現代へのまなざし

日本とはなにかを探求します。

価値の体系-歴史からの考察-

2023-08-26 11:33:44 | 政治
「発展は、精神的、道徳的な価値に基づいた文明の対話の中で行わなければなりません。そう、文明によって人間やその本質に対する理解は異なります。それは表面上の違いだけであることが多いが、すべての文明が人間の至高の尊厳と精神的本質を認めているのです。そして、最も重要なのは、私たちが未来を築くことができ、また確実に築かなければならない共通の基盤です。
 ここで強調したことは何でしょうか。伝統的な価値観は、すべての人が守らなければならない固定的な決まり事ではありません。そんなことではありません。いわゆる新自由主義的な価値観と異なるのは、それが特定の社会の伝統、文化、歴史的経験に由来するものであるため、どのケースでもユニークであるということです。だから、伝統的な価値観は誰かに押しつけるものではなく、それぞれの国が何世紀にもわたって選択してきたものを大切にするものでなければならないのです。
 これが私たちの理解する伝統的価値観であり、この考え方は人類の大多数に共有され、受け入れられています。東洋、ラテンアメリカ、アフリカ、ユーラシアの伝統的な社会が世界文明の基礎を形成しているのだから、これは論理的なことです。
 民族や文明の特殊性を尊重することは、すべての人の利益に適います。実は、いわゆる西側の利益にもつながるのです。西側は覇権を失い、世界の舞台で急速に少数派になりつつあります。そして、この西側少数民族の文化的独自性に対する権利は、もちろん保障されるべきであり、敬意をもって扱われるべきですが、他のすべての人々の権利と同等であることを強調しておきたいと思います。
 西側のエリートが、何十種類ものジェンダーやゲイパレードのような、私の意見では奇妙でファッショナブルな傾向を、国民や社会の意識に導入できると考えるなら、それはそれでいいのです。好きなようにさせてあげましょう!しかし、彼らには、他人が同じ方向に向くことを要求する権利がないことは確かです。」

 上記の発言は、先入観を持っていなければ、どこかの保守的な人の価値観を物語った言葉と感じるだろう。しかし、この発言は2022年のロシアのヴァルダイ会議におけるプーチン大統領の発言である。(出典「ウクライナ戦争の嘘 米露中北の打算・野望・本音」(手嶋龍一、佐藤優著、中公新書クラレ。p.146~p.147))
 上記の発言はさらに次に続く。

「西側諸国は、人口動態、政治、社会的なプロセスが複雑であることがわかります。もちろん、これは彼らの内輪の話です。ロシアはこれらの問題に干渉しないし、するつもりもありません。西側と違って、私たちは他人の裏庭に干渉しないのです。しかし、私たちはプラグマティズムが勝り、ロシアと真の伝統的な西側、そして他の同等の発展を遂げる極との対話が、多極化する世界秩序の構築に重要な貢献をすることを期待しています。」(同上書 p.147~p.148)

 1976年弱冠25歳にしてソ連の崩壊を、乳児死亡率の異常な増加に着目し、歴史人口学の手法を駆使して預言した書である「最後の転落」を著した歴史人口学者であるエマニュエル・トッド氏は、このプーチン大統領の発言を読んだ後、「英米の覇権主義が、逆説的にもロシア史に新たな普遍的意味合いを与えている」と言及している。(「トッド人類史入門 西洋の没落」 (エマニュエル・トッド、片山杜秀、佐藤優著、文春新書 (電子版p.44))
 さらに、「ロシアは、英米と対抗するなかで、結果的に、世界における「保守的な勢力」を代表するようになり、普遍的な役割を担うようになりました。
 これを私は「普遍主義的特殊主義」と名づけています。特殊性の普遍的な権利、つまり、あらゆる文明、あらゆる国家がそれぞれの在り方で存在する権利を認めていこうという考えです。単一のルールや世界観を一律に押しつける英米のヘゲモニーに挑戦するロシアの普遍主義的特殊主義は、世界におけるロシアの「ソフトパワー」を構成しつつあります。」

 この普遍主義的特殊主義(「つまり、あらゆる文明、あらゆる国家がそれぞれの在り方で存在する権利を認めていこうという考え」)というのは今までの歴史を振り返ると、アレクサンドロス大王の支配や、ローマ帝国、モンゴル帝国などの支配形態に似ているように感じる。

 ローマ帝国の支配については、「ローマ帝国といえば、隣国をどんどん征服して勢力を拡大させていった印象があると思いますが、吸収した国に対して、一方的に支配して自国の価値観を押しつけるようなやり方は好みませんでした。征服した先が持つ独自の言語や宗教、慣習などには干渉しなかったのです。そうすると征服された側も、必要な知識や技術を学ぼうという意思が働き、例えばラテン語などは学んだ方が役に立つと理解され、各国の主体性を重んじながらも分割統治を実現させていきました。」(「古代ローマに学ぶ、組織の繁栄に必要な2つのポイント」
 モンゴル帝国の支配については、「チンギス・カーンは戦術と戦略を駆使し、歴史上最大の土地を統治したモンゴル帝国を樹立させたが、その統治の仕方はとても規制の緩いものであった。前述の「イルになる」という言葉は「仲間になる」と言う意味があり、支配下になった国の文化に自国の文化を強制させるようなことはせず、支配下に置いた国の文化を尊重し、時には支配下に置いた国の良い文化を吸収していたのである。」(「モンゴル帝国のユーラシア興隆史」(多摩大学 2017 年度 インターゼミ アジアダイナミズム班)(pdfファイル))

 自分たちの価値観を押しつけることなく、「伝統的な価値観は誰かに押しつけるものではなく、それぞれの国が何世紀にもわたって選択してきたものを大切にするものでなければならないのです」とするプーチン大統領の言葉に、西側諸国以外の国々が魅力を感じ、それ故、国際法違反であるウクライナ侵攻を行ったロシアへの非難決議には賛成するグローバルサウスの多くの国が、ロシアへの経済制裁等に賛成しないのではないか。
 自分たちの価値観を押しつけてくる西側諸国よりも、それぞれの国の伝統的価値観を尊重するロシアの方が、「普遍的な役割」を担うようになっているのではないだろうか。

 過去の歴史も振り返りながら、西側諸国の行動やロシアの行動を認識、評価することで、グローバルサウスの行動等が理解でき、将来の世界を展望することができるのだろう。
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中国の日本化-中国も長期停滞に陥るのか-

2023-08-14 09:43:23 | 政治
 中国の経済成長に伴い、覇権を脅かされかねないアメリカが中国との戦略的対決姿勢を強めている。さらに、日本でも中国の脅威を煽る報道がほぼ毎日行われ、中国の覇権主義を批判する論調で埋め尽くされているような状況となっている。
 しかし、中国は覇権国家になることができるのだろうか。中国の人口動態を見れば、中国が覇権国家になるのは困難だと感じるだろう。

 まずは、世界の経済状況について見てみよう。日本の生産年齢人口のピークだった1995年と直近の2022年のGDPの状況はどのようになっているか。
 アメリカのGDPは25兆4645億ドルと世界全体の25.4%、つまり、全世界のGDPの1/4をアメリカが生み出しており、現在も覇権国家と言えるような状況である。第2位は中国で18兆1000億ドルで全世界の18.1%を占めているが、驚くべき点は1995年との比較で24倍にもGDPが増えていることである。
 一方で日本は4兆2335億ドルで全世界の4.2%を占めているが、1995年の日本のGDPは5兆ドルを超えており、これは全世界のGDPの18%を占めていたが、2022年のGDPの金額は1995年と比べると76%と減少しており、他の先進国が大きくGDPを上昇させているにもかかわらず、日本だけがGDPが縮小しているのである。これは、人口動態、すなわち生産年齢人口が減り続けている点が大きな理由だと思われる。
 次の図は、世界のGDPに占める各国のGDPの割合を2022年と1995年で比較したものであり、人口ボーナスを終えた日本の割合が大きく低下する一方で、人口ボーナスがあった中国のGDPの占める割合が日本に変わって大きく上昇していることがわかる。




 さて、本題はここからである。

 次の日本と中国の人口ピラミッドの比較を見ると驚きの事実がわかる。
 (中国の人口ピラミッドは、 「人口ピラミッド - 世界の国々の人口ピラミッド 2023」のサイトから引用しています。  
  日本の人口ピラミッドは、「国立社会保障・人口問題研究所」からの引用です。)



 日本の人口ピラミッド(左側の人口ピラミッド)は1975年のもので、団塊世代が20代後半となってり、団塊ジュニアが生まれ始めた時期にあたる。この頃は日本の人口が増え続けていたため、子供は2人までなどと、人口抑制が話題になっていた時代だが、子供は2人までという国やメディアをあげたキャンペーンが効いたのか、1975年以降、日本の合計特殊出生率は2.0を超えることはなかった。しかし、団塊世代の絶対数が多かったため、団塊ジュニア世代も年間200万人を超える世代となっており、人口ボーナスはさらに進むことになった。1950年代以降、1990年までが日本の人口ボーナス期と言われている。
 右側の人口ピラミッドは中国の1995年のものだが、形としては1975年の日本の人口ピラミッドと似ている。人口動態はほぼ確実な統計だと言われているが、その形状がそっくりであれば、日本と同じような社会状況が中国でも生じるのではないか。
 日本の潜在成長率の低下には、生産年齢人口の減少が大きな影響を与えていると言われているが、中国の人口動態は日本に20年程度遅れて動いているように思える。つまり、中国は20年前後遅れて日本と同じような状況になるのではないか。
 歴史人口学者のエマニュエル・トッドによれば、日本は直系家族で中国は共同体家族だという。直系家族は権威主義的であり差別主義的とされ、共同体家族は権威主義的であり平等主義的だとされている。この観点からすれば、日本と中国は権威主義的であるという点で共通している。また、日本には中国の影響で儒教倫理が根付いてる部分があり、倫理的にも日本と中国には共通点がある。人口動態や文化的な背景から、中国も日本と同じような状況になる、つまり中国の日本化が進むように思える。

 次に2020年の中国の人口ピラミッド(右の図)を見てみよう。



 中国の人口ピラミッドを見ると、60歳前後の人口に比べて22歳前後の人口が多く(60歳前後の人達は文化大革命などの影響で餓死者が多く出たために大きく減っている)、日本の就職氷河期(=団塊ジュニアが就職する時期)と同じような構造になっているようにも見える。しかし、56歳以下の人口が非常に多いことから、今後、60歳定年を迎える人口が大幅に増加するため、日本の現状と同じように退職者に対する若手の人数が大幅に少なくなり、人材不足になっていくような状況となっている。
 人口動態から考えると、1995年以降の生産年齢人口が減り始めた日本と同じような状況、つまり潜在成長率の低下に伴う長期的な低迷が中国でも見られることになるのではないかと思われる。日本以上に格差が拡大している中国で、少子化と高齢化が日本と同じように進めば、国内需要が低迷するとともに社会保障費用が増大し、その結果として潜在成長率が低下し、日本と同じような長期停滞が起こる確率が非常に高いように思える。

 更に20年後の人口ピラミッドを見てみよう。



 2040年の中国の人口ピラミッド(推計、右の図)は、2020年の日本の人口ピラミッドと似たような状況になっている。なお、人口動態は、合計特殊出生率か死亡率に大きな変化がなければ、つまり、戦争や感染症によるパンデミック等が発生しない限り、大きく変化しないため、予測値は現実と大幅に乖離することはない。
 日本の経済成長率の低迷は人口動態に大きく影響されているが、中国の人口動態から考えると、中国でも日本化が進むような印象を強く受ける。つまり、中国はこれ以上大きく国力を伸ばすことができず、停滞期に入ってしまうことになるだろう。

 中国の人達の意識が日本よりもイノベーティブで現状維持に止まらないのであれば、つまり設備投資や人材育成、全要素生産性の向上を効果的に行うことができれば中国の成長は続くだろうが、一時報道されていた意欲の低下した中国の若者(寝そべり族)が増加するなど、日本と同じように現状維持バイアスの強い若者が多くなれば、中国は日本と同じような道をたどることになるだろう。

 人口動態をしっかりを認識すれば、中国が覇権を握ることは困難であり、中国脅威論を執拗に煽るマスコミは長期的展望に欠けていると言わざるを得ない。
 中国が日本を反面教師とし、日本化を避けることができれば、中国の国力は強化されるかもしれない。他方で、人口動態は一朝一夕に変わることはないものであり、日本とは次元の異なる経済対策やイノベーションを実行しない限り中国の国力強化は困難であろう。そもそも人口が14億人もいる中国で少子高齢化が進めば、大きなインパクトを伴って潜在成長率も低迷するだろう。そうなれば、中国も日本と同じよに長期停滞に陥る可能性が高いのである。
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