霞ヶ浦のほとりで

徒然なるままに

マイホーム建築の思い出 ー終りー

2018-05-05 21:50:05 | マイホーム建築の思い出
当時の日誌や写真を見返すと、その時々の進捗状況が楽しく思い出されます。
建てる決心をしてから完成までの1年2ヵ月 、あれこれ大変でしたが、腕の良い大工さんにより20年経った今も問題なく過ごしています。
両親があと十年長生きしてくれたなら、見せることができたのにと残念です。
最近は、このような在来工法の建築現場を殆ど見掛けません。主流が車の購入と同じ感覚で、家をハウジングのカタログから選ぶという形になってきたのも、時代の流れなのでしょう。

家を持つ意味

2018-05-03 21:27:04 | マイホーム建築の思い出
転勤族だったこともあって、若かった頃は家を持つ意味がよく分りませんでした。
ある時「男はつらいよ」を観ていて、その答えが分かった気がしました。それは、寅さんが自由気ままに放浪の旅に行けるのは、何時でも帰る場所があるからということです。一見寅さんは根無し草に見えますが、根はちゃんと葛飾柴又の家に繋がっているのです。
このように、どんなに遠くの地でも活躍出来るのは、帰る居場所があるからだと、この歳になって思うようになりました。



資金調達

2018-04-24 21:42:56 | マイホーム建築の思い出
サラリーマンにとってマイホーム新築は一生に一度の大仕事、と言うことで少々無理しても望む家を建てたいと誰しもが思います。
でも、その考えは捨てました。理由は2つ、①これから子供の教育費がかかること…3人も控えている、②銀行はローンが済むまで権利書を抵当に取る…単におもしろくないだけ。
調達できる資金は、積んできた財形貯蓄と退職金内の職場融資だけですが、この範囲で建てると決心しました。質は二の次にして広さを優先したい、最低限屋根と外壁と床だけでもよい旨を棟梁に伝えたところ、笑いながら「生活出来るようにはしてあげる」と言われました。
融資の返済方法は、少しでも借金が減るのを励みにしたいと元金均等方式にしましたが、毎月減る額は僅か30円程でため息が出ました。
世の中不景気が続き、倒産したり給料が下がったりで銀行ローンが払えなくなり、苦労して建てたマイホームを手放す人が多いことを耳にします。近くでも売りに出される家を見かけます。同じ頃にマイホームに夢を抱いた仲間だと思うと、何ともやりきれません。

庭木の植樹

2018-04-09 21:01:12 | マイホーム建築の思い出
殺風景な庭に早く庭木を植えたくて、花木センターをはじめ手当たり次第に苗木を買って来て、知識も計画もなく植えたので雑木林のようになってしまいました。
今まで何の木を植えたのか、ついでに漢字も調べてみました。
躑躅、三葉躑躅、満天星躑躅、娑羅、椿、山茶花、百日紅、花水木、金木犀、槿、山茱、紅要黐、白木蓮、枝下桃、梅、柿、紅葉、海棠、紫陽花、額紫陽花、蔓薔薇、柘植、金伽羅、榊、馬酔木、梔子、木斛、檜葉、樅、千両、万両、南天、山吹、棕櫚、黒竹、黒松、赤松
この他に枯れたり(夾竹桃、ライラック)、毛虫で近所迷惑に(白樺)、庭木にはダメとのことで(桜、藤)、手入れが無理で(蜂屋柿、キウイ)取り除いたのもありました。

濡れ縁

2018-04-05 21:10:59 | マイホーム建築の思い出
掃き出しから外に出るには少し高いので、濡れ縁が欲しいと大工さんに相談したところ、木材をやるから自分で作ってみたらと言われて、それならと気合いを入れて挑戦してみました。
長さ360cm×幅40cm×高さ45cmのもの三つを作りました。塗装も丁寧にして我ながら満足のいく出来栄えで、大工さんからも褒められました。西側に二つ、南側に一つ置きました。
この他に竹細工の目隠しや床置棚も作ってみました。ほんの少しだけ家作りに参加した気分になりました。