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現代へのまなざし

日本とはなにかを探求します。

マスコミの一方的な報道ープロパガンダを流し続ける日本のマスメディアー

2025-08-19 20:53:07 | 政治
 アメリカのトランプ大統領とロシアのプーチン大統領が会談を行った。この会談に関して、日本経済新聞は「米国、ウクライナ「安全の保証」に関与 ロシアは東部割譲が停戦条件」と題する記事で「ウクライナは2014年から15年にかけてのウクライナ東部紛争で停戦条件を定めた「ミンスク合意」に署名したが、22年にロシアが合意を守らずに侵略を開始した経緯がある。」と記載している。(2025年8月17日 5:09 (2025年8月17日 9:51更新) )

 この日経新聞の記事では、ロシアが合意を守らなかったことになっている。

 ところが、同じ日本経済新聞の「ウクライナで深まる内憂外患、広がる政権への失望」という記事では、「ロシアのプーチン大統領は2月1日の記者会見で、東部紛争解決への道筋を示した15年のミンスク合意の履行をウクライナに強硬に迫った。だが、この合意は親ロ派地域への「特別な地位」付与などロシア側に有利な内容だ。ロシアを「侵略者」とみなす国民の大半や議会は強く反対し、ゼレンスキー氏は身動きが取れない。」と記載している。(2022年2月4日 17:07)

 この日経新聞の記事では、ミンスク合意の履行を迫ったのはロシアで、ウクライナのゼレンスキー大統領は身動きが取れない=合意を履行していないと読み取れる。
 この記事はロシアがウクライナを侵攻する前の記事であり、「ロシア=悪、ウクライナ=善」という単純な図式で書かれた記事ではないため、プロパガンダではなく事実に近い記事になっており、現在(2025年)のロシア側に責任があるとする記事とは異なる内容になっているのだろう。

 また、日本経済新聞ではないが、日経ビジネスの「ロシアとの緊張を高めたウクライナ大統領の危険な「挑発」行為」という記事では「そもそも今回、西側諸国とロシアとの緊張が高まった発端は、2019年にウクライナ大統領に選出されたゼレンスキー氏が、ミンスク合意を反故(ほご)にしようとしたことだといわれている。」「ミンスク合意がある限り、ドンバス地方で選挙を実施し、高度な自治権を認めざるを得ず、分離独立に法的根拠が生じてしまう。これを嫌うゼレンスキー政権は21年にかけてミンスク合意を反故にすべく、尽力してきた。」(2022.2.16)

 ロシアがウクライナを侵攻する前の記事では、ゼレンスキー大統領のロシアを挑発する行為が非常に危険であり、ゼレンスキー氏がミンスク合意を反故にすべく尽力してきた、と指摘しており、ゼレンスキー氏がミンスク合意を反故にしたその結果、ロシアがウクライナを侵攻したと理解しやすい。
 ところが、ロシアがウクライナを侵攻した後、徐々にウクライナやゼレンスキー大統領への批判は消えてゆき、ロシアとプーチン大統領が全面的な悪という論調で埋め尽くされているのである。


 これは、公安調査庁の「国際テロリズム要覧2021」から「ネオナチ組織がアゾフ大隊を結成した」という部分が2022年4月8日 更新で削除されたこととも連動しているのかもしれない。(「国際テロリズム要覧2021」中の「アゾフ大隊」に関する記載の削除について
 ネオナチ組織であるアゾフ大隊がウクライナの中で重要な役割を担っている事実を認めることは、ロシアのプーチン大統領の主張を裏付けるものとなり、ウクライナやゼレンスキー大統領の主張が事実を反していることを証明するものであり、「ウクライナ=善、ロシア=悪」という西側諸国が描いている図式に反することから削除されたのだろう。

 他方で、アメリカのシカゴ大のジョン・ミアシャイマー教授は、ロシアによるウクライナ侵攻について「私が言っているのは西側諸国、特に米国が主にこの惨事の責任を負っているということだ。」とし、この記事では「1962年にケネディ米大統領が米国の「裏庭」であるキューバでのソ連のミサイル基地建設に強く反対したのは、米国の安全保障に死活的な問題になるととらえたためにほかならない。ロシアと地続きで隣り合わせているウクライナのNATO加盟もこれと同じ構図にある。」という非常に分かりやすい例えが示されている。(日経新聞(2022年7月10日 2:00))

 また、歴史人口学者のエマニュエル・トッド氏は、「西洋の敗北」という著書で同じようなことを述べている。この著書の紹介文には「戦争は〝世界のリアル〟を暴く試金石で、すでに数々の「真実」を明らかにしている。勝利は確実でも五年以内に決着を迫られるロシア、戦争自体が存在理由となったウクライナ、反露感情と独経済に支配される東欧と例外のハンガリー、対米自立を失った欧州、国家崩壊の先頭を行く英国、フェミニズムが好戦主義を生んだ北欧、知性もモラルも欠いた学歴だけのギャングが外交・軍事を司り、モノでなくドルだけを生産する米国、ロシアの勝利を望む「その他の世界」・・・」と書かれている。

 すなわち、今の日本をはじめとする西側諸国では、マス・メディアは「ウクライナ=善、ロシア=悪」という図式を壊さないように報道をされており、ウクライナの歴史、マイダン革命の実態、そしてウクライナやロシアの実態と報道される記事が大きく異なっている点に注意をする必要があるということだ。

 ここまで一方的な報道を行うことに大きな違和感を感じるが、戦後80年の日本で、まるで第2次世界大戦(アジア・太平洋戦争、大東亜戦争)のときと同じように、マスコミが一色になって一方的な報道を行うということ、つまり、日本のマス・メディアは80年前の戦争報道の反省を全く行っておらず、同じことを繰り返しているということなのである。
 日本だけでなく西側諸国の論調も同じであれば、さらには、その論調どおりにウクライナが行動すれば、その結果がどうなるかが推測できる。大日本帝国の終末と同じ光景がウクライナの前に拡がるだけである。ウクライナは自国民の犠牲者を増やし、徴兵した兵士の犠牲者を増やし、自国の領土を放棄することとなり、憲法も書き換えられる結果となるだろう。
 ただし、ロシアは特別軍事作戦としていることから、アメリカが日本に無差別爆撃、原子爆弾という大量破壊兵器で日本の住民を殺戮したような、ウクライナ国民の無差別殺戮は起こらないだろう。しかし、ウクライナから反撃能力が消滅しない限り、戦争は続くかもしれない。
 あるいは、ウクライナのマイダン革命を推し進め、ゼレンスキー大統領にNATOへの加盟をそそのかしていたネオコン(新保守主義者)達の影響力を排除したトランプ大統領とアメリカが、ゼレンスキー大統領を辞任させることで、ウクライナを停戦に導くかもしれない。

 しかし、NHKを初めとするテレビ放送局、朝日新聞や毎日新聞、日本経済新聞を初めとする全国紙。一体、マス・メディアは何を考えているのだろう。何も考えずに、洗脳された記者がプロパガンダを流しているのだろうか。記者は気づいていても編集部門が一方的な報道に終始させるのだろうか。

 ロシアによるウクライナ侵攻が終結した後、マス・メディアが自主的に検証を行えばいいが、彼らはいつも自分たちの行動を真摯に反省することなどしない。同じ過ちを繰り返すだけだろう。
 ウクライナのプロパガンダ、ロシアのプロパガンダ、どちらにも騙されることなく、事実関係をしっかりと調べなければ、正しい認識を持つことは出来ない。過去の歴史、本当の研究者、専門家の著作などを調べながら、公平な第三者の視点で世界を見る必要がある。  
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赤ちゃんは共産主義者-ホモ・サピエンスとホモ・エコノミクス-

2025-08-02 11:47:27 | 政治

 「赤ちゃんは生まれながらに利他的である。自分の取り分が減っても他人に大事なものを分け与えるし、他者を助けることが好き。正義の味方を好み、悪者には処罰感情を持つ。生後半年で計算もできる。そして赤ちゃんはいつも、いつでも、学びたい。効率的に学ぶことができそうな相手を選んで瞬く間に自分のものにする学習能力は、最先端AIの能力をはるかに凌ぐ。これらはすべて最先端の心理学研究が明かした、ヒトが生まれながらに持つ――そして成長に伴って失われることの多い――驚きの能力である。赤ちゃんを研究することは、人間の本質的な能力を探ること。(略)」という内容紹介を見て、「赤ちゃんは世界をどう学んでいくのか」(奥村優子著、光文社、2025年6月)を読んでみた。

 この紹介文にもあるように、「赤ちゃんを研究することは、人間の本質的な能力を探ること」なのではないか。その中で、赤ちゃんは生まれながらに利他的であること、他者を助けることが好きなこと、正義の味方を好み、悪者には処罰感情を持つことに興味を覚えた。

 この著作の中で紹介されている論文では、「赤ちゃん自身がお菓子をもらう場面、実験者が他者にお菓子をあげる場面、赤ちゃん自身が他者にお菓子をあげる場面などが設定され、そのときの赤ちゃんの表情や態度から幸福感が測定」された。その結果、赤ちゃんは自分がお菓子を受け取るときよりも、他者にお菓子を与えるときの方が、より大きな喜びを感じていることが示され、さらに、「実験者がお菓子を他者に与えるよりも、赤ちゃん自身が持っているお菓子を他者に分け与える場合の方が、より大きな喜びを感じていることがわかりました。
 つまり、2歳以下の赤ちゃんは、自分のお菓子を分け与えることに、自分がお菓子をもらう以上の喜びを感じるのです。」(同書p.55~56)

 また、赤ちゃんは他人の苦しみに反応し、他者の苦しみに共感してると解釈されることや、赤ちゃんは他者の苦しみに共感するだけでなく同情も示すとのことである。(p.57)
 さらに、実験の結果、「赤ちゃんは犠牲者と中立者を比べた場合、犠牲者を選ぶことが多く、攻撃者と中立者を比べた場合は中立者を選ぶ」(p.59)のである。その他にも「研究によると、1歳6ヶ月の赤ちゃんが、自発的に困っている大人(実験者)を手助けする様子が観察されています。」
 これらの実験結果などについて、「赤ちゃんは優しい」「赤ちゃんは同情する」「赤ちゃんは人助けが好き」という見出しが付けられている。

 その他にも、「赤ちゃんの公平感」という部分では、「赤ちゃんは1歳を過ぎる頃から平等な分け方を好むようになることがわかります。平等な分配への意識は、ごく早い時期から育ち始めている」(p.67)ことが紹介され、「赤ちゃんの正義感」では赤ちゃんは「6ヶ月という発達の早期段階で、弱者を助ける正義の行為を肯定する傾向が見られることが明らかに」(p.71~72)なったことが紹介されている。

 これらを踏まえた上で、「これまでの研究を踏まえると、人間は生まれながらにして、利他的な心を備えていると考えられます。その後、周囲の大人との関わりによって、道徳的な行動が生まれていくのか、自己中心的なふるまいが強まるのかが左右されるのです。
 赤ちゃん研究がさらに進んで、人間が本来、利他的で道徳的な存在であることが明らかになっていけば、私たちの社会は今よりも確実に、よくなるように思います。」(p.86~87)

 「赤ちゃんは世界をどう学んでいくのか」という著作に記述されているように、人間は本来、利他的で道徳的な存在なのではないだろうか。

 ホモ・サピエンスがなぜ生き残ったのか。ホモ・サピエンスは、前頭葉と頭頂葉が発達し、社会性、情報共有が可能になっていたことから、発達した道具をみんなで使い、獲物の確保が出来ていたことや、150人~400人程度の大きな集団で生活していたことが発掘した遺跡から判明している。ホモ・サピエンスには協力しあう集団の知恵があった。

 また、ホモ・サピエンスの遺跡からは驚くべき精巧な装飾品が発掘されたが、死後の世界を信じ、死者の埋葬に使ったと考えられ、それは原始の宗教の可能性を示している。壁画には上半身が動物で足が人間の絵画が残されており、この宗教こそ、人々を結びつけ大きな社会を作っていった。さらに、他の遺跡からは全ての歯が抜けたホモ・サピエンスが見つかっており、食事は他者が噛み砕いたものを食べていたと考えられ、お互いが助け合う生活があったことがわかる。

 ホモ・サピエンスは、お互いが協力して獲物を捕獲し、その獲物を平等に分け与え、さらには困った人が居れば助け合うという、利他性、共助、シンパシーをもった生活を送っていたのである。このような社会は原始共産制と言われるもので、本来の人間の姿なのである。

 ところが、農耕が発達すると余剰生産物を巡り争いが起き、その結果、貧富の差が生まれ、階級が生じるとともに、階級上部の人間は自分の富を増やすために戦争をし、強欲が人間社会を支配するようになった。
 さらに、現代では「ホモ・エコノミクス(合理的経済人)」を前提とした経済学が社会を支配し、資本主義が人々に貧富の差を与え、社会が分断されつつある。
 しかし、経済学の父と言われ、「国富論」で有名なアダム・スミスは「道徳感情論」の中で共感(fellow feeling)と同情(sympathy)を重視していたが、人間の本来的な姿を前提としながら経済について論じていたのかもしれない。アダム・スミスの「道徳感情論」を意図的に無視した現代の経済学が、ホモ・エコノミクス(合理的経済人)を生み出し、その極端な形が、ミルトン・フリードマン流の新自由主義だろう。

 ホモ・サピエンスの本来の姿、それは赤ちゃんにも見られる姿なのではないか。赤ちゃんは成長するとともに、大人によって様々な知識を与えられ、欲を学び、競争に勝つことを目的とするようになり、やがてはホモ・エコノミクス(合理的経済人)となるように社会的に教育される。それは本来の人間の姿とは異なる、資本主義社会に適合した人間であろう。

 人間の本来の姿に近い利他性や同情心を持ち、お互いが助け合う社会とはどのような社会なのか、そこには原始共産制を現代的にソフィスティケイトした社会があるのではないか。
 資本主義社会で最も嫌われるのは共産主義であるが、人間の本来的な姿は共産主義社会(旧ソ連に見られるような権威主義的社会における社会主義ではなく、民主主義を社会の基本的なあり方とし、資本家と労働者という区分を取り払った(現代であれば従業員が株主となり、労働者=資本家となる)社会、つまり、強欲者が労働者に配分されるべき利益を奪うのではなく、いわゆる搾取がなくなった社会でしか見られないのかもしれない。

 現在の日本やアメリカなどの先進資本主義社会では、労働者が働き、付加価値を高めた製品、商品などを販売することで企業は利益を得るが、日本での労働分配率はバブル崩壊以降低下するばかりである。このため、いくら企業利益が増えても従業員の給与は上昇しない。日本では、労働生産性が30%も上昇しているが、賃金は全く上昇していない。

 利益がどこに流れているのか、それは株主への配当と企業の内部留保に流れているのである。株主への配当金総額も、企業の内部留保も増え続けている。
 この株主への配当と内部留保を従業員に振り向けるために、従業員が株主になればいいのである。2025年7月末の株式時価総額は約1,000兆円だが、このような政策を取ると言えば株価は急落し、時価総額も200兆円くらいに下がるだろう。ちなみに日本の財政赤字が1,000兆円であるが、200兆円の国債を発行して上場株式を国が買い、従業員に配分すれば従業員が株主となる。

 上場企業以外の企業も含め、全企業がそうなった場合には、資本主義社会から共産主義社会への移行が完了することになる。今まで、相続などで大株主となっていた人達は収入が絶たれ、貧困層に転落する一方で、従業員(労働者)は企業利益を享受するため高所得者層に代わるのである。まさに、革命である。

 しかし、利益を独占したい資本家がこのようなことを許すはずはなく、自分たちの資金力にものを言わせ、政治家や評論家、専門家と称する人達、そしてマスメディア、様々なSNSなどの媒体を利用し、プロパガンダをまき散らしながら、全力で反対するだろう。
 共産主義社会がユートピア的であればあるほど、人間は本来的な姿とは異なった姿のまま、生命力をそがれながら、息苦しい社会を生きることになるのであろう。

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なぜポピュリズム政党が支持されるのか-貧すれば鈍する-

2025-07-13 18:58:29 | 政治

 2025年7月3日に参議院議員選挙が公示され、様々な政党が選挙運動を行っている。選挙情勢を報道するマスコミによれば、ポピュリズム政党が伸長しているようである。 

 欧米(G7に属する欧米)では、アメリカのトランプ大統領やブレグジット(イギリスのEU離脱)を主導したリフォームUK、フランスの国民連合、ドイツのAfDなどのポピュリズム政党等が勢力を拡大しているが、日本でも同じようにポピュリズム政党が伸長している。

 ところでポピュリズムとは何か、ジョージア大学国際関係学部准教授のカス・ミュデによると、ポピュリズムとは「社会が究極的に「汚れなき人民」対「腐敗したエリート」という敵対する2つの同質的な陣営に分かれると考え、政治とは人民の一般意志の表現であるべきだと論じる、中心の薄弱なイデオロギー」とされる。
 トランプ大統領が言う「ディープステートを解体し、権力をアメリカ国民に取り戻す」とは、エリート層が作った政府を解体し、トランプ支持の人民(白人労働者層)が主役になるアメリカを作り上げるというポピュリズムを象徴している。また、ヒラリー・クリントン氏がトランプ支持者の半数を嘆かわしい人達(Basket of Deplorables)と呼んでいたが、これもまた、エリート層に属するヒラリー・クリントン氏とポピュリズムを支持する労働者層との分断を象徴するものだろう。

 ではなぜ、大衆がポピュリズム政党を支持するのだろうか。

 1980年前後からイギリスのサッチャー首相、アメリカのレーガン大統領によって、企業は利益追求が本質的な目的であり、企業の利益追求を阻害するような国の規制は撤廃すべきであるという新自由主義が採用され、民営化、規制緩和のもと、ミルトン・フリードマン流の企業の自由を全面的に追求する政策が先進国で採用されるようになった。さらに、各国の関税を撤廃し、自由貿易が推進され、グローバルスタンダードという名の下で企業利益の最大化が目的となった。
 さらに、1991年のソビエト連邦崩壊によって、社会主義は幻想でしかないという評価が多くの人々に行き渡り、グローバリズムはさらに自分の欲望を満たすため、民主主義を形骸化し、再分配から自由放任へとさらに突き進んでいった。
 また、グローバリズムでは先進国の労働者と発展途上国(中国や東南アジア諸国、東欧諸国など)の労働者が競い合うため、先進国の労働者は賃金が上昇しなくなり、生活に苦しむようになっていった。
 他方で、富裕層や企業経営者は、(労働者や庶民を保護するための)企業の横暴な振る舞いへの規制が緩和され、法人税率や所得税率が引き下げられる中で、企業利益が拡大し、株価の上昇、株主への配当の増加、役員報酬の大幅な引き上げなどで資産が大きく上昇し、所得も増えていったのである。その結果、格差が拡大し、労働者や庶民はその格差に怒りを抱いている状況になっている。
 これらのことから、ポピュリズムは、労働者や庶民を苦しめるグローバリズムを嫌悪するため、反グローバリズムと結びつくのである。そして、労働者や庶民にとって、自分たちの給料を引き下げているのは発展途上国の労働者であり、それが顕在化しているのは自国に来ている外国人労働者であることから、ポピュリズムは外国人労働者への攻撃、排外主義と結びつくのである。

 そして、グローバリズムの拡大とともに、能力主義(メリトクラシー)が広く人々に行き渡った。能力主義(メリトクラシー)によれば、本人が子どもの頃から勉強などに努力して、良い学校、有名大学に入ることで、卒業後は大企業に入社、キャリア官僚として入省し、あるいは起業をして高収入になることができると考える。逆に、勉強ができず高卒で働く人達は負け組とされ、それは本人の努力や実力が足りなかった結果であって、低所得であることは自己責任とされる。この能力主義(メリトクラシー)の浸透によってエリート層と人民の格差が拡大し、その結果、生活が苦しい人民はエリート層への反発や恨み(ルサンチマン)を募らせていったのである。
 低所得の人達にとっては、自分達は頑張って仕事をしているにも関わらず低所得であることが自己責任であると評価されることから、不条理を日常的に感じることになるだろう。そうした人達は現行の社会システムに対して深い恨みを抱くことになるのである。
 このことから、ポピュリズムは反エリート主義と結びつくとともに、既存の社会システムに対し破壊的になるのである。ポピュリズムは、既存の社会システムの最高権力者として財務省を持ち出し、財務省バッシングを繰り返すとともに、財務省の解体を叫ぶようにもなるのである。

 さらに、現実の政治を振り返ってみるとどのような状況になっているのか。普通の労働者や低所得者にとって、日本では消費税が増税される一方で、法人税率は引き下げられ、富裕層に関係のある所得税の最高税率や相続税率は引き下げられていることは、自分達にとって全く不利益でしかなく、自分たちの意思とは異なる税制となっている。その他の補助金や租税特別措置法に基づく優遇政策なども、企業優遇や既得権益(日本医師会や自動車工業会、農協などの各種業界団体等)への優遇がそのほとんどで、普通の労働者や低所得者にとってメリットがあるものではない。
 つまり、多くの労働者の意思が政治に反映されず、一部の富裕層の意思によって政治が動かされている。これは民主主義ではなく寡頭制(少数者が国の権力を握って政治を独占する政治体制。企業経営者や富裕層が政党への影響力を行使し、自分達に都合のいい政策を実行させる。オリガーキー)でしかない。このような政治を行っている既存の政党は信頼できないという感情を大衆が抱くのは不思議ではない。
 また、権力を監視するはずのマスコミは、自由と民主主義の名の下で、グローバリズム、能力主義(メリトクラシー)、多様性の尊重などを主張し、マスコミに従事している人達もまた大衆化されたエリート層として、現在の社会システムの擁護者となっている。また、政権に忖度する傾向があり、大衆の意見を代弁することも少ないということになる。このため、ポピュリズムは既存マスコミをオールドメディアとして攻撃し、自分たちに都合の良い主張をネット上で拡散させるのである。

 大衆にとっては、①グローバリズムによって格差が拡大し、自分たちの生活水準は切り下がった、また、外国人労働者が賃金を引き下げ、あるいは自分たちの職を奪っている、②能力主義(メリトクラシー)によってエリートが利益を独占し、自分たちは低所得あるいは中所得のまま所得や資産が増加しない、③政治家やマスコミは自分たちの意見を代弁することなく、富裕層や企業経営者のようなエスタブリッシュメントの代弁者となっており、政治家やマスコミは信頼できない。

 これらのことを単純化し、反グローバリズム、反外国人労働者(排外主義)、反エリート、反既存政党、反マスコミを叫び続けることで、大衆の支持を得ようとするのがポピュリズム政党である。
 このポピュリズム政党は、大衆の怒りや恨みを利用するだけに、大衆からの支持を得やすい。論理的思考(ロジカルシンキング)に長けた人達にとってはポピュリズム政党の主張は論理的ではなく感情的でしかないと判断されるが、思考能力も奪われるような生活苦の中にいる人達、自分の将来を不安に思い、転落を避けることに汲々としている人達にとっては、ポピュリズム政党の主張の方が腑に落ち、信用してしまうのである。

 こうして、大衆の一部はポピュリズム政党を支持するのである。

 しかし、ポピュリズム政党の主張は、現在のシステムを否定するのみで、新たな社会システムの提案などなく、仮に新たな提案があったとしても持続可能性が乏しく、将来的には社会を破壊するようなものでしかない。
 例えば、いくら赤字国債を発行しても問題はない、減税して赤字国債でまかなえば問題ないという主張をする人達が存在するが、それが正しいのであれば日本の一切の税金を廃止し、日本を無税国家にして、全ての歳入予算を赤字国債でまかなえばいいことになるが、実際にそのような政策を選択すれば、税金の裏打ちのない、つまりリスクの高い赤字国債を購入する人達が不在となり、国債価格は一気に下落し、金利は急上昇するだろう。預金は一気に実質的価値を失い、財政は破綻に近づくだろう。しかし、預金を持っていない人達にとっては国債が暴落しようが、金利が急上昇しようが関係ない。持っていない者の強みである。(ちなみに政府が赤字国債を発行すれば、その金額に見合う分、企業や富裕層の貯蓄が増加する。)

 こうしたことからも、大衆がポピュリズム政党を支持することによって、仮にポピュリズム政党の主張が政策に反映されたとすれば、それは結果的に社会を破壊することに繋がるのである。

 大衆の不満、怒りを利用するポピュリズム政党、そしてそのポピュリズム政党を支持する大衆、その結果として何が起きるのか、結果としては日本社会の破壊を招くことになるだろう。日本でも右派ポピュリズム政党としては参政党や日本維新の会、国民民主党、自由民主党の一部(自民党旧安倍派)、日本保守党、左派ポピュリズム政党としてはれいわ新撰組(れいわ新選組は排外主義的主張は行っていない。)が参議院議員選挙で立候補者を出しているが、これらの政党の主張を十分吟味した上で投票しなければ、社会の破壊に繋がる危険性があるのである。

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なぜ物価は上昇しているのか-日本銀行の異次元緩和による副作用-

2025-07-12 21:58:54 | 政治
 総務省が6月20日に公表した、2025年(令和7年)5月分の消費者物価指数は、
 (1)総合指数(CPI)は2020年を100として111.8、前年同月比は3.5%の上昇
 (2)生鮮食品を除く総合指数(コアCPI)は111.4、前年同月比は3.7%の上昇
 (3) 生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数(コアコアCPI)は110.0、前年同月比は3.3%の上昇
となっている。(2020年基準 消費者物価指数 全国 2025年(令和7年)5月分(2025年6月20日公表))
 変動の大きな生鮮食品とエネルギーを除いたコアコアCPIが前年比3.3%の上昇ということで、日本銀行が目標としている2%を十分に超えた上昇であり、デフレどころかインフレになっている状況である。

 なぜ、日本の物価がこんなにも高くなっているのだろう。新聞やテレビなどは大きく扱わないが、多くの人が知っているように、円安の影響が大きいのである。
 日本では、石油や石炭、LNGなどのエネルギー資源を輸入に頼っており、円安になれば国内での販売価格、電気代は高くなる。また、物流などで自動車を使用するためのガソリンや軽油の価格も上昇する。また、農作物を育てるときに使う肥料や燃料、牛や豚を飼うときに使う飼料や燃料、各種の工業製品を作る際に輸入する原材料の価格も、円安になれば上昇する。
 多くの輸入品に頼っている日本では、円安になることで物価高に繋がるのである。

 では、なぜ円安が進んでいるのだろうか。

 2022年2月に1ドル=115円だった為替レートが、2022年4月には1ドル=130円になり、それ以降1ドル=160円を付けるなど、1ドル=140円以上の円安が続いている。この円安の原因としては、アメリカ(FRB、連邦準備制度理事会)がインフレ対策として金利を引き上げたにもかかわらず、日本(日本銀行)は金利が低いままで、日本とアメリカの金利差が主なものと言われている。

 なぜ金利差が大きくなると為替レートが変動するのかというと、例えば日本の金利が0.5%でアメリカの金利は4.25%から4.5%であるが、仮に100万円を1年間預金するとどうなるか。政策金利と預金金利が等しいとした場合、日本円だと1年後は100万5千円になるが、米ドルだと1年後は104万5千円になる。どちらにお金を預けるかというと、金利の高いドルを選ぶだろう。
 実際は国債で運用を行うため、日本円で100億円を運用すると1年後は100億5000万円、米ドルで運用すると104億5000万円となり、1年間で4億円という大きな違いが出るのである。このため、円ではなくドルで運用することになり、円を売ってドルを買うため、円安が進行するのである。

 また、日本の輸出入総額を見ると、近年、輸入金額が輸出金額を上回っており、円安になると貿易収支がさらに悪化し、日本の貿易赤字が増える傾向にある。
 円安が進むことで、物価高が進み、庶民の生活を圧迫しているのである。この円安を押しとどめ、逆に円高に誘導することは出来るのだろうか。先ほど見た、日米金利差とドル円レートの推移を見れば、日本銀行が利上げを行うことで円安を是正し、円高に誘導することで、庶民の生活が楽になることがわかる。
 では、なぜ日本銀行が利上げをできないのだろうか。

 日本では、第2次安倍政権以降、アベノミクスと称する異形の経済政策が取られ、安倍政権の意向に従った黒田日本銀行総裁が異次元緩和と称する量的・質的金融緩和を行った。このため、日本銀行が抱える日本国債は500兆円以上にものぼり、また、放漫財政により日本の国債発行残高は1000兆円を超えている。
 日本の国債発行残高が1000兆円を超えることから、日本銀行が利上げを行うと政府の利払い費用が大きく増え、財政規律を整えない場合には、国債の消化が行えず、一気に金利が上昇することが懸念されている。
 さらに、企業は日本銀行の低金利政策(異次元緩和)によって低金利で資金を借り入れ、住宅ローンを抱えている人達もその7割以上が変動金利で借りていることから、金利を引き上げる(利上げをする)と中小企業や変動型金利で住宅ローンを借りている人達の負担が増えることになる。
 
 つまり、アベノミクス、異次元緩和の副作用により、日本銀行が金利を引き上げたくても引き上げられない状況に陥っているのである。その結果、円安によって庶民の生活が苦しくなり、また、生産性が低く賃金も引き上げることができないゾンビ企業などが日本にのさばることになる。
 庶民の生活を犠牲にした上で、円安によって輸出企業を支える、そして貿易赤字が拡大するという、まるで独裁的な発展途上国と同様の政策を日本政府は取り続けているのである。

 資本主義国では、労働生産性を高め、賃金を引き上げ、国内消費を増やすことで経済成長をおこなっているが、日本では労働生産性が低迷し、賃金が低迷し、国内消費も低迷し、経済成長率も低迷しているのである。
 すべて、現状維持を望む人達、その人達の支持を得たい自民党などの政党、その政治や世論におびえながら正常化に向かうことができない日本銀行の政策が原因となっているのである。
 このままの状況が続けば、日本が老衰死することは確実である。アベノミクス、異次元緩和から素早く転換し、財政の正常化、金融政策の正常化を行わなければいけないのである。
 アベノミクスと日銀の異次元緩和、これらの政策が日本の多くの人達に苦しみを強いる一方で、企業や富裕層には大きな富をもたらしている。大きな富を受け取っている企業や富裕層に負担を求めるのが合理的な判断である。
 
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望ましい税制とは-所得税、相続税の累進課税の強化-

2025-05-25 16:55:21 | 政治

 トマ・ピケティの著作に「自然、文化、そして不平等 ―― 国際比較と歴史の視点から」(村井章子訳、文藝春秋、2023年)がある。これは2022年3月の講演録であるが、不平等や格差についてピケティの考えをコンパクトにまとめたものであり、読み終わるまで時間もかからない小冊子である。
 その中で、累進税率について取り上げている部分が興味深かった。
 下の図は1900年から2013年までの所得税の最高税率の推移を表した図である。

最高所得税率1900_2013
(出典:ピケティ『21世紀の資本』図表、第14章累進所得税再考 図14.1最高所得税率1900-2013)

 そして、次の図は1900年から2013年までの相続税の最高税率の推移を表した図である。最高相続税率1900_2013
(出典:ピケティ『21世紀の資本』図表、第14章累進所得税再考 図14.2最高相続税率1900-2013)

 ピケティの「自然、文化、そして不平等 ―― 国際比較と歴史の視点から」の「累進課税」を抜粋、要約すれば次のとおりになる。(p.68~p.78)

 相続税に累進課税方式が導入されたのは1901年で、所得税が累進課税制度に大幅に近づいたと言えるのは、第1次世界大戦が勃発してからである。
 アメリカでは、不平等で寡占がはびこり財閥が力を持つ古いヨーロッパのようになってはいけない、ヨーロッパのように不平等になることは国家にとってきわめて危険であり、民主政の息の根を止めてしまうことになりかねない、というアメリカ人が抱いていた強迫観念から、アメリカ社会は税の公正性を強く求めた。
 そしてアメリカでは憲法改正により所得税の徴収を可能にし、1932年にフランクリン・ローズベルトが大統領に選ばれると一段と加速し、1932年~80年の約半世紀にわたってアメリカの最高税率は平均80%に達し、91%まで引き上げられたこともある。
 これほどの重税になっても、アメリカの資本主義は消滅しなかったどころか、この期間はアメリカ経済が最も活況を呈し、他国への経済的支配が絶頂に達しているのである。つまり、1対50、1対100といった所得格差があったら国家は繁栄できないということだ。アメリカは累進課税によってこの格差を大幅に縮めたが、そのことは経済成長を阻害しなかったし、イノベーションを窒息させることもなかった。

 1980年代にロナルド・レーガンが大統領に就任すると、レーガンはローズベルト流の政策を抜本的に見直すために、ベトナム戦争の失敗やカーター前大統領のイランでの失態などをことさら強調する。アメリカは行きすぎた、まるで共産主義の国のようになってしまった。アメリカらしい起業家精神を復活させなければならない、というのがレーガンの主張である。
 こうして、1986年の税制改革で最高税率は28%まで引き下げられた。この大幅減税で経済は拡大すると期待されたが、実際にはレーガン減税後の1990~2020年のアメリカの経済成長率は、1950~90年のおおむね半分に落ち込んでいる。あらゆるデータからして減税が所期の成果をもたらさなかったことは確かだ。しかし今日もなお減税が経済活性化に有効と考えられている。そこに政党やメディアの思惑も絡んでいることは言うまでもない。

 相続税も、所得税と同じような経過をたどってきた。驚くのは20世紀半ばにアメリカ、イギリス、日本では相続税の最高税率がきわめて高い水準に達したのに対し、たとえばフランスとドイツはかなり低水準だったことだ。興味深いのは、ドイツの相続税(および所得税)の最高税率が一時的に引き上げられた時期が1945~48年だったことだ。この時期に相続税は60%に、所得税の最高税率は90%に達したが、このときドイツの租税政策を決めたのはアメリカである。当時のアメリカの構想では、相続税の引き上げは「文明化パッケージ」の一環だった。民主的な制度を税制で支え、民主政が金権政治に堕落しないよう配慮してたのである。

 以上がピケティの著作の引用、要約であるが、累進課税の強化が経済の停滞を招くのではなく、アメリカの経済的支配が絶頂に達する程、経済成長を招いているのであり、逆に、所得税や相続税の減税が経済の停滞を招くことになったのが歴史が示す事実である。

 レーガンは、累進課税による福祉国家政策を抜本的に見直すために、「ベトナム戦争の失敗」や「イランでの失態」などをことさら強調する。アメリカは行きすぎた、まるで共産主義の国のようになってしまった。アメリカらしい起業家精神を復活させなければならない、という主張を繰り返した。

 「共産主義」という言葉を連呼し、「アメリカらしい起業家精神の復活」を繰り返し強調する。まさにポピュリストの手法を見事に駆使し、アメリカ社会を新自由主義に方向転換させたレーガン大統領の世論操作だが、これは今の日本社会でも使われる手法である。
 福祉国家、再分配政策を実施しようとすれば、自民党議員や大手メディア、大手メディアや自民党議員のスポンサーとなっている財界、富裕層が強く世論操作を行う。
 つまり、「頑張った者が報われない」「起業家精神が失われる」「共産主義だ」「日本の競争力が低下する」「社会の活力が失われる」「株価が下落する」「怠け者が得をする」などと、ネットでは日常茶飯事の批判が繰り返される。全国紙や全国網のテレビ放送が繰り返し報道し、世論を操作するだろう。
 これが、大衆化したエリートによる寡頭制の実態である。グローバリズム、メリトクラシーそして寡頭制という現代の支配構造がここでも見られるのである。(参考:(ディープ・ステートの正体、それはグローバリズムと寡頭制)

 しかし、ピケティの著書にあるように「アメリカでは、不平等で寡占がはびこり財閥が力を持つ古いヨーロッパのようになってはいけない、ヨーロッパのように不平等になることは国家にとってきわめて危険であり、民主政の息の根を止めてしまうことになりかねない、というアメリカ人が抱いていた強迫観念から、アメリカ社会は税の公正性を強く求めた。」のである。
 不平等と寡占、財閥の力などは国家にとって極めて危険であり、民主政治の息の根を止めるものなのである。それを防ぎ、民主政治を守るためにも、累進課税の強化が必要なのである。

 所得税や相続税の減税は、多くの所得や資産を保有している富裕層、最富裕層の資産を拡大させる一方、そもそも負担している税額が大きくない庶民には減税の恩恵は小さい。そのため、減税があっても資産が大きく増えない庶民は将来不安から逃れるためできる限りの貯蓄に励むようになる。そうすればGDPの半分以上を占める国内消費が低迷し、経済は停滞するのである。
 現在、国会で消費税減税を求める声が大きくなっているが、消費税の軽減税率を例えば5%に引き下げる一方で、所得税や相続税の累進課税の強化(所得税の累進課税の強化の中に金融所得課税の強化を含める、あるいは金融所得課税を総合課税に変えることを含める。)をすれば、庶民の生活苦が一定程度緩和されるととともに、超富裕層や富裕層への増税によって日本の財政状況が良くなり、教育政策の充実や再分配政策を充実させることができる。これによって格差が縮小し、経済成長にも繋がるというのは、日本やアメリカの歴史が示している事実である。


 大企業や富裕層のための自民党や経済団体、財界、そして大企業や富裕層をスポンサーに持ち、大衆化されたエリートが経営をしている全国紙(朝日新聞、日本経済新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞など)や放送局(テレビ朝日、テレビ東京、TBS、日本テレビ、フジテレビなど)と政権公報とも言えるNHKは、その持てる力を全力に投入して、所得税や相続税の累進課税の強化に反対するかもしれないが、日本国民は過去の歴史と現状分析から望ましい税制とは何かを考える必要があるだろう。特に資産をほとんど持っていない庶民にとって何が好ましいのか、庶民自身がしっかりと考える必要があるのである。

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