トマ・ピケティの著作に「自然、文化、そして不平等 ―― 国際比較と歴史の視点から」(村井章子訳、文藝春秋、2023年)がある。これは2022年3月の講演録であるが、不平等や格差についてピケティの考えをコンパクトにまとめたものであり、読み終わるまで時間もかからない小冊子である。
その中で、累進税率について取り上げている部分が興味深かった。
下の図は1900年から2013年までの所得税の最高税率の推移を表した図である。
(出典:ピケティ『21世紀の資本』図表、第14章累進所得税再考 図14.1最高所得税率1900-2013)
そして、次の図は1900年から2013年までの相続税の最高税率の推移を表した図である。
(出典:ピケティ『21世紀の資本』図表、第14章累進所得税再考 図14.2最高相続税率1900-2013)
ピケティの「自然、文化、そして不平等 ―― 国際比較と歴史の視点から」の「累進課税」を抜粋、要約すれば次のとおりになる。(p.68~p.78)
相続税に累進課税方式が導入されたのは1901年で、所得税が累進課税制度に大幅に近づいたと言えるのは、第1次世界大戦が勃発してからである。
アメリカでは、不平等で寡占がはびこり財閥が力を持つ古いヨーロッパのようになってはいけない、ヨーロッパのように不平等になることは国家にとってきわめて危険であり、民主政の息の根を止めてしまうことになりかねない、というアメリカ人が抱いていた強迫観念から、アメリカ社会は税の公正性を強く求めた。
そしてアメリカでは憲法改正により所得税の徴収を可能にし、1932年にフランクリン・ローズベルトが大統領に選ばれると一段と加速し、1932年~80年の約半世紀にわたってアメリカの最高税率は平均80%に達し、91%まで引き上げられたこともある。
これほどの重税になっても、アメリカの資本主義は消滅しなかったどころか、この期間はアメリカ経済が最も活況を呈し、他国への経済的支配が絶頂に達しているのである。つまり、1対50、1対100といった所得格差があったら国家は繁栄できないということだ。アメリカは累進課税によってこの格差を大幅に縮めたが、そのことは経済成長を阻害しなかったし、イノベーションを窒息させることもなかった。
1980年代にロナルド・レーガンが大統領に就任すると、レーガンはローズベルト流の政策を抜本的に見直すために、ベトナム戦争の失敗やカーター前大統領のイランでの失態などをことさら強調する。アメリカは行きすぎた、まるで共産主義の国のようになってしまった。アメリカらしい起業家精神を復活させなければならない、というのがレーガンの主張である。
こうして、1986年の税制改革で最高税率は28%まで引き下げられた。この大幅減税で経済は拡大すると期待されたが、実際にはレーガン減税後の1990~2020年のアメリカの経済成長率は、1950~90年のおおむね半分に落ち込んでいる。あらゆるデータからして減税が所期の成果をもたらさなかったことは確かだ。しかし今日もなお減税が経済活性化に有効と考えられている。そこに政党やメディアの思惑も絡んでいることは言うまでもない。
相続税も、所得税と同じような経過をたどってきた。驚くのは20世紀半ばにアメリカ、イギリス、日本では相続税の最高税率がきわめて高い水準に達したのに対し、たとえばフランスとドイツはかなり低水準だったことだ。興味深いのは、ドイツの相続税(および所得税)の最高税率が一時的に引き上げられた時期が1945~48年だったことだ。この時期に相続税は60%に、所得税の最高税率は90%に達したが、このときドイツの租税政策を決めたのはアメリカである。当時のアメリカの構想では、相続税の引き上げは「文明化パッケージ」の一環だった。民主的な制度を税制で支え、民主政が金権政治に堕落しないよう配慮してたのである。
以上がピケティの著作の引用、要約であるが、累進課税の強化が経済の停滞を招くのではなく、アメリカの経済的支配が絶頂に達する程、経済成長を招いているのであり、逆に、所得税や相続税の減税が経済の停滞を招くことになったのが歴史が示す事実である。
レーガンは、累進課税による福祉国家政策を抜本的に見直すために、「ベトナム戦争の失敗」や「イランでの失態」などをことさら強調する。アメリカは行きすぎた、まるで共産主義の国のようになってしまった。アメリカらしい起業家精神を復活させなければならない、という主張を繰り返した。
「共産主義」という言葉を連呼し、「アメリカらしい起業家精神の復活」を繰り返し強調する。まさにポピュリストの手法を見事に駆使し、アメリカ社会を新自由主義に方向転換させたレーガン大統領の世論操作だが、これは今の日本社会でも使われる手法である。
福祉国家、再分配政策を実施しようとすれば、自民党議員や大手メディア、大手メディアや自民党議員のスポンサーとなっている財界、富裕層が強く世論操作を行う。
つまり、「頑張った者が報われない」「起業家精神が失われる」「共産主義だ」「日本の競争力が低下する」「社会の活力が失われる」「株価が下落する」「怠け者が得をする」などと、ネットでは日常茶飯事の批判が繰り返される。全国紙や全国網のテレビ放送が繰り返し報道し、世論を操作するだろう。
これが、大衆化したエリートによる寡頭制の実態である。グローバリズム、メリトクラシーそして寡頭制という現代の支配構造がここでも見られるのである。(参考:(ディープ・ステートの正体、それはグローバリズムと寡頭制))
しかし、ピケティの著書にあるように「アメリカでは、不平等で寡占がはびこり財閥が力を持つ古いヨーロッパのようになってはいけない、ヨーロッパのように不平等になることは国家にとってきわめて危険であり、民主政の息の根を止めてしまうことになりかねない、というアメリカ人が抱いていた強迫観念から、アメリカ社会は税の公正性を強く求めた。」のである。
不平等と寡占、財閥の力などは国家にとって極めて危険であり、民主政治の息の根を止めるものなのである。それを防ぎ、民主政治を守るためにも、累進課税の強化が必要なのである。
所得税や相続税の減税は、多くの所得や資産を保有している富裕層、最富裕層の資産を拡大させる一方、そもそも負担している税額が大きくない庶民には減税の恩恵は小さい。そのため、減税があっても資産が大きく増えない庶民は将来不安から逃れるためできる限りの貯蓄に励むようになる。そうすればGDPの半分以上を占める国内消費が低迷し、経済は停滞するのである。
現在、国会で消費税減税を求める声が大きくなっているが、消費税の軽減税率を例えば5%に引き下げる一方で、所得税や相続税の累進課税の強化(所得税の累進課税の強化の中に金融所得課税の強化を含める、あるいは金融所得課税を総合課税に変えることを含める。)をすれば、庶民の生活苦が一定程度緩和されるととともに、超富裕層や富裕層への増税によって日本の財政状況が良くなり、教育政策の充実や再分配政策を充実させることができる。これによって格差が縮小し、経済成長にも繋がるというのは、日本やアメリカの歴史が示している事実である。
大企業や富裕層のための自民党や経済団体、財界、そして大企業や富裕層をスポンサーに持ち、大衆化されたエリートが経営をしている全国紙(朝日新聞、日本経済新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞など)や放送局(テレビ朝日、テレビ東京、TBS、日本テレビ、フジテレビなど)と政権公報とも言えるNHKは、その持てる力を全力に投入して、所得税や相続税の累進課税の強化に反対するかもしれないが、日本国民は過去の歴史と現状分析から望ましい税制とは何かを考える必要があるだろう。特に資産をほとんど持っていない庶民にとって何が好ましいのか、庶民自身がしっかりと考える必要があるのである。