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現代へのまなざし

日本とはなにかを探求します。

資本主義の限界と人口動態

2022-01-15 10:43:19 | 政治
 佐伯啓思氏の「資本主義の「無限拡張」を疑う より豊か…求める果ては」という論考が朝日新聞に掲載されていた。(朝日デジタル 2021年12月18日 9時00分)
 この中で、「資本は、未知の領域の開拓によって利益を生み出し、自らを増殖させる。したがって、さしあたり「資本主義」とは、何らかの経済活動への資本の投下を通じて自らを増殖させる運動ということになろう。」「資本主義が成り立つためには常に新商品が提供され、新たな市場ができ、新たな需要が生み出さなければならない。人々が、たえず新規なものへと欲望を膨らませなければならない。端的に言えば、経済活動の「フロンティア」の拡大が必要となるのであり、この時に経済成長がもたらされる。」
 「この点で、「資本主義」は「市場経済」とは違っていることに注意をしておきたい。「市場経済」はいくら競争条件を整備しても、それだけでは経済成長をもたらさない。経済成長を生み出すものは「資本主義」であり、経済活動の新たな「フロンティア」の開拓なのである。そして「市場経済」分析を中心とする通常の経済学は、基本的に「資本主義の無限拡張運動」にはまったく関心を払わない。」
と指摘している。
 この後、歴史を振り返り、新大陸やアジアなどへの空間の拡張による歴史上最初のグローバリズムによる富の創出、技術革新や広告産業による大衆の欲望の刺激による大量生産・大量消費、80年代以降のグローバル化、金融経済への移行、90年代の情報化(IT革命)など新たなフロンティアを求めたことを指摘している。

 その上で、その結果について、米欧日などの先進国での成長率の鈍化、格差の拡大中間層の没落などの現状を踏まえ、「空間、技術、欲望のフロンティアを拡張して成長を生み出してきた「資本主義」は臨界点に近づいているといわざるをえない。「分配」と「成長」を実現する「新しい資本主義」も実現困難といわざるをえないだろう。」と指摘する。
 これらに対し、「問題は、昨日よりも今日の方が豊かであり、明日はさらに豊かでなければならない、というわれわれ自身の意識にこそあるのではないか。政策を難じる前に、科学や市場や政治の力によって、より多くの富を、より多くの自由を、より長い寿命を、より多くの快楽を求めるという近代人の欲望の方こそ問題の本質ではなかろうか。」と論じている。
 最後に、「我々に突きつけられた問題は、資本主義の限界というより、富と自由の無限の拡張を求続けた近代人の果てしない欲望の方にあるのだろう。」と締めくくっている。

 さすがに保守派の論客である佐伯名誉教授である。資本主義の本質を上手く表現している。資本は無限に自己増殖を求めるものであり、無限の差異化を志向するものである。新しいフロンティアを探し求め、さらに自己増殖しようとする。
 空間的な拡張はかなり限界に近づいており、今後は、フェイスブックがメタと名前を変えたように、メタバース(仮想空間)をフロンティアとして開拓しようとしているようだが、どうなるか予測はできない。

 しかし、この論考は、現在の日本にとって最も重要な問題である人口動態に触れていない。日本が大きく経済成長をした第2次世界大戦後から1960年代まで、日本では団塊の世代と呼ばれる世代によって人口増加が起こっていた。技術革新による生産設備の高度化や農機具や自動車、家電の普及による生産性の向上に加え、大量の労働者となり、また消費者となる人々が増え続ける人口ボーナスの影響が資本主義の新たなフロンティア担っていた点である。
 消費者が増えれば商品は売れ、国内消費は増えていく。消費が拡大するから設備投資を行い、労働者を雇い、分業体制によって生産性が上昇する。これらの影響もあり、日本では高度経済成長が達成され、賃金も大幅に上昇した

 しかし、1970年代から合計特殊出生率は2.0を下回り続け、日本では少子高齢化が進んでいる。先進国で最も進んだ少子高齢化社会となった日本では、今後も生産年齢人口(15歳~64歳の人口)は減り続ける。(そのため、政府は「1億総活躍」などとスローガンを打ち出し、女性や高齢者の労働参加率を引き上げ、就業者人口を増やそうとしている。「GDP=一人当たりのGDP✕人口」だが、人口とは実質的には就業者人口を示すものであり、就業者人口が減れば、一人当たりの生産性が上昇しない限り、GDPは減り、経済成長は達成できないからである。)

 「より多くの富を、より多くの自由を、より長い寿命を、より多くの快楽を求めるという近代人の欲望の方こそ問題の本質ではなかろうか」と指摘する佐伯名誉教授だが、人々の欲望を抑えることはかなり難しいのではないか。人口減少という中で、中小企業の生産性を高めることで経済成長を図るべきだという指摘もある。中小企業の生産性は低いため、合併などを通じて規模を拡大し、優秀な経営者の下で生産性を高めれば、日本全体の生産性が向上し、経済成長は可能だというものだ。

 人口減少という日本の大きな問題をどのように解決するのか、ということが日本にとっての一番の課題である。当然のこととして、少子化が解消され次世代を担う子供達が増えれば、タイムラグはあるが、少子化による経済縮小問題は解消されるだろう。しかし、人口統計が示すように少子化が急速に改善されるとは思えない。であれば、近代人の欲望を改めることも求められるのであろう。我々日本人は、第2次世界大戦後の経済成長に基づく人々の欲望は、少子高齢化が進行し、人口が減少する日本の現実の前では、すでに満たすことはできないという点を深く認識する必要がある。

 「日本人は優れているので大丈夫」「高度経済成長を達成した日本人が本気になれば日本は経済成長できる」などと妄想を抱いている人達が多くいるが、少子化によって人口が減少し、高齢者が増えることで社会保障費が拡大することは統計的に明らかな事実である。今までの経験や考え方では日本は持続出来ないような状況になりつつある。
 現実を直視し、どのように対応すべきか、今の日本人にはエビデンスに基づいて多面的に考えることが求められている。
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老衰国家からの転換-最低賃金の漸進的な引き上げ-

2021-11-17 19:29:35 | 政治
 日本では、7~9月実質GDP年率がマイナス成長となっている。個人消費の落ち込みが原因だと言われている。他の先進国では経済成長率はプラスになっているのにもかかわらず、なぜ、日本の経済成長率が先進国の中でなぜここまで低いのか。

 元ゴールドマン・サックスのパートナーだったデービッド・アトキンソン氏は「新・日本構造改革論」(飛鳥新社、2021年)の中で、次のように述べている。

「中小企業、とくに小規模事業者が多い歪な産業構造によって、いまから日本経済が直面する課題に対応できるようにする必要があります。平均して三、四人しか雇用していない小規模事業者は日本企業の85%を占めます。小規模事業者の多くは国の優遇策で弱体化し、不適切な節税によって税金も納めない企業も多く、生産性も著しく低い労働者を最低賃金でしか雇わない、質の低い労働環境しか提供できない場合が多い。」(同書p.286)

「最低賃金が低いと、経営者は安く人を使えます。売上が低くても人件費を抑えられることで利益がでるから、経営者は頭を使わなくなる上、機械化やIT化など効率化のための投資もしなくなってしまう。最低賃金の低さが経営者を甘やかし、もっと高められるはずの生産性にブレーキをかけているのです。」(同書p.288)

「最低賃金の引き上げは、世界の徹底的なデータ分析によって、雇用全体に悪影響は及ぼさないことが、さまざまなエビデンスからわかっています。」(同書p.288)

 日本では、長期にわたる少子高齢化により労働力人口が減り、その結果、経済成長が困難になっている。人口が増加する時期は、労働者も増えるため労働生産額が上昇し、さらに消費者も増えることで国内消費が増えるため、企業の技術革新や生産性の向上が伴っていない場合でも、経済成長率はプラスとなるが、人口が減少する社会では技術革新や生産性の向上が伴わない限り、労働者が減るため労働生産額が減少し、さらに消費者も減ることから国内消費も減るため、経済成長率はマイナスとなる。

 生産性を向上させなければ、少子高齢化で人口が減少する日本の経済成長率はプラスにはならない。しかし、小規模事業者は、国の中小企業優遇策や低賃金労働者の存在が原因となり、生産性を高めるインセンティヴが低くなっている。もちろん、一部には技術革新に取り組み、生産性を向上させている事業者も存在するだろう。しかし、多くの小規模事業者は「最低賃金が引き上げられると倒産する」というような哀れな言葉を発出し続けているのが現実である。
 税金も納められず、生産性も著しく低い企業には、市場から退場していただくことが、今後の日本のために必要なのだろう。まさに、ゾンビ企業には退場していただくことが日本の再生の必要条件だと言えるのではないだろうか。

 今の日本では、多くの人達が勤務する中小企業を守るためにも中小企業優遇策が継続されるのであろうが、それは部分最適でしかなく、日本社会の持続可能性を確保するためにはマイナスでしかない。この問題を解決するためには、やはり、デービッド・アトキンソン氏が主張するように、日本の最低賃金を継続的に上昇させることが必要だと思われる。

 「毎年、最低賃金を年率5%、10年間上昇させる政策を取ります。」というアナウンスを伴って、最低賃金を上昇させれば、それに対応できない企業は市場から退出するしかないし、技術革新や効率化などによって対応できる企業が生き残り、市場から退出する企業を合併すれば失業者を出すことなく、企業規模を拡大させながら競争力と高めることができるという、日本の経済成長率を引き上げる効果も出る。

 今の日本にとって必要なのは、ゾンビ企業を市場から退出させ、競争力のある中小企業を育成することだろう。そのための手段として、漸進的な最低賃金に引き上げが求められているのではないか。少子高齢化、人口減少を前にして、従来の政策から転換できなければ、日本は「老衰国家」として、徐々に衰え、再生できなくなるのではないか。
 「老衰国家」からの転換が必要である。
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日本のデフレの原因ー増え続ける企業利益と増えない賃金ー

2021-09-29 19:48:30 | 政治
 企業の内部留保が増え続けている。新型コロナウイルス感染症の影響で2020年度は減っているが、それまでは増加の一途だった。2002年度末が188兆円、2012年度末304兆円、2016年度末が406兆円と第2次安倍政権以降の増加額は4年間で102兆円(1年当たり25兆円)も増えている。さらに2018年度末で内部留保は467兆円なので、1年当たり30兆円も増えている(ちなみに、新型コロナウイルスの影響を受けた2019年度末は459兆円)。

 内部留保とは利益剰余金のことで、企業の純粋な儲けである当期純利益から株主への配当金を引いたものが内部留保となる。その他の指標も含め、次のような計算式になる。

・内部留保=当期純利益ー配当金 (企業の当期純利益から株主への配当金を差し引いたもの)
・配当性向=配当金/当期純利益 (当期純利益に対する配当金の割合)
・労働分配率=人件費/企業の付加価値 (企業の付加価値に対する人件費の割合)
 ※企業の付加価値額=「人件費+支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課+営業純益」(財務省による。)

 日経ESGに掲載されている「コロナ禍で見直される内部留保」という記事によると、「09年度から18年度にかけて、営業利益や給与などを合計した付加価値額が増加している一方、人件費はほぼ横ばいで推移している。その結果、人件費を付加価値額で割った労働分配率が大きく低下した。この傾向はアベノミクスが軌道に乗り始めた13年度以降で顕著に表れている。」とのことである。

・当期純利益=「企業の付加価値額ー(人件費+法人税等)」となるので、企業が人件費を抑制し、政府が法人税率を引き下げれば、当期純利益は増えるのである。
 法人税の税率については、平成元年(1989年)に40%、平成11年(1999年)に30%まで引き下げられ、平成24年(2013年)には25.5%に、その後も引き下げられているのである。
 次に人件費はどうか。欧米では賃金は上昇し続けているが、日本では、バブル崩壊以降、賃金はほとんど上昇していない。厚生労働省の資料によると、平成13年の賃金は305.8千円で令和元年の賃金は307.7円となっており、ほとんど上昇していない。なお、男性の賃金は平成13年が340.7千円で令和元年が338千円となっており、17年前よりも賃金が低くなっているのである。
 さらに「平均給与(実質)の推移(1年を通じて勤務した給与所得者)」を見ると、バブル時代の方が、今よりも賃金は高いのである。1989年(平成元年)が452.1万円、1994年(平成6年)が465.3万円、1999年(平成11年)が463.6万円、2004年(平成16年)が455.7万円、2009年(平成21年)が421.1万円、2014年(平成26年)が419.2万円、2018年(平成30年)が433.3万円となっている。

 人件費を抑制し、法人税率が下がれば企業の利益は増えるのが当然。そして、企業の配当性向(株主への配当金の割合)は、2000年度以降は20 %から40%で推移しており、近年はほぼ30%(配当総額は約13兆円程度)となっている。企業の内部留保は増え続けるのである。

 企業が人件費を増やし、つまり労働分配率を上昇させ、従業員への給与を増やせば、企業の利益は減るが、従業員は消費を増やし、国内消費が活発化し、製品やサービスなどの価格も上昇させられるだろう。
 バブル崩壊以前の日本は、賃金が上昇し、物価も上昇し、好循環となっていた。企業が、バブル崩壊以降、余剰な労働力を押さえるとともに人件費を抑制したことがデフレの大きな原因となった。

 日本のデフレ、失われた30年の原因を作ったのは企業そのものにほかならない。企業利益を増やすために人件費を抑制し、自民党に働きかけて法人税率を引き下げ、その代わりに消費税率を引き上げさせる。日本のデフレ、上昇しない物価は企業がもたらしたものだと言える(企業の代弁者となる自民党を支持した有権者にも当然その責任はある。)。

 企業は、内部留保に精を出すのではなく、人件費などを増やすことで好循環をもたらすべきではないか。自社の目先の利益や内部留保にしか目が向かない経営ではなく、幅広い視野と長期的な展望をもって、ステークホルダーを含めた持続可能な企業経営が求められているのではないか。

 将来を見据え、そして持続可能性を考える経営が無理であるなら、税制改正により企業への増税を行うべきだろう。もっとも、自民党が与党である限り、支持者となっている企業(企業経営者)は優遇され、目先の選挙対策のための大衆迎合に走るため、日本社会全体が持続可能となるような税制改正など望むべくもないが。
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日本の将来-安い日本で大丈夫なのか-

2021-07-23 22:18:25 | 政治
「日本の値段の非常識 安さ追う個人と値下げに走る企業」(NIKKEI STYLE)という記事には次のような記述がある。
「100円均一店」のダイソーを運営する大創産業(広島県東広島市)は海外に2000店以上も出店していますが日本が最安値水準。理由は海外では人件費や賃料など経費がかかるためだといいます。日本国内の価格が安いのは長引くデフレを背景に企業が価格転嫁できていないとする専門家の見方もあります。
「著者は、物価が上がらない以上に人々の所得水準が上がらないという点に注目します。」

 (この記事は、「安いニッポン 「価格」が示す停滞」(中藤玲著、日本経済新聞出版)の紹介を行っている記事である。)

 日本の所得水準はどのような状況なのか。OECDの統計データ(2020年)では次のようになっている。

 上位からアメリカ、アイスランド、ルクセンブルク、スイス、オランダ、デンマーク、ノルウェイ、カナダ、オーストラリア、ベルギー、ドイツ、オーストリア、アイルランド。ここまでがOECD平均以上(13カ国)。平均以下は、イギリス、スウェーデン、フィンランド、フランス、ニュージーランド、韓国、スロベニア、イスラエル、そして日本、スペイン、イタリア、ポーランド、リトアニア、エストニア、チェコ、ラトビア、ポルトガル、ギリシア、チリ、ハンガリーと続く。日本はなんと22位である。すでに先進国とは言えない順位である。

 トップのアメリカは69,392ドル、スイスが64,824ドル、ドイツが53,745ドル、平均は49.165、イギリスが47,147、フランス45,581ドル、韓国41,960ドル、日本は38,515ドルとなっている。(OECDのサイトで、棒グラフにマウスポインターを合わせると金額が表示される。)

 アメリカは日本の1.8倍、ドイツが1.4倍、イギリスが1.22倍、フランスは1.18倍、多くの日本人が嫌いだと思われる韓国でさえ日本の1.09倍となっている。

 バブル時代の日本は物価が高く、賃金も高い、先進国でもトップクラスを誇っていたが、なぜこのように低迷したのだろうか。賃金上昇率を比較すれば表面上の答えが分かる。実質賃金の推移について、1997年を基準年(100)としたグラフでは、欧米ではほぼ一貫して賃金は上昇しているにもかかわらず、日本だけが賃金が低下しているのである。では、なぜ日本では賃金が上昇しないのか。
 ※実質賃金指数の推移の国際比較(1997年=100、2016年の数値)(出典:全労連資料
  日本:89.7、アメリカ:115.3、ドイツ:116.3、イギリス:125.3、フランス126.4

 付加価値に占める人件費の割合である「労働分配率」が、低下傾向を続けているが、その「大きな要因は、企業経営者の「将来不安」だろう。日本国内の少子・高齢化は進展のスピードが緩和するどころか加速する兆しをみせ、幅広い業種で国内市場の規模縮小が顕著になっている。固定費増につながる人件費の引き上げには、「二の足を踏む」経営者が圧倒的に多い。」と言う記事がロイターで掲載されていた。
 しかし、一方で、大企業の内部留保や株主への配当は増え続けている。「積みあがる内部留保」(リクルートワークス)という記事によれば、「2005年に222兆円であった利益剰余金は、2018年には458兆円まで積みあがっている。」
 また、「企業配当、6年連続最高=11.6兆円、減益でも積極還元-時事集計」(時事ドットコムニュース)という記事によれば、「2019年3月期(今期)決算企業の配当総額は、前期比9%増の11兆6700億円と6年連続で過去最高になることが分かった。業績が伸び悩む一方で、株主還元に積極的な企業の姿勢が鮮明となった。」
 大企業は人件費の割合を引き下げ、それによって増える利益を内部留保や株主への配当に使っているのである。大企業が招いたデフレ、低賃金という姿がここに見られる。また、多くの株式を保有している富裕層と給与所得が主体の庶民の格差が拡大する一因がここに見られる。

 また、しばしば生産性が上昇しないから賃金は上昇しないと言われるが、労働生産性を計算する数式を見れば、従業員給与を引き上げれば生産性は上昇することがわかる。生産性が低いことで有名な業種として飲食・宿泊業がある。レストランのランチ代などの飲食費やホテルの宿泊代は、バブル時代よりも今の方が低い。価格を引き上げると客が離れる。それは過剰競争をしているからに他ならない。低価格競争が賃金上昇を阻んでいる。これを改善するためには、最低賃金をより引き上げ、低価格でしか勝てない企業を淘汰すればいいのである。

 ※「労働生産性=付加価値額÷従業員数」
   「付加価値額=人件費+支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課+営業純益」
   「人件費=役員給与+役員賞与+従業員給与+従業員賞与+福利厚生費」

 日本は失業率が先進国の中で最も低い。失業率を抑えるために賃金を抑えているような側面もあるだろう。低スキルの人でも失業しない、従ってスキルアップや人材育成がおろそかになり、国際競争力も低下する。低賃金で落ちぶれていく日本の姿がここにある。

 今以上に最低賃金を引き上げることが、一番簡単な取組である。そして企業の競争力を高め、以前のような強い日本を築き上げることが求められているのではないか。

 もしかしたら、成長もしないが、その日を過ごすことができる停滞した日本でいいと考える人達が多いのかもしれない。
 先進国で一番物価が安く、最も賃金の低い日本でもいいのかもいれない。人々がSNSやゲームに埋没し、社会の状況を考えることがなければ、どんな社会問題を抱えても問題ないだろう。このまま、没落していく日本、というものでもいいのかもしれない。没落していく日本の中で、なんとなく不安を抱えた存在、そういう人達が増えるのかもしれない。
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大きな政府と小さな政府

2021-06-26 12:32:56 | 政治
 1980年代前後からの市場原理主義によって格差が拡大し、市場原理主義をその根底としているグローバリズムが抱える大きな問題が顕在化している。ケインズの一般理論に基づいた大きな政府と、市場原理主義(新自由主義、グローバリズム)に基づいた小さな政府の違いはどのようなものなのか。

 リベラルについて、宇沢弘文は、次のように語っている。
 「リベラリズムの思想は、人間の尊厳を守り、魂の自立を支え、市民的自由が最大限に確保できるような社会的、経済的制度を模索するというユートピア的運動なり、学問的研究の原点として、20鋭気を通じて大きな影響を与えてきた。」(「経済と人間の旅」宇沢弘文著、日本経済新聞社出版、2014年)
 「決して政治的権力、経済的富、宗教的権威に屈することなく、一人ひとりが、人間的尊厳を失うことなく、それぞれがもっている先天的、後天的な資質を十分に生かし、夢とアスピレーション(望み)とが実現できるような社会をつくりだろうというのがリベラリズムの立場なのである。」(同上書)
 従って、人々が人間的尊厳を保つことができるよう、富裕層には高額の税金を課し、その税金を再配分することが政府に求められる役割となり、それは必然的に大きな政府をもたらすことになる。

 他方、市場原理主義(新自由主義、グローバリズム)の根拠となっている新古典派経済学は、全ての人間が経済的合理性を有しており、合理的経済人として行動することを前提とする。貧乏な人達は、自らそれを選択してものであり、貧乏は「自己責任」である。
 目の前に喉が渇いて困った人がいる。その人にとって水は非常に価値のあるものであり、100円で購入したペットボトル飲料を、その困った人に1000円で売ることは合理的であり、双方の利益に繋がる。
 野球のチケットを5000円で購入した人が、どうしてもその野球の試合を見たい人に10万円で売るとしても、それは双方にとって価値があると認識すれば合理的な行動になる。常に、利益と効用などを考慮しながら、利益に繋がる行動を取るのが合理的経済人で、それを前提に新古典派経済学は考える。
 結果として、新古典派経済学は政府の規制を嫌い、小さな政府の下で、人々は利益追求に邁進することを求めることになる。
 リベラルな人であれば、喉が渇いて困った人にペットボトル飲料を無料で提供するだろうし、野球のチケットの転売は、多分、購入価格と同価格で行うだろう。しかし、新古典派経済学では、利益を無視した愚かな行為と評価されるだろう。
 リベラルの根底には利他性や共感が存在するが、新古典派経済学の根底には利益追求しか存在しない。

 多くの人々にとってはリベラルの方が生きやすいにも関わらず、大きな政府に反対し、小さな政府を支持する多くの民衆が存在する。合理的経済人などという人口の10%程度いるかどうかという存在を前提とする新古典派経済学を信じる人達が一定数いることに驚きを禁じ得ない。
 すでに、行動経済学によってヒューリスティックや様々なバイアスに囚われる人間の心理、そして予想どおりに不合理な人間像が描き出されている。合理的経済人などほとんど存在しないのである。
 富裕層からすれば、利益追求が優先されるため、新古典派経済学が都合が良く、その結果小さな政府を支持するのは当然ということになるだろう。しかし、多くの庶民が、小さな政府を支持しているのが今の日本である。
 格差を拡大させているのは、小さな政府、新古典派経済学を支持する多くの民衆であることを忘れてはいけない。
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