こころの声に耳をすませて

あの結婚生活は何だったのだろう?不可解な夫の言動はモラル・ハラスメントだった…と知ったウメの回想エッセー。

旧友との再会 ~ひとり暮らしひとりごと~

2006-04-27 23:35:41 | 日々の想い
 先日、旧友と久々の再会を果たした。実に15年ぶりだった。

 それは学生時代の友人だった。物静かな落ち着いた人柄で口数は少なかったが、私はその友人が大好きだった。よく2人で喫茶店に行き長々とおしゃべりしたものだった。話が途切れて沈黙が続いても、そのままぼーっとしていられる私達だった。またある日はお菓子を買い込み、河原に座って大きな川を眺めながらとりとめもなくおしゃべりしたものだった。
 そして、私達はそれぞれの職場に就職した。お互いの仕事が忙しくなったことと、友人の仕事は土日勤務もあり、私の休日とはすれ違いとなったことも含め、その友人とはなかなか会えなくなった。それでも電話で話したり、手紙のやりとり(今じゃ希少価値になりましたね~)をしたものだ。
 私の転職や結婚で別の土地に転居してからは、連絡することも少なくなり9年くらいは年賀状だけのやりとりになっていた。その年賀状にはいつも『今年こそ会いたいね』と決まり文句を書きながら、ついに会わず1年そして1年が過ぎていた。
 ある年の年賀状に、『子宮癌になって手術をしましたが経過は順調です』とあった。その頃、私達は30も過ぎたばかりだったが、その内容に仰天した。ああ、なんてことだろう。どんな思いを抱いているのだろうか。苦しい日々を送っていたのだろう。何か友人に言葉をかけたい、でも何と言ったらいいのだろうか…。手紙を書こうと思っては悩み、そのまま年賀状の季節になってしまった。次の年の年賀状には『仕事に復帰してがんばっています』とあった。私は安心した。そしてまた年月が経っていった。

 先日、仕事を終えて帰宅し郵便受けを覗いた。一通の葉書が入っていた。その友人からだった。葉書には『友人との旅行でそちらに○日から2日間滞在します。ウメの家は近いのかな?会えるかな』とあり、携帯のメールアドレスが記載されていた。その日とはまさに今日(葉書を見た日)だった。え~~~!?はやく言ってよ~~~(>_<)今日じゃ~~ん!!時すでに夜7時半。明日は仕事の用事で夜も都合が悪い。会うとしたら、今晩しかない!でも果たして連絡が取れるのだろうか…。私はその友人にメールを送った。10分後に返事が来た。「今新幹線の中です。9時には○○駅に着きます。」え~~?夜の9時…明日は仕事。でも行こうと思えば45分くらいでその駅までは行ける。その友人と会うのは15年振りだった。このチャンスを逃したら、また10年くらい会えないかもしれない。行こう!!
 私はまた慌てて時刻表を確認し、家を出た。駅まで早足で歩きながら友人にメールを送った。「○○駅の改札で待っています」と。

 電車に乗り込み、新幹線の駅に向かった。本当に会えるかな?ちょっと信じられなかった。そして新幹線の○○駅改札に着き、到着を待った。私は友人の顔がわかるだろうか。15年経って友人は変わっているだろうか。人々が改札口に向かって流れてきた。私は目をこらして1人1人を見つめた。まだだろうか…そう思っていたら、改札を出たところでこちらを見つめている女性に気がついた。友人だった。友人は以前よりずっと痩せていて、何だかきれいになっていた。私達はお互いの再会を喜び合った。
 
 友人は職場の同僚2名と旅行に来たのだが、その同僚までが私達の久々の出会いを喜んでくれ、友人と私がおしゃべりする時間を作ってくれた。友人が泊まるホテルに私も一緒に行き、積もる話しをした。といっても、急に何を話していいのやら、という感じでとりとめもなく、話しをした。友人に「ほっそりしてきれいになって~!」と言ったら、友人は「手術で痩せてね。退院してからも抗ガン剤の点滴を受けるたびに入院して…10ヶ月休職してたんだ」と言った。その後も定期的な検査をしたり、手術の後遺症で腸の癒着を起こしたりと、大変らしい。それでも職場に復帰し、がんばっている…私は彼女の話を聞きながら涙が出そうになるのをこらえた。そして次に「結婚生活はどう?」と彼女が訊いた。私は笑いながら「実は別居しててさ~。いやぁ~、結婚生活はもうごちそうさまだよ。胸焼け起こしちゃった」と言うと、今度は彼女が顔を曇らせ「え~?本当?」という番だった。お互い年賀状だけのやりとりだったので、改めて知ったお互いの近況に、お互いが話しながら、ただ聴き入るばかりだった。お互い離れている間に、いろいろな苦労を体験していたんだな…。あっという間に2時間半がたち、私は最終の電車に乗るため、友人と別れた。友人とはしっかりと抱き合い、「今度会うときは10年後なんてことがないようにしようね!」と約束した。

 帰りの電車に揺られながら思った。
 毎年毎年、会いたいねと言いながら15年が過ぎていった。そして、まさに当日「会えるかな」と突然の知らせ、そして一瞬のうちに再会を果たせた不思議。なんて再会なのだろう…!

 ここでも思うのだ。もしここで、私が夫と生活していたら、多分メールでのやりとりだけで終わっただろう。「会えなくて残念…」と。友人からメールをもらった時間は、夫と生活していたら夕食が終わるか終わらないかの時だ。その後の片付け、洗濯物にアイロンなど、やらなければならないことがある。それをほっといて、いくら15年振りとはいえ、友人と会うことなんて絶対に許されない。

 ああ、ひとり暮らしでよかった。突然の、大切な再会を大事にできた。人生とは、こんな一瞬の積み重ねだ。思いがけない一瞬。その一瞬の時によって、どんなに励まされ力づけられるか。しかしその一瞬はいつやってくるかわからないのだ。その一瞬をつかめる喜び。一瞬を大事にできた幸せ。


 ああ、何だかこれからも、いいことがやってくるような予感がする。。。



休日 ~ひとり暮らしひとりごと~

2006-04-22 13:22:56 | 日々の想い
 やっと1週間が終わった。目覚ましをかけずに眠れる夜。そして時間を気にせず起きることのできる朝はほっとする(それにしても、最近はあまり長い時間寝ていると背中が痛くなって目が覚めるのでした…年?とほほ)。4月になって仕事量が増え、気忙しい日々だ。夜も少し早めに寝るようにしているが眠気がとれない。朝起きるときなどは、自分で自分のお尻をひっぱたいて追い立てている状況。しゃきっと気持ちよく目覚める朝ってどうやったらくるのだろうか…。は~…仕事するって大変。だけど仕事があることに感謝しなければ。。。。

 コーヒーを飲み、リンゴをかじりながら新聞を広げる。
 もうすぐJR宝塚線の脱線事故から1年になり、その特集記事が連日掲載されている。いつもと同じように電車に乗り、いつもと変わらず出勤、通学、でかけていくはずだったあの日。一瞬にして多くの人の人生が無残にねじ曲げられてしまったあの日。残酷な現実を必死に生きている人たち。 連日報道される事件、事故、悲惨な出来事。私だってそんなことに巻き込まれるかもしれない。そんなとき私はどうやって生きていけるのだろうか…と思いつつ溜息をつく。
 そして連載小説を探した。私のとっている新聞には桐野夏生の連載小説があり、それをいつも楽しみにしている。ギンちゃんがんばれ!?

 洗濯機を回し、洗濯物を干そうとしてベランダに出るが、物干し竿についた細かい砂を見てやめた。やっぱり室内に干そう。花粉の飛散する時期、そして黄砂がやってくる時期はいつも室内干しだ。お布団も干せない。来月になったら気持ちよく干すことができるかな。
 それにしてももうすぐ5月…って初夏じゃん。はやいな~。ある人が「1日が過ぎる速さは、その人の年齢分の速さなんだって」と言った。私の場合は30キロ代の速さで時が過ぎているらしい。そう言ったその人は60才。だから毎日60キロの速さで時が流れるらしい。はや~っ!だから年々時の流れが速く感じるのか?そういえば30代はあっという間に過ぎて、40代は坂を転がり落ちるように速く過ぎるって聞いたな。50代、60代はジェットコースター?う~ん。。。時間は大切に使わなくちゃ、なんて急に殊勝なふりをしてどうする。

 最近、脳を活性化するグッズが流行っているが、私の周りにも大人のドリルや、大人の塗り絵、脳を鍛えるトレーニングなるものをしている人が多い。物忘れなどを自覚して何とかしようと思っているらしい。という私も物忘れがひどくなってきたり、例えば漢字の「効く」を書きたいのに「聞く」と書いてしまったり、わかっているはずなのに、目の前にいる人の名前がとっさに口から出てこなかったり、冷蔵庫を開けて何をとろうとしたのか忘れてしまったり…やばい。先日母親と電話で、物忘れをよくする話しでお互い盛り上がってしまったが、既に60を越えている母親と30代の私が共感しあってどうする!?私の頭は既に60代のレベルなのか。心配したおせっかいで過干渉な母親が「百ます計算」を送ってきた。あ~っ、こんなのいらないよ!と思いながらもやってみた。簡単な足し算、引き算などをひたすらするのだが、すぐ疲れてしまった。まさにトレーニング…。結局私の集中力、忍耐力が続かず、ページ半ばでほってある状態だ。しかしこうやって続かないところは脳が衰えている証拠?う~~ん。

 時間を気にすることなく、気ままに過ごす休日。ふと子育てに追われている友人を思い出す。友人は休日といっても、朝起きて山のような洗濯して、食材の買い出しに行って、子どもの相手をして、だんなの世話もして、家族のために忙しくしているのだろうな。次あれをやって、これをして、と考えていたら脳も活性化するだろうな。それに引きかえ私は家の中で気を遣うこともなく、あれこれ考えることもなく、ぼ~~~っと座っている。これでいいんだろうか。頭もぼけるだろうな。まあいっか。いろんな人生があるもんね。今の私の生活は、これでやるしかないもんね。

 そうだよ、きっとモラ夫との生活に耐えた後のご褒美なんだよね。そう思おう。

 さて、今日はおいしいお酒を買って、おいしい夕ご飯を作ろう。
 デパ地下もちょっと覗いてみよう。
 では、買い物に行ってきま~す。
 


感心したところ

2006-04-15 15:33:39 | モラル・ハラスメント考
 私が夫とつきあいだし生活を共にする中で、夫のある行動について非常に感心したところがあった。後になって考えると、それがまたモラ所以の部分なのだと思うわけだが。

 夫は家でも外でも職場でも、何かおかしいとか、気に入らないという出来事があると、即行で自己主張した。それはたいてい怒りを含んだものなのだが、とにかく相手に訴え、不快感を表明するその行動力には感心させられた。
 例えば、夫と私が一緒に歩いているところに、車が私達に注意もせず、目の前を左折しようとした。そんな時私は心の中で、あるいは独り言として「危ないなあ、私達が怪我でもしたらどうするの」と舌打ちするのが関の山だ。しかし夫は違った。車が左折のため徐行したとたん、車に向かって駆け寄り「危ないじゃないかっ!気を付けろっ!!」と叫んだ。私は感心した。明らかに車の不注意なのだから、危ないと感じたらきちんと伝えることが相手のためにもなるのだろう。そう思った。

 ある時は、夫と喫茶店に入ったときのことだ。私達は紅茶を頼んだが、ティーカップに入れられた紅茶は見た目にも薄く、一口飲んだら色つきのお湯のようだった。こんな時、私は「紅茶専門店でもない普通の喫茶店だから仕方がない。それにしても薄いなあ…次はもう入るのやめよう」と思う。すると夫はいきなりウェイトレスを呼び「この紅茶、薄すぎるから取り替えて」と言った。私は驚いた。そうだよね。お金を取るんだから、おいしい紅茶を入れろ、ときちんと意見をいうことがお店のためなのかもしれない、なんて思った。
 
 そして夫とのタクシー利用のとき。以前住んでいた地域のタクシーは、無愛想な運転手が多かった。ある日夫と出かけて帰りが遅くなり、駅からのバスもなくなったのでタクシーを使うことにした。乗り込みながら夫が「こんばんは」といっても運転手は無言。更に夫が「○○まで行ってくれる?」と言っても、運転手は何の返事もしなかった。私は心の中で「まったく無愛想な運転手だなあ。返事くらいしたらいいのに」と思って黙っているわけだが、その時夫の怒りは徐々に煮えたぎっていたのだ。家に近づいてきたとき、運転手が「この信号はどっち?」と聞くと、夫は突然「あっちだっ!!」「次は左だっ!!」「おまえはそれでも客商売してるつもりか~っ!!」と大声で怒鳴った。柄の悪い運転手も負けずに「何だ、われぇっ!!」と怒りだし、大げんかになった。荒れた運転と飛び交う怒声に私は逃げ場もなく縮み上がった。結局家までたどり着く前に夫が「もういい!降ろせ!!」と叫び、運転手に札を投げつけた。道々夫は怒りのオーラを発しつつ先を歩いていき、私は殺人事件にならなくてよかった~…と青ざめながらその後ろを歩いていったことがあった。しかしこれはさすがに「言い過ぎじゃないか」と思ったものだ。

 そして夫が私への怒りを訴えるとき。自分がどんなに嫌な思いをしたか、気に入らなかったかを延々訴える。私はこんなことにすらある意味感心したのだ。

 私は夫のように言いたくても、昔から言えなかった。レストランで出された料理に髪の毛が入っていて、本当はそのことをお店の人に訴えたいのに、それを言わずそっとどけて食べてしまう人間だった。紅茶が薄くても、黙って飲んだ。ある時は美容室に行ってカットしてもらったが、どうしても気に入らず、でもそれを言えずに家に帰り、自分で鏡を見ながら切りなおした事もあった。そんなとき夫は「美容室に行ったのに、また自分で切ってるのか?」と呆れて見ていたものだった。
 ましてや、近しい人間関係において、おかしいと感じることとか怒りを表明することは私にとってタブーだった。そんなことしたら人間関係が壊れてしまうのではないかと恐れていた。親にも長い間、反論することができなかった。そして我慢し怒りを溜め込んだ。それかあきらめた。
 
 だから他人にも私にも言いたいことを言う夫の姿は、別の意味において尊敬の対象でもあったのだ。夫は言いたいことを言い、やりたいことをやっていた。我慢するということがなかった。私は夫に「好きなように言って、好きなことを好きなようにして、あなたは本当に幸せだね」と言ったこともある。夫は「友達にもそういわれたよ~」と笑っていた。
 後から考えると、夫が言いたいことを言うのは、お店のためとか相手のためを思っているのではなく、単に自分が不愉快な思いをさせられたから、自分が気に入らなかったからなのだ。自分の欲求を満足に満たしてくれない、自分を不安にさせ脅かしたことで、相手に怒りを表明するのだ。相手がどう思うかなんていうのは二の次、もしくはどうでもいいか、あえてダメージを与えることを狙っていただけだったと思う。

 人間にとって不快感や不安、怒りの表明は自分を守るために必要なことだ。不合理な出来事に対して、自分が必要以上に我慢したり、見ないふりをすることは、返って自分を貶め、自分を危険に晒すことにつながる。
 ただ、感じた物の伝え方や表現の仕方を工夫することは必要だろう。ただ怒りの気持ちをストレートに伝えればいいというものではないし、強烈な自己主張は、相手を攻撃し破壊してしまう。これがモラル・ハラスメントなのだろう。そして、どうしても伝わらないと思ったら、相手に理解してもらおうとすることに固執せず、距離を取ったり、危険な関係からは離れることが大切なのだろうと感じる。それが自分も、相手をも守る術なのだろう。
(あのまま夫と一緒に暮らしていたら、肉体的にも精神的にも殺すか殺されるかの世界になっていたと思いますから…コワ)


 夫に『NO』と伝えることがなかなかできなかった私だが、最後の最後で言えることができてよかったと思っている。ま、夫みたいに喚いたり叫んだりせず、かなり穏やかに伝えましたがね…。



モラル・ハラスメントさえなければ

2006-04-08 11:36:57 | モラル・ハラスメント考
 私は、夫からのモラル・ハラスメントに苦しみ続けた結婚生活を送り、最後には虚無感と憎しみしか覚えず、夫の元から飛び出した。
 夫のモラル・ハラスメントさえなければ、夫は少々変わり者で頑固なところもあったが、面白く優しい人で、そのまま結婚生活を送ることが出来たのではないかと思う。ただそんなことを考えても意味はないだろう。私の友人は、夫から再三暴力を受け、肋骨まで折る大怪我をした。友人は言った。「暴力さえなければいい人なのに」と。そうなのだ。きっと誰もが言うのだろう。「モラル・ハラスメントさえなければ」「暴力さえなければ」「お酒さえ飲みすぎなければ」「浮気さえしなければ」「ギャンブルにさえのめり込まなければ」…いい人なのに、結婚生活も幸せだったのに。
 きっとそうなのだろう。しかしその問題行動こそが、当人の存在の根元的な部分にかかわっているのではないかと思う。だからこそその行動に固着し、強迫的に繰り返し、自身も、そして周囲の人をも巻き込み翻弄していくのだろう。そのエネルギーは何もかも焼き尽くし破壊し尽くそうとする凄まじい負の力だ。本人自身もコンロトールできず、渦の中に巻き込まれていく。

 夫はひとたび怒り出すと、少しの時間で止めることはできなかった。というかしなかったというか。どんどん激しい言葉になり、罵倒する。かと思えば突然声のトーンを落として冷酷に詰め寄る。そしてまた罵声。まるで自分自身の言葉で自分を煽っているかのようだった。自分の言葉に酔い、煽り、燃えさかっていく。そのエネルギーを燃やし尽くし、吐き尽くしたら、ふと我に返るのだ。そして謝罪の言葉。
 夫は言った。「どうか俺を怒らせないでくれ」「怒るとすごく疲れるんだ。しんどいんだよ」「俺だって怒りたくないんだ」と。
 こんな言葉を聞くと、夫が怒るのは私のせいなのか?と錯覚してしまう。そうか、夫も怒りたくないんだ。じゃあ私も気を付けなければ、なんて思ってしまう。同時に、この言葉は、相手のせいというよりも、本人も怒りの感情に対してコントロール不能だ、ということを表しているのではないか。
 そして妻に振り回される自分を、常に表明するのだ。「おまえのせいで元気が出ない」「俺を怒らせるおまえが悪い」「おまえのせいで仕事ができない」「おまえがしっかりしないから俺も不安定になる」「おまえのせいで病気になった」…全て私のせいだ。きりがない。
 私は思う。じゃあ、あなたは自分自身全てが、妻の行動に振り回されているの?元気が出るように自分で工夫するとか、怒るのは自分にも非があるとか、自らの意志や思いや行動はないの??
 そう、つまり自分がないのだ。
 もちろん、自分の感情を妻のせいにするということは、妻を支配しようとする手段でもあるだろう。しかし、何かや他者がどうあろうと、自分は自分という確固たる自我がないように感じるのだ。もちろん、外部の人間にはそんなことはない。自分のスタイルや自分の仕事をしっかり持ち、アピールしている。ただごく近しい家族相手になると、途端に自分自身が脆弱になる。だから相手の言動に振り回され翻弄される自分自身が腹立たしく、その怒りを相手(妻)にぶつけるのではないだろうか。自分の期待通りに希望通りに動いてくれない妻(あるいは母)は、自分を脅かし不安にさせる存在となって迫ってくるのだ。

 私は夫に対して「どうしてこの人は文句ばかり言っているのだろう。自分の思うとおりに事が運ばないと、妻のせい、住んでいる土地のせい、天気のせい、他人のせいだ。この人は自分で満足することのできない可哀想な人なのかもしれない。」と、よく思ったものだ。実際文句を言い続ける夫にも「あなたって、いつも文句ばっかり言って、本当に可哀想な人だね」と言ったことがある。もちろん私の発言に夫は怒っていたが。

 夫は結婚する前、私に「僕はウメ依存症だ」と笑いながら言った。恋愛に浸っていた私は、それが何を意味するのか何となくひっかかりながらも、嬉しかった覚えがある。しかし、夫のモラル・ハラスメントはこの言葉に全てが象徴されていたように思う。私は夫にとってアルコールやドラッグのようなものだったのだ。常に夫をいい気分にさせ、夫に力を与えるものでなければならなかったのだ。夫の期待に応えいい気分にさせられない妻は、怒りでもってコントロールしなければ力を得られない自分が不安に陥る。しかし自分の希望を完全に叶えてくれる人間なんてこの世に存在しない。だからこそ、躍起になって自分の欲求を叶えてくれる妻を作ろうとしたのではないか。

 モラル・ハラスメントがなければ…夫はまったく違う人間になっていただろう。モラル・ハラスメントを行使する夫は、空虚な自分を埋めるために今の自己像を作り上げていったのだから。

 それもひとつの人生なのだろう。

(勝手にやってくれ。わたしゃもう知らん!)←私の心のつぶやき



お楽しみ ~ひとり生活ひとりごと~

2006-04-02 14:34:29 | 日々の想い
 4月になった。春、目覚めたように咲く花々が好きだ。一番好きなのは木蓮。寂しい裸の枝に、ほっこりと咲く花はまるで蝋燭がぽっ、ぽっと灯っているように見える。ひっそりと秘めていた力が、花となって現われる、そんなふうに感じるのだ。そして桜。春のエネルギーを一気に放出させるような見事な咲き振りに、ただただ見とれてしまう。

 ただ、花は好きなのだが、私にとって基本的に春は苦手な季節だ。まず暖かくなったと思ったら、雪が降ったりするような不安定な気候。そして花粉症持ちの私はいつもこの時期、抗アレルギー薬とマスクを購入し、くしゃみ鼻水や喉のかゆみ発作に備えなければならない。もちろん洗濯物は室内干し。
 更に仕事上でも歓送迎会に人事異動、業務の切り替えや新しいシステムの導入、前年度の決算等慌ただしい日々となる。
 なので心身共に憂鬱な季節なのだ。昨日も土曜出勤だったし。。。はぁ~…しんど。

 ということで、気分転換をしようと先日仕事帰りに映画を観た。
 もともと私は映画が好きだ。結婚する前は友人と見たり、ひとりで観たりしたものだった。ただ夫と生活しているときは、自分の自由な時間はごく限られていたし、友人と楽しむ時間はほとんどなかった。夫と離れてから、仕事以外は殆ど自分の自由時間になったので時々仕事帰りに、映画を観るようになった。映画はやはり映画館で観るのがいい。あの大画面で観ていると、自分が映画の世界に入り込んだような感覚になる。どっぷりその世界に浸りきることができる。この非日常的な感覚が好きだ。今はレディースデイがあるので、ふんだんに活用させてもらっている。

 私が観た映画の中で一番印象に残っていたのは彫刻家、ロダンの弟子である『カミーユ・クローデル』だ。イザベラ・アジャーニの鬼気迫る演技が心に残った。ヴィム・ベンダースの『ベルリン天使の歌』、タルコフスキーの『サクリファイス』は名作だからと観たものの当時の私の頭ではいまひとつよくわからなかった。象徴的かつ哲学的で難しかったな。『猫は行方不明』、『仕立屋の恋』などフランス映画はちょっと風変わりだが味がある。恋愛を通して人種差別を描いた『ジャングルフィーバー』、南アフリカの苛酷な人種隔離政策への告発『遠い夜明け』などシリアスなもの、戦争ものも好きだった。『プラトーン』『7月4日に生まれて』『サルバドル』『シンドラーのリスト』『戦場のピアニスト』『トンネル』なども印象に残った映画だ。特にナチスドイツ戦禍の人間模様を描いたものに秀逸な映画が多いと感じる。宮崎駿のアニメも好きで欠かさず観た。『風の谷のナウシカ』は、涙が止まらなかった。後からこの原作も夢中になって読んだが、この壮大な物語を一編の映画にするのはちょっと無理があるかなあ。動物ものドキュメンタリー的映画も大好きだ。『WATARIDORI』は結婚後に夫が出張中に観に行った。私はバードウォッチングが趣味で、特に冬の水鳥たちが好きだったので、鳥の渡りをひたすら追ったこの映画には胸が躍った。また夫と別居後に観た『皇帝ペンギン』この時間も、ペンギンたちはブリザードにさらされながらじっと耐え生きているんだと思うと涙が出た。そして自分の身に重ね合わせたものだった。私はすぐ映画に感情移入するたちなのだ。

 実はファンタジーものも好きだ。ハリーポッターシリーズは、ずっと原作で読んでいた。映画を観たときは原作のイメージそのままで、その世界を再現する高度なCG技術には驚いたものだ。そして、以前からとても楽しみにしている映画があった。『ナルニア国物語』だ。
 私は子どもの頃から本が好きで、特にファンタジーものや推理小説などが大好きだった。ムーミン谷のシリーズ、ドリトル先生シリーズ、アルセーヌ・ルパンやシャーロック・ホームズもの…そしてナルニア国物語のシリーズ。詳細は覚えていなかったが、大まかなあらすじは記憶にあり、この映画の宣伝をしていたときに、私はナルニア国物語がとても好きだったことを思い出したのだ。それまでそんなことすっかり忘れていたのに。

 そして先日『ナルニア国物語』の映画を観た。頭の中で想像を巡らし、心躍らせたあの頃が蘇る。あの挿絵から導かれ生き生きと動き出す世界。そう、私は子どもの頃、この物語を夢中になって読んでいた。毎日のように図書館に通い読みふけっていた。図書館への道筋、建物、館内に並べられた本などが次々に思い出された。
 私はこの物語を楽しむと同時に、懐かしさで心がいっぱいになった。

 子どもの頃の忘れていた記憶が突如意識の中に飛び出してくる。ああ、私は子どもの頃、そんなふうに楽しんでいたんだ。そんなふうに日々生きていたんだ…。不思議な感覚だった。子どもの頃遊んだあの公園、図書館への道をもう一度歩いてみたい。あの頃の私自身に会ってみたい…。

ナルニア国物語、もう一度観ようかなぁ。。。