夫はよく私に向かって「おまえのせいで仕事ができない」「おまえがきちんとしないから」「おまえがしっかりしてくれないから、俺は元気がなくなる」「俺を怒らせないでくれ(おまえのせいで俺は怒る)」と、よく私のせいにした。それだけではなく、いろんなことを関連づけて他のもののせいにした。
例えばこうだ。引越し先を探していたとき「この地域の人間の人相が悪いからやめた」、気に入って自分が選んだマンションなのに「ここは空気が悪いから引越そう」、店で品物を買う直前になって「ここの店員の態度が悪いからやめた」…などなど挙げればきりがない。
私は夫から「おまえが…」と言われるたびに、一生懸命夫の要求に応えようとしていたが、ある時から「何なんだろう、これは」と疑問を感じるようになった。いつもいつも、私のせい、他人のせいである。いくら他人がおかしくたって、自分が思うように行動すればいいじゃないか。私のせいでそんなに夫の感情が左右されるのか?夫は自分がないのだろうか…?
多分、夫の本質は、自分が何を感じているのかわからず、自分をもつ、ということが恐いのではないかと思う。かつて子どもの頃、父親から突発的に暴力を振るわれ、絶えず父親の顔色を窺いながら受け入れてもらえない悲しさや怒り、絶望を押し殺してきたのだろう。夫が自由に自分を表出させたり、思いのまま父親に話しかけたら暴力的対応があったであろうことも予想される。その結果、自分の感じたことを言ったり意見をもつことを抑圧し、父親の身振りや仕草ひとつで次にどのような行動があるのか、暴力の雰囲気が漂っていないかに神経を尖らせていたのではないかと思う。
物事に対して過剰反応したり、非常に被害的に捉えたり歪んだ捉え方をすることもそこからきているのかもしれない。また、自分の感情がわからないから他人の感情に関心を寄せたり、共感したりということができないのだろう。
言うことがコロコロ変わっていたことも納得できる。本当は自分が何を欲しているのか、何がしたいのかわからないのだ。そこで妻の意見を仰ぐが、それは妻の思いを大事にしようとしているのではない。自分がわからないから自分にとって最善の答を妻に期待しているのである。つまり自分がないから、妻を使って自分を充足しようとする。しかし、妻は夫の分身ではないから夫の期待する内容が何か100%知ることなどできないし、応えられない。そこで、夫の怒りが湧き起こることになる。
また父親に認められようと、また自らが力を得ようと、夫はある時から勉強に没入する。父親は息子の勉強に対する支援は惜しまなかった。夫は一浪して入学した高校をすぐやめて別の高校に入学しなおしている。また、大学も3回くらい別のところに編入し、しばらく働かずに留学までさせてもらっているのだ。そこで、夫は専門的な知識と専門的な技術を磨き、帰国してそれなりに名の通った企業で優遇されることになる。夫は職業アイデンティティーで自分を形作り、仕事を通しての他者評価を受け、父親からも認められ、やっと仮の自分を感じることができるようになったのだと思う。夫は職場ではいい人になり、たまに切れたり怒鳴ったりもしたらしいが、すぐ人なつっこい笑顔を浮かべて周囲の信頼を得ようと努力した。しかしそれは、夫にとっても非常に疲れることでもあっただろう。社会(父親)の認められる自分を作ったが、社会(父親)はいつ暴力的になるかもわからず、常に社会(父親)に認められるよう神経を遣わなければならなかったのだから。
夫の母親はといえば、夫を溺愛していた。夫にはいろいろ買い与え、夫が社会人となり、父親が病死した後でも、夫が家を買うと言えば頭金を出してやり、車が欲しいと言えば買ってやっていた。ただやはり家の中では父親が中心だったので、父親が怒ったり暴力を振るっていたとき、母親は無力だったと思う。ただ黙って見ているだけだっただろう。そんな母親に対して夫は甘えと同時に、どこか怒りを抱いていたように感じる。ある部分で母親が「自分が求めることをしてくれるのは当たり前」「世話をしてくれるのは当たり前」と思いこんでいた夫は、実家に帰ると横暴な態度をとった(私が夫の実家に遊びに行ったときは、既に父親は病死していた)。私が夫の実家に行って驚いたことだが、夫は自分の布団の上げ下げを母親にさせ、母親の好きなドラマを「くだらないから見るのをやめろ」と禁止し、母親が作った料理の保存法が気に入らないと、入れ物ごとゴミ箱に捨てた。そんなとき夫は私に向かって「母親があんまり変なことするからつい怒っちゃったよ」と、何でもないことだと笑ってすまそうとした。
母親はそんな息子を気にかけながらも恐れていたようだ。義妹から聞いたところによると、以前一時期夫が転勤で遠方に住むことになったとき、母親は「これで息子が滅多に帰ってこなくなる」と喜んだそうだ。
結局夫は職場(社会、父親に象徴されるところ)で仕事をすることにより、不安に苛まれながらもいい人を演じ、かろうじて自分を維持しているのだろう。
そして家に帰れば自分の王国なのだ。妻は母親のように、自分の期待することを100%くみ取り、それに応えなければいけない。しかしもともと自分がないのだから、自分が本当に欲していることもよくわからないのだ。わからないことにも怒りを覚え、また自分の欲するものの答を当ててくれない妻への怒りも湧き起こる。自分の欲求を汲み取ってくれない、見つけてくれない妻は許せない。
そしてひとたびスイッチが入ったらとまらない。電池切れをおこすまで罵詈雑言を妻に向かって浴びせ続けるのだ。
例えばこうだ。引越し先を探していたとき「この地域の人間の人相が悪いからやめた」、気に入って自分が選んだマンションなのに「ここは空気が悪いから引越そう」、店で品物を買う直前になって「ここの店員の態度が悪いからやめた」…などなど挙げればきりがない。
私は夫から「おまえが…」と言われるたびに、一生懸命夫の要求に応えようとしていたが、ある時から「何なんだろう、これは」と疑問を感じるようになった。いつもいつも、私のせい、他人のせいである。いくら他人がおかしくたって、自分が思うように行動すればいいじゃないか。私のせいでそんなに夫の感情が左右されるのか?夫は自分がないのだろうか…?
多分、夫の本質は、自分が何を感じているのかわからず、自分をもつ、ということが恐いのではないかと思う。かつて子どもの頃、父親から突発的に暴力を振るわれ、絶えず父親の顔色を窺いながら受け入れてもらえない悲しさや怒り、絶望を押し殺してきたのだろう。夫が自由に自分を表出させたり、思いのまま父親に話しかけたら暴力的対応があったであろうことも予想される。その結果、自分の感じたことを言ったり意見をもつことを抑圧し、父親の身振りや仕草ひとつで次にどのような行動があるのか、暴力の雰囲気が漂っていないかに神経を尖らせていたのではないかと思う。
物事に対して過剰反応したり、非常に被害的に捉えたり歪んだ捉え方をすることもそこからきているのかもしれない。また、自分の感情がわからないから他人の感情に関心を寄せたり、共感したりということができないのだろう。
言うことがコロコロ変わっていたことも納得できる。本当は自分が何を欲しているのか、何がしたいのかわからないのだ。そこで妻の意見を仰ぐが、それは妻の思いを大事にしようとしているのではない。自分がわからないから自分にとって最善の答を妻に期待しているのである。つまり自分がないから、妻を使って自分を充足しようとする。しかし、妻は夫の分身ではないから夫の期待する内容が何か100%知ることなどできないし、応えられない。そこで、夫の怒りが湧き起こることになる。
また父親に認められようと、また自らが力を得ようと、夫はある時から勉強に没入する。父親は息子の勉強に対する支援は惜しまなかった。夫は一浪して入学した高校をすぐやめて別の高校に入学しなおしている。また、大学も3回くらい別のところに編入し、しばらく働かずに留学までさせてもらっているのだ。そこで、夫は専門的な知識と専門的な技術を磨き、帰国してそれなりに名の通った企業で優遇されることになる。夫は職業アイデンティティーで自分を形作り、仕事を通しての他者評価を受け、父親からも認められ、やっと仮の自分を感じることができるようになったのだと思う。夫は職場ではいい人になり、たまに切れたり怒鳴ったりもしたらしいが、すぐ人なつっこい笑顔を浮かべて周囲の信頼を得ようと努力した。しかしそれは、夫にとっても非常に疲れることでもあっただろう。社会(父親)の認められる自分を作ったが、社会(父親)はいつ暴力的になるかもわからず、常に社会(父親)に認められるよう神経を遣わなければならなかったのだから。
夫の母親はといえば、夫を溺愛していた。夫にはいろいろ買い与え、夫が社会人となり、父親が病死した後でも、夫が家を買うと言えば頭金を出してやり、車が欲しいと言えば買ってやっていた。ただやはり家の中では父親が中心だったので、父親が怒ったり暴力を振るっていたとき、母親は無力だったと思う。ただ黙って見ているだけだっただろう。そんな母親に対して夫は甘えと同時に、どこか怒りを抱いていたように感じる。ある部分で母親が「自分が求めることをしてくれるのは当たり前」「世話をしてくれるのは当たり前」と思いこんでいた夫は、実家に帰ると横暴な態度をとった(私が夫の実家に遊びに行ったときは、既に父親は病死していた)。私が夫の実家に行って驚いたことだが、夫は自分の布団の上げ下げを母親にさせ、母親の好きなドラマを「くだらないから見るのをやめろ」と禁止し、母親が作った料理の保存法が気に入らないと、入れ物ごとゴミ箱に捨てた。そんなとき夫は私に向かって「母親があんまり変なことするからつい怒っちゃったよ」と、何でもないことだと笑ってすまそうとした。
母親はそんな息子を気にかけながらも恐れていたようだ。義妹から聞いたところによると、以前一時期夫が転勤で遠方に住むことになったとき、母親は「これで息子が滅多に帰ってこなくなる」と喜んだそうだ。
結局夫は職場(社会、父親に象徴されるところ)で仕事をすることにより、不安に苛まれながらもいい人を演じ、かろうじて自分を維持しているのだろう。
そして家に帰れば自分の王国なのだ。妻は母親のように、自分の期待することを100%くみ取り、それに応えなければいけない。しかしもともと自分がないのだから、自分が本当に欲していることもよくわからないのだ。わからないことにも怒りを覚え、また自分の欲するものの答を当ててくれない妻への怒りも湧き起こる。自分の欲求を汲み取ってくれない、見つけてくれない妻は許せない。
そしてひとたびスイッチが入ったらとまらない。電池切れをおこすまで罵詈雑言を妻に向かって浴びせ続けるのだ。
元夫さんはモラハラ夫にうちの夫は借金依存症に・・・
育った環境って大事なんだなって感じます
せめてうちの子供たちにはすくすく育って欲しいな・・・
自分が何をしたらいいのか。
自分が何を望んでいるのかすら分からない人生って本当に悲しいですね
私のモラ夫も、根っこには依存症があります。
仕事依存であり、カフェイン、煙草依存、
そして他者依存、ともいうのでしょうか。
自分の世話も自分の感情も、他者に依存するからこそ
怒りが湧き起こるのでしょうね。
こちらからみていると、夫は言いたいことをずけずけ言い、
好きなように暮らしているように見えるのですが、
心は不安や猜疑心で埋まっているのかもしれません。
育った環境は苛酷でも、きっと人は家族以外の
いろいろな人と出会う中で
学んでいくものだと思うのですが、
夫の場合は学習できなかった例ですね…。
ちっこさんは大丈夫ですよ!
夫さんときちんと向き合って
ご自身のことも洞察されているのですから。
ちっこさんとご家族が、
希望される方向へ進まれますよう願っています。
この力を持ってしても、モラ夫は気に入らなかったのですから、ウメさんのおっしゃるとおり、自分がなにをして欲しいのかわからなかったのかもしれませんね。
しかし、そんなことを妻に押し付けられてはたまりませんよね・・・。
私の元・旦那にも通じるところがあります。元・旦那は自分の人生で重要な進路(高校や就職先)を全てモラ義母に決めてもらっていました。
そして、会社を辞めて転職する際は、全て私に決めさせようとしました。
自分で決めなければ、責任はないと思っていたようです。
自分では決められなかったのですから・・・。
そうやってたくみに逃げていたのでしょうね・・・。
夏休みも終わり、またお仕事ですね~。
てんやわんやありながらも
にゃりんたさんの生き生きとした日々、
いいな~♪と思っておりました!
ところで無責任モラ夫ですが…
モラ夫の生態研究?をしながらあれこれ考えても
モラには結局何の意味もなしませんでしたね~。
とにかく話しができない通じなかったですし、
自分のこと何て掘り下げたくなかったのでしょう。
以前カウンセリングに行くことをモラに勧めたら
「自分を知るのが恐い」と言っていました。
そーでしょうねー!己のブラックホールなんてみたら
正気を失うぞ!と言いたかったです。
にゃりんたさんの元夫さんも、他力本願的なところが
あったのですね~。
そうして自分の責任を逃れ、まずいことがあれば
いつまでも他人のせいにし続けるのですよ。
モラは。
もう二度と他力本願タイプはごめんです。
まだまだ残暑厳しいですが、
お互いお仕事がんばりましょうね~☆
単なる我が儘とも、亭主関白とも違う理解の範囲を超えた思考回路にいつもとまどってきました。ウメさんの深い観察力にそーだったのかと目からウロコ。
本当にそっくりで夫もすべて主語は「おまえが・・」「おまえのせいで・・」と私です。
何が怒りの導火線になるのか、スイッチが入ったら自分でコントロールできないんですよね。
親の仇だとでも思うんでしょうか。(ブログ始めから読ませていただきます)
私もモラハラという言葉を知るまでは
夫の言動は何?この怒りは何?と
意味不明のまま振り回されていました。
源平かずらさんと同じく、理解の範疇を越えてました。
ほんっとに些細なおしゃべりの一言に火がつき
導火線を走り爆発!でした。
後はそこのガソリンが尽きるまで?燃えさかり…。
やっっぱり…親の仇、というか親の代わりなのでしょう。
ブログ、読んでいただけると嬉しいです。
きっと驚きの共通点が沢山あることと思います。
モラ夫は世界共通みたいですから(私も驚きでした!)。
よろしかったら、またご感想などお聞かせくださいませ☆
ウメより