情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)日隅一雄

知らなきゃ判断できないじゃないか! ということで、情報流通を促進するために何ができるか考えていきましょう

委縮効果ということ~公権力や広告主からの独立を意識した仕組みを考えよう!

2009-05-13 05:22:07 | メディア(知るための手段のあり方)
 前回のエントリーに対し、道新の高田さんからお答えをいただきました。編集部門の独立性を高める仕組みに頼るのではなく、まずは、内部で声を上げようというのがお答えの趣旨だと思う。私もまず声を上げることが重要であることには異論はない。しかし、その背景に仕組みがあるとないとでは声を上げる人の数が圧倒的に変わってくるのではないか、と考えているだけだ。


 高田さんは、まず、私のエントリーについて、【労組や団体の力をもっと強めよう、と云っているが、これはまさしく、その通りだ。異論はない。】とされたうえで、

【ただ、私が言う「闘い」は、日々のニュースが作られる現場でのことを言っている。例えば、何かの事件取材において、「こういう報道はできない・すべきではない」と現場記者が考えたとしよう。そういう場合は、その記者本人が、前面に立って、キャップなりデスクなりに意見する(=闘う)しかないのではないか。自分ではモノが云えないから、労働組合に出てきてもらう? 締めきり時間を目前に控えた取材者に、たぶん、そんな時間の余裕はない。それに、刻々と事態が変化するニュースにどう対処するかは、いちいち、組合がどうのこうの、という性質のものでもあるまい。それらをまとめて、あるべき姿を語るなどする場合は、組合も有効だろうが、多忙な取材現場では、そんなことをやっている暇はない。】と述べられている。

 ここは、そのまま「うん」とはいえない。というのは、少し誤解があると思うのだ。

 私も、自分が言えないから、労組に代わって言ってもらえるような仕組みを設けるべきだと言っているのではない。たとえば、その人が言ったことが無視された時に、後ででもかまわないので、経営部門と編集部門で協議できるような場を設けておいたり、経営部門の指示内容が不当だった場合に、そのことを外部に公表できるようなシステムが必要ではないだろうか、あるいは、声を上げたことで不当な扱いを受けた場合にそのことを問題にできる場が必要ではないだろうか、と言っているだけなのだ。もちろん、編集内部での問題でも、経営の意向を受けた編集トップと現場記者間での意見対立という問題もあるだろうから(現実にはそのほうが多いだろう)、そのようなことについても取り上げることできるような場を設ける必要があると思う。

 私がなぜ、そういうことを言うのかというと、委縮効果(チリング・イフェクト)を考慮することが重要だと考えるからだ。外部からの公権力や広告主の圧力だけでなく、その圧力を受けた内部の経営スタッフからの圧力がいかに、現場を委縮させるか、それは高田さんがよくご存じのとおりだ。

 たとえば、報復的人事などを目の前にすると、筆が鈍るのは当然だし、内部で声を上げようという気力も萎えてしまうだろう。
 
 そこで、そのような報復的人事などを防ぐような仕組みが必要だと思う。

 もちろん、私も仕組みですべてが解決するとは思っていない。しかし、日本ではあまりに、仕組みが軽視されていることが問題だ。

 たとえば、審議会が政府の政策決定の「道具」「言い訳」となっている問題は長年指摘され続けてきた。

 英国では、それを防ぐために、少なくとも防ごうとするための仕組みが設けられている。何度も紹介している「公職コミッショナー制度」だ。

 審議会に採用された人が、その職務のあり方を貫けばよいのは当然だが、そのように主張をしても、結局、ものごとは変わらない。
 
 なにがしかのシステムが必要で、それについて議論をはじめなければならない。

 警察の不祥事にしても、内部で第三者がチェックする「オンブズマン」の存在は不可欠だろう。日本では、警察に労働組合がないのだから、その存在の必要性は通常のよりも大きいはずだ。

 自衛隊でもオンブズマンは必要だ。

 取り調べの可視化も放置されてきた。

 内部告発の保護も、法はできたが、まったく不十分で、法ができた後も、内部告発するためには、自分が犠牲になる覚悟が必要だ。たとえば、米国では、内部告発によって税金の無駄遣いなどが抑制できた場合、そのうちの一部を内部告発者に還元する制度がある。内部告発者は一生、働かなくても食べていける。  


 高田さんはいう。

【私はウサギだから、現場では闘えないと云っているうちに、おそらくは、旧来と同じく、官依存・発表依存の報道は、どんどんどんどん、拡大再生産されていくはずだ。】

 私も、ウサギであることを口実にしてよいとは思わない。でも、一歩踏み出そうとしたときに、始めて、虎かウサギかが問われるわけで、最初から、ウサギだと自覚している人はいないと思う。

 一歩踏み出そうとするときに、ハードルを少しでも低くするような仕組みを考えることは、ハードルを越えようという呼びかけとセットにしておく必要があると思う。

 そうでなければ、「ウサギであることを口実にするな」というスローガンだけで終わってしまう可能性があるからだ。このスローガンを叫ぶだけでは制度改革はできない。

 繰り返すが、システムがあっても、個人がどうふるまうかは個人の判断にゆだねられる。そういう意味で、高田さんが言う、

【要は、個人として、どう振る舞うか、ということなのだと思う。強弱はあっていい。行動に差はあっていい。しかし、日々の現場で、「全くモノを言えない人」がいたとしたら、やはり、少なくとも、この商売には向いていないと思う。】
 
 とう指摘は正しい。

 でも、おそらく、報道機関に入社するときに、モノを言えないと自覚して入る人はいないだろう。

 しかし、いま、現に働いている記者のうち、本当に自分が思っていることがそのまま職場で話すことができていると感じる人が何人いるだろうか?

 高田さんのいう【毎回モノ申すのが辛かったら、3回に1回でもいい。】という、その頻度をあげることができる仕組みづくりを考える必要性を高田さんのように影響力のある人に呼び掛けてほしい、そういう思いで、前回のエントリーを書き、このエントリーも書きました。

 





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