今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、「模範家庭文庫」と題した昭和58年のコラムの一節です。。
「何年か前私は新村出訳『伊曽保物語』について書いた。文禄旧訳の伊曽保物語では『蝉と蟻』になっている。ラ・フォンテーヌでも『蝉と蟻』になっている。近ごろのイソップでは、『きりぎりすと蟻』になっている。楠山正雄訳ではどうなっていたか知りたく思ったのである。どちらが正しいというのではない。蝉のいない国できりぎりすにかえたのだろう。してみれば蝉のいるわが国では蝉でいいのではないかと再び三たびさがしたが、楠山訳は手にはいらなかった。
――狐が役者の面を見て、不思議な顔で言うことに、見れば立派な男だが、惜しいことには脳がない。
楠山訳のイソップのなかの一篇である。その根底に七五調があるのでおぼえてしまったのである。狐が能面のようなものをみて述懐している絵がかいてあった。」
(山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)
「何年か前私は新村出訳『伊曽保物語』について書いた。文禄旧訳の伊曽保物語では『蝉と蟻』になっている。ラ・フォンテーヌでも『蝉と蟻』になっている。近ごろのイソップでは、『きりぎりすと蟻』になっている。楠山正雄訳ではどうなっていたか知りたく思ったのである。どちらが正しいというのではない。蝉のいない国できりぎりすにかえたのだろう。してみれば蝉のいるわが国では蝉でいいのではないかと再び三たびさがしたが、楠山訳は手にはいらなかった。
――狐が役者の面を見て、不思議な顔で言うことに、見れば立派な男だが、惜しいことには脳がない。
楠山訳のイソップのなかの一篇である。その根底に七五調があるのでおぼえてしまったのである。狐が能面のようなものをみて述懐している絵がかいてあった。」
(山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)