現代へのまなざし

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暴走する資本主義、グローバルスタンダードとそれを支持する下層の人々

2019-01-30 22:29:24 | 政治
 中世の西欧では、国王が好き放題の政治をしていた。しかし、国王の専横に怒りを抱いた市民が革命を起こした。そして、フランス革命で発せられた「フランス人権宣言」により自由権を基調とする民主主義は近代社会の基本原則となった。
 これらの市民革命の主役はブルジョアジー(有産者階級、資本家階級)であり、彼らは経済制度としての資本主義を発展させていったが、資本家は過酷な環境の中で労働者を酷使ししたため、劣悪な労働条件の下で働く工場労働者を保護する法律である工場法が1833年に制定された。
 さらに、マルクスはエンゲルスとともに『共産党宣言』、『資本論』を執筆し、空想的社会主義から、経済学に基づく科学的社会主義へと、資本主義に対抗する思想としての社会主義をとりまとめたのである。
 マルクスによって確立された社会主義は、1917年のロシア革命によってソビエト社会主義共和国連邦を誕生させるのである。この社会主義の影響を受け、1919年に、生存権などを保障する、社会主義的思想を取り込んだ現代憲法であるワイマール憲法が成立する。日本国憲法にも生存権が取り入れられており、この思想が民主主義のスタンダードとなった。

 第二次世界大戦後、資本主義国では資本家と彼らによって支持された国家が社会主義の拡大を防ぐため、スタンダードな民主主義(自由権及び生存権を保障したもの)を採用し、高税率の所得税や法人税が課され、所得の再分配が行われた。上層から下層への所得移転が行われ、戦前の格差は急激に縮小し、中間層が多く生まれ、民衆の生活水準は飛躍的に向上した。
 他方、資本主義の対立陣営である社会主義国では、民主的中央集権主義が採用されたが、民主主義の中の自由権を制約したため共産党一党独裁に繋がり、基本的人権に対する抑圧的装置となり、自由権を保障しているスタンダードな民主主義とはかけ離れたものとなった。
 資本主義はスタンダードな民主主義をうまく取り入れることで、経済発展と庶民の生活水準の向上、基本的人権の保障を実現したが、社会主義は自由権への制約を行い、スタンダード民主主義をないがしろにすることで、人々の生活に息苦しさを与えた。このため、ソ連を代表とする社会主義は、庶民から嫌われ、そして行き詰まることとなり、崩壊への道をたどった。

 スタンダードな民主主義を取り入れた資本主義は、開発途上国の経済発展とともに、高成長から低成長へと変化する。資本主義が低成長に陥る中、1979年にはイギリスでマーガレット・サッチャーが首相として登場し、1981年にはロナルド・レーガンが大統領に就任する。彼らは、国営企業の民営化、所得税率の大幅引き下げ、法人税率の引き下げなど、新自由主義政策を採用し、平等という考え方は否定され、また自己責任という言葉で生存権をもないがしろにすることで、スタンダードな民主主義を放棄したのである。
 資本主義が誕生・発展したイギリス、アメリカというアングロサクソンの国で新自由主義が登場し、資本主義は民主主義を捨て去っていくのである。さらに、資本主義の最大の敵対者であったソビエト社会主義共和国連邦が崩壊する中、民主主義を取り込み、社会民主主義的政策をとり続ける必要は、企業や富裕層から消え失せ、資本主義の暴走が始まるのである。スタンダードな民主主義では上層から下層へと所得の再分配が行われたが、新自由主義によって下層から上層への搾取が強まり、また、国家による規制が緩和されていったのである。

 この流れは、「グローバルスタンダード」という名前で先進国に取り入れられることになった。先進各国でスタンダードな民主主義が放棄され、新自由主義による下層から上層への所得移転が行われるようになった。下層の人々は「負け組」と言われ、上層になれないのは「自己責任」と言われるようになった。所得税率は下げられ、また法人税率も引き下げられることになる。
 しかし、先進各国では選挙制度は正当に維持され、正当な選挙によって下層の人々はスタンダードな民主主義の放棄を支持したのである。経済的に不利益を受ける下層の人々がなぜグローバルスタンダードを支持したのか。資本家がスポンサーとなっているマスコミによる報道の影響もあるだろう。しかし、論理的な思考ができない下層の人達の「自己責任」かもしれない。自ら不利益な政策を支持し、自らの地位を貶めるという、愚かで悲しい存在が下層の人達に見られるのである。

 資本主義は、第二次世界大戦後、社会主義に打ち勝つために民主主義を大きく取り入れ、庶民の生活向上に多大な貢献をした。しかし、経済成長に陰りが見られるよになり、さらに、社会主義の失敗を目の当たりにし、ついに本性を現した。スタンダードな民主主義を捨て去り、資本は自己増殖を続け、所得の再配分ではなく、下層から上昇への所得移転、つまり労働者への搾取を強化し、格差を拡大させ続けているのである。
 
 下層の人達が奴隷根性を抱き、さらに論理的思考ができない状況であれば、富裕層のしもべ(servant)として存在するしかない。下層の人達に社会を変革することは不可能であり、彼らはより苦しい生活の中で、現状に満足する奴隷として生きるしかない。つまり、暴走する資本主義を下層の人達自身が擁護するのである。その代償として彼らは、その子孫までも下層として生きる定めを与えるのである。そこには、社会階層が固定化された社会、子孫の自由を奪った社会が目の前に広がっているのである。
 愚かな人達は、自分たちだけでなく、子孫をも愚かにする。論理的な思考を身につけることが出来れば、このカルマから脱却できるだろう。