霞ヶ浦のほとりで

徒然なるままに

阪之下

2017-10-31 01:00:25 | 東海道五十三次 版画の旅
こんなに見晴らしも良く風通しも気持ちよさそうな峠の茶屋なら、一休みも二休みもしていきたいものです。登りで流したこれまでにの汗も心地よく引くことでしょう。
どのくらい深い谷なのでしょうか。向かい側には勢いよく流れる滝が見えますので、かなりの渓谷のようです。
場所は三重県の鈴鹿峠、30年程前に津市に2年住んでいましたので、訪ねることができたのにと残念です。

みずほ生活(2:みずほ街道)

2017-10-29 16:28:02 | 南極の思い出
みずほ基地は内陸部調査の前進基地(camp)として1970年に開設されたもので、1978年に基地(base)に承認されました。
私達の隊では4期(2-4月、5-8月、9-10月、11-1月)に分けて補給や隊員交代が行われ、通年観測が実施されて10名の隊員がみずほ生活を経験しています。私は2期と3期に滞在しましたが、F隊員(雪氷部門)は通年越冬されました。
昭和基地からみずほ基地までの約270kmのルートは通称「みずほ街道」と呼ばれていて、私は1月(夏:往復路)、4月(秋:往路)、11月(春:復路)にこのみずほ街道を内陸旅行しましたが、面白さや厳しさは全く別の顔でした。写真下は夏旅行で街道上の赤い標識の旗を見つけた時(左)と、前の隊の隊員が途中まで出迎えに来てくれた時(右)のものです。
みずほ基地は1986年以降は閉鎖されて、現在はドームふじ基地の中継基地として使用されているそうです。

みずほ生活(1)

2017-10-28 20:30:02 | 南極の思い出
これまでの人生を振り返ってみて自分に一番影響のあった出来事といえば、やはり20代半ばに過ごした半年間のみずほ基地での生活体験と言えます。
自然環境も特殊過ぎますが、完全に隔離されたしかも雪の中の世界で朝から晩まで24時間男4人だけで暮らしたことは本当に特殊ですので、思い出す限りを書いておこうと考えました。生活の様子はもちろんですが、心の動きについても若干触れておきたいと思います。

低気圧の墓場(東方沖)

2017-10-27 19:32:13 | 観測船の思い出
日本に悪天候をもたらせた低気圧は、ここ北緯40度の海域を通過し低気圧の墓場(ベーリング海)へと向かいます。海は常に荒れ、波は山のように発達して船は大丈夫かなと思うくらい揉まれます。30秒程の間隔でググッと勢いよく持ち上げられ、そしてドスンと一気に落とされます。重力がかかったり無重力になったりの繰り返しで気持ち悪くならないわけがありません。
海上では風速10m/sを超えるとかなりの時化で、風速20m/sとなると葛飾北斎の絵の様に山のような波(波は巻かず頂部が崩れて風に飛ばされるという感じですが)となって人々も絵のようになります。ずっと風速20m/s以上だった航海がありましたが、さすがに参りました。
この海域では北方定点観測(1947-1953年)が実施されていました。

血液型別の性格診断

2017-10-26 17:38:57 | 雑学
18人が集まったある会の余興で一人づつ短い話をしてもらい、その人の血液型を予想するというゲームをしました。
自分以外の17人の血液型を当てた正解数(人数)は、10(1), 8(1), 7(1), 6(3), 5(2), 4(2), 3(3), 1(1), 0(3) となり、平均値は 4.1でした。
これをどう解釈するかですが、血液型の人数比率もあるので難しい問題です。デタラメにやっても平均値は 4.2-4.5になり、今回の結果だと性格は診断できないと結論されます。私も半分も当てられませんでした。
ところが、この会に参加した人の血液型別の人数は、A5人, O8人, B5人, AB0人で、それぞれで計算した平均値は A :5.8 、O:5.0 、B:0.8 となってB型の5人はほとんど不正解だったのです。A型とO型の人はかなり当てていることから、血液型と性格は全く関係が無いとも言い切れない気もします。