別居の1週間前、引越し業者が見積もりに来た。業者が来る前、夫にも「今日、業者が来るから」と伝えていたが、夫は立ち会うことなく外出した。「まだわからないよな」とつぶやきながら。
私は業者に「全部運び出すわけじゃないんですが…」と説明すると、慣れているせいか「わかりました」と淡々と見積もりを行った。この業者も不動産屋さんの紹介だったので、随分割引してくれ、だいぶ助かった。そして梱包用の段ボールとガムテープをおいていってくれた。
しばらくして、夫が帰ってきた。夫はまとまった段ボール箱を見、しばらく黙ってから口を開いた。「本当に家を出るのか」私は「とにかく別居して、しばらくひとりで考えたいの」と言うと夫は「家を出たらおしまいなんだ。もう戻らないよ」といい、自分の部屋に入っていった。ふと悲しくなった。どうしてこうなってしまったのだろう…。こんなこと私だって望んではいなかった。
その後はまるで夫はあきらめたかのように、もう何も言わなかった(というのも、夫は既に離婚経験者なので、妻がこうして家を出て行くのは初めての場面ではない。だから悟りも早かったのかもしれない)。ただ、またいつ攻撃されるかわからない。私は一応、別居事情を伝えた複数の友人に状況報告のメールを送った。というのも、もし私に何かあったときの証拠を友人を介して残しておこうと思ったからだ。「私が殺されたら、まず夫を疑ってね」とメールを送った。そして夜、心を無にして黙々と荷作りを行った。
問題は私の通帳からすべて引き落とされた光熱水費、電話代、マンション管理費の引き落とし口座名義を変更することだった。名義変更届に夫の印鑑を押してもらわなければならない。夫がしてくれなかったらどうしよう…そのときは私の通帳を解約し、請求が直接家にいくようにしようと思いつつ、とにかく事務的に依頼することにした。私は銀行の用紙に全て記入した後、夫に印鑑を押してくれるよう頼んだ。夫は一瞬怖い顔をしてぶつぶつ言いながら印鑑を押した。
そして出張だとか言い、夫は2日間家に帰らなかった。私はもう夫が何処に泊まろうとどうでもよかった。その間せっせと荷作りを進め、仕事帰りに新居の鍵をもらい、部屋の掃除をした。
別居の前夜、仕事を終えて家に帰ると夫が「今日は外食するか」と言った。そして夫が知っている居酒屋に行き、カウンターに座って一緒に飲んだ。店主が料理を出してくれながら「今日はおひとりじゃないんですね」と言った。夫は「ああ、妻だよ」と答えた。店主は「やっぱり夫婦で飲むのが一番ですかね~、ハハハ」と笑った。夫も曖昧に笑った。明日からはもう別々に暮らすのに。夫と店主の会話が遠く聞こえた。
私と夫は殆ど話さなかった。そして黙って家に帰った。寝る前、夫は私に「君を幸せにできなくて悪かった」と言った。(その時、私は新婚のときの夫との会話を思い出した。私が『しあわせにしてね』とちょっと夫に甘えたら夫は即座に『自分の幸せは自分で責任持ってくれ。他人から与えられるものじゃないだろう!』と言いやがったのだ。)何だ、今更そんなこと言って…と思ったが一応しおらしく「いいえどういたしまして」と答えた。また夫は、「随分酷いことをした。許してくれ」と言った。私は「お互い様だから…」と力無く答えた。どうして夫は、最後にいい人ぶるのだろう。言葉だけなら何とでも言える。私が今までのことをこんなあっさり許せるはずがない。絶対に許せない。夫は他人に別居のことを聞かれたら『僕が至らなかったから謝ったが妻は出て行った』とでも答えるのだろうか。
私は本当は夫にたくさんたくさん訴えたかった。でも夫は決して理解し得ないことを、これまた骨の髄まで理解していた。私はより安全に別居を遂行するため、作戦を守ることにした。つまり夫の言い分を否定せず、神妙にうなずくことに徹した。
そして段ボールに囲まれ、結婚同居(?)生活最後の夜を過ごした。
引越し当日の朝、夫は会社のイベントがあるから、と出かける支度をした。そして「ありがとう、さよなら」と言って出て行った。
私は最終の荷作り点検を行った。そしてゴミ出しの仕方を紙に書いてテーブルに置いておいた。引越し業者が来て、支持したとおり荷物を運び出していく。マンションの管理人さんには事情を簡単に説明していたので、休日なのに出てきてくれ、黙って引越し業者の駐車位置やオートロック解除などの対応をしてくれた。私の荷物が全て運び出された後、家の鍵は封筒に入れて郵便受けに入れた。
静かな引越しだった。頭の中はしんとしていた。張りつめていた気持ちは少し楽になっていた。
こうして私は別居した。
私は業者に「全部運び出すわけじゃないんですが…」と説明すると、慣れているせいか「わかりました」と淡々と見積もりを行った。この業者も不動産屋さんの紹介だったので、随分割引してくれ、だいぶ助かった。そして梱包用の段ボールとガムテープをおいていってくれた。
しばらくして、夫が帰ってきた。夫はまとまった段ボール箱を見、しばらく黙ってから口を開いた。「本当に家を出るのか」私は「とにかく別居して、しばらくひとりで考えたいの」と言うと夫は「家を出たらおしまいなんだ。もう戻らないよ」といい、自分の部屋に入っていった。ふと悲しくなった。どうしてこうなってしまったのだろう…。こんなこと私だって望んではいなかった。
その後はまるで夫はあきらめたかのように、もう何も言わなかった(というのも、夫は既に離婚経験者なので、妻がこうして家を出て行くのは初めての場面ではない。だから悟りも早かったのかもしれない)。ただ、またいつ攻撃されるかわからない。私は一応、別居事情を伝えた複数の友人に状況報告のメールを送った。というのも、もし私に何かあったときの証拠を友人を介して残しておこうと思ったからだ。「私が殺されたら、まず夫を疑ってね」とメールを送った。そして夜、心を無にして黙々と荷作りを行った。
問題は私の通帳からすべて引き落とされた光熱水費、電話代、マンション管理費の引き落とし口座名義を変更することだった。名義変更届に夫の印鑑を押してもらわなければならない。夫がしてくれなかったらどうしよう…そのときは私の通帳を解約し、請求が直接家にいくようにしようと思いつつ、とにかく事務的に依頼することにした。私は銀行の用紙に全て記入した後、夫に印鑑を押してくれるよう頼んだ。夫は一瞬怖い顔をしてぶつぶつ言いながら印鑑を押した。
そして出張だとか言い、夫は2日間家に帰らなかった。私はもう夫が何処に泊まろうとどうでもよかった。その間せっせと荷作りを進め、仕事帰りに新居の鍵をもらい、部屋の掃除をした。
別居の前夜、仕事を終えて家に帰ると夫が「今日は外食するか」と言った。そして夫が知っている居酒屋に行き、カウンターに座って一緒に飲んだ。店主が料理を出してくれながら「今日はおひとりじゃないんですね」と言った。夫は「ああ、妻だよ」と答えた。店主は「やっぱり夫婦で飲むのが一番ですかね~、ハハハ」と笑った。夫も曖昧に笑った。明日からはもう別々に暮らすのに。夫と店主の会話が遠く聞こえた。
私と夫は殆ど話さなかった。そして黙って家に帰った。寝る前、夫は私に「君を幸せにできなくて悪かった」と言った。(その時、私は新婚のときの夫との会話を思い出した。私が『しあわせにしてね』とちょっと夫に甘えたら夫は即座に『自分の幸せは自分で責任持ってくれ。他人から与えられるものじゃないだろう!』と言いやがったのだ。)何だ、今更そんなこと言って…と思ったが一応しおらしく「いいえどういたしまして」と答えた。また夫は、「随分酷いことをした。許してくれ」と言った。私は「お互い様だから…」と力無く答えた。どうして夫は、最後にいい人ぶるのだろう。言葉だけなら何とでも言える。私が今までのことをこんなあっさり許せるはずがない。絶対に許せない。夫は他人に別居のことを聞かれたら『僕が至らなかったから謝ったが妻は出て行った』とでも答えるのだろうか。
私は本当は夫にたくさんたくさん訴えたかった。でも夫は決して理解し得ないことを、これまた骨の髄まで理解していた。私はより安全に別居を遂行するため、作戦を守ることにした。つまり夫の言い分を否定せず、神妙にうなずくことに徹した。
そして段ボールに囲まれ、結婚同居(?)生活最後の夜を過ごした。
引越し当日の朝、夫は会社のイベントがあるから、と出かける支度をした。そして「ありがとう、さよなら」と言って出て行った。
私は最終の荷作り点検を行った。そしてゴミ出しの仕方を紙に書いてテーブルに置いておいた。引越し業者が来て、支持したとおり荷物を運び出していく。マンションの管理人さんには事情を簡単に説明していたので、休日なのに出てきてくれ、黙って引越し業者の駐車位置やオートロック解除などの対応をしてくれた。私の荷物が全て運び出された後、家の鍵は封筒に入れて郵便受けに入れた。
静かな引越しだった。頭の中はしんとしていた。張りつめていた気持ちは少し楽になっていた。
こうして私は別居した。