうなるんだろうねえ。まあとりあえずはどんな監督・布陣になっても応援し続けることには変わりないけど、もっとサポーターの納得できる選手起用や試合運びが毎回できるチームになるといいね。
来季は経済的にどうとかいうのはなんとかして、浦和をはじめもっと試合を観に行かないとね。そろそろカズやゴンなどベテランの活躍を観られる機会も減ってきているし(というか、Jリーグ初期を支えた彼らと同世代か若い元選手たちが各チームを指導するくらいの歳になってきたしなあ)。
周りにサッカー好きを軽くは公言している身として、来季は再びもうちょい生観戦しに行かなければ。


※12日の追記
先週、来季の監督がペトロヴィッチに決まり(10年前の浦和時代が懐かしいなあ)、それに補強もアルビレックス新潟から日本代表DF永田やMFマルシオ・リシャルデスを獲ったりして徐々に決まり、なんとなく来季の構想が見えてきた(来季はかなりの戦力ダウンの新潟には悪いけど)。まあ楽しみにしますわ。

創業80周年記念にちなむ催しにしてはなんとも……

2010-12-03 11:30:09 | 登山

1日の投稿にある野宿の半日前のできごとに遡る。

先月30日(火)夜、山と溪谷社の創業80周年記念として出版された『単独行者(アラインゲンガー)』と『ヤマケイ文庫 垂直の記憶』の発売記念講演会として、それぞれの著者の谷甲州氏と山野井泰史氏が「ひとりで山に登る」、つまり単独行をテーマに対談する催しが東京都千代田区麹町の「TOKYO FM HALL」で行なわれた。
元々は何事においても単独行志向の僕としてはもちろん話の内容は良かった。その詳細は今後発売される『山と溪谷』11年1月号か2月号の誌面にもくまなく反映されるだろうから、そちらに譲る。ただ今回、それは置いておいて立腹したというほどでもないけどすんごい気になったというか疑問に思ったのは、運営面というか参加者の扱いについて。

今回の催しの聴衆の募集は無料で先着300名で、インターネット利用で特設ページから申し込む、という方法だった。これは事務的な手間をできるだけ省くことを考えるとわかる措置だが、しかしこれでは普段の『山と溪谷』などの紙媒体の読者のなかでPCを使わない・使えない、けれども講演会には興味ある、という読者もいただろうに、受付はPC利用のみという情報格差? が発生している。
まあ最近は身内や友人に申し込みを代行してもらう対策もあるが、そういうことは自らやりたい人もいるだろうしなあ。
しかもこの催しのフライヤー(上の写真左)も、僕が見かけた限りでは東京都内のいくつかの書店や山道具店に散らしてはいるものの、やはりその書面上でも申し込みは特設ページからのみと謳い、アナログ? な読者を完全に締め出している。
さらに特設ページから申し込むと向こうから受付が済んだことを知らせる、そして当日の「講演会参加証」のメールが届くのだが、このメールを印刷して当日持参せよ、という手間もかけている。これはほかの一般的な催しでは氏名と電話番号程度の個人情報のみわかる参加者名簿を作って受付時にそれをチェックして随時確認すればよいのでは、と思ったが、まあそういう手順になっていた。参加希望者にはメールを出力すべき環境も強いているのね。これは近年はネットカフェやビジネス関連の名刺作成や大量印刷等を行なう店にUSBメモリにでもそのメールを入れて持参して、そこで出力してもらう手もあるけど。
でも面倒っちゃあ面倒かな、まずこの申し込みの手順からしてうーむ、と不思議に思った。

次に、今回募集した300名は開催当日の数日前に定員に達していて、そうなるとその締め切り後はいくら問い合わせてももうダメ、当日のキャンセル待ちみたいな臨時の救済措置もなし(当日の受付時に手間がかかるし、あとから申し出た人を特別扱いで一度受け容れるとすべて受け容れなければならなくなって収拾つかなくなる)、ということになる。これは会社の担当者に前日に電話で直接確認したことだが、まあとにかく余計な仕事を増やしたくないということらしい。

で当日、蓋を開けてみると結局は僕の目視で少なくとも50席以上の空席があり(終了後に座席にある資料が持ち帰られていない様子を正確に数えれば、60席以上あったかもしれない)、一般的に無料の催しというと、とりあえず申し込んでおけと気軽に申し込んで実際に来場する意欲の低い人もいるのが常だが、そういう中途半端な人の煽りを受けて申し込みが締め切り前にできずに遅れた、もしくは催しがあることを遅めに知ったがすでに締め切られて、行けるのにもうダメで諦めざるを得ないと悔しい思いをする人が損をする、という事態が実際に発生していたのはなんだかなあ、と思う。

というのも開催数日前になってからだが、これに興味のある僕の友人知人を2名追加したかったのだが、そういう事例も定員に達したあとでは一切ダメ、と問い合わせ時にはっきり言われて、そんな話を真に聴きたい意欲満々の、そして当日に行けることがわかりきっている人が空席があるのに入れない、という事態はなんとも歯がゆかった。
そういう人たちを実際に入れるかどうかはわからないよ、という条件付きででもいいから当日のキャンセル待ちの列でも別個に作ってでも少しは受け容れることができれば、より話を聴ける、そしてその後のロビーでの谷・山野井両氏の著作の即売でもより売り上げを伸ばせたはずなのに、と思った。
これは受付時に参加証の提出ではなく、きちんと名簿を作って来場者をチェックするカタチにすれば、開始時にどのくらい来ていない人がいるのかもその都度パッと見でだいたいわかると思うのだが。

ちなみにこのとき、会場への交通の主な手段としての東京メトロ半蔵門線が(最寄り駅は半蔵門駅)、都心から南西へ延伸している東急田園都市線で17時50分にあざみ野駅で発生した人身事故でちょうど開始前の時間帯に一時不通、その影響で折り返し運転とダイヤの乱れも発生していたという不運もあって、その煽りで遅刻する人も多少はいたが(実はこの不通によって事前に予約済みの僕の知り合いが1名、会場に到底間に合わないということで来場を諦めていた)、それでも空席は50席以上あった。まあこれは同情の余地はあるけれども、それでも開始時間に間に合わなければそれは当人たちが悪いので、時間内に来場しているキャンセル待ちの方を先に受け容れて、遅刻した方は立ち見、という方法もあったのではないか。
まあ実際には、会場でそういった余剰人数が発生しても全員着席できたと思うけど。

それから講演後のサイン会についてだが、そんなふうに全体の開始時間が鉄道の遅延で遅れてそれに遭った人をしばし待ったこともあって、開始時間が11分遅れて進行もずれて、事後の会場の撤収作業も考えるとサイン会の時間を短縮かも、という焦り? も主催側にあったと思う。
それを見越してか、サインは谷・山野井両氏の署名のみで個人的な名入れなどはダメ(あとこういう場でよくあるのは記念写真撮影とか花束贈呈とかかな)、というお触れが事前にまわっていて(会場も含めて写真撮影も一切ダメ。それはまあわかるが、両人がそれぞれ許可すればいいんでないの?)、両人はただただ次から次へと流れ作業的に自分の名前を書いてゆくだけという、なんとも淡白なサイン会となった。というよりも単なる公開型の署名大会だった。まあそれぞれの著者と至近距離で顔を合わせられたことはもちろん嬉しくて良かったけどね。

実際にその列に並んだ人も両人それぞれ100名もいなかったかな(本が高価なこともあってか、谷氏の列のほうが短かった)、おそらくそれは主催側の予想よりもはるかに低い人数で、結果的には終了予定時間の20時45分の7分前にはサインを求める人はすべて捌けきっていた。だったら名入れもできたじゃあないか、進み具合に合わせて臨機応変に対応できたんじゃないの、と僕は列の最後のほうにあえて入って全体を観察していて思った。
というか、著者と読者が万難を排して? 直接対面しているのにサインは流れ作業でそれだけ、というのもなんか逆に寂しかった。芸能人やもっと高名な作家みたいに100人とか200人とかいたわけでもないのに。

この慌しさは、このホールを借りるさいの料金設定が21時までなので、それ以降は延長料金が30分ごとに発生するためにできるだけ21時までに収めたい、という意図があったのは今となってはよくわかる。この類の貸し会場の夜の時間設定は21時までというのが多いから、そこは同情の余地は多少あるけれども。こういう会場、22時くらいまでに設定してくれないもんかなあ、そうしたらもっと利用する団体は増えると思うのだが。

だが、繰り返しになるがせっかく著者と読者が直接対面しているのだから、時間を30分延長してでも参加者各々にほんの少しでも両人に挨拶なりなんなりができる時間的な余裕があって然るべき、と思う。延長がイヤなら、開始時間を18時30分ではなく18時に早めればよいのではないかと。そうなると仕事の都合等で来にくいという参加者もいるだろうが、そこを有給休暇なり早退なり仕事を倍速で片付けるなりでやりくりして、その時間になんとか合わせて来るくらいの気合も聴衆側にも必要だと僕は思っている。それも無理なら費用はかさんでも期日を土日祝日に設定すればよいし。

まあさすがに、この2日前に別の催しで角幡唯介氏に今年の開高健ノンフィクション賞受賞作の『空白の五マイル』(集英社刊)にサインをもらったときのように刻印まで押してくれたくらい丁寧に応対してくれとは言わないが(角幡サイン会は20名程度だったかなー)、流れ作業をホイホイ進めて両人のサインに際して何か一声かけることさえ許されない空気が漂っていたのはどうなんだろうねえ。ホントに寂しい限り。
できれば、また別の機会にサイン会のみの場を、書店や、登山系の催事に理解のあるICI石井スポーツの「アースプラザ」などで再度設けられるとよいと思うけどなあ、どうなんだろうなあ。

というわけで、特に今年は個人経営のカフェで参加者数名程度の小さな会場から今回のような300名規模の会場まで大小様々な場所で旅・登山関連のトークショーや講演会を硬軟問わず聴いてきた(数えてみると今回のヤマケイのが今年20本目)、それに今回と規模と内容の差は雲泥だが昨年にいくらか柔軟性のあるトークの催しを個人的に主催できた経験を踏まえて視ても、この催しは全体的に主催側が読者への還元よりも無難にコトを運ぼうとするがゆえの杓子定規ぶりというか頭の固さが目立ち、せっかく肝心の話の内容が良かったのに、80周年記念という冠が付いているわりにはお粗末でツッコミどころ満載の催しであった。なぜ全社を挙げて大々的に行なっているのに、当日の人員もそれなりに配置して費やしているのに、そんなに落ち度がいろいろあからさまに見えてしまったのだろうか、ああもったいないもったいない、としきりに思った。
ホントはヤマケイの関係者の方々に少し挨拶しようかと思ったが、催し全体のそういうことが目につきまくったので、それを先に整理して考えたいがために特に何もなく会場をあとにした。それを考えてばかりだったものだから、ここ数年で山野井さんの奥多摩の御宅に泊まりに行くくらいの仲である知人からの山野井さんへの伝言も伝え忘れちゃった。

僕は基本的には大好きな山と溪谷社、催しの運営面であぐらをかいたようなこの固さのまま今後もいくと、最近勢いのある出版社に出し抜かれるのも時間の問題かもしれない、と本気で思った。良い本を出版する会社なのはわかっているから、読者への還元という意味でのこういった催しももっと丁寧に扱ってほしいものだ。もっと柔軟性のある催しを。
と、『単独行者』と『垂直の記憶』をもちろん両方とも買っている立場から(ついでに挙げると『垂直の記憶』の単行本のほうも初版を持っている。ほかにも今年はヤマケイの本は数冊買っていて売り上げに1万円以上貢献していますよーだ)、僕の友人知人約3名がこの催しへ行けなかったというリベンジの意味も少々込めて正直に言わせてもらった。


※4日の追記
昨日、急ぎで書きなぐったせいで誤字が多かったのでそれを直し、少々追記もしました(東急電鉄に問い合わせて確認した、開催当日の東急田園都市線の不通のこととか)。
※12日の追記
リンクも追加し、さらに少々追記しました。いじるのはもうこれでやめておく。

※2011年1月末の追記
『山と溪谷』11年2月号にやはり、この催しの再録記事が掲載されていますわよ。

打ち上げ的単独野宿

2010-12-01 09:19:00 | 野宿

先月30日から今朝にかけての月またぎで、東京湾の海っぺりで野宿してきた。
ただ今回は、今秋はホントにずっと仕事漬けで例年以上によく働いたよなあ、と充足感はいつになくあって、なので久々にそんな自分で自分を労いたくてつまりひとり打ち上げ的な野宿をしたい、という大義名分? があった。男は黙って単独野宿、のときもある。

で、なぜこの場所にしたかというと、先月13~14日に『野宿野郎』の催し? でもここで野宿していて、写真を見ると眺めはよろしくて気持ち良さそうだったから。そのときの参加者からのこの場所についての情報も小耳に挟んでいたし。
ちなみに、地図でこの近辺を調べると、地図から思い出したが実は学生時代だから約14年前に、お中元のアルバイトでこの近くの倉庫に1か月強通った時期があって(しかもそのときはかなりこき使われたので、休みなしで毎日連続で行っていた) 、一応は土地勘のある場所なのよね。以前よりもコンビニエンスストアが増えたかな。
ただそのときは周辺の道路も日中に往来していたため、今回のように夜から朝にかけての人や大型トラックの動きは初めて知り(平日の倉庫周辺の路肩には荷受けの待機でアイドリングしながら仮眠中のトラックが並ぶ)、ああこういう感じなのか、と14年経ってようやく腑に落ちた感じ。

ただ実際に野宿してみて、この場所から日付が変わる消灯前まではライトアップの様子がバッチリ見られるレインボーブリッジや東京タワーをひとりで観ながら悦に入ってもなんとなく手持ち無沙汰な感じだったので、こういうところは複数人で共有したほうがいいのかな、と思った。
できれば、特定の異性と一緒に野宿デートみたいなカタチがよろしいのかも。再三挙げてしつこいようだが、僕にはその相手は相変わらずいないけど。一度はやってみたいものだ。

まあとにかく、風がやや吹いていて肌寒かったが、それでも予想以上に満ち足りた野宿となった。もう少し暖かい時期に宴会的に行なうとより楽しめるだろうね。また時季を変えて再訪してみよう。


それから、この野宿に関連するかどうかはようわからんが、先月28日付の朝日新聞13面の読書面で、かねてから推している『野宿入門』(かとうちあき、草思社刊)が取り上げられた。まさかこの本があの朝日の書評とは、と驚き。この本になぞらえて考えると、今回の野宿は「積極的野宿」になるか。
ちなみに、その評者は今月もまた新作の写真集を刊行する(『日本カメラ』10年12月号の小林紀晴の連載では最近の本や写真集の刊行ペースは驚異的、と褒められて? いる) 石川直樹くんで(もちろん朝日の書評委員に就いていることは今年前半から知っている)、内容はともかく、このよく目立つ全国紙上のコンビプレイ? ぶりはなんなんだ、と可笑しかった。

というのも、ここ4年くらいのことだが、かとう編集長(仮)と石川くんのそれぞれの交遊関係は旅や出版関連で意外にかぶっているところが多く、実際に直接対面というか同席している場も(先月は編集長(仮)が報告者だった) 地平線会議の報告会ほかいくつかあることも知っている。だから共通の知人はかなり多いはず。たまに僕も同じ場に出くわすものだから、それを思い出すとこのアシストぶり? がより可笑しく感じる。実際、この書評のおかげで28日午後~30日あたりは『野宿入門』に触れる人が主にアマゾン経由で新たに増えたようだし。良かったね。
編集長(仮)は石川くんにお礼として菓子折りのひとつでも持ってゆくべきではないか。今月下旬に新宿で写真展をまた催すし、そういう場ででも。

それに、そろそろ世間一般的に知名度も並んできて有名人なんだから 、いよいよふたりでトークイベントとか合同野宿とか実際に対面しながらの催しで相通ずる“冒険者”同士で直接絡めばいいのに、と僕は密かに望んでいる。セッションというかコラボレーションというか、石川くんが「消極的野宿」を撮る、とか。あるいはふたりとも読書家なので、旅・野宿本対決とか。
編集長(仮)はこれまでの野宿取材でも、デジタル一眼レフカメラで撮られたことはあってもフィルムの中判カメラで撮られたことはないだろうし、より面白いのではないか、と思う。