毎回欠かさず傍聴されている方の傍聴記を引き続き転載します
西川重則氏(平和遺族会全国連絡会代表、止めよう戦争への道!百万人署名運動事務局長)傍聴記より
5月8日(木)、衆議院憲法審査会が開催され、午前中の参考人意見の内容を改定案に生かすまもなく、
午後には国民投票法の改定案が採決され、48対1で可決されました。その光景は憲法をめぐるいまの
国会状況をそのまま示しているようで恐ろしくもありました。
この日も前回に引き続き午前、午後と審議が行われ、9時から12時までの参考人質疑、14時から16時
までの法案提出者に対する質疑の後、笠井亮氏(共産)の反対討論、法案の採決、武正公一氏(民主)
による附帯決議案の説明、同案の採決が淡々と行われ、16時15分頃に閉会となりました。
法案も附帯決議案も反対したのは笠井氏のみで、同氏と採決に加わらない保利耕輔会長(自民)を除
く48名が起立して賛成するという結果でした。一緒に傍聴した方が、この様子を見て「(笠井氏は)
まるで山宣(注)のようだった」と言っていたのが印象に残りました。
(
注)*山宣:山本宣治。1889年生まれ。生物学者、政治家(衆議院議員)。
1929年、全国農民組合大会で治安維持法改悪反対を訴えた「実に今や階級的立場を守るものはただ一人だ、
山宣独り孤塁を守る! だが僕は淋しくない、背後には多くの大衆が支持しているから」という演説の一節はあまりにも有名。
その翌日、右翼団体メンバーに刺殺された。(『ウィキペディア』から要約)
この日の委員の出席状況は、4人の参考人からの意見聴取が行われた9時から10時頃までは35人以上でしたが、
質疑が始まると欠席者が増えて11時過ぎには過半数ぎりぎりの25~26人となる時間帯がありました。
このとき笠井氏が「休憩、休憩! 成立してないじゃないですか、これ。失礼ですよ、参考人に」とヤジを飛ばすと、
その後は出席者が少し増えて12時前には35人ほどになりました。
午後は採決が予定されていたためか出席者が多く、審議が再開された14時に40人前後、15時すぎには35人ほどまで
減りましたが、採決時には50人全員が出席ということになりました。
委員以上に変動が大きかったのが記者・カメラマンの数で、15時前までは10人に満たなかったのですが、
採決の時間が近づくにつれてみるみる増加して、最後は傍聴席の後ろに40~50人が立っていました。
採決時にはテレビカメラも5台あったと思います。
傍聴者は前回より多く、午前も午後も20~25人くらい。百万人署名運動は、午前3人、午後5人で傍聴してきました。
なお、この日は冒頭から11時過ぎまで、かつて衆議院憲法調査会会長、憲法調査特別委員会委員長を務めた中山太郎氏
が議場に姿を見せ、にらみを利かせていました。
参考人の意見
午前中に行われた参考人質疑での各参考人の意見の概要を、『NHK NEWSWEB』の記事から引用すると、下記のとおりです。
公明党が推薦した上智大学総合人間科学部教授の田中治彦氏は、国民投票の投票年齢に続いて、選挙権が得られる年齢の
引き下げが今後検討されることについて「中学校や高校での政治教育の充実が必須であり、知識を教えるだけではなく、
地域の課題を発見して解決させるなど、参加型の教育が大事だ」と述べました。
民主党が推薦した元慶応大学大学院講師の南部義典氏は「国民投票の投票年齢や選挙権が得られる年齢、さらに民法の
成人年齢や少年法の適用対象年齢はすべて一致させるべきであり、具体的なロードマップの策定が必要だ」と述べました。
共産党が推薦した自治労連副中央執行委員長の松繁美和氏は、法案の付則で、今後の検討課題となっている公務員が
組織的に賛否を働きかける勧誘運動を禁止する是非について「労働組合だけではなく公務員が加わった市民団体の活動も
規制することにつながって、結社の自由に反し市民の自由な活動も制限することになりかねない」と述べました。
日本弁護士連合会副会長の水地啓子氏は、公務員の運動を規制することについて「あらゆる公務員を含む国民の自由は
確保されるべきで、改正案で裁判官や警察官などが賛否を知人に働きかける勧誘運動が禁止されていることの見直しを求める」
と述べました。
上記のように松繁氏と水地氏はともに公務員の運動の禁止・規制に反対する意見を表明しましたが、発言の中では下記のよう
な具体的な事例も挙げられており、強い説得力があったと思います。
松繁氏は、規制のない今でさえ「政治的中立への配慮という言葉を使って公共施設を使わせなかったり、自治体が集会の後援
を断る事態が相次いでいる」ことを指摘し、「憲法改正手続を考えるときには、主権者である国民が自由に意見を表明できる
ことが重要であり、憲法に深くかかわって仕事をしている公務員や公務員労働組合の政治活動の制限は国民全体の意見表明の
萎縮につながりかねない」との危惧を表明しました。
また、水地氏も、「公務員にも組織を結成して活動する自由があり、『組織により』(注)という概念で活動を規制することは、
意見表明や活動を萎縮させる危険性を持つ」と述べたうえで、「例えば、学校において憲法についての議論がタブー視され、
これからの社会を担っていくべき生徒、学生たちにこそ議論してほしい憲法問題が議論されないという現象すら生じかねない」
と警告しました。
(注)*改定案の附則に「4 国は、この法律の施行後速やかに、公務員の政治的中立性及び公務の公正性を確保する等の観点
から、国民投票運動に関し、組織により行われる勧誘運動、署名運動及び示威運動の公務員による企画、主宰及び指導並びに
これらに類する行為に対する規制の在り方について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする。」との規定がある
ことを指しています。
もうひとつ、参考人の発言内容を要約した『しんぶん赤旗』のウェブ版の記事を紹介しておきましょう。
自治労連の松繁美和副委員長は、現行法が投票年齢など問題が山積した欠陥法となったことについて「国民の中で議論を尽
くさずに結論を急いだからだ。(法制定時と)同じことを繰り返すことを容認できない」とのべました。
日本弁護士連合会の水地啓子副会長は、現行法が最低投票率を定めていない問題などをあげ「これらの見直しは必至と考える。
引き続き十分な検討がされることを希望する」と強調しました。
上智大学の田中治彦教授と元慶応大学講師の南部義典氏は、投票年齢について発言。南部氏は、手続き法以外の年齢条項見直
しで政府内に不一致があり、「法整備に向けた合意形成に不安を禁じえない」と指摘しました。
「組織」とは何か?
水地氏が指摘した「組織」の問題については、午後の質疑でも笠井氏(共産)と船田元氏(自民、提案者の中心人物)の間で、
下記のようなやりとりがありました。
すなわち、笠井氏が「例えば大企業とか日本経団連などが国民投票運動を行えば国民への影響力は相当なものになると思うが、
なぜ公務員だけを問題にするのか」と質したのに対して、船田氏は「私どもが『組織により』と書いた中には、組合だけでなく
企業のこともある。NPOの団体なども考えられると思う。この『組織』という点については、いろいろと考える余地が残っている」
と答えたのです。
これに対して、笠井氏は「NPOなども組織的に運動を行うと問題になるという新たな問題を言われたことは非常に重大だ」と指摘
しましたが、ほんとうにそのとおりで、船田氏の発言は私たち百万人署名運動にとっても聞き捨てならないものだったと思います。
社民党の反対意見
午後の審査会では、委員を出していない社民党も質疑を認められ、わずか20分でしたが、吉川元氏が発言しました。
その最後の部分を紹介しておきます。
「最高法規である憲法の改正手続きが政治的に愚弄されている。安倍内閣の解釈改憲のたくらみとあわせて、憲法の最高法規性が
危機に瀕していると言わざるを得ない」 「改憲が急がれる事情があったとしても拙速な手続き整備が正当化されることはないし、
改憲を急がせる世論もない中で、立法意思を無視して解けていない宿題を解いたことにするのは非常に乱暴で、許されるものではない」
「手続きをないがしろにすれば民主主義を崩壊の危機に陥れてしまうのではないかと危惧しており、改憲をしたいがための弥縫策
に国会が加担するようでは国権の最高機関としての地位をみずから捨て去ることにつながると強く警告したい」
「社民党は国民投票法改正案に断固反対であり、本法は廃止し、政治的思惑を離れて議論をやり直すべきである」
憲法審査会採決時の様子
衆院本会議でも可決
冒頭に書いたように、国民投票改定案は、上記の質疑が終了した後、笠井氏(共産)による反対討論などを経て、
8対1という圧倒的な賛成で可決されました。そして、翌9日(金)の午後開かれた衆議院本会議でも、保利会長の報告、
笠井氏の反対討論、武正氏(民主)、三木圭恵氏(維新)、小池政就氏(みんな)、小宮山泰子氏(生活)の賛成討論を経て、
わずか30分ほどで可決され、参議院に送付されました。
本会議で表明された笠井氏、武正氏の意見及び可決後の各党幹部の談話が『NHK NEWSWEB』で報じられていましたので、
紹介しておきます。
衆議院本会議では討論が行われ、民主党の武正公一衆議院議員が「国民投票法の成立から7年がたち、長く宿題になっていた
課題について与野党を超えて協議が整い、きょうの採決に至ったことに感謝する」と述べました。
これに対し、共産党の笠井亮衆議院議員は「国の最高法規の憲法改定に関わる法律なので、僅か4日間、17時間の質疑で、
国民的な議論がないままでの採決は許されない」と述べました。
自民党の石破幹事長は、記者会見で、「憲法改正の権限は主権者である国民にあり、これまで改正するにせよ、しないにせよ、
国民が権利を行使できない状態が続いてきたことが問題だった。国民投票法の改正案は、憲法を擁護する立場の方からも
支持されるべきではないか。自民党は、憲法改正草案を示しており、今後、どの条文の改正を急ぐのか優先順位を決めて、
国民の理解の進捗状況を見ていきたい」と述べました。
日本維新の会の小沢国会対策委員長は、党の代議士会で、「維新の会は、去年の通常国会に独自の改正案を提出するなど、
この間の議論を引っ張ってきた。今回、自民党や民主党などとの共同提案になったが、維新の会の対応がなかったら、
この法案は仕上がっていなかったと思っている。改正案が成立すれば、いよいよ憲法改正の中身の議論になるので、
党内でしっかりと詰めていきたい」と述べました。
公明党の井上幹事長は、記者会見で、「今の国会で改正案が成立することになると思うが、これによって憲法改正の
手続きが整うので、憲法改正に向けた議論が現実味を帯びてくるという点で大変、意義がある。今回の改正で、4年後
に18歳以上の国民に国民投票の権利が生じることも大変、意義があり、できるだけ若い世代にも参加してもらって、
自分たちの国の将来をどう作るのか議論してもらいたい」と述べました。
みんなの党の浅尾代表は、記者会見で、「憲法改正の前提となる国民投票法の改正案が衆議院を通過した意義は大きい。
これから活発になる憲法改正を巡る議論に正面から臨み、党の主張の実現を目指していく」と述べました。
結いの党の柿沢政策調査会長は、記者会見で、「結いの党は、道州制などを導入していくために憲法改正を提起しており、
改憲に向けた条件が整いつつあることはよいことだ。ただ、投票年齢を18歳以上に引き下げる時期が、直ちにではなく、
4年後に先送りされている点は残念だ」と述べました。
生活の党の鈴木幹事長は、記者会見で、「改正案が成立すれば、制度の不備はなくなるが、問題は何を変えるかだ。
生活の党は『加憲』という考え方であり、特に9条は変えるべきではなく、安倍政権とはしっかりと対じしていく」と述べました。
社民党の又市幹事長は、記者団に対し、「国民投票を扱う重要な法案であるにも関わらず、公務員の運動に対する規制の
在り方など、いくつもの課題が残されたまま無理やり採決を行ったことは問題だ。参議院では、棚上げされている問題に
ついても、1つずつ丁寧に論議すべきだ」と述べました。
上記のように国民投票法改定案に反対しているのは共産党と社民党のみであり、他の政党は積極推進です。
こうした翼賛国会を許さないために、怒りをもって職場、学園、地域で憲法改悪反対の声を上げていきましょう。
今後も、参議院での審議について報告を続けたいと思います。(G)