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現代へのまなざし

日本とはなにかを探求します。

NHKのおかしな報道姿勢-NHKと聖教新聞-

2014-06-11 20:03:47 | 日記
 以前、「NHKはアベノプレスか-政権広報と神話の編纂-」というブログを書いた。

 その後もNHKのニュース番組の報道を見ていると、NHKの報道姿勢がおかしいと実感できる。NHKの会長に籾井氏が就任してより酷くなったのかどうかはわからない。
 NHKのニュースを見ていると毎日安倍総理が登場する。そして、放送される内容は、視聴者が安倍総理に好感を抱くように編集されているような内容が多いと感じる。総理大臣なので、ニュースに毎日登場するのは当然だとは考えられるが、しかし、NHKで放送される映像や発言、そしてそれらに対するコメント等は好意的なものが多く視聴者が安倍総理を支持する方向に向くような編集である。

 このNHKのニュースを見ていて思い出したのが聖教新聞である。友人が聖教新聞を取るように勧誘されて、配達されていたことから、聖教新聞を数日分見ることがあったが、池田SGI会長、池田名誉会長、池田先生という見出しが毎日見られ、そして池田大作氏を礼賛する記事が毎日掲載されていた。NHKの安倍総理に対する報道姿勢は聖教新聞の池田大作氏に対する報道姿勢とそっくりなのだ。
 創価学会はマスゲームを行うと聞いたことがある。そして池田大作氏を神聖不可侵な存在のように尊重するということも聞いたことがある。創価学会員にとって池田大作氏はカリスマとして祭り上げられているのである。この体質は、北朝鮮の金日成や金正日への対応とそっくりだと感じた。そして、今や、NHKの安倍総理に対する対応がそれにそっくりになってきている。

 安倍晋三氏はいつの間にか創価学会における池田大作氏、北朝鮮における金正恩のような存在になりつつあるのだろうか。
 そして、その安倍晋三に対しては創価学会員や北朝鮮労働党員に代わってネット右翼(ネトウヨ)が熱狂的支持者として存在する。ネットでは彼等の熱心な投稿により、安倍晋三が祭り上げられるのだ。
 神話を真実だと信じていた人達のように、ネットでも自分たちにとって都合の良い情報を真実だとして信じるネトウヨが存在する。

 NHKは、ネット社会とは直接は関係ない(番組によってはツイッターでの意見を垂れ流しているものもある)が、ネットではなく一般の視聴者に偏った印象を与え、公平公正な報道という建前とは裏腹に、おかしな報道姿勢で一定の方向に世論を向けようとしてるとしか思われない姿勢をとり続けているようである。まるで、聖教新聞のように。

 1930年代後半、日本の民衆(民衆の世論)を悲惨な戦争に導いたのは、軍部ではなくマスコミであった事実を忘れてはいけない。
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ユダヤ教の教え-宗教と国家の在り方、比喩を参考として省察-

2014-04-27 21:47:53 | 日記
NHKで100分de名著という番組を放送しているが、5月のテキストとして「旧約聖書」が店頭に並んでいた。
「旧約聖書」というとユダヤ人の神話が記載されており、日本でいう古事記に当たるような書物である。
そのテキストを読むと非常に面白いことがわかる。
エジプトで奴隷とされていた人達がエジプトから逃亡し、パレスチナの地に定住するに当たって作り上げた人々の物語が旧約聖書であり、その物語を信じる、自分たちの物語とする人達をユダヤ人と言う(ユダヤ人の定義としては、ユダヤ人の母を持つ者も含まれる。)。そのユダヤ人がなぜユダヤ教を信ずるようになったのか(ユダヤ教を信じる人達をユダヤ人と言う定義からすれば、トートロジーかもしれないが、「彼等がなぜユダヤ教を信ずるようになったのか」と言い換えてもいい、エジプトから逃亡した人達はなぜユダヤ教を信ずるようになったのか、ということ。)。苦難の生活の中で、自分たちの生活を合理化し、将来に向かって生きるための物語。しかし、人間は罪を負い、ただひたすら神を愛することを求められる。

これを男女の恋愛に例えたものとして、次のような比喩が書かれていた。

ある場所に夫婦が住んでいました。
夫がいつの間にかどこかに消えてしまいました。
強盗が家に入って家の半分を壊しても夫は姿を現しません。
そうこうするうちに、残りの半分も壊されてしまいました。
しかし、妻は夫と離婚せず婚姻生活を続けます。
夫は消えてしまい、何もしてくれませんが、正式に夫であり続けます。

夫が消えてしまったこと、夫が何もしてくれないことについて
妻は、「自分が不適切な女だからと」と考えます。
妻は、自分が不適切で夫は正しいのだからと、夫を責めることはありません。
夫が不在でも、妻は自分が不適切な女なので、他の男性とも新たな関係は持てません。
妻は、生まれたときから罪を負っているため、夫を信じ愛するしかありません。

この比喩を読んで、いわゆる「都合のいい女性」を作り上げていると感じた。ユダヤ教は、人々を「都合のいい女性」に仕上げることで、ユダヤ人の結束を作り出しているような気がした。古事記の世界とは全然違う世界、それは数多くの民族が戦いを続けながら生きていたエジプト・メソポタミア地方と、豊穣な土地で稲作を中心に暮らすことができた日本の大きな違いなんだろう。
人々が結束して生きるためには、人々に義務を内面化させならが一つの教えを信じ、そして守り、さらにその教えを実行させる必要がある。ユダヤ教の一部を学ぶといろんな面が見えてくる。

先述の男女の恋愛の比喩であるが、夫を国家に、妻を国民にすると、専制国家の基本的な手法が見て取れる。ユダヤ教は、ユダヤ民族がどんな状況であれ民族として生き続けることを求める宗教だと考えられる。同じように、専制国家は、国民がどのような状況であれ、国民として国家に奉仕することを望む組織だからである。
今の日本が、このような国家に近づいていると感じるとき、日本は民主主義から足を踏み外しかけているということになる。気をつけて省察することが重要である。
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NHKはアベノプレスか-政権広報と神話の編纂-

2014-02-19 19:46:49 | 日記
 籾井氏は従軍慰安婦問題について「今のモラルでは悪いんですよ」としつつ、「戦争をしているどこの国にもあった」としてフランス、ドイツの名を挙げた。「なぜオランダにまだ飾り窓があるんですか」とも述べた。飾り窓はオランダなどにある売春街を指す。
 さらに「会長の職はさておき」とした上で、韓国についても「日本だけが強制連行したみたいなことを言っているから話がややこしい。お金をよこせ、補償しろと言っている。しかしすべて日韓条約で解決している。なぜ蒸し返されるんですか。おかしいでしょう」と述べた。その後、記者から会長会見の場であることを指摘されると、発言を「全部取り消します」と話した。
(朝日新聞DIGITAL、NHK籾井新会長「従軍慰安婦、どこの国にもあった」2014年1月26日00時07分)

 NHKのサイトに掲示されている内容は、上記のものが次のようになる。
「会長職としてのコメントは控えたいが、どこの国にもあったということではないかと思う。それは、戦争をしている戦争地域ということだ。慰安婦そのものが、いいか悪いかと言われれば、悪い。日本だけが強制連行したみたいなことを言われているから、話がややこしい。補償について、韓国とは、日韓基本条約で解決していると思う。」
平成25年度 会長記者会見要旨
籾井勝人会長就任記者会見要旨(pdfファイル)

 「なぜオランダに飾り窓があるんですか」という発言や「なぜ蒸し返されるんですか。おかしいでしょう」という発言部分が削除されている。
 「なぜ日本にソープランドと称されるものがあるのか」という疑問を抱かないのだろうか。それは別にして、日韓基本条約で解決しているのは間違ってないと思うが、「蒸し返されるんですか。おかしいでしょう」という韓国人への評価部分を削除しているのはなぜなんでしょう?

 NHKは、自らの組織の会長の発言については、批判を受けそうな部分を削除した上で掲載している。公共放送としての使命はどうなったんだろうか。民間企業や官公庁の職員が記者会見などで失言をした場合には、それをカットして報道するんだろうか。この部分はカットしてくださいって言えば、その部分をカットして放送するんだろうか。
 NHKは、自らの組織の会長の発言については、編集をして、批判を受けないような形でウェブサイトに掲載している。そもそも籾井会長の記者会見での発言を報道したのかどうかという疑問も残る。

 ところで、この会長人事については、安倍総理との関係、安倍総理のお友達を経営委員に任命し、その経営委員が会長を選出していることから会長人事も安倍総理のお友達的な人を選んでいると言われている。
 会長の失言をごまかして掲載しているNHKは、さらに会長と近い、あるいは、経営委員を選任した安倍総理の意向に従った報道をするのではないだろうか。民主党野田政権まで、NHKは政権に批判的な意見も堂々と報道してた。ところが、安倍政権になって以降、アベノミクスを持ち上げ、オリンピック招致での安倍総理の大嘘(福島はコントロールされている)についても批判を行うことなく報道している。

 NHKの人事に影響力を行使した安倍総理に対する批判は控えているように思える。これではNHKは安倍政権の広報媒体でしかない。NHKはアベノプレスになってしまったようだ。大本営発表を垂れ流す報道機関が公共放送とは言えない。
 アベノミクスなどを礼賛し、安倍政権による成長神話を作り上げるNHKという姿が現れそうだ。
 以前のNHKスペシャルなどのような素晴らしい番組を作り上げていたNHKはどこに行ったんだろう。NHKは良識を取り戻して欲しい。
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安倍政権-民主主義の放棄と新たなる神話の編纂-

2013-12-04 19:25:33 | 日記
・安倍晋三氏は総理就任と同時に重要なポストを自分の意に従う人達で固めた、さらに固めようとしている。
1 日本銀行総裁:黒田氏を総裁に据え、金融緩和や財政ファイナンスを実施させた。
2 内閣法制局長官:集団的自衛権を認めさせるため、慣行を破り、外務官僚OBを長官に任命した。
3 NHKの経営委員についても、自分の考えに近い人達を任命し、報道機関を意に沿わせようとしている。
4 内閣人事局の創設により、官僚の上層部を自分の意に沿う人間で固めようとしている。

 組織で働く人間にとって、人事は最も気になるもので、自らの出世や給与のことを考えると、上司や上層部の意に反するような行動を取ることはなく、上層部の職務命令だけではなく、その意を忖度し仕事をする。その結果、行政運営が安倍総理の意向に従ったものとなり、公務員が全体の奉仕者から総理のための奉仕者に変化することになる。このような官僚の在り方は、首領様の官僚であって国民のための官僚ではないという状況になっている北朝鮮と同じ在り方になってしまう。

 さらに、特定秘密保護法案を提出し、行政が保有している情報を秘密化しようとしている。この法律案では、大臣が「その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるもの」を特定秘密に指定すると、その情報を漏らした場合には、10年以下の懲役に処されることになる。
 情報公開というのは民主主義にとって必要不可欠なものであり、真に国の安全保障に必要な場合のみ、その情報を非公開とすべきものである。この法律案では「特に秘匿することが必要であるもの」と規定され、この文言では、指定を行う大臣(行政機関の長)の裁量にゆだねられることになる。この裁量による特定秘密の指定が、裁量権の逸脱になるか否かは、個々の事例で具体的に判断されるものであるが、それは情報が表に出なければ判断できないため、行政の意のままに特定秘密を指定できることになる。
 情報を秘匿すれば、その情報を特定秘密に指定した大臣(行政機関の長)の裁量が合理的か否かを判断できない。つまり、特定秘密保護法案は情報秘匿法案と言えるのである。

 行政が保有している秘密を保護しようと思うなら、国家公務員法の守秘義務違反による罰則を強化すればそれで足りるのである。それを報道した者まで罰するようなことはあってはならない。なぜ国家公務員法改正でなく、特定秘密保護法案にするのか、そこに安倍政権の情報秘匿の意思が込められているのである。

 現在の安倍政権のやり方を見ると、民主主義にとって危険であり、非常に危機感を感じる。また、上層部の人事を握ることで組織を掌握しようとする安倍晋三氏のやり方は、一般の人達にはその真意を推し量ることができないような巧みなやり方であり、知らないうちに日本が北朝鮮のような全体主義国家になる危険性が高い。さらに、オリンピック招致の場で、福島の状況はコントロールされているという発言に見られるように、国際舞台においてさえも平気で嘘をつくのが安倍総理である。さらに、行政が保有する情報を秘匿する法律案まで作成している状況である。

 かつて、天武天皇が天皇制の神性や正当性を謳った日本書紀を編纂させたが、今の安倍政権は同じような神話を作り出そうとしているようにも思える。民主主義を基本原理とした先進国である日本において、新たな神話など必要ではない。日本にとって安倍晋三氏が総理であることは、不幸でしかない。
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可視的空間と不可視的空間

2013-10-18 19:04:27 | 日記
 スサノオと言えば、根の堅州国に行く際、アマテラスのもとへ赴くが(アマテラスはスサノオが自分の国を奪いに来たと考え、武装してスサノオを迎えた)、その際にスサノオは乱暴を働き、出雲国に追放される。出雲の国でスサノオは八岐大蛇を退治した。
 スサノオは荒ぶる神でありながら、荒ぶる八岐大蛇を退治している。暴力は神話にもつきものである。

 近代の啓蒙思想は、この暴力を否定し理性を持った合理的な市民による社会を訴えた。そして、民主主義社会が最善のものとして、現代でも多くの人達に受け入れられている。しかし、この啓蒙思想の理性絶対主義とも言える考え方は、マルクスやフロイト、ニーチェによって、その幻想を打ち砕かれた。さらに、啓蒙思想の発祥地であるヨーロッパにおいて、人間の無意識に着目し、人間の奥底にあるエロスやタナトスを打ち出したフロイトの考えを立証するかのように、ファシズムが生まれ、ナチスによる残虐な暴力やスターリニズムによる抑圧が行われたのである。

 第二次世界大戦での暴力と破壊を目の当たりにした人々は、民主主義、理性による制御の重要性を再認識し、理性による合理的な社会を目指した。一方で、ソヴィエト連邦による、資本による暴力の排除を目指した社会主義の実験を見据えながら、資本主義諸国は資本主義と共存しつつ資本主義による暴力を排除するため、資本の暴走を規制しながら政治運営を行ってきた。
 しかし、社会主義を目指したソヴィエト連邦とその同盟国は、国家による暴力を是認し自由を制限したため、資本による暴力を規制した資本主義国に比べ魅力を失い、内部から崩壊してしまった。社会主義の崩壊を受け、資本主義国では資本の暴力への規制を緩和し、資本のむき出しの暴力が頭をもたげ、格差が拡大する社会に変貌していったのである。それでも、先進資本主義国は、人間の理性や合理性を信奉し、また民主主義を根本原理に置いた政治運営を行っているようかの如き政治を運営しているのである。表面的には理性的で合理的に見えるにもかかわらず、なぜ資本の暴力により多くの人達が打ちのめされる格差社会が形成されたのであろうか。

 この現象を考察するときに有意義だと思われるのが、可視的空間と不可視的空間という考え方である。
 可視的空間、表面上に出てくる見える空間である。民主主義や理性的な人間が活躍する空間であり、日本では建前が活躍する空間である。啓蒙主義、理性による合理的な思考が支配し、悪徳は排除される空間であるが、それは人間の暴力的な本質を排除した空間でしかない。
 一方で、不可視的空間、表面上には現れないが、人間の本質、本音で満たされた空間であり、日本で「空気を読め」と言われる場合の「空気」の世界である。言語化されることがなく、法令にも現れることがない本音の空間、そこは荒ぶれる神が支配する空間でもある。この不可視的空間が、今の日本ではどんどん拡大しているようである。
 バブル崩壊までは、可視的空間が優位であり、人々は合理的に振る舞うべきだという思想に拘束されていた。それがバブル崩壊による生活水準の低下やインターネットの拡大による匿名発言の拡大により、徐々に変化し、不可視的空間における暴力の拡大という現象が広がった。
 匿名での発言、そこにはむき出しの暴力が見いだせる。不可視的空間であれば見ることは出来ないはずであるが、インターネットの中そのものが現実社会とは異なった世界であり、不可視的空間との境界が不明確になっている世界であると考えれば理解できることである。

 この不可視的空間が日本社会を徐々に覆っているのではないか。アベノミクスというあいまいな経済政策を展開している安倍政権に対する批判は、表だって聞くことは少ない。むしろ、みんなが期待しているアベノミクス批判をすることは許さないという圧力を感じる。この圧力こそが不可視的空間における暴力なのである。
 不可視的空間が拡大したとき、そこに、新たなナチズムを見いだすことができる。民主主義や理性による合理的支配が失われ、むき出しの暴力が、しかし、表に出ることなく、人々を背後から、怨霊のように縛り付ける。
 今の日本は、この不可視的空間が徐々に拡大しているように感じる。その先に見えるのは、価値が転倒した北朝鮮のような社会である。現代へのまなざしを忘れてはいけない。 
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