夫が泊まりがけの出張に出かけたり、帰りが遅くなる時、普通の夫婦だったら妻はどのように過ごすのだろう。私は夫がいない時こそ、普段片付けられない仕事をするために残業したり、友人と夕食を共にしたり、時間を気にせずゆっくり買い物をしたりして過ごすのは当然だと思っていた。普段は夫に合わせた生活をしているのだから、いない時にちょっとくらい好きなことをさせてもらっていいじゃない、と思っていた。
夫は自分が出張や帰りが遅くなるとき、時々家に電話を入れた。そこで私が出れば、何事もない普通の会話になる。例えば夜9時頃の夫の電話は「やっと打ち合わせが終わってホテルに着いたよ。夕食は同僚と食べてきた。そっちはどう?夕ご飯何したの?」「昨日のカレーを温めて食べたよ」「そう。戸締まりに気を付けてね。じゃあおやすみ」という感じだ。普段は会話もないのに、何故か電話では普通の夫婦のように話す。結婚して始めの頃は、私も新しい土地に友人もいなかったので、夫が留守でも家にいることが多かった。だから、夫からの電話も特に不思議に感じたりすることはなかった。しかし、私も徐々に知り合いや友人が増え、夫が留守の時は友人と会いたいと思うようになる。
ある日、夫が泊まりがけで出張に行くことになり、私は友人と飲みに行くことにした。泊まりだったら何事もない限り夫が家に帰ってくることはない(以前は帰りが遅くなるはずの夫が早く帰ってきており酷い目にあったので)。そしてそのことは夫には特に言わなかった。夫が出かけた後、私は久し振りに友人と会い、飲みながら心ゆくまでおしゃべりをした。そして夜11時頃帰宅し、真っ暗な部屋にほっとしながら電気をつけた。上着を脱ぎながらふと電話機を見ると留守電ボタンが点滅していた。ああ、誰かから留守電が入っている。そう思って再生ボタンを押した。夫からだった。「今仕事が終わったところ。これから同僚と夕食を食べに行くよ」午後6時30分。「今ホテルに着いたところだ。」午後8時45分。ここらへんで私の鼓動が速くなってきた。メッセージは続く。「おい、こんな遅くまでどこにいってるんだ?」午後10時。私の顔から血の気が引く。「俺がいないからって何考えてるんだ!いい加減にしろよっ!!」午後10時20分。そして無言…午後10時45分。
私は何も考えられずに電話の前に立ちつくした。夫はどうしてこんなに怒っているのか?どうしよう、このまま明日、夫が帰ってきたらどうなるのか?お風呂に入っていたことにしては無理がありすぎる…と言い訳を考えては打ち消した。そしていつかかってくるともしれない電話に緊張し、私の手足は冷たくなってなかなか眠れなかった。
そして次の日の朝早く、夫から電話があった。私は電話線を抜きたいと思いつつも、飛びつくように電話に出た。夫の怒声が聞こえる。「おい、昨日はどこ行ってたんだっ?」「友達とごはん食べに行ってた」「どこの誰だっ?」「○○さん」「しかしなあ、夫がいないとすぐ遊びに行く妻は何なんだ?俺がいないときもしっかり家を守ってくれないと、安心して家を空けられないじゃないかっ!!」「…。」「おいっ!何とか言えっ!!」「はい。ごめんなさい」「謝ればいいと思ってんのかっ!?」「すみませんでした」「まったく。いい加減にしろよっ」ガッチャン!!
その後やけに静かな部屋にひとり、私は頭をたれ重苦しい気分に耐えた。私は友人にも会ってはいけないのか?夫の怒りは何?家を守るって何?
しかし単純な私はこう考えた。夜遅くに外出しているから夫は不安になるのかもしれない。家にいればいいのだろう。そして夫が泊まりがけで出張に行ったある日、私は学生時代の友人に電話をかけた。久し振りのおしゃべりに花が咲き、私は1時間半ほどの長電話をした。電話を切った後もその楽しい余韻を味わっていた時、呼び出し音が鳴った。電話を取ると夫だった。「おい、おまえいったいどのくらい長電話すれば気が済むんだっ!?何かあったときに連絡がとれないじゃないかっ!それじゃあ困るんだよっ!!何考えているんだっ!!!」ガッチャン!!
私はまた一気に憂鬱の暗い海に投げ出される。これはいったい何なんだろう?家にいてもだめなのか?電話代だって私が払っているのに。
夫が出張から帰ってくる。眉間に深いしわを寄せ話しもせずカバンを投げ出す。長い間続く無言と怒りの雰囲気が漂う寒々しい生活。
当時、携帯電話はもう出ていたが、お互い特に必要性も感じなかったので買わなかった。というか、もし携帯なんか持ったら夫からいつでも行動をチェックされそうだったので、私は絶対持ちたくなかったのだ。そして、夫が嫌がったのでキャッチホンもつけられなかった。それにしても、子どもがいるわけでもないのに、どうしてこんなに束縛されなければならないのか?
夫はとにかく不安が強く、待てない人だった。自分が要求するときには相手の都合がどうであれ、即応えられなければたちまち怒りを表明した。常に自分がかまわれていないと気が済まないので、妻は自分の要求に対応すべくいつもスタンバっていて当然という考えなのだ。自分の求めにすぐ応じられない妻=信用できない、自分のことを思ってくれない最悪な妻、という図式になってしまう。だから電話をしたときも、妻はすぐ取らなければならない。その時たまたまトイレに入っていても、お風呂に入っていてもダメなのだ。私は夫の電話に神経質になり、電話の子機をトイレにまで持っていった。お風呂に入るときは子機を浴室のドア近くに置いたが、シャワーなどを使っていると電話が鳴っているのでは?と気が気ではなかった。まるで呼び出し音の幻聴が聞こえるようだったのだ。
こうして夫は妻を罵倒しながら、自分の一挙一動に注意を向けさせる。そして妻はそれに応えようとすることで、夫の機嫌を取ろうとする。しかしそんな無理な要求に応えられるはずがない。たとえどんなに料理が上手で家事も完璧にこなしても、応えられない。夫の要求は際限がないのだ。夫の不安と猜疑心は消えることがない。なぜなら他人の思いを完璧に理解する人なんてこの世にいないからだ。だからモラの不満も消えることがない。
私はダメ妻でよかった。夫の要求に応えるのはもう無理、とあきらめることができたから。
夫は自分が出張や帰りが遅くなるとき、時々家に電話を入れた。そこで私が出れば、何事もない普通の会話になる。例えば夜9時頃の夫の電話は「やっと打ち合わせが終わってホテルに着いたよ。夕食は同僚と食べてきた。そっちはどう?夕ご飯何したの?」「昨日のカレーを温めて食べたよ」「そう。戸締まりに気を付けてね。じゃあおやすみ」という感じだ。普段は会話もないのに、何故か電話では普通の夫婦のように話す。結婚して始めの頃は、私も新しい土地に友人もいなかったので、夫が留守でも家にいることが多かった。だから、夫からの電話も特に不思議に感じたりすることはなかった。しかし、私も徐々に知り合いや友人が増え、夫が留守の時は友人と会いたいと思うようになる。
ある日、夫が泊まりがけで出張に行くことになり、私は友人と飲みに行くことにした。泊まりだったら何事もない限り夫が家に帰ってくることはない(以前は帰りが遅くなるはずの夫が早く帰ってきており酷い目にあったので)。そしてそのことは夫には特に言わなかった。夫が出かけた後、私は久し振りに友人と会い、飲みながら心ゆくまでおしゃべりをした。そして夜11時頃帰宅し、真っ暗な部屋にほっとしながら電気をつけた。上着を脱ぎながらふと電話機を見ると留守電ボタンが点滅していた。ああ、誰かから留守電が入っている。そう思って再生ボタンを押した。夫からだった。「今仕事が終わったところ。これから同僚と夕食を食べに行くよ」午後6時30分。「今ホテルに着いたところだ。」午後8時45分。ここらへんで私の鼓動が速くなってきた。メッセージは続く。「おい、こんな遅くまでどこにいってるんだ?」午後10時。私の顔から血の気が引く。「俺がいないからって何考えてるんだ!いい加減にしろよっ!!」午後10時20分。そして無言…午後10時45分。
私は何も考えられずに電話の前に立ちつくした。夫はどうしてこんなに怒っているのか?どうしよう、このまま明日、夫が帰ってきたらどうなるのか?お風呂に入っていたことにしては無理がありすぎる…と言い訳を考えては打ち消した。そしていつかかってくるともしれない電話に緊張し、私の手足は冷たくなってなかなか眠れなかった。
そして次の日の朝早く、夫から電話があった。私は電話線を抜きたいと思いつつも、飛びつくように電話に出た。夫の怒声が聞こえる。「おい、昨日はどこ行ってたんだっ?」「友達とごはん食べに行ってた」「どこの誰だっ?」「○○さん」「しかしなあ、夫がいないとすぐ遊びに行く妻は何なんだ?俺がいないときもしっかり家を守ってくれないと、安心して家を空けられないじゃないかっ!!」「…。」「おいっ!何とか言えっ!!」「はい。ごめんなさい」「謝ればいいと思ってんのかっ!?」「すみませんでした」「まったく。いい加減にしろよっ」ガッチャン!!
その後やけに静かな部屋にひとり、私は頭をたれ重苦しい気分に耐えた。私は友人にも会ってはいけないのか?夫の怒りは何?家を守るって何?
しかし単純な私はこう考えた。夜遅くに外出しているから夫は不安になるのかもしれない。家にいればいいのだろう。そして夫が泊まりがけで出張に行ったある日、私は学生時代の友人に電話をかけた。久し振りのおしゃべりに花が咲き、私は1時間半ほどの長電話をした。電話を切った後もその楽しい余韻を味わっていた時、呼び出し音が鳴った。電話を取ると夫だった。「おい、おまえいったいどのくらい長電話すれば気が済むんだっ!?何かあったときに連絡がとれないじゃないかっ!それじゃあ困るんだよっ!!何考えているんだっ!!!」ガッチャン!!
私はまた一気に憂鬱の暗い海に投げ出される。これはいったい何なんだろう?家にいてもだめなのか?電話代だって私が払っているのに。
夫が出張から帰ってくる。眉間に深いしわを寄せ話しもせずカバンを投げ出す。長い間続く無言と怒りの雰囲気が漂う寒々しい生活。
当時、携帯電話はもう出ていたが、お互い特に必要性も感じなかったので買わなかった。というか、もし携帯なんか持ったら夫からいつでも行動をチェックされそうだったので、私は絶対持ちたくなかったのだ。そして、夫が嫌がったのでキャッチホンもつけられなかった。それにしても、子どもがいるわけでもないのに、どうしてこんなに束縛されなければならないのか?
夫はとにかく不安が強く、待てない人だった。自分が要求するときには相手の都合がどうであれ、即応えられなければたちまち怒りを表明した。常に自分がかまわれていないと気が済まないので、妻は自分の要求に対応すべくいつもスタンバっていて当然という考えなのだ。自分の求めにすぐ応じられない妻=信用できない、自分のことを思ってくれない最悪な妻、という図式になってしまう。だから電話をしたときも、妻はすぐ取らなければならない。その時たまたまトイレに入っていても、お風呂に入っていてもダメなのだ。私は夫の電話に神経質になり、電話の子機をトイレにまで持っていった。お風呂に入るときは子機を浴室のドア近くに置いたが、シャワーなどを使っていると電話が鳴っているのでは?と気が気ではなかった。まるで呼び出し音の幻聴が聞こえるようだったのだ。
こうして夫は妻を罵倒しながら、自分の一挙一動に注意を向けさせる。そして妻はそれに応えようとすることで、夫の機嫌を取ろうとする。しかしそんな無理な要求に応えられるはずがない。たとえどんなに料理が上手で家事も完璧にこなしても、応えられない。夫の要求は際限がないのだ。夫の不安と猜疑心は消えることがない。なぜなら他人の思いを完璧に理解する人なんてこの世にいないからだ。だからモラの不満も消えることがない。
私はダメ妻でよかった。夫の要求に応えるのはもう無理、とあきらめることができたから。