「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2005・07・17

2005-07-17 06:00:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「いつの時代にも流行作家というものが、五人か十人いる。それは最も広告に出る人である。月刊誌と週刊誌の広告に、常に大きく出ているから、ははあこれが目下流行している人だなと知ることが出来る。
 たぶん流行作家同士も、互いの作品は読んでいないだろう。月に何百枚も書くなら、他人のものを読んでいるひまはないだろう。ただ広告だけ見て、一喜一憂しているのではないか。今月は彼は一流雑誌の全部に登場している。自分より一冊多い。あるいは二冊多いと数えて、敵愾心をもやしているのではないか。そんなものでももやさなければ、あんなに書けないだろう。
 馬鹿らしいと思うのは、それが出来ない人である。出来る人は馬鹿らしいとは思わない。作者ならだれでも流行作家になれるわけではない。なれるには、なれるだけの才があって、その才はめったにないから、それのあるものは、ぜひとも流行児になって、なったからにはその座をおりたくないし、またおりるわけにはいかないのである。
 私は芸人と芸術家は同じものだとみている。芸術家をあまりえらいものだとみないほうがいいと思っている。各界名士というものも、芸人の一種だとみている。
 名士というものは、ジャーナリズムに召集されて、そこに登場してはじめて名士である。召集されなければ、そもそも名士ではないから、名士は新聞雑誌が望むことを察して発言する。アンポ反対、岸を倒せと言ってもらいたいのだなと察したら、それを言う。北ベトナムを是とし、アメリカを非としてもらいたいのだなと察したら、それを言う。
 戦前も戦後も、言論が一種類になるのはこのせいである。名声を得ようとするものは、目下流行している言論と同じことを言う。名声を得てしまったものも同じことを言う。違うことを言うと『村八分』になりはしないかと恐れる。」

   (山本夏彦著「笑わぬでもなし」文春文庫 所収)
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