こころの声に耳をすませて

あの結婚生活は何だったのだろう?不可解な夫の言動はモラル・ハラスメントだった…と知ったウメの回想エッセー。

時は必ず過ぎ、私は変化する

2006-12-29 00:19:27 | モラル・ハラスメント考
 夫と別居して2年が過ぎた。今、こうしてひとり部屋にいると、私はずっと昔からこの生活を続けていたような気持ちになるときがある。ある時は逆に、この部屋にいることがひどく不思議に感じられるときもある。

 夫と別居する数ヶ月前、私は昔から付き合いのある年上の友人に、以下のメールを送っている。
『自分に正直に生きるってなんて難しいことか。
 夫と結婚した後、大変だと思いつつ惰性で
 今に至っているような気もします。
 最近、私と夫はお互いもう妥協できないことを態度で
 示すようになり、口もきかなくなりました。
 まあ、その方が気楽なこともありますが、
 はたしてそんな状態で一緒に住むことには疑問ですよね。
 今の気持ちは、夫とはいつ別れてもいいと思ったりもしますが
 でも積極的に別居というエネルギーもないこと、
 男とは二度と一緒に暮らそうとは思わないとか
 自分で思うことはいろいろあるのですが
 それを具体的に行動できないですね。

 たくさん話したいことがあります。
 最近、安心して何でも話せる人がなくて
 本当に寂しいです。
 もちろん夫には何も話せませんし何も理解し合っていません。
 夫は宇宙人だと思っています。
 夫に理解を求めることは不可能です。』

 私は夫との生活に絶望しながらも、今の状況を変えることができるなんてとても信じられなかった。今の生活はもう変わらない。夫と理解し合う努力も果て、惰性と我慢の日々。けれども、この生活を続けなければいけないのだ。どうして夫は私に軽蔑と怒りの眼差しを向けるのだろうか…。優しかった夫は何だったのか?幻だったのか?それともこれが結婚生活の現実なのだろうか…。
 そして夫の蔑み、罵詈雑言に耐える私の中に、憎しみがフツフツと湧き起こってくる。憎しみにまみれた私が、これ見よがしに包丁を全て台所に並べ、研ぐ姿は、逆に自分がモラに食われ鬼になっていた。

 数ヶ月前、ある地方で高齢の夫婦宅に強盗が入り、妻は怪我をし夫は刃物で刺され死亡したという事件があった。しかし蓋を開けてみると、実は妻が夫を殺害した後自らを傷つけ、強盗が侵入したように見せかけた、というものだった。その後のニュースによると、子どもが家を出て2人だけになった後も2人よく一緒に行動しており、近所の人からは仲むつまじい夫婦と見られていたようで、なぜあの奥さんが、と衝撃的な出来事だったらしい。
 しかし実際家の中ではその逆だった。妻は夫から毎日暴行を受けていたという。やめてほしいと懇願しても夫は暴行し続けたそうだ。妻の絶望と悲痛な叫びは押し殺され、自分自身の憎悪におののきながら、妻は必死で昼間の顔を演じていたに違いない。他人の前で見せる夫の笑顔にあるときは夢のようにそれを見、あるときは吐き気を覚えながら笑顔を返したのだろう。そして妻の極限の努力がある日朽ち果てるとき、犯行に及んでしまったのだろう(『ドメスティック・バイオレンス~なぜ妻が~』)。

 この事件を知ったとき、私はたまらない気持ちになった。あれは私だ。あの妻は、かつての私だった。この地獄から逃れるためには夫をどうにかするしかないのでは…と思ってしまう心理状態に私も陥った。お互いの憎悪が、いつか殺し殺される関係になってしまうのではないかと、本当に思っていた。私の苦しみを訴えるために夫の目の前で飛び降りてやる、という衝動にもかられた。夫と私だけの密室に囚われ、酸欠になったようにもがき苦しんでいた。
 しかし外に出れば酸素はあるのだ。窓を開ければそよ風が入ってくるのだ。私はそれを忘れていた。いや、気付くことができなかった。
 
 私はパソコンという窓からモラハラ被害者同盟のサイトや、DVやモラハラに苦しむ妻達のブログを読み、この世界を変える方法、即ち外に出ればいいのだということを知った。いや、心底から理解したのだ。前からそんなことは知っていたができなかった。夫を変えることに固執していた。私は私の視点を変え、私の置かれている状況を理解し、外に出ることができた。

 今もモラハラに苦しんでいる方々は大勢いらっしゃるだろう。非常に苦しい状況に置かれているが、我慢するしかない、と思われている方もおられるだろう。しかしどうにかこの状況を変えたいと望めば、必ず変えることができる。今すぐにできなくても、思い続けていれば、きっと窓が開け放たれ、何らかの力を得ることができる。時は必ず経つし、今は必ず変化する。そして、日々爪や髪が伸び、怪我をしたところの皮膚が再生するように、自分自身も変わることができる。あなた(私)はずっと同じではない。私は日々新しい細胞を生みだし、体も心も新しい力を生み出している。そして様々な情報や人から力を分けてもらえばもっと生きやすくなる。きっとできる!


 今年もこのブログをお読みいただきありがとうございました。どうか皆さま、良いお年をお迎え下さい。
 そして、新しい年に、新しいご自身と出会うことができますように…



相手を理解するということ

2006-12-23 11:15:14 | モラル・ハラスメント考
 私の場合、モラハラを行使する相手は、いずれも親密な関係にある人だった。夫とは恋愛結婚だったし、上司とも最初は非常に親しい関係にあった。
 モラハラの恐ろしいところは、信頼し無防備でいられる相手だと思っていたら、いきなり豹変し足下をすくわれることだ。しかしそれまでいい関係にあったので、まさか相手がわざと自分に嫌がらせをしているとは思えないのだ。「きっと嫌なことがあったのだろう」「たまたま不機嫌だったのだろう」「体調が悪かったのかもしれない」私は不意打ちに遭う度にそう思った。

 なぜなら、私自身好きな人に敵意をぶつけるなんてことはあり得ないと思いこんでいたからだ。人は一度相手を信頼したり好きになったりしたら、その気持ちは変わらない、むしろ変えてはいけない、それを貫くのが筋、と思っていた。そして行き違いがあっても、言葉を尽くして相手に伝えようとすれば、きっと理解してもらえる。そして私も辛抱強く相手を理解しようと努力すれば、きっと相手も伝わり分かり合えるはず。
 それが人に対する誠実さだと信じていたところがある。私自身、実際に膠着状態にあった関係が、双方の努力だったり、あることがきっかけになったりして改善された例をいくつも見たり聞いたりしていたし、そう思っている人も多いだろうと思う。

 生きていると予想もしない出来事が突然起こる。もし、このぎくしゃくした関係のまま、明日夫が交通事故で死んだら…私はとても後悔するだろう。なぜもっと言葉を尽くさなかったのか、相手の不機嫌を理解できなかったのか、と。だから今日できるだけのことはしよう。今日理解し合えなくても、明日は和解できるかもしれない。そう思い、私はできるだけのことをしようとした。
 しかし、夫を理解しようと努力すればするほど、夫のモラハラはひどくなり、私も疲れ果て、挙げ句の果てには「夫が交通事故で大怪我して入院してくれればいいのに…さもなくば死んでくれればいいのに」と思うようになったのは皮肉なものである。

 とにかく親密な関係で理解し合えないことはない、自分が理解する努力をすれば相手も変わる、と思いこんでいた。
 相手を理解しようとする努力はとても大事だろうし、必要なことだとも思う。お互いが努力してこそ、いい人間関係を築くことができると実感もしている。その場で理解し合えなくても、時間をかけて話しをすることで、お互いの理解が深まる場合もある。それも私自身体験していることだ。

 ただ、私自身がモラハラの被害に遭って分かったことは、理解することと受け入れることは違う、ということだ。私はずっと、相手を理解し受け入れることが大切なのだと思いこんでいた。

 夫がなぜか不機嫌になったり、暴言を投げつけたりする。なぜだろう。どうしてそのような態度になるのだろう。そういえば夫は子どもの頃、父親から暴力を受けていたと聞いた。その頃のトラウマが夫の言動に影響しているのかもしれない。それは非常に辛いことだ。だから多少の暴言があっても、我慢して受け止めてみよう。そしていつも変わらぬ態度で夫に接してみよう。そして夫の子ども時代の話しに耳を傾け、何気なく暴力的環境が成長過程に与える影響などについても話してみよう。そうすれば夫も心の安定を取り戻すかもしれない。私にも至らないところがたくさんある。私も夫の不機嫌の元を作らないように努力しよう。

 このような努力をしていたら、もしかして変わる相手もいるかもしれない。しかしモラは変わらなかった。時々変わったと見せかけ、私がほっとするとまた攻撃、という感じでますますエスカレートするだけだった。
 ここで私が間違っていたことは、夫を理解することで夫を変えようとしていたことだ。『他人と過去は変えられない』と言うように、他人を変えることはできないということを、私は嫌というほど知ることになった。
 相手を理解しようと努力する。そして、その副産物として相手が変わってくれたらそれはラッキーなのだ。しかし変わらなければ「変わらない」ことを理解しなければならない。そしてその結果、自分自身が何を思い、何を感じているかを理解しなければならないと思う。そうしなければ相手をコントロールすることばかりに囚われ、我を見失って、自分の人生を生きることができなくなってしまう。

 夫は「議論に勝つためには、相手の言うことを理解しようとしないことだ。相手の話を聞かずに、ひたすら自分の理論をぶつけることだ。」と言ったことがある。まさにモラ的思考で、彼はこれを地でいっていた。だが、こういう論法で世を渡っている人々もたくさんいるだろう。もし相手がそのような態度だったら、理解し合うなんてことはありえない。『バカの壁』がベストセラーになり私も便乗して読んでみたが、冒頭で「話しても分からない」ことがいかに多いか述べられており、夫や上司との関係を思い浮かべながら、なるほどとやけに納得したものだ。

 ある人間に対して努力しても理解できない、あるいは非常に苦しい状態が続いているのであれば、時間をおいたり、その場から離れたり、あるいはあきらめたり、「理解できない」ことを理解すればいいのだと、そう思えたときから、私はだいぶ楽になった。


 思い起こせば、私は一番近い身内である親とも理解し合えないとあきらめたんだったな~…。それなのに、心の底ではあきらめきれなくて、夫にその思いをぶつけていたのかもしれない、っていうか
そうだったんだろうな~…
 

職場モラハラ エピローグ2

2006-12-02 17:21:32 | 職場モラハラ

* 味方は必ずいる。モラハラ被害に遭ったら外に出よう、離れよう、話そう!

 私が職場モラハラを受けている最中は、とにかく上司の気分や顔色が気になり、そのことで頭がいっぱいになってしまった。視野が狭くなり、思考も柔軟性を欠いていた。いつも自分が見張られ、突然攻撃されるのではないかとビクビクし、何らかの仕草や言動も自分を責めるサインと意味づけしてしまい、被害妄想的になっていた。しかもモラ上司は誰も口を出せない状況を作っていたので、私の味方は誰もいない、と思いこんでいた。

 しかし職場を辞める直前になってから、関連会社でよく仕事を一緒にさせてもらったり、業務上お世話になった方々に退職の挨拶に行ったとき、「ウメさんが何で違う部署に異動になったんだろうねーって心配していたんですよ。だって、あんなに前の部署でがんばっていたのにね。」と声をかけてくれたのだ。またある人は「あの上司の言うことって地に足がついてない感じがしましたよ。しかもちょっと政治色強かったでしょ。ウメさん、辞めて正解でしたよ。」と私を励ましてくれた。また別の会社の人は「ウメさんの異動もなんか変だったし、後からきた主任は要領を得ないし、いったいどうなってるんだと思ってましたよ。」と、私が事情を話す前から察してくださった方もいた。また、親しくしてくれたある会社の知人に、モラ上司の嫌がらせや主任降格、他所への異動の経緯を簡単に話したら「ええ~~っ!?それって酷いよ。よほどの落ち度があったとか不祥事が無いかぎり、降格なんて絶対できないでしょう!もしウメさんが不当な配置だって裁判起こしたら、会社は確実に負けるよ。」とまで言ってくれた。そうか、そこまで不合理な仕打ちだったんだ。私は上司のモラに対して「なぜ?」「なぜ?」と思うばかりでそんなふうには考えられなかった。
 そして、これらの励ましの言葉をもらえるとはまったく思っていなかったので、この一言一言に涙が出るほど嬉しかったのだ。周囲はそんなふうに見てくれていたんだ。誰も味方がいないと思いこんでいたけれど、話せば「それはおかしい」と言ってくれる人はいる。また、「変だと思っていた」と言ってくれる人もいた。

 自分の職場から離れれば、味方もいるし、別の世界がある。あの不合理な世界に自分を閉じこめておく必要はまったくなかったのだ。ここで何とかしなければ、と固執しすぎる必要もないのだ。ある程度の努力は必要だろうが、まったく実りのない、自分を傷つけるだけの努力はしない方がいい。私はかつて、この会社にずっと勤めたいと願っていた。だからなんとしてでもがんばって、続けていきたいと思っていた。他に行き場がない、とも思いこんでいた。
 しかし自分がするべきことをし、納得できる努力をし、それに対してあまりにも理不尽な要求や攻撃があったら、もうそこから離れた方がいい。為すべきことをしていたら、見ていてくれる人はどこかに必ずいる。そして他に行く場所は必ずある。
 職場を辞める最後に、それを確信できたことは本当によかったと思う。そうでなかったら、人間不信に陥って当面働く気になれなかっただろう。

 職場を辞めた後、モラ上司から年賀状が来た。私は即座に年賀状を捨てた。そして1ヶ月後になんと自宅にモラ上司から電話があったのだ。「元気?またよかったらうちの職場に遊びに来てね。今度○○というイベントがあるからよかったら見に来て。トラブってやめたわけでもないわけだし、気軽に顔見せてね。」このモラ上司の言葉に反吐が出るほど嫌悪感に覆われた。どうしてこのような信じられないことを言えるのだろうか。まったく不思議だった。しかし私は意に反して、「ありがとうございます。また伺います。」と笑顔で言ってしまったのだ。そういう自分をも嫌悪した。どうして私はいつまでも上司に愛想をふろうとするのだろうか。自分の意志薄弱を憎んだ。

 そしてしばらく私はぶらぶらしていたが、そのうちに仕事関係者から声をかけてもらい、少しずつ仕事をし始めた。いくつかの臨時のアルバイトやパート勤めを再開し、そして正社員として働くことが出来るようになった。今の職場に声をかけられたときは、最初から正社員で、と言われたのに「家のことが忙しいのでパートにしてください」と頼んだ。なぜかというとモラ上司のことが頭にあったので「入ってみて良くない職場だとわかったらすぐ辞めよう」と考えたのだ。職場の人間関係がどうなっているのかもよく知らないと、安心して働こうという気になれなかったのだ。そして信頼できる職場だと思えるようになった1年後に、正社員のお願いをしてみたら、すんなり通してくれた。そこの社員の人たちは当たり前に個性があるものの、私への対応も、仕事の進め方もごく普通だった。仕事でミスしたりわからなければ、普通に指摘して教えてくれた。上司もさばさばしてこだわない感じの人で、態度を使い分けたり意地悪な要素はまったくなく、本当に助かっている。今の職場に就職してからもう4年たった。仕事上しんどいことはあっても、やりがいのある仕事を与えられ、自分を活かして働かせてもらい感謝している。

 かつてモラ夫とモラ上司からダブルパンチをくらっていた頃には、もしかして自分がモラを惹きよせているのではないか、どこに行ってもモラと出会い、モラに苦しめられるのではないかと思ったりもした。しかし、モラから離れてみればそんなことはなかった。私はモラ夫と出会う前には、いい職場やいい人間関係に恵まれていた。そして、モラから離れてみたら、再び職場でもいい関係を作ることが出来た。いや、モラ被害を受けていたときも、モラ以外はいい人たちが周りにいたのだ。それなのに、モラのことが頭の中を埋め尽くし、周囲を見るゆとりがまったくなかった。

 
 モラとの出会いもあるだろう。モラに絡め取られる時もあるだろう。
 でも私達は、自分にとっていい人間関係を作る力をもっている。
 その力を持っているはずだと思う。