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現代へのまなざし

日本とはなにかを探求します。

新型コロナウイルス感染症の危険性、そして高齢者の犠牲になる若年層

2020-04-21 19:08:21 | 政治
新型コロナウイルス感染症の拡大が止まらない。4月21日時点で全世界で約250万人が感染しており、日本でも感染者数は1万人を超えている。ジョンズ・ホプキンズ大学システム科学工学センター

【新型コロナウイルス感染症のリスク評価】
 ところで、この新型コロナウイルス感染症のリスクはどの程度なのだろう。日本感染症学会では、「全身状態が良好で、胸部画像、血液検査からも軽症と考えられる臨床診断例(イムノクロマト法陽性例)で、基礎疾患の有無などからも入院は必要ないと判断される症例は自宅安静で対応することも考える。ただし、高齢、基礎疾患の存在、独居などの要因から重症化が予測される場合には入院とする。」としている。
 新型コロナウイルス感染症の軽症患者は約80%と言われているが、自宅安静で対応するというのは、季節性インフルエンザやコロナウイルス感染による風邪の場合と同様の対応である。
 また、無症状病原体保有者(症状はないが、PCR 検査が陽性だったもの)が多くいるのではないかということが報告されている。Forbes Japan(フォーブス・ジャパン)によれば、コロンビア大学メディカルセンターとニューヨーク・プレスビテリアン病院が行った小規模な調査の結果、「一方、興味深いのは、症状がなかった210人の女性たちに関する調査結果だ。綿棒を使って鼻から検体を採取して検査したところ、このうち29人が陽性と判定された。つまり、別の見方をすれば、陽性だった女性33人のうち、29人(88%)には症状がなかったということになる。また、陽性で無症状だった人のうち、退院する日(平均で2日後)以前に症状(発熱)が出た人は、わずか3人だった。」(Forbes Japan)

 安倍総理、小池都知事をはじめとする多くの知事、さらにマスコミやマスコミに影響された人達は新型コロナウイルス感染症があたかも一類感染症であるエボラ出血熱やペストなどと同じような非常に危険な感染症であるかのような対応を主張しているが、新型コロナウイルス感染症はそこまで大騒ぎするようなものなのだろうか。

【感染症拡大による世代間格差】
 小中学校や高校、大学の多くが休校になっている。これによって子ども達、学生は教育を受ける機会を奪われている。一方で、彼らの多くは感染しても重症化することはないと考えられている。
 さらに、国民一人当たり10万円を支給すること(総額12兆円以上)やアベノマスクの配布(総額466億円)などのバラマキによって発生する財政赤字の負担を押しつけられるのも若年層である。教育を受ける機会を奪われ、将来負担を押しつけられる若者達。
 他方で、安倍首相や都道府県知事が主張している政策によって最も利益を受けるのは高齢者である。なぜなら、感染症の拡大によって最も健康被害を受けるのは高齢者であるからである。高齢者が感染した場合の致死率は高くなり、中国でのデータによれば60歳~69歳で3.6%、70歳~79歳で8%、80歳以上で14.8%となっている。感染拡大を防ぐことで最大のメリットを得るのは高齢者なのである。

【社会的合意の必要性】
 この世に生を受け、成長とともに社会適応能力を身につけ、適齢期になれば生殖行為を行い、種の存続のため子を産み、子を育て、自分は老いる。生を受けた子は成長とともに社会適応能力を身につけ、適齢期になれば生殖行為を行い、種の存続のため子を産み、子を育て、自分は老いる。生を受けた子は成長とともに社会適応能力を身につけ、さらに適齢期になれば生殖行為を行い、・・・これが永続してきた。
 この永続する循環の中で、老いた人間はどうなるのか。人間にとって、子が成長し、いわゆる巣立ちをすれば、残るのは老いること、そして死ぬことである。子を育てた親は老いていき、そして死を待つだけである。これは人間の宿命でもある。

 1973年に老人医療費が無償化されるまで、日本では老人が医療機関を受診することは少なく、主に若年層が医療機関を受診していた。
 人間は歳を重ねることで老化が進む。その老化により体に不調が出るのは当たり前で、それを宿命と受け入れ、死を受け入れていたのかも知れない。しかし、今では、病院の待合室には老人があふれている。ちょっとした不調で病院に行き、診察を受ける老人が増えているものと考えられる。「国民医療費は2015年度の42.3兆円から2025年度には1.4倍の57.8兆円に増加。このうち、65歳以上の高齢者の医療費は、23.5兆円から34.7兆円に1.5倍に増加。医療費全体に占める割合も55%から60%に高まる。」「2025年度に向けた国民医療費等の推計(健康保険組合連合会)」。国民医療費の半分以上を65歳以上の老人が使っているのである。

 老いの問題については、人間の尊厳に関する問題などを含むため哲学的な問題になる。人間の存在とは何かというような哲学的な問題について、個々人が深く考え、社会的な合意のもと、新型コロナウイルス感染症にどのように対処するのかを考える必要がある。
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新型コロナウイルスと人々の恐怖-恐怖に駆られた人々の行為が最も恐ろしい-

2020-03-14 19:12:25 | 政治
 新型コロナウイルスによる感染症(新型肺炎)をめぐってマスコミや行政が大騒動である。新型コロナウイルス感染症というのは、季節性インフルエンザと比較した場合、非常に恐ろしいものなのだろうか、それともあまり変わらないものなのだろうか。
 現時点での解析では、新型コロナウイルス感染症は季節性インフルエンザに比較して、感染性や致死性が高いのではないかと考えられている。それでは、感染性と致死性はどの程度高いのだろうか。そして、感染した場合、その後の経過はどのようになるのだろうか、年齢別や保有している基礎疾患別の患者の予後はどうなっているのだろうか。
 このような一番重要な情報はあまり報道されることなく、感染者数の推移や死者数の推移が繰り返し報道されている。「新型コロナウイルス感染症」を「季節性インフルエンザ」や「麻疹(はしか)」に置き換えてみた場合、どのような報道になるのだろうか。

 リスクを抱えている高齢者や基礎疾患を有する者などは厳重に警戒する必要があるのは当然であるが、日本感染症学会の資料には「感染症一般に言えることですが、未知の病原体が出現した場合にはその重症例、死亡例がクローズアップされがちです。しかし多くの場合には、死亡例よりも重症例、重症例よりも軽症例が多く存在することが知られています。新型コロナウイルス感染症において、軽症例が80%前後であることが報告されていますが、感染をしても無症状である無症候性キャリアの数がどのくらい存在するのかが明らかになっていないことが問題です。」と書かれている。

 科学的なエビデンスによって政策を立案するというEBPM(Evidence Based Policy Making)が行政でも求められており、各省庁でもこのEBPMに取り組んでいる。
 安倍首相は全国の小中高校の一斉休校を要請し、多くの小中学校がそれに従い一斉休校を行った。さらに、中国や韓国からの訪日者について2週間の隔離(待機)を行うことも発表した。

 小学生、中学生、高校生の登校を禁止した場合に、どのような効果が見込まれているのであろうか。どういう理由で安倍首相が全国の小中学校に対し一斉休校を求めたのか、全くエビデンスに基づいていない判断と言わざるを得ない。イベントやスポーツ観戦なども自粛が続き、さらに感染が蔓延し始めている日本への入国制限についてもどれだけの効果があるのかわからない。

 新型コロナウイルス感染症の危険性について、行政ははっきりとしたエビデンスに基づいて周知すべきであるが、危険性について明確にしないままその場しのぎの対応をしていると言わざるを得ない。
 厚生労働省や保健所は、発生当初、新型コロナウイルス感染症の危険性が季節性インフルエンザとあまり変わらないために大規模な対策を行わなかったとすれば、そういう点について国民に情報提供すべきであるし、致死性が高く、危険な感染症なのであれば、人の移動を制限し、都市を封鎖するような対策を講じるよう地方公共団体等に対し要請するような対応が必要であろう。
 現時点でも経済的に大きな影響を与えているが、今の状態が継続すれば、経済へのマイナスの影響は拡大し、国民の所得の減少や景気の長期的な悪化が進むだろう。その場合の対策まで考えた上で、新型コロナウイルス感染症対策を行っているのだろうか。

 最も恐ろしいのは、恐怖を抱いた人間の行動である。ホモ・サピエンスは体力的には弱い存在であるが、集団生活によって生き延びてきた。生き延びるためには、恐怖を抱き、恐怖に対応する必要がある。恐怖を感じない生き物は絶滅するだろう。その恐怖を感じた時に、どのような行動に出るか。それは、命を守るための行動である。人間は恐怖を感じると、危険を回避するために機敏に反応すると考えられる。逃げる、隠れる、相手を殺す、などの反応を起こすだろう。
 恐怖を感じた人間は、自分の命を守るために、それまでの経験から最善と思われる行動を取るだろうが、それが社会にとって有益な行為であるとは限らない、むしろ、社会的には有害な行為でも、自分自身の命を守るためには行うだろう。

 ドラッグストアなどからサージカルマスクなどは消え去った。一時はトイレットペーパーが消え去った。特にトイレットペーパーについては、国内生産であり需給関係から考えても店頭から消え去ることは考えにくい。通常使用する量以上、数週間分、数ヶ月分のトイレットペーパーを購入した人達がかなりいたと考えなければ説明がつかないものである。
 恐怖に駆られてた人達が、将来的に必要となるトイレットペーパーを確保するという自分のための最善の行為を取ったために、社会的に有害な行為を行ったのである。

 人々の恐怖に煽られた行動が社会的には非常に危険な行為となるのである。恐怖に引きつった顔をした群衆が、自分勝手な行動をする、それがパニックの主な原因ではないだろうか。恐怖に襲われた人達は、社会的な存在として理性的に考えることができず、自分の命を守るために自分勝手な行動を取る、それがパニック状態になった人間であろう。

 新型コロナウイルス感染症に恐れおののく人達は恐怖に駆られて何をするかわからない。恐怖は人間の心の動きを活性化するだけに、その結果、とても恐ろしいことになるかも知れない。
 一番恐ろしいのは、恐怖に駆られた人間の行為、それが集団性を帯びた場合は、とても恐ろしい結果になるだろう。
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安倍政権による民主主義の否定-検察人事への介入と違法な定年延長-

2020-03-01 14:57:33 | 政治
 安倍内閣は、自分たちにとって都合のいい黒川弘務東京高等検察庁検事長を検察トップである検事総長するために、法律に違反してまでも定年延長をしようとしている。

 検察官及び検事総長の定年については、検察庁法によって定められており、国家公務員法の規定による定年延長は認められない。国家公務員に定年制度を導入するための法改正に関する議論では、当時の人事院事務総局任用局長が、「検察官と大学教官につきましては、現在すでに定年が定められております。今回の法案では、別に法律で定められておる者を除き、こういうことになっておりますので、今回の定年制は適用されないことになっております。」と答弁しているのである。

 そもそも、検察官については、その職務と責任の特殊性から検察庁法で定年制を規定しているため、検察官の定年については国家公務員法は適用しないということを前提として、国家公務員法の一部を改正する法律案では、定年制について検察官等を適用除外とする条文を作成している。
 そして国家公務員法第81条の3は、「前条第一項の規定により」退職する場合の例外規定であり、前条の規定は検察官には適用されないため、定年延長の規定についても検察官には適用されない。

 今回の、検察庁法に定年制の特例に関する規定がないため、国家公務員法の特例を適用することとしたという安倍総理や森法務委大臣の解釈は、国家公務員法の一部を改正する法律の制定過程を無視したものであり、また、誤った法律解釈である。検察官の定年については63歳とされており、検察官の職務と責任の特殊性などから検察庁法では定年制の特例を定めていないのであり、つまり、検察官の定年延長はそもそも考えられていないのである。検察官の定年延長が必要であれば、検察庁法を改正し、国家公務員法の特例規定と同じような条項を追加すればよいのである。立法府である国会における審議によって検察庁法を改正し、新たに規定を設ければ、今回のような法律違反を犯すこともない。

 これまでの国会審議によって森友学園問題や加計学園問題、桜を見る会の問題などで、安倍総理の公職選挙法違反や政治資金規正法違反、贈収賄による刑法違反の疑いが浮き上がっている。このような違法行為の疑いがある安倍総理を検察から守るためには、検察トップに自分の意に従って行動する検察官を据える必要があるのだろう。
 つまり、今回、安倍総理が、自分勝手な目的のため、つまり自分達に忠実に行動する黒川高検検事長を検事総長に据えるために、黒川検事長の定年を延長させる必要がでてきたことで、定年延長が目的となり、国家公務員法の解釈をねじ曲げるという詭弁を弄した答弁を行うという状況になった。権力者が詭弁を弄し、さらに官僚も安倍政権のため法の解釈をねじ曲げ、法律を無視して詭弁を弄している状況となっているのである。

 しかし、こんなに愚かな答弁がまかり通る日本の国会はどのようなレベルなのだろうか。野党議員は問題視しているが、与党議員が沈黙を保っているとすれば、自民党議員や公明党議員も法律に無知だと言わざるを得ない。
 果たして日本は法治国家と言えるのだろうか。日本国憲法では集団的自衛権は認められないにも関わらず安保法制を作り、法律解釈をねじ曲げ、自分にとって都合のいい人事を行う。民主主義とは正反対のことを安倍政権は行っている。さらに、安倍総理の虚偽答弁などを取り繕うために官僚達も詭弁に満ちた答弁を繰り返し、国会での審議をまともに行っていない。国権の最高機関である国会で、国民の信託を受けた国会議員に対し、まともな答弁をしない官僚達は、懲戒免職に値する愚かな公務員である。
 次官レースと言われるように上昇志向が強く、早く出世したい官僚にとって、人事は最も気になるものであり、幹部人事を内閣人事局が握っている以上、安倍総理、菅官房長官に阿る、安倍総理等に忖度し仕事をする官僚が各省庁のトップを占めることになる。その結果、行政運営が安倍総理の意向に従ったものとなり、公務員が全体の奉仕者から総理のための奉仕者に変化することになる。

 今回、黒川検事長の定年延長が閣議決定されたが、黒川検事総長が誕生することになれば、各官庁のみではなく、検察まで政権の犬となる状況が生まれることになる。今後の人事を注視していく必要がある。
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令和日本-滅びの道を歩むのか-

2020-01-18 10:52:17 | 政治
 平成から令和になった2019年も終わり、2020年になった。平成とはどのような時代だったんんだろうか。
 平成は、バブルで明け、デフレで終わった。平成になった時代、多くの人々はバブルに踊っていたが、やがてバブルは崩壊、阪神淡路大震災という大災害を経験する一方で、企業は過剰な労働力を削減し、金融機関は不良債権の処理、経営健全化を図ったことから、就職氷河期世代を生み出し、そのため非正規雇用が拡大し、社会の安定をもたらす中間層が減少していった。他方、グローバリズム(新自由主義)の導入により労働生産性は上昇したが、労働者の賃金は上昇しない一方で、世界金融危機(リーマンショック)によって大きく冷え込んだ時期があったものの、法人税減税などで企業利益は膨れあがり、株主配当や企業の内部留保は増え続けたるなど、人々の間の格差が拡大した。
 グローバリズムの痛みに耐えかねた人達は政権交代を選択し民主党政権が成立した。しかし、自民党や財界など既得権益層からの総スカンを食らった民主党政権は、東日本大震災の影響もあり、3年ほどで瓦解。有権者は再び自民党政権を選択した。
 安倍政権は、異常な金融緩和、リベラル政策を含む(野党の政策を呑みこんだ)財政のバラマキによって、有権者からの支持を得ているものの、基本的にグローバリズムの中での経済運営であるため、人々の格差拡大は止まらず、それゆえ国内消費は低迷したまま、停滞感に満ちたまま平成の時代は終わった。この間、少子高齢化がどんどん進み、人口減少問題によって日本の潜在成長率は低迷したままとなった。この平成の終焉においてもアベノミクスという異常な経済政策が続いており、日本社会の持続可能性が大きく損なわれた。

 この平成時代で行政も大きく変わった。最も大きな変化は、内閣人事局の設置がもたらした。
 国有地が安倍総理夫人である安倍昭恵氏の口利きなどで不正に売却された森友学園問題では、財務省内部で公文書の改ざんが行われた。この公文書改ざんについて、当時の理財局長であった佐川氏は、国会でまともに答えることなく、虚偽答弁まがいの答弁に終始し、不都合な真実を隠蔽した。また、安倍総理の友達である加計孝太郎氏が経営する加計学園に対し、国家戦略特区を利用し、不正に獣医学部新設を認めた加計学園問題についても、官僚はまともな答弁をしなかった。また、女性へのレイプ事件についても、容疑者が安倍総理に近い人物だという理由で、当時の中村格警視庁刑事局長(現警察庁次長=警察官僚ナンバー2)が逮捕状を握りつぶす案件もあった。さらに「桜を見る会」にいたっては、内閣府の官僚が証拠書類を廃棄し、不正を隠蔽したのである。
 とにかく出世をしたいキャリア官僚の人事を内閣官房長官(法的には官房副長官)が握ったことで、官邸の意向にのみ従い、事実を隠蔽し、さらに改ざんまで行う官僚が生み出されたのである。官邸に従うキャリア官僚には「正義」という文字、「全体の奉仕者」という言葉は存在しない。出世のためなら詭弁を弄し、虚偽答弁を行う愚かな官僚が政権のために働いているのである。

 さて、日本にとっての最大の問題は「少子化」である。子供の数は減り続けている。団塊の世代は、年間260万人もの出生者によって形成されていた。しかし、令和元年の人口動態統計の年間推計では86万4千人とピーク時の1/3程度まで減少している。生産年齢人口はどんどん減り続けていく、つまり、社会を支える人達が減り続けるのである。
 国は、少子化に対する抜本的な解決策を提示することもできず、幼児教育・保育の無償化というような小手先の政策に終始し、また、一億総活躍などと、老人や無職女性を働き手にし、労働者を確保しようという姑息な手法ばかりを取っている。
 少子高齢化が進展しているにも関わらず、政府は毎年度赤字国債を発行し続け、2020年度予算では約26兆円の赤字国債が発行される。2020年度予算についても、政権べったりの嘘つき官僚達が、税収を過大に見積もった上で,さらに税外収入を最大限見積もった上で、赤字国債発行額を少なく見せているのである。この借金を返済する次世代の人達が減っているにも関わらず、赤字国債を発行し続け、さらに発行額を少なくみせようとする、国民を騙す安倍政権。

 嘘と詭弁で塗り固められた安倍政権という戦後最悪の政権と、この安倍政権の下で嘘や詭弁まみれの官僚達によって、日本の持続可能性が損なわれているのである。
 このように壊れゆく日本の現実をどれくらいの人達が見つめているのであろうか。アベノミクスという粉飾経済政策について、株価が上昇した、株式配当が増えた、企業利益が増えた、企業の内部留保が増えたという、企業にとってのメリットばかり強調する愚かな人達がマスコミには多く登場するが、「大胆な金融政策」である日本銀行による異次元緩和によって歪められた債券市場や証券市場の問題を深く追求するものは少ない(日本銀行が保有する株は28兆円以上(28,264,736,352千円)(信託財産指数連動型上場投資信託)、国債は480兆円以上(481,562,150,325千円))(営業毎旬報告(令和2年1月10日現在))。
 また、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用ポートフォリオの変更によって年金が株価引き上げに利用されている事実を報道することも少ない(国内株式の運用資産(39兆円弱)。「機動的な財政政策」である財政のバラマキによって積み上げられる赤字国債。国と地方を合わせた借金は既に1,000兆円を超えている。それでも更に借金を積み重ねる安倍政権。財政の持続可能性は既に失われているようである。そして「成長戦略」と称するものは国家戦略特区を使った安倍政権周辺企業や大学法人への便宜供与政策であり、企業への優遇策、租税特別措置法を利用した企業減税であり、また労働規制の緩和による労働者への待遇悪化であり、それらは企業のイノベーションをもたらすような政策ではない。

 平成の終焉と令和の始まりに、このような嘘と詭弁で塗り固められた安倍政権が存在していること自体が日本にとっての不幸である。しかし、このような政権が長期に継続するのは、政権を支持する有権者の存在があってこそなのである。不都合な真実を隠蔽する安倍政権、その安倍政権にとって不利益になるような報道を行わないテレビ局やその他の多くのメディア、さらに民主党への政権交代によって既得権益を脅かされた自民党や財界などはメディアを利用し「民主党政権=悪夢」というプロパガンダを展開し自民党政権の維持を図る。そして、政治に関心を持たず、正常性バイアスに染まった有権者。今の状況が心地よいと感じている人達が多いと思われるが、今の状況は持続可能ではないということに気づいておらず、現実を分析しようなどと全く思っていない人達が多く存在する。つまり多くの有権者が現実逃避に走っているような状況であり、このような有権者の存在が日本の持続可能性を失わせ、日本を壊していくのである。
(ちなみに、日本人の半数程度は論理的思考ができない。なお、安倍政権の支持率は40%~50%程度である。)

 論理的思考ができない安倍総理、その安倍総理に任命された大臣達も概ね論理的思考ができないのだろう。そして、論理的思考ができる官僚達は、その思考を国民のためではなく、安倍政権の維持のために使い、国民にとって持続可能性を失わせる政策を採用するという、国民にとっては非論理的ではあるが、安倍政権の延命には論理的なことをする、これは国民、日本国の利益を損なう行為であって、到底許されざる行為と言わざるを得ない。
 このような政権、官僚、そして非論理的有権者によって、令和の時代は平成以上に大変な時代になるだろう。その時に備えることが重要である。現状のままでは、阪神淡路大震災、東日本大震災などとは比較にならないような悲劇が令和の日本を襲うことになるだろう。さらに、南海トラフ地震や首都直下地震などの発生も危惧されており、これらが発生すると悲劇は大きなものになってしまうだろう。
 改革には痛みが伴う、その改革が多くの人々のためになるのであれば、それは我慢しなければならない。しかし、多くの有権者は痛みを嫌い先送りを選択する。そのため、選挙対策しか考えられない今の自民党政権には改革はできないだろうし、野党もまた同様だろう。そして、令和日本は滅びの道を歩むのである。
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神話を作り出すテレビ局と愚かな人達

2019-11-14 20:35:53 | 政治
 安倍内閣の一員である菅原経済産業大臣が10月25日に辞表を提出、河井法務大臣が10月31日に辞表を提出し、それぞれが大臣を辞任した。この2人の大臣は、いずれも公職選挙法違反の容疑があり、その容疑について国会で追及を受ける前に、追求から逃げるように辞任し、したがって、菅原前経産大臣も河井前法務大臣も自身の容疑について詳しい説明は行っていない。

 一方で、韓国の前法務大臣の家族をめぐる疑惑について、日本のマスコミ、特にテレビは長時間をさいて、ワイドショーなどで繰り返し放送を行っていた。韓国政治の問題であり、韓国の法務大臣の家族が口利きをしようが、韓国の法務大臣が不正を行おうが、日本にとってはほとんど影響ない問題であるにもかかわらず、日本のテレビ局は長時間にわたり、貴重な電波を利用し、大衆に報道し続けたのである。反韓、嫌韓の視聴者のために報道し、その結果、安倍内閣の支持率上昇につながると想定される報道を繰り返したのである。

 しかし、菅原前経済産業大臣や河井前法務大臣の問題は日本の問題である。大臣に任命された国会議員が、公職選挙法に違反した疑いで辞任したのである。本来なら、選挙をめぐる重要な事件について、さらに徹底的に報道すべきであるが、日本ではほとんど報道されない。
 安倍内閣の一員であり、安倍総理が任命した大臣の不正問題を深く掘り下げ、その問題を放送すれば、安倍内閣の支持率低下に繋がるだろう。日本のテレビは、まるで安倍内閣の応援団のような雰囲気である。テレビ局の社長や幹部が安倍総理と会食を繰り返すことで、日本のテレビ局は安倍内閣の広報機関になりつつあるのではないか。
 知識人やエリート層はこのような日本のテレビ報道の異常さに気づくだろうが、大衆は日本のテレビ報道の異常さに気づくこと無く、むしろ、テレビ報道に影響され、さらに愚かになっていくだろう。

 日本のテレビ局は、今や、大本営発表を忠実に報道する国営放送のようになりつつある。政権批判に繋がるような報道は、ネトウヨのような愚かな人達からは「反日」とレッテルを貼られることから、ネトウヨのような低レベル層からのクレームを避けるテレビ局は政権批判を避けるようになっているのだろうか。クレーマー対応には貴重な人材と時間を割くようになり、その結果、会社の生産性を著しく下げるため、クレームを受けるような要素を取り除いて報道しようとする、そうすれば、ネトウヨのような執拗なクレーマーからのクレームは減るだろう。しかし、それでは愚かな人達に異常なまでの配慮をした放送を繰り返すことになる。
 日本の問題を報道することなく、逆に、日本は海外からも賞賛されていますというような報道を繰り返す。まるで、幼稚園児や小学校低学年の子ども達をあやすような報道を繰り返す日本のテレビ局。レベルの低い民衆を満足させる一方で、考えさせることのない報道を繰り返すばかりのテレビ報道。

 愚かな人達とともに生きる日本のテレビ放送局、テレビ局の報道姿勢とその結果は、愚かな結果を招くだろう。客観的な状況判断ができない愚かな人達、論理的な思考ができない愚かな人達、その大衆的熱狂によって、国は誤った方向に進んでいく。このような愚かな人達の支持を念頭に政治を行うのはポピュリストである。アメリカの高卒以下の愚かな白人労働者やキリスト教原理主義のようなキリスト教福音派、そして彼等の熱狂的支持に支えられているトランプ大統領のように、愚かな人達とともに愚かな指導者が国を誤った方向に導く。

 新自由主義、グローバルスタンダードが人々の格差を拡大させ、低所得者層や論理的思考ができないネトウヨやその影響を受けた愚かな人達はポピュリズムに侵され、さらに彼等からの批判を恐れるマスメディアもポピュリズムに埋没していく。まさにその状況が、ポピュリズムに埋没する姿が、今の日本で展開されれているのである。

 日本書紀や古事記に記されていることが事実だと思い込む愚かな人達、それは天地創造を信じ込み進化論を否定するトランプ支持の愚かな白人労働者達と同じ存在であるが、そういう人達によって愚かな人が指導者として選ばれ、国を誤った方向に進める。神話の中の説話で済まないことが、現在の日本やアメリカで展開されている。
 新たな神話が作られる時代になっているのかもしれない。
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