国道122号沿いの音楽喫茶 『ドルフィン』

さぁ、音楽を聴け!
コーヒーは自分で沸かして用意して…
そんな仮想の音楽喫茶

1966年、それは素晴らしい夏の始まりだった。

2009年06月17日 | マスターの独り言(アルバムのこと)
1966年
僕の知らない時代だが、
この年の初夏は、日本は大騒ぎであったことは知っている。
6月末ビートルズが日本に初めて上陸した。
残念ながら僕はビートルズ世代ではないのだが、
ビートルズは大好きである。
(ちなみにビートルズと聞くと、
 高畑勲監督の「おもひでぽろぽろ」を思い出すのは
 おそらく日本で僕ぐらいだろう)

さて、ビートルズでもすごいのだが、
遅れること10日後。来日したジャズメンがいた。
それがジョン・コルトレーンである。
ビートルズとコルトレーン。
今では味わえない最高の組み合わせの来日である。
だが、残念ながらこの時のコルトレーンは、
まさしく行き過ぎちゃってるコルトレーンであり、
その時のライブは賛否両論があったのだが…

以前神保町にあったジャズ喫茶「響」のマスター、大木さんから
この時のコルトレーンの写真を見せてもらった。
それは歴史的、感動的な写真であり、
生コルトレーンに出会った大木さんから
思い出を聞けたということは幸運なことだ。
このときの大木さんの思い出話は、前に紹介した村井康司氏の
「ジャズ喫茶に花束を」でも載っているので読んでみて欲しい。

生涯最初で最後のコルトレーンの日本ライブがCDで残っている。
長らく探していたのだが、ようやく先日手に入れることができた。
「マイ・フェイヴァリット・シングス」がCD1枚分、
約60分という驚異的な長さで演奏されている。
まだ、聴き込んでいないのだが、
長さは別にして、特に恐れるほど難解なわけではない。
とても澄んだ音で演奏されているのを聴いて、
コルトレーンの望んでいた音楽が創られていく様子が伝わってくる。

聴くとますます1966年の初夏をうらやましいと思わずにはいられない。
でも今は手軽に聴けるのだから、まっいいか。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿