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霞ヶ浦のほとりで

徒然なるままに

神の存在

2019-11-11 12:07:04 | サピエンス全史
『神は存在するや否や』の問に自分なりの結論は『存在する』でした。自然や生命の営みがあまりにも見事で、そこには何か「大きな意志」が存在しなければ説明できず、その無形の意志を神と考えたのです。ギリシャ神話などに出てくるような人間の姿をした神ではありません。

この考え方は人類共通の認識と思われますが、大地や人間など目の前にある有形の物とを結ぶために神話が生まれたと考えられます。科学がない時には自然の猛威は神の怒りと畏怖されて、その怒りを鎮めるために哀れな生け贄が捧げられるのも民族を越えて似ています。

やがて生身のお釈迦様やイエスキリストが現れて人の生きる道を深く追求し悟られた教えも、やがては仏の慈悲とか神の御心とか人間を超越した存在が組み込まれていくと宗教的要素も強まってきました。

自然科学や生命科学の進歩により、これまで説明出来なかった事象も客観的に理解されるに従い、神話は空想的な物語になっていきました。神が造られたとした天と地の始まりも、ビッグバン、インフレーション、真空のエネルギーのような最新の理論で説明されるまでになり、宇宙の年齢が138億年と計算されるに至ってはハラリ氏の『神は認知革命による虚構である』という解説がストーンと腑に落ちます。

自然には何か摂理がなければいけないとか、あって欲しいとか思う気持ち自体が認知そのものだと大いに納得し、神の存在について自分なりの整理がつきスッキリしました

宗教(神)の登場

2019-10-24 09:59:29 | サピエンス全史
社会集団の規模がサピエンスの自然に備わる能力を越えて大きくなり、さらに集団の統一の過程で登場して、その後のサピエンスに大きな影響を与えたものにハラリ氏は帝国、貨幣、宗教を三要素として取り上げ、それぞれの本質について見事な見解を示されています。
特に宗教や神に関して次のくだりは私もこれまで曖昧だったことから、一つ一つを自分なりに整理してみようと思いました。

◎神は認知革命による虚構である。
◎アニミズム→多神教→一神教へと変遷し排他的になった。
◎仏教は宗教ではなくイデオロギーに分類される。
◎十字軍はキリスト教と騎士道の矛盾を抱えていた。
◎聖典は神や宗祖が書いたものではない。

先日、ハラリ氏の新書が11月に発行されるとの新聞広告がありました。貨幣や宗教や帝国などもさらなる知見が得られると期待されるので楽しみです。

争いの熾烈化(農業革命)

2019-10-01 14:09:09 | サピエンス全史
アフリカで誕生したホモ・サピエンスが世界中に拡がり南米チリの末端まで辿り着いたのは1万2千年前とのことなので農業革命以前です。この人類の旅(グレートジャーニー)を探検家関野吉晴氏は辿った結果、人類が冒険心旺盛だったからというより、縄張りから追われてやむなく新天地を目指したのではないかと語っています。

農業革命で食料供給量が増え人口増加をもたらした結果、生存のため土地や食糧も守らなくてはならず、既に狩猟生活には戻れず新天地へ逃げることも出来ず争いは熾烈を極めるようになりました。それは遺跡の人骨の傷痕から死因の多くは(場合により男性の半数近く)が争いによるものと判断できるそうです。

そして、狩猟民は自然に変化を与えることはほとんどなかったのに、農耕民は自然を人工的なものにどんどん変えていかなければならず、ホモ・サピエンスの心身は農業革命を境に大きく変化させられていくことになります。それが幸せへの道だったのか不幸への道だったのか、この書は何度も問いかけているようです。

さて農業革命後は人口増加による都市や王国の形成、貨幣の発明、宗教の発生に繋がっていきます。これらは歴史を動かす要因となるのですが、私には漠然としてよく理解できていなかったこれらの意味を、ハラリ氏はとても興味深く分かりやすく解説してくれます。

ヒエラルキーの形成(農業革命)

2019-09-10 18:39:11 | サピエンス全史
狩猟生活から農耕生活への移行は知恵ある人類の必然的な流れであり、飛躍的な生活の向上と繁栄をもたらしたとの解釈に対し、この書は幸福という視点で見ると全く別の解釈になると述べています。例えば小麦や稲の立場から見るとどうなるかなどと思いもよらぬ視点で考察します。

農業革命は人類のその後にとって本当に大きな大きなターニングポイントであったのです。社会科の授業ではもっと時間をかけてこの項目を議論するべきです。
書によると、農業革命の結果として『ヒエラルキー』(階級制・身分制度)が形成されました。インドのカースト制やアメリカの奴隷制度はこの代表例ですが、どんな時代でもどんな社会でも階層や差別は存在し、歴史上でヒエラルキーのない世界など一つも無いとのことです

農業革命が人口増加をもたらした結果、協力的ネットワークがサピエンスの生物学的本能(150人)をはるかに越えた社会が形成され、これを維持するためにサピエンスは想像上の秩序を生み出したことと書記体系を考案したことによりヒエラルキーが形成され、低層で苦しむ多くの人々を生み出したとの説明に大いに納得させられます。

人権や平等が保証されている現在の日本でさえも、正規・非正規とか富裕層・貧困層など新たなヒエラルキーが形成されつつありますが、これも元を辿れば農業革命に行き着くわけです。こんな視点で毎日のニュースや出来事を見ると、これまでとだいぶ違って見えてきます。これも目から鱗でした。

サピエンスは自分にゆとりが出来ても関わりの薄い相手に分け与えようとするDNAは無いのではないかと思われます。身内までしか考えられない種なのかも知れません。悲しいですが、そこを冷静に受け入れると世の中の動きも複雑に見えて案外単純に理解できる気がします。

縄文と弥生(農業革命)

2019-08-27 19:25:14 | サピエンス全史
狩猟生活から農耕生活への移行(農業革命)はサピエンスにとっていかに大きなエポックだったことと、そしてその功罪について、この書は色々な視点から詳しく解説しています。

この書からすぐに連想したのは、日本の縄文時代と弥生時代の話です。
この半世紀で自然科学が飛躍的な進歩を遂げたように考古学も発展しておりいろいろ調べていくに従い、学校で学んだ内容も大きく修正する必要があることが分かってきました。
特に次の3点には戸惑いましたが、むしろ腑に落ちて納得させられるものです。
1.縄文人と弥生人は人種が違うというのは誤りで、人種の変遷はなかった。
2.農耕は縄文時代で既に始まっていた。
3.弥生時代には戦も増えて集団虐殺の跡も見られる。

弥生時代で稲作になったことで生活が豊かになり、社会が発展し人々に幸福をもたらした…というこれまでの認識は、どうやら浅いものだと教えられました。
農業革命がその後のサピエンスにもたらせたものの大きさをこの書で深く考えさせられています。

※)写真は家の前の杉林が宅地になるとのことで数ヵ月前に行われた遺跡調査で、弥生時代と平安時代の住居跡や土器や陶器の欠片などが発掘され、弥生時代が身近に感じさせられました。